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2010-10-23 | 市民のくらしのなかで

山から濁流 集落のむ

奄美豪雨の住用町

住民が恐怖語る


写真

(写真)がけ崩れで土砂が人家に押し寄せた現場を指さす人=22日、鹿児島県奄美市住用町西仲間

土砂でおおわれたトンネルを抜けると、眼前に広がったのは濁流にのみ込まれ破壊された集落でした―。22日朝、記録的な奄美地方の豪雨で最大の被 災を受けた鹿児島県奄美市住用(すみよう)町。市中心部と同町を結ぶ国道58号は城(ぐすく)トンネルで車両の通行ができず、徒歩で同町に入りまし た。(鹿児島県・村山智)

大木の根や幹が濁流に洗われ白くむき出しのままがけ下に何本も転がっています。郵便ポストの高さまで押し寄せた土石。がけ崩れで民家の倉庫を押しつぶした大岩。室内のクーラーの高さまで押し寄せた土石。散乱する家具…。行く先々で豪雨のつめ跡がつづきます。

住民は、恐怖の体験をせきを切ったように語りました。

「国道が濁流の海になり一気に自宅に押し寄せた」と語ったのは城集落の女性(65)。「20日昼すぎ、石と石が激しくぶつかるカチッカチッというすごい音とともに濁流が山から押し寄せた。逃げるとき足を取られて流されそうになった。夫と2人で裏山に逃げた」

2人の死者を出したグループホーム「わだつみ苑」。高さ2メートル、軒下まで濁流が押し寄せました。室内には赤い泥にまみれた家具が散乱。食事中の食器がテーブルの上に残ったままです。

泥の服 3日間

「濁流だ。お年寄りを必死で支え」

奄美大島を襲った記録的豪雨の濁流が軒下まで押し寄せ、死者まで出した奄美市住用町のグループホーム「わだつみ苑」。同苑のすぐ前の市営住宅に住む女性(36)。家財道具はすべて泥水につかり、着替えもありません。泥まみれの服を3日間着たままの姿で語りました。

「あっというまに濁流が襲ってきた。泳いで近くのアパートの2階に避難した。わだつみ苑では職員がお年寄りを自動販売機の上に座らせ流されないように必死で支えていた。中にいたお年寄り3人がカーテンレールのサッシにしがみついているのが窓ごしに見えた」

「あきらめないで」「目を開けて」「手を離すな」。屋根の上やベランダに避難した人たちが、怒鳴るような大声でお年寄りを励まし続けたといいます。「4人の子どもが学校や保育園に行っていてよかった。家にいたら大惨事に…」と疲れ切った表情でした。

同町見里(みさと)の奄美体験交流館には約100人が避難していました。

西仲間集落の女性(81)。「20日の昼すぎにヘルパーさんの車に乗っていたら急に泥水が襲ってきて近くの墓地に5人で逃げた。濁流が追いかけて きたので一番高い所にある同級生のお墓を抱きしめ、『助けてー』と叫んだ」。近くの人がロープを電柱と木の根に張ってくれ、おんぶされてやっとの思いで避 難できました。

数年前に城トンネルと国道が開通しました。城集落の男性(64)は、「川に抜ける暗渠(あんきょ)が狭い、と何度も県などに陳情したが改善されなかった。今回の災害は暗渠に流木が詰まり、たまった濁流が土石流となって一気に部落を襲った」と語りました。

時おり降る雨の中、被災住民は、泥まみれの家具や畳を搬出したり土砂を取り除くなどの対応に追われていました。電気、水道、電話などのライフラインは全面復旧の見通しが立たない状況です。


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