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ベトナム、インド、インドネシアのアジア3カ国9都市を訪ねた。2万キロ余り、地球半周分を巡って136人のサムスン電子労働者に直接会って質問調査した。

2019-06-23 | 市民のくらしのなかで

ベトナムのサムスン工場で倒れた22歳のタム…

謝罪もされなかった“もう一つの死”

登録:2019-06-19 23:26 修正:2019-06-21 08:37

(3)労災 
携帯電話工場の化学物質汚染死亡の可能性 
夜昼交代で週5~6日勤務 
遺族の同意なしでなされた解剖検査 
警察「死は工場と関係ない」 
軍病院、死亡診断書の発行を拒否 
補償方式も、死をもみ消すサムスン方式で

 
               グローバル・サムスン持続不可能報告書//ハンギョレ新聞社

 グローバル超一流企業として君臨するサムスン電子は、今や韓国だけの企業ではない。超国籍企業サムスン電子は、世界の人々にどんな姿に映っているのだろうか。サムスン電子で働く労働者は、サムスンに対してどう思っているのだろうか。特にサムスン電子の主要生産基地に浮上したアジア地域の労働者の暮らしと労働の現実はどうなっているのだろうか。この質問の答えを得るために、ハンギョレはベトナム、インド、インドネシアのアジア3カ国9都市を訪ねた。2万キロ余り、地球半周分を巡って136人のサムスン電子労働者に直接会って質問調査した。国際労働団体がサムスン電子の労働条件に関する報告書を発刊したことはあるが、報道機関としては韓国内外をあわせて最初の試みだ。10人の労働者に深層インタビューし、20人余りの国際経営・労働専門家にも会った。70日にわたるグローバル・サムスン追跡記は、私たちが漠然とは察しながらも、しっかり見ようとしなかった不都合な真実を暴く。真実に向き合うことは、そのときは苦痛かもしれないが、グローバル企業としてサムスンがブランド価値を高めるためには避けられない過程だと判断する。5回に分けてグローバル超一流企業サムスン電子の持続可能性を尋ねる。

 
サムスン電子のベトナム・タイグエン工場で働いて亡くなったルー・チ・タイン・タムさんの遺影。娘が先立ち3年が経ったが、父親は今も娘の遺影を手から離せずにいる=チョ・ソヨン<ハンギョレTV>ディレクター//ハンギョレ新聞社

 誰も彼女の死を哀悼しなかった。哀悼されない死は記憶もされない。死に関する記録も残っていなかった。ルー・チ・タイン・タムさん(Luu Thi Thanh Tam, 当時22歳)。サムスン電子のベトナム・タイグエン工場で2016年8月31日まで勤務した女性労働者だ。工場で突然倒れたその日、病院に運ばれたがついに亡くなった。サムスンで働いて4カ月だった。

 「娘はとても元気だった。サムスンに入社する時に健康診断を受け、そこでは何の問題もないと聞いた。ところが娘は突然死んだ。サムスンと警察は、金を支払い『工場とは関係のない死』と言うが、そんなことはない。私の娘は、明らかにサムスンのために死んだ」

 タムさんの父親、ルー・バン・ティエップさん(Luu Van Tiep, 52)は、何度も口ごもった。長いこと遠くを眺めていた。筋肉より血管が目立つ痩せた容貌、真っ黒に日焼けした皮膚は誠実な労働の歳月を思わせた。ひときわ深くくぼんだ目が印象的だったが、娘の話をする時は激しく乾いた咳をし、瞳が揺れていた。自分を「世間をよく知らない農民」と謙遜したが「サムスン」という二文字は短く強く話した。

「昼夜交代で週5~6日勤務」

 彼は娘の死が国際労働団体の報告書に載せられた事実も知らずにいた。ハンギョレは、彼が接触した最初のメディアだった。

 3年前のその日の午後2時、タムさんと最後に電話で話した。タムさんは「頭がすごく痛い」と言った。その一方で「明日と明後日の二日休むので、お母さんの顔を見に行く」とうれしそうに言っていた。唯一都市生活をした二番目の娘。法学部に合格するほど勉強ができたのに、家の経済状態のために工場への就職を選んだ。それでもしっかりしていた娘だ。

 タムさんは、高校を卒業すると家を出た。ハノイのある電子工場で製品検査の仕事をした。同じ年頃に比べて落ち着いていて、幼い弟妹の面倒を見、同じ年頃のようにメイクにも関心が強かった。その頃、タムさんが「今はお金を稼ぐけど、後で勉強して夢をかなえたい」という文章を日記に残していたことを、父親は娘が死んだ後に知った。

 そうするうちにサムスン電子の工場に通うことになった。もっとお金を稼ぐためだった。サムスンの工場に通って、月に800万~900万ドン(4万~4.5万円)ほどを受け取った。900万ドンは、ベトナムのサムスン工場労働者の平均賃金を上回る。契約職として入社したばかりのタムさんが、それだけ稼いだというのは長時間残業をした結果ということが工場の同僚たちの説明だ。タムさんの兄は「昼夜交代で週5~6日働いていたと聞いている」と話した。

「頭が痛いとよく言っていたか」

 タムさんとの最後の通話が終わってわずか2時間後の午後4時頃、再び電話が来た。タムさんではなかった。サムスン電子の韓国人職員だった。電話を受けた父親は彼の性が“チ”なのか“パク”なのか、よく覚えていない。サムスン電子ベトナム工場の“高位層”である韓国人管理者は、現地労働者と接触することはほとんどない。韓国人管理者が現場労働者の保護者に連絡を取ったということは、工場で深刻な事態が起きたという兆候だった。

 彼は「娘に問題が生じたので大きな病院に移す」と伝えた。そして「娘さんは頭が痛いとよく言っていたか」と尋ねた。タムさんの父親は、大いに慌てて理由を尋ねることもできなかった。

 タムさんの死を記録した国際環境労働団体IPENが2017年11月に出した「ベトナム電子産業女性労働者の話」という報告書によれば、「タムさんはサムスン社内の医療センターで治療を受け、午後4時頃に応急治療のために軍病院に移送され、5時30分頃に死亡した」と記されている。

 
サムスン電子の工場で働いて死亡したルー・チ・タイン・タムさんの父親のルー・バン・ティエップ氏に5月16日、イエンディンの彼の自宅で会った。ハンギョレは韓国内外をあわせて彼が初めて会ったメディアだった=イエンディン/チョ・ソヨン<ハンギョレTV>ディレクター//ハンギョレ新聞社

遺族の同意なしでなされた解剖検査

 午後6時、父親は娘の死を知らされた。その時「解剖検査」という単語を聞いた。父親は、解剖検査という言葉の意味さえ分からなかったと話した。「何とかいう医学的措置をすると言った。私は、私たちが行くから、それまで何もしないでくれと言った」。彼は、死亡通知をサムスンがしたのか、警察がしたのか、よく覚えていなかった。だが、解剖検査という単語だけははっきりと話した。それは彼の世界にはなかった単語だった。

 タムさんの兄が状況を鮮明に覚えていた。「父との通話で解剖検査をすると言っていたし、その後家族のうちで私が一番最初に病院に到着したが、サムスンと警察が再び解剖検査の話から切り出した」と話した。家族の意向に沿って兄も反対した。だが「サムスンと警察がすでに解剖検査を決めた状況」だった。娘あるいは妹を失った家族には悲しむ時間もなかった。ベトナムも韓国同様に遺体を傷つけることを嫌う。一人きりの娘が死んだのに、なぜ解剖検査の話から聞かなければならないのか、あれほど反対したのになぜ勝手にしたのか、その時も今も理解できない。サムスンでの労災問題を主に扱ってきたチョ・スンギュ労務士は「死亡直後に解剖検査を提案し、家族の反対にもかかわらず警察まで前面に出して解剖検査を強行したというのは、その死亡をめぐって何か隠したいものがあったと推定される」として「サムスンは工場労働者の死亡事態が発生すれば、死因を工場とは直接関連ないことにするための対応をする」と話した。

「死は工場とは関係がない」という警察

 警察は、葬式に到着したタムさんの家族に「タムさんの死は工場とは関係ない。運が悪かった」という話をした。解剖検査が終わって30分後、サムスンの職員が棺を買ってきた。タムさんの死が世の中に知らされたのは、その棺を売った葬儀社のためだった。この葬儀社は、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に「サムスン工場で人が死んで棺を買っていった」と上げた。この文はしばらくして削除された。

 タムさんは故郷に埋葬され、彼女の遺品はベトナムの風習に従って焼かれた。葬儀の手続きがすべて終わった2016年9月7日、匿名のサムスン関係者がベトナムのローカルメディアのインタビューに応じた。「タムさんは2年契約職で、4カ月間サムスンの職員として勤務し、工場のクリーン事務室で職員の衣服や制服を運ぶ仕事が主な業務だった」と明らかにした。

 ベトナム警察は、タムさんが「心筋炎」(心臓の筋肉の炎症)で死亡したと10月6日にローカルメディアに明らかにした。ベトナム女性環境労働団体のCGFEDは、警察からタムさんがサムスン電子のタイグエン工場のクリーンルームで仕事をしていて、頭痛で倒れ応急治療のために91軍病院に運ばれたが、午後5時30分頃に死亡したという事実を確認した。解剖検査の結果、毒性物質は発見されなかったと警察は明らかにした。

軍病院、死亡診断書の発行を拒否

 だが、遺族たちは警察の調査結果に今も解けない疑問を抱いている。タムさんの兄は、医者に死亡診断書の発行を要求したが拒否された。医師は「死亡診断書はない。ただし死亡推定時刻は5時」と話した。警察の公式発表より30分早い時刻だ。さらに、死亡場所が病院なのか工場なのかも不明だ。タイグエン91軍病院の関係者は、ハンギョレと会った席でも「サムスン工場の労働者の死については私たちは何も話せない」として、タムさんの死に対して沈黙を守った。

 タムさんは、サムスンに採用される時に健康診断を受け、何の問題もなかった。ところが4カ月後には工場内で死亡した。何のためだったのか。韓国産業災害(労災)基準表によれば、心臓疾患の一つである心筋炎は、「過労とストレス」から始まる。ウイルスに感染したり毒性物質に露出して発病したりもする。韓国では、半導体工場で仕事をした労働者が、週当り70時間働いて急性心筋炎で死亡し、労災を認められた事例がある。タムさんが家に送金した金額と、家族の陳述を総合すれば、タムさんは週当り60~70時間勤務していたものと見られる。夜昼交代で仕事をしたので、長時間にわたり不規則な労働で苦痛を受けたという推定が可能だ。過労死の可能性を排除できない。

 
タムが亡くなったタイグエン軍病院の入口(下)。軍病院の医師はハンギョレに「サムスン工場の労働者の死については何も話せない」として取材を拒否した=チョ・ソヨン<ハンギョレTV>ディレクター//ハンギョレ新聞社

過労死・有害物質露出の可能性

 サムスンがタムさんの業務について「クリーン事務室で衣類を運んでいた」と説明したことも注目に値する。クリーンルームは、製品の不良率を下げるためにホコリを統制する空間だ。防塵システムのために換気効率が悪い。クリーンルームの内部には、発ガン物質の揮発性有機化合物が長く滞留する。タムさんが有機化合物に露出した可能性がある。

 衣類の運搬も「交差露出」のリスクがある職務だ。交差露出とは、「本人が直接使わなくとも、汚染された物質と接触して化学物質に感染する状況」を言う。本人が直接使っていない化学物質によって交差露出する恐れがあるということは、すでに韓国国内の半導体工場のクリーンルームで実験を通じて確認されている。2012年の産業安全保健研究院の調査結果によれば、クリーンルームは空気を再循環する設備の特性上、他の生産プロセスで発生した有害物質が再流入したり混じって滞留し、発ガン物質が2次生成物質(工程副産物)になりうる。ある衣類売場でビニール包装された衣類を解いて陳列する仕事をしていた労働者が、生産プロセスで衣類に付いた化学物質の毒性のために健康上の問題を起こした事例が報告されたこともある。ハンギョレが入手したサムスンの「(韓国)国内携帯電話工場作業測定書」によれば、携帯電話工場のクリーンルームでは、発ガン物質に分類される有害化学物質が数種類使われている。タムさんが運んだ衣類(防塵服)も、化学物質に汚染されていた可能性がある。専門家たちは、防塵服を洗濯する過程でもホコリおよび静電気防止のために多くの有機溶剤や化学薬品が使われるだろうと指摘した。

 他の労働者に比べて相対的に高い学歴(高卒)と、電子工場での勤務経歴を持つタムさんが、衣類回収業務でなく他の業務を遂行していた可能性もある。これに対してサムスン問題を研究してきた専門家たちは、「サムスンは見習工も生産ラインに投じ、正規職と同じ仕事をさせるが、契約職として正式入社させた職員に服の整理だけをさせていたというのは理解しにくい」と指摘した。

 
          タムの兄は、自分の結婚写真に亡くなった妹を合成して入れた//ハンギョレ新聞社

補償もサムスン方式で

 娘が先立ち3年が経ったが、父親は今も娘の死が信じられない。娘の物も片づけられずにそのままにしてある。父親は、娘が「毒性物質のために突然死んだのではないだろうか」と疑っている。兄も「化学物質を取り扱うと言っていたが、そのために死んだようだ。今でも正確な死亡原因を知りたい」と話した。

 タムさんの家族は、サムスンから死に対する説明もきちんと聞けなかったし、謝罪も受けられなかった。葬儀の手続が全部終わった後、再び遺族と会ったサムスンの職員J氏は、2億ドン(約100万円)を支給すると通知した。ただし、1億ドンずつ二回に分けて支給すると話した。

 ベトナムの労働法は、事業場で労働者が死亡した場合、業務との関連性が認められれば3年分の給与、認められなければ1年分の給与を支給すると定めている。サムスンが提示した金額は、タムさんの2年分の給与程度だ。サムスンは、タムさんの死と業務の関連性を認めたのだろうか。

 サムスン工場での労災問題と関連して、長く活動してきたパンオルリムのイ・ジョンラン労務士は「事件自体を消去しようとするサムスンの典型的方式」と指摘した。「お金を支給すると約束した後で、外部への口外などを困難にさせ、密かに問題を解決するやり方」とし「(韓国)国内でもこうした繰り延べ支給の事例があった。補償費という項目を作らないために、事業費から資金を少しずつ集めて支給した事例もあった」と話した。

「電子業界は最も秘密が多い産業」

 白血病で死亡したファン・ユミさんの父親、ファン・サンギ氏などの長い闘争で、先端清浄産業と包装された半導体産業の危害性が世の中に知られた。その過程で“クリーンルーム”が労働者にとってきれいな環境ではなく、製品の汚染を制御するために各種の化学物質に露出した空間であることも明らかになった。サムスンは、半導体工場で起きた白血病などの疾患による死亡に対して謝罪し、補償に合意したが、病気の原因が工場にあったことは依然として認めていない。関連化学物質の公開もしていない。電子産業の有害性に共同対応するための国際ネットワーク「技術の社会的責任のための国際運動」(ICRT)の活動家であるテッド・スミス氏は「電子業界は最も秘密が多い産業」と話す。

 タムさんの死に対して、サムスン工場の労働者の健康問題に対して、多くの質問をサムスンに投じた。サムスンは「全役職員が安全な事業場で個人の価値と権利を尊重され仕事が出来るよう、持続的に点検し、不十分な部分が発見されれば徹底して改善し管理する」と答えた。

ハノイ、タイグエン、イエンディン(ベトナム)/キム・ワン、イ・ジェヨン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

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