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朝鮮・韓国・中国・ロシアとの友好交流促進
日本語版新聞紹介

所得のない若者に対する直接的な支援策である「若者手当」の実験の成果が確認されたというのがソウル市の説明だ。

2019-05-15 | 必ず一生の思い出になる。

ソウル市若者手当を受けた47%が社会進出…

手当の97%を生活費・就職費用に使用

登録:2019-05-15 08:43 修正:2019-05-15 11:43

「ほかの政策より直接役に立つ」 
「若者手当を目的に沿って使っている」

 
2016年8月14日午後、ソウル市若者手当に対する政府の職権取消措置を批判する横断幕がソウル図書館の外壁にかかっている。ソウル市は若者手当に対する政府の職権取消に抗議し市庁舎や街頭、地下鉄などに横断幕や広告を掲げた=キム・ミョンジン記者//ハンギョレ新聞社

 若者手当を受けたソウルの若者の約半数が、就職・創業をしたり芸術など創作活動をしているという調査結果が出た。所得のない若者に対する直接的な支援策である「若者手当」の実験の成果が確認されたというのがソウル市の説明だ。

 14日、ソウル市が発表した報告書「2017年ソウル市若者活動支援事業参加者に対する2018年追跡調査」によると、2017年度に若者手当を受けた人のうち、今回の調査に回答した2002人の38.7%が就職し、2.1%は創業したものと集計された。芸術など創作活動をする若者(6.4%)まで加えると、若者手当を受け取った人の半分に近い47.2%が社会参入に成功した。

 また、若者手当を受けた人々の満足度も毎年改善していることが分かった。2016年に66.8%だった満足度は、2017年に73.3%に上がった後、昨年99.4%に急増した。満足度が高い最大の理由として、回答者の88.7%が「ほかの政策より直接役に立った」(88.7%)と答えた。求職の目標達成に「非常に役立つ」と回答した割合も、2016年の60.2%から昨年は83.0%に増えた。

 若者たちは、手当の97%を生活費や予備校・教材費、面接・セミナー費などに使った。生活費に41.4%、予備校費・教材費に36.9%を使用しており、昨年(生活費42.4%、予備校費・教材費36.5%)と似た数値だ。残りの手当も面接費用(11.5%)、セミナー費用(7.4%)などで、ほとんどが就職や起業などのため使われたものと調査された。

 ソウル市は「若者手当の参加者はほとんどが民間企業への就職や公務員試験、創作活動などを準備中の未就業の若者で、大半が若者手当を活動目的に符合するかたちで使用しており、該当する家庭や親の経済的負担を減らす効果もあると分析される」と説明した。

 今回の調査は、ソウル市と西江大学現代政治研究所のイ・ジホ、ソ・ボッキョン研究員の依頼で、世論調査会社サーベイモブが昨年9月11日から21日まで、2017年度の若者手当参加者を追跡調査した結果だ。ソウル市は、若者手当政策の実効性を検証するために、2017年度ソウル市若者活動支援事業参加者の昨年の社会活動状況をオンライン・アンケートを通じて確認した。

 若者手当は、ソウル市に住む満19~34歳の未就業の若者のうち、最終学歴を卒業(修了)後2年以上の求職者が申請できる。ただし、若者手当を受けたことがある人、在学生、週30時間以上・3カ月以上雇用保険加入労働者として定期所得がある人、基礎生活受給者、中位所得150%以上の世帯の若者などは申請できない。選定された若者には、毎月50万ウォン(約5万円)ずつ、最長6カ月間支援される。今年のソウル市若者手当の選定者は1万3945人だ。

 市は1月、ソウル研究院と民間研究所ラボ2050が提案した「若者基本所得政策実験」も推進を検討中だ。所得水準と就業状態など制限のある若者手当と異なり、若者基本所得は条件なしに若者たちに同一金額を支援する政策だ。ラボ2050は、月50万ウォンの若者基本所得を支給する集団(1600人)と支給しない集団(800人)を分けて、2年間基本所得の支給の効果を検証しようと市に提案した。

チェ・ユンテ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
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最高裁が日帝強制動員被害者に対する日本企業の損害賠償請求権を認めた判決を下した後、初めて開かれた控訴審裁判である。

2018-11-01 | 必ず一生の思い出になる。

「死ぬ前に願いを叶えさせてほしい」…

勤労挺身隊被害女性の涙の訴え

登録:2018-11-01 06:16 修正:2018-11-01 07:13

 
先月31日午後、三菱重工業を相手取った控訴審の裁判が終わった後、キム・ジェリムさん(88)が「73年間待っていた」というプラカードを持って感想を述べている=市民の会提供//ハンギョレ新聞社

 「(私には)残された日があまりありません。生きている間に願いを叶えさせてほしいと思います」

 31日午後、光州(クァンジュ)高裁204号法廷で、光州高裁第2民事部(裁判長チェ・インギュ)の審理で開かれた裁判で、キム・ジェリムさん(88)はこう語った。朝鮮女子勤労挺身隊として日本に連れて行かれたキムさんは同日、三菱重工業を相手取った損害賠償請求訴訟控訴審の裁判の原告として裁判に出席した。キムさんら勤労挺身隊のハルモニ(おばあさん)と家族ら4人は2014年2月、三菱重工業に対する第2次損害賠償訴訟を起こした。最高裁が日帝強制動員被害者に対する日本企業の損害賠償請求権を認めた判決を下した後、初めて開かれた控訴審裁判であることから、注目が集まった。

 1944~45年に強制動員された10代初めから半ばの少女たちは、日本の軍需工場に連れて行かれた。1944年5月末、「女学校に通わせてあげる」という言葉に騙されて日本に渡ったキムさんは、1945年10月末まで三菱重工業名古屋航空製作所で働いたが、賃金をもらえなかった。1944年12月の大地震(昭和東南海地震)の際、倒壊した建物の下敷きになったキムさんは、辛うじて命は助かったが、一緒に逃げ出した従妹は遺体さえ見つからなかった。賃金を一銭ももらえずに帰国したキムさんは、結婚して二人の子どもをもうけたが、夫と死別し、艱難辛苦の多い人生を送ってきた。

 
勤労挺身隊女性たちの訴訟を支援する市民団体「勤労挺身隊のハルモニたちと共にする市民の会」が、同日の裁判が終わった後、光州地裁の正門前で記者会見を行っている=市民の会提供//ハンギョレ新聞社

 勤労挺身隊の被害者たちは、2012年10月から光州地裁に三菱重工業を相手取って3件の損害賠償請求訴訟を起こしている。ヤン・グムドクさん(89)ら5人が提起した最初の訴訟は、控訴審まで勝訴したが、2015年7月から最高裁判所の全員合議体に係留中だ。同事案をめぐっては、ヤン・スンテ司法府の裁判故意遅延疑惑が持ち上がっている。キムさんらが提起した第2次訴訟も、昨年8月の1審で勝訴し、キム・ヨンオクさん(86)と被害者の甥2人が昨年8月に提起した第3次訴訟も1審で勝訴したが、三菱重工業が判決を不服として控訴した。

 同日の裁判で、三菱側の弁護士は「類似した訴訟が現在最高裁で審理されているだけに、その結果を踏まえて判決してほしい」と述べた。だが、原告側の弁護人は「今回の事案は、30日に最高裁で判決が下された事件と争点は同じだ。原告が高齢であることを考慮すると、判決を遅らせてはならない」と述べた。裁判部は弁論終了後、原告らの意思を反映し、当初12月中旬以降に行うことが議論されていた判決期日を12月5日に指定した。

 
 2012年10月に三菱重工業を相手に初の損害賠償を起こした勤労挺身隊被害者のヤン・グムドクさん(89)が先月31日、記者会見を行っている=市民の会提供//ハンギョレ新聞社

 勤労挺身隊女性たちの訴訟を支援する市民団体「勤労挺身隊ハルモニたちと共にする市民の会」は同日、裁判が終わった後、光州地裁正門前で記者会見を開き、「30日の最高裁全員合議体の日帝戦犯企業の新日鉄住金に対する再上告で、原告勝訴判決を言い渡したことを歓迎する」としたうえで、「原告たちが90代前後の高齢者であることを考慮し、戦犯企業らは速やかに原告たちに謝罪し、解決に乗り出すべきだ」と主張した。

チョン・デハ記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)
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2018-06-29 | 必ず一生の思い出になる。

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入場券あります。

2018-06-26 | 必ず一生の思い出になる。

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 ドナルド・トランプ米大統領の「韓米合同軍事演習の中止」発言が6・12朝米首脳会談で議論され、合意された事案だったことが分かった。

2018-06-14 | 必ず一生の思い出になる。

トランプ大統領、米国防総省と

事前協議の上で金委員長と「韓米軍事演習中止」に合意

登録:2018-06-14 06:52 修正:2018-06-14 07:30


「韓米連合演習中止」の背景と展望 
トランプ大統領、首脳会談後のABCとのインタビューで  
「私が提案、ウォーゲーム中断したい」  
米国防総省「事前に調整されたメッセージ」  
韓国政府とは事前協議なかったもよう  
大統領府「発言の正確な意味を把握する必要がある」  
「小規模訓練は続ける」との見通しも

 
北朝鮮の「労働新聞」は12日に朝米首脳会談が開かれたシンガポールのカペラホテルで金正恩国務委員長とジョン・ボルトン米ホワイトハウス国家安保会議補佐官が握手する様子を、13日付で報道した/連合ニュース

 ドナルド・トランプ米大統領の「韓米合同軍事演習の中止」発言が6・12朝米首脳会談で議論され、合意された事案だったことが分かった。北朝鮮に対する脅威の解消に向けた米国の初めての措置となる合同演習の中止が、朝鮮半島における平和構築の過程でいかなる役割を果たすかに注目が集まっている。

 「労働新聞」など、北朝鮮メディアは13日、金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長が前日の朝米首脳会談で、朝鮮半島の平和と関連し、「相手を刺激して敵対視する軍事行動を中止する勇断を下さなければならない」と述べたことに対して、トランプ大統領が「理解を示し、朝米間に善意の対話が行われている間は、朝鮮側が挑発と見做す米国と南朝鮮の合同軍事演習を中止すると明らかにした」と報道した。

 トランプ大統領が前日の記者会見で、「(北朝鮮と)非常に包括的かつ完全な合意を交渉する状況で、ウォーゲーム(合同演習)をすることは不適切であり、非常に挑発的な状況」だとし、合同演習を中止する意向を示した背景を説明したのだ。金委員長が問題提起を行い、これをトランプ大統領が受け入れたという意味だ。しかし、トランプ大統領は同日、米国のABC放送のインタビューでこれと関連し、「私が提案し、私がやりたいことの一つはウォーゲームを中断すること」だとし、本人の提案だったという趣旨で説明した。

 現在定期的に実施されている大規模な韓米合同演習には「キーリゾルブ」と「トクスリ演習」、「乙支フリーダムガーディアン」などがある。訓練が実際に中止されれば、初の事例は8月に予定された乙支フリーダムガーディアン演習になる公算が高い。合同演習の中止には前例がある。1992年のチームスピリット演習は、対話ムードを作るためとの理由で実施されなかった。今回、トランプ大統領が演習の中止に「交渉が行われている間」という条件をつけたのは、訓練を実施するかどうかを今後の朝米交渉のテコにするためと見られる。

 米国防総省はトランプ大統領の合同演習の中止発言が事前協議を経て調整されたメッセージだと明らかにした。ロイター通信は、ダナ・ホワイト国防総省報道官が、トランプ大統領の合同演習中止発言がジェームズ・マティス国防長官との事前協議を経たものであることを明らかにしたと報じた。

 韓国政府と事前協議はなかったものと見られる。大統領府は「合同演習の中止」発言が出た翌日の13日にも、「発言の正確な意図や意味を把握する必要がある」と繰り返し述べたたけで、「韓米間の事前協議があったか」という質問にも「答弁する情報がない」と答えた。米国は、過去にも在韓米軍の削減など韓米同盟の懸案を韓国政府と協議なしに一方的に決定した前例がある。事前協議がなかったとすれば、同盟間の信頼を損うものとして議論になる可能性がある。

 政府は韓米当局間接触を通じてトランプ大統領の真意を確認した後、対策を協議する計画だ。大統領府当局者は「14日、文在寅(ムン・ジェイン)大統領が主宰する国家安全保障会議(NSC)を開き、朝米首脳会談の結果を評価し、後続措置案などについて協議する」と話した。

 しかし、政府が合同演習中止の決定に反発する可能性はそれほど高くない。政府はすでに、合同演習の縮小問題を米国と協議したことがある。ソン・ヨンム国防部長官は、今回の朝米首脳会談の10日ほど前、シンガポールで開かれたアジア安全保障会議(シャングリラ会合)に出席した際に、マティス米国防長官と韓米国防長官会談を行ない、会談後「今後、韓米合同演習を『ローキー(控えめなレベル)』にすることでマティス長官と合意した」と明らかにした。しかし、当時、国防部の実務者たちは「『演習は計画どおり実施するものの、マスコミ公開および広報は自制する』という意味」だと話した。

 米国では今回の合同演習中止の決定について「過度な譲歩」という批判の声もあがっている。ウィリアム・コーエン元国防長官は「韓米合同演習の費用が高いとしても、戦争で敗北した時の費用はさらに高い」と話した。米国防総省ではトランプ大統領が明らかにした合同演習中止の範囲などをめぐり混乱が起きていると、ウォールストリートジャーナルが報じた。国防総省のある高官は、小規模訓練も中止の対象なのかを確認すべきだと指摘したのに対し、他の高官は小規模訓練はこれからも続くだろうという見通しを示した。

パク・ビョンス先任記者、イ・ボニョン、キム・ボヒョプ記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)
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報告がちょっと遅くなりましたが、103人集まりました。

2017-11-23 | 必ず一生の思い出になる。

            

 当日は、友人の参加もあり103人が集いました。京都新聞夕刊にも投稿し紹介されるはずです。参加された皆さんありがとうございました。

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 再会の日は、2017年10月25日に決まる。写真のビアンカ船上で・・・

2017-04-02 | 必ず一生の思い出になる。

                      

 

     「昭和28年度旧乙訓郡内の小学校(向陽・神足・長法寺・大山崎・大原野・大藪)卒業、

      31年度乙訓中・長岡中学校卒業生の合同同窓会」参加呼びかけ

 

 昨年秋に長岡中学校の同窓会幹事の方々から「昭和31年度乙訓中・長岡中学校卒業生の合同同窓会」のお誘いがあり、9月15日に向日市の“太郎さん”で打ち合わせをしました。

長岡、大原野・久世・大山崎・向日市から18名が集まりました。学年全体で同窓会をやっていないのは、向陽校だけだということがわかりました。

向陽校についても竹・桜・菊、組はよく開かれているが、松・梅はあまり開かれていないといとことでした。

 また、乙訓中学校時のクラス会は、殆ど行われておりませんが、(1年5組・2年1組合同同窓会をしたことがある。)

小学校の合同同窓会は、向日市以外は全部やっているとのことでした。 10月28日、太郎さんで向陽5クラスの相談会をしました。

松組は、北尾さんと清水さん、竹組は、野口さん、梅組は、須藤さんと清水さん、桜組は、島さんと中山さん、菊組は、大橋が出席しました。

相談の結果、長岡から呼びかけられている、琵琶湖遊覧船ビアンカ貸切で、「同窓会」を、やろうということになりました。

 

 本年に入り、3月28日、浜大津港ビアンカ船上で、琵琶湖汽船の担当者の説明を聞きながら、次のことを決めました。

 (参加は、向陽5、長岡5、大原野3、山崎1 計14名)

 

       日  時 : 2017年10月25日(水)10時15分集合 

      集合場所 : 浜大津港乗り場前 受付を置く。

             京都地下鉄、浜大津行き終点  駅より徒歩3分

             JR大津 駅前からバス浜大津行き 下車徒歩3分

      会  費 : 一万円 船上4時間 

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米国ニューヨーク州のエドワード・ブラウンスタイン下院議員:被害者の方々の名誉回復のために一所懸命に努力します。

2017-07-06 | 必ず一生の思い出になる。

米議員、「慰安婦被害者の名誉回復のために努力する」

登録 : 2017.07.05 23:28 修正 : 2017.07.06 07:08

 

ニューヨーク州下院議員が5日午前、「ナヌムの家」訪問 
ブラウンスタイン議員「韓日慰安婦合意は適切でなかった」

エドワード・ブラウンスタイン米ニューヨーク州下院議員が5日午前、京畿道広州市の「ナヌムの家」を訪問し、慰安婦被害者のイ・ヨンスさんを慰労し抱擁している/聯合ニュース

 「日本軍慰安婦として連れていかれた被害者ハルモニ(おばあさん)たちの暮らしの報告を直接聞いて、辛さが一層募りました。これからも被害者の方々の名誉回復のために一所懸命に努力します」

 

 米国ニューヨーク州のエドワード・ブラウンスタイン下院議員(36・民主党)が5日午前9時30分頃、京畿道広州市(クァンジュシ)の「ナヌムの家」を訪問し、慰安婦被害者たちを慰めた。

 

 ブラウンスタイン議員は2時間ほどナヌムの家に滞在し、「日本軍慰安婦歴史館」を見学し、慰安婦被害者であるハ・ジョムヨンさん(95)、パク・オクソンさん(93)、キム・グンジャさん(91)、イ・ヨンスさん(89)と面談した。

 

 被害者の女性たちはこの日、「2015年12月の韓日慰安婦合意は私たちを売り払ったことに他ならない。容認できない」と悔しさを吐露した。これに対しブラウンスタイン議員は「合意文にある内容自体が具体的でないうえ、あいまいだったと理解している。当時行われた合意は適切でないと思う」と答えた。

 

 面談を終えたイ・ヨンスさんは、ブラウンスタイン議員の胸にナヌムの家で作ったバッジをつけた後、被害者女性が描いた「連れて行かれる」という絵をプレゼントした。

 

 ブラウンスタイン議員は、在米韓人が多く居住するニューヨークのクイーンズ26選挙区選出の下院議員で、毎年東海併記法案を議会に上程している。法案はニューヨーク州の公立学校で使用される教科書に東海(East Sea)を日本海(Sea of Japan)と併記して、併記ができない場合には東海を単独で表記することを義務化する内容だ。

 

 彼は2013年、ニューヨーク・マンハッタンの国連駐在日本代表部前でニューヨーク州のローン・キム下院議員と共同記者会見を開き、「(太平洋戦争当時)日本軍慰安婦制度は必要だった」という日本の橋下大阪市長の妄言を糾弾したりもした。

 

 ナヌムの家関係者は「外交部の招請で訪韓したブラウンスタイン議員は、直接外交部を通じてナヌムの家訪問を要請した」と伝えた。ナヌムの家には10人の慰安婦被害者女性らが生活している。

 

キム・キソン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

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トーマス・バッハ国際オリンピック委員会委員長「南北間の対話と和解は、オリンピック精神にも合致する」と・・・。

2017-07-01 | 必ず一生の思い出になる。

バッハI0C委員長「五輪通じた南北和解の努力に感謝」

登録 : 2017.07.01 03:02 修正 : 2017.07.01 07:12

バッハ国際オリンピック委員長の記者会見

トーマス・バッハ国際オリンピック委員長(左)とチョ・ジョンウォン世界テコンドー連盟総裁が6月30日午前、全羅北道茂朱郡テコンドー園プレスセンターで記者会見を行っている=茂朱/聯合ニュース

 トーマス・バッハ国際オリンピック委員会(IOC)委員長が韓国政府のオリンピックを通じた南北の和解に向けた努力を支持すると改めて強調した。

 

 訪韓中のバッハ委員長は30日、全羅北道茂朱(モジュ)テコンドー園T1競技者で開かれた記者会見で、「文在寅(ムン・ジェイン)大統領のオリンピックを通じた南北間の和解及び対話の努力に非常に感謝する」とし、「南北間の対話と和解は、オリンピック精神にも合致する」と明らかにした。

 

 バッハ委員長は30日に幕を下した世界テコンドー選手権の閉会式に出席するため29日に訪韓した。

 

 バッハ委員長はまた、「国際オリンピック委員会は今年2月、すでに北朝鮮オリンピック委員会に、平昌オリンピックへの参加を勧めた。 私たちは、北朝鮮の選手がオリンピック出場資格を得られるように協力する」と明らかにし、「その他部分は文在寅大統領と7月3日に会って協議する」と話した。

 

 バッハ委員長はしかし、北朝鮮選手らの平昌冬季オリンピックへの参加に協力することが南北単一チームの構成に対する言及に映ることについては、警戒感を示した。バッハ委員長は「国際オリンピック委員会は、単一チームについて公式的にいかなる決定も下していない」と明らかにした。

 

イ・チャニョン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

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大学生チョン・イドゥンさん(21)は1987年に起きた6・10民主抗争(以下6月抗争)についてあまり知らなかった。

2017-06-22 | 必ず一生の思い出になる。

ろうそくが出会った6月「あの日がなかったなら、私たちは…」

登録 : 2017.06.09 03:48 修正 : 2017.06.13 11:55 

KBS、6・10抗争30周年ドキュメンタリーを公募 
10代20代が直接カメラを持って 
1987年当時の参加者の証言を採録した 
民主化運動史記録プロジェクト 
当選作4本を10日夜に放送

6月抗争30周年を迎え、KBSが民主化運動記念事業会とともに実施した公募プロジェクト「6月物語」に参加したオ・スンイルさんとチョン・イドゥンさん=KBS提供//ハンギョレ新聞社

 大学生チョン・イドゥンさん(21)は1987年に起きた6・10民主抗争(以下6月抗争)についてあまり知らなかった。「中学高校の教科書で現代史は最後の部分に1段落程度出ます。それも期末テストが終わった時点で習います。試験に出ないから、(勉強に)力を入れることもありません」。発生した理由と結果だけを知っていた彼女は「これからは毎年6月になると、6月抗争を思い出し、その意味をもっと深く考えるようになりそうだ」と語った。

 

 そのきっかけとなったのが、KBS(韓国放送)が6月抗争30周年を迎え、民主化運動記念事業会とともに実施した公募プロジェクト「6月物語」だ。ろうそく世代が6月抗争を経験した人たちに直接会い、当時の話を聞いて、これを60分の採録ドキュメンタリーにして提出するものだった。3月末から5月初めまで、チョン・イドゥンさんを含め、合わせて70チームが参加した。チョンさんは、社会人映画同好会で会ったオ・スンイルさん(50)をインタビューして採録ドキュメンタリーを作った。オさんは1987年当時、延世大学の学生として6月抗争を経験し、延世大学の新村セブランス病院で李韓烈(イ・ハンヨル)烈士の遺体を守るため開かれた座り込みデモにも参加した。チョンさんは「映画やドキュメンタリーを作ることに関心があり、軽い気持ちで参加したが、準備して勉強するうちに、民主化運動の深い意味とこれを記録して残すことの重要性に気づいた」と話した。彼女はこのドキュメンタリーでグランプリの「国会議長賞」を受賞した。

 

6月抗争30周年を迎え、KBSが民主化運動記念事業会とともに実施した公募プロジェクト「6月物語」に参加したシン・エジャさんとイ・インジさん=KBS提供//ハンギョレ新聞社

 17歳のキム・ミジさんは光州(クァンジュ)で6月抗争に参加したソン・ドゥクヨンさん(53)の話を当時の資料とともに詳細に採録し、「韓国放送社長賞」を受賞した。イ・インジさん(19)は、江原道原州(ウォンジュ)基督病院で看護士として働いていたシン・エジャさん(51)がその地域で行った抗争の話を描き、「民主化運動記念事業会理事長賞」を受賞した。「特別賞」を受けたカン・ギョンシクさん(26)のほか6人(キム・ドヨン、パク・サンヒョン、イ・ヨンドン、イ・ジヒョン、ユン・ヒェジュン、キム・スンヒョン)は日本人留学生として87年8月に韓国に来て、6月抗争後の韓国社会を1年間現場で見守った元朝日新聞記者の植村隆さんの経験をドキュメンタリーに盛り込んだ。このプロジェクトを担当したKBSのイ・ドギョンプロデューサーは「共同体の歴史を継承して記録することの重要性を知らせたかった。啓蒙主義的な見方より市民らが主体的に参加し、自ら気付いていく過程に意味があると考えた」と話した。参加者たちのほとんどがデジタルカメラやスマートフォンなどで直接撮影・編集し、短くは数日、長くは2週間かけて完成した。

 

 今年は6月10日は、昨年10月から始まったろうそく集会を通じて私たちの手で大統領弾劾と政権交代を実現させた後、初めて迎える6月抗争30周年という点で、特に意義深い。直接選挙制改憲を勝ち取ったものの、民主政府の樹立まで突き進んでいくことができなかった30年前の「未完の課題」を、当時の主役だった先輩たちと今日の後輩たちが手を取り合って一緒に成し遂げた。このプロジェクトが、ろうそく世代の視線で6月抗争を見つめ直すことを目指し、企画されたのもそのためだ。キム・ミジさんが採録した当時朝鮮大学学生として6月抗争に参加したソン・ドゥクヨンさんは、ドキュメンタリーで「昨年の朴槿恵退陣のためのろうそく(集会)もまた、全国民的な闘争だったという点で、6月抗争が昨年と今年を貫く弾劾政局の源泉だと言える」と語った。イ・インジさんは「このプロジェクトを進めながら、6・10民主抗争を繰り広げなかったら、あの時の民主化が行われなかったら、昨年のろうそく集会が起きただろうかと考えるようになった」と話した。

 

6月抗争30周年を迎え、KBSが民主化運動記念事業会とともに実施した公募プロジェクト「6月物語」に参加した植村隆さんとカン・ギョンシクさん=KBS提供//ハンギョレ新聞社

 ろうそく世代も、6月抗争世代も皆“平凡な”人だという点で、ドキュメンタリーはむしろ生々しい。李韓烈烈士に比べ、自分は肉体的に苦痛を受けたことはないという申し訳ない思いから、毎年文化行事を開くシン・エジャさんや、催涙弾に当たるかもしれないと怯えていたと語るソン・ドゥクヨンさんなどの経験談には、私たちに似ているからこそ、人々を引き込む力がある。特に、マスコミが注目しなかった日常の話も発掘された。慶尚南道馬山(マサン)に住むホ・ジンスさん(62)は、息子のホ・ユンさん(23)に6月10日当時、馬山(マサン)で開かれた大統領杯サッカー大会でエジプト対韓国の試合がデモでどのように中断されたかを聞かせながら、競技場の観衆がデモ隊に加わり、当初1500人のデモ隊が3万人に増えたと伝えた。チョン・イドゥンさんは「催涙弾の話や白骨団などデモの状況を具体的に知らなかったが、細かく知ることができて良かった」と話した。

 

6月抗争30周年を迎え、KBSが民主化運動記念事業会とともに実施した公募プロジェクト「6月物語」に参加したソン・ドゥクヨンさんとキム・ミジさん=KBS提供//ハンギョレ新聞社

 先輩たちに会って、当時の話を聞くだけで後輩たちは変わる。チョン・イドゥンさんは「弘益大学の李韓烈記念館前をよく通り過ぎながらも、一度も入ったことがなかったが、今回の機会に記念館も訪問し、写真資料も見て、(彼について)深く知ることができた。忘れさられる前に残すことも重要だと思う」と話した。カン・ギョンシクさんは「連帯意識は持っているものの、社会問題に積極的に行動したことはなかった。しかし、今回のプロジェクトに参加し、ろうそく集会の延長線上で市民として地道に声を出さなければならないと考えるようになった」と語った。イ・インジさんは「歴史に関心を持ってより深く知っていくほど、現代社会で私がどんな存在なのかに気づかされる」と話した。KBSは4本の作品を編集し、10日午後10時30分に第1テレビで放送する。

 

ナム・ジウン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

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日本の野党共闘は、韓国革新大統領選挙勝利=無血民衆革命に至る経過から何を学ぶのか?

2017-05-11 | 必ず一生の思い出になる。

文大統領「低い姿勢で」…

国民向けコミュニケーション・野党との協力政治宣言

登録 : 2017.05.10 23:49 修正 : 2017.05.11 06:29

 

「光化門大統領時代を切り開く」 
光化門に執務室、「国政疎通」を強調 
「帰宅途中に市場で市民と対話したい」 
 
「野党は国政運営のパートナー」 
弾劾反対「積弊の清算」言及する代わりに 
野党と対話の定例化に強い意志 
 
「能力・適材適所の人事を大原則に」 
能力中心にしつつ地域・政治性向を配分 
大統領府・内閣・関係者が最初の試験台に

文在寅大統領が今月10日午前、第19代大統領就任宣誓を行うため国会議事堂の中央ホールに入場している=国会写真記者団//ハンギョレ新聞社

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領の就任演説で最も頻繁に登場した言葉は「対話」だ。原稿用紙17枚の分量の長くない演説文に「対話」という表現が4回も使用された。近い意味の「討論」、「疎通(コミュニケーション)」という言葉もそれぞれ2回、3回言及された。一方、選挙運動期間によく口にした「積弊」という言葉は一度も登場しなかった。「清算」という表現も「権威的な大統領文化を清算する」という部分で1回使用するに止まった。文大統領の就任演説は、「国民向けコミュニケーション宣言」と呼んでもよさそうだ。

 

 このように「コミュニケーション」を強調したのは、前任の朴槿恵(パク・クネ)政権の失敗が「権威主義」と「コミュニケーション不在」に起因したとみる文大統領の現実認識と関連が深いとみえる。文大統領のこのような考え方は、就任演説で「旧時代の誤った慣行と果敢に決別する」、「低い姿勢で働く」、「主要事案は大統領が直接メディアにブリーフィングする」と言った部分によく表れている。このような文大統領のコミュニケーションを取ろうとする意志が最も象徴的に集約された表現が「光化門(クァンファムン)大統領」だ。

 

 文大統領は「大統領から新しくなる。準備が終わり次第、今の大統領府から出て光化門大統領時代を切り開く」とした。「密室型権威主義」の象徴である大統領府ではなく、「ろうそく民心」の発祥の地である光化門広場近くに執務室を設け、「コミュニケーションする国政」を作っていくという意味だ。「帰宅する際、市場に立ち寄り、出会った市民たちと隔てのない対話を分かち合う。ときには光化門広場で大討論会を開く」という部分では、国民を「一方的統治対象」ではなく「双方向的な政治主体」として向き合うという考えがうかがえる。「君臨して統治する大統領ではなく、対話し、疎通する大統領になる」という誓いもやはり同じだ。過去、金大中(キム・デジュン)・盧武鉉(ノ・ムヒョン)政府時代に試みた「国民との対話」形式のコミュニケーションの窓口を活性化するという意味にも捉えられる。

 

 

문재인 대통령(왼쪽 둘째)이 10일 오전 서울 여의도 자유한국당 당사를 찾아 정우택 원내대표(오른쪽둘째)와 악수하고 있다=국회사진기자단//한겨레신문사

 国民との直接的なコミュニケーションに劣らず、文大統領が強調したのが「野党との対話」だ。国政運営の基調を明らかにし、「野党は国政運営の同伴者だ。対話を定例化して随時会う」とした。大統領候補時代、自由韓国党の大統領弾劾に反対した旧与党の主流勢力を「清算されるべき積弊勢力」と規定したこととは相反する態度だ。この日、顯忠院訪問後、一番先に自由韓国党の汝矣島(ヨイド)党本部を訪れたのも象徴的だ。「与小野大」である国会議席分布を考えるとき、100席を超える自由韓国党の協力がなければ、円滑な国政運営が不可能だという現実的判断が反映されたものとみられる。就任演説の序盤の「今回の選挙では勝者も敗者もいない。私たちは新しい大韓民国を一緒に導いていかなければならないパートナー」と言及したのも同じ脈絡だ。彼は、選挙運動の過程で他のライバル候補に向かって「積弊勢力の支持を受ける候補」と話したことがあるが、この日は「今日から私はすべての国民の大統領になる。私を支持しなかった国民一人一人も私の国民であり、私たちの国民として仕えたい」と強調した。

 

 文大統領が公言した野党とのパートナー関係構築は、この日候補者を指名した国務総理(首相)と大統領府秘書室長の人事に続く大統領府と内閣の後任人事で一次的試験台に上がるものとみられる。彼は就任演説でも「全国的に平等に人材を登用する。能力と適材適所を人事の大原則としたい」とし、「私を支持する・しないに関わりなく、有能な人材に三顧の礼で仕事を任せる」と明らかにした。能力中心の人事を行うが、出身地域と政治性向を均等に配分するということだ。

 

イ・セヨン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

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若者が切り開いた政権交代ドラマ!

2017-05-10 | 必ず一生の思い出になる。

韓経:<第19代大統領・文在寅>安倍首相「早期に会いたい」…米メディア「韓米関係は難しく」

2017年05月10日09時03分
[ⓒ韓国経済新聞/中央日報日本語版]

 

                            第19代大統領選挙日の9日、ソウル龍山区龍山(ヨンサン)工業高校で有権者が投票を終えた後、米ラジオ放送記者のインタビューに答えている。

 

                第19代大統領選挙日の9日、ソウル龍山区龍山(ヨンサン)工業高校で有権者が投票を終えた後、米ラジオ放送記者のインタビューに答えている。

 安倍晋三首相が世界の首脳では最初に文在寅(ムン・ジェイン)大統領に会談を呼びかけた。日本・米国・中国など主要国メディアは文在寅候補の大統領当選を一斉に報道し、韓国の対外政策に大きな変化が生じる可能性があるという見方を示した。日本・米国メディアは文大統領の対北朝鮮介入政策に注目すると報じた。中国メディアは韓国の新政権がTHAAD(高高度防衛ミサイル)配備を見直す可能性があるという期待を表した。

  ◆安倍首相、最初に会談を提案

  安倍首相は10日未明、文候補の大統領当選が確定すると、「できるだけ早い機会に会って意見交換したい」と提案した。安倍首相は外務省を通じて「文在寅候補が新しい大統領に当選したことを日本政府と日本国民を代表して心から祝う」とし、このように明らかにした。

  安倍首相は「日韓両国は戦略的利益を共有する最も重要な隣国」とし「今後、文次期大統領と共に手を携えて、未来志向の日韓関係を幅広い分野で発展させていきたい」と述べた。続いて「北朝鮮問題への対応をはじめ、日韓両国は共通の課題に直面しており、両国が協力することにより地域の平和と繁栄に一層貢献できると考えている」とし「できるだけ早い機会にお目にかかり、率直に意見交換できることを楽しみにしている」と述べた。

  読売新聞などは韓国で9年ぶりに保守政権から進歩政権に権力が移った点に触れ、今後THAADなどをめぐる新たな動きが韓米、韓日関係の試金石になると予想した。文大統領が「反日的」性向が強いと判断し、どのような動きを見せるかにも多くの関心を表した。

  共同通信は「2012年の大統領選挙で文在寅候補は朴槿恵(パク・クネ)セヌリ党候補に惜敗したが、昨年末から今年初めまで朴槿恵政権に抗議するろうそく集会に参加し、政権交代の動きを主導した」と伝えた。

  ◆「韓米関係、難しい局面に」

  ウォールストリートジャーナルは9日、インターネット版の記事で、文大統領について「彼は米国にノー(no)と言うことを学ぶ必要があると強調した候補」と報じた。

  ワシントンポストは「米韓関係に難しい新たな1ページが開かれるだろう」とし「トランプ大統領が北朝鮮に(核放棄)圧力を加えているが、文大統領は対話の再開を望んでいる」と伝えた。

  ブルームバーグ通信は「韓国大企業が相当な改革圧力を受けると予想される」と報じた。

 ◆中国、THAAD配備見直しに期待

  中国はTHAAD韓半島(朝鮮半島)配備に対する韓国新政権の立場の変化に期待した。

  中国外務省の耿爽報道官はこの日午後の定例記者会見で、「韓国に新政権が誕生すればTHAAD配備が中断されることを望むのか」という質問に対し、「THAAD配備問題に対する我々の立場は明確であり、一貫して変わらない」と答えた。

  国営新華社通信は「文在寅大統領は政経癒着と腐敗という『韓国病』を克服する必要がある」とし「経済改革、雇用創出なども優先的に解決するべき課題」と指摘した。続いて「現在、韓国は北朝鮮の核問題で前例のない外交・安保上の挑戦に直面している」とも報じた。

  中国メディアは新政権の発足で韓中関係が改善するという期待も表した。国営英字紙グローバルタイムズは「韓国の新大統領が国内的には社会分裂、対外的には韓半島緊張緩和と韓中関係改善という挑戦に直面するはず」とし「韓国は中国との関係を改善するカードが多くないが、THAADが重大な交渉カードになるだろう」という見方を示した。

  ◆「保守政権10年と違う」

  英フィナンシャルタイムズは文候補の大統領当選は北東アジア外交・安保地形に大な変化を暗示すると分析した。文大統領が平壌(ピョンヤン)との介入政策に取り組みながら、米国と緊張関係が形成される可能性があると報じた。

  英BBCは「文大統領は北朝鮮に対して圧力と制裁を維持し、対話も図るという立場」と伝えた。仏AFP通信は「保守勢力が執権した過去10年とは違い、北朝鮮と米国に対する韓国の(外交的)態度が変わるだろう」と分析した。


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「国があっての人ではない。国より先に民族があり、民衆がいる」

2017-04-29 | 必ず一生の思い出になる。

高麗美術館・企画展「上田正昭と高麗美術館」が開催中

「民際」の軌跡をたどる

企画展は4月3日から7月17日まで開催中

「国があっての人ではない。国より先に民族があり、民衆がいる」

古代史における「渡来人」研究の第一人者、故・上田正昭・京都大名誉教授が残した「民際」という思想。その言葉には、国益が優先される「国際」よりも「民衆同士の交流が大切」であるという上田氏の一貫した研究姿勢が反映されている。

いま東アジア、日朝の史実にどのように向き合うべきか―。同氏の70年に及ぶ研究軌跡からそのことを語りかける企画展「上田正昭と高麗美術館」が、4月3日から7月17日まで、京都市の高麗美術館で開催されている。

色褪せた参考書、めがね、万年筆、そして原稿用紙の束。88歳で生涯を閉じるその日まで、筆をはしらせた書斎の卓上を再現した展示物が、まるで訪問者を迎えるように館内へ入るとすぐに視界に入る。そこから歩を進めていくと、上田氏の研究業績と同美術館との関わりを辿った全4章からなるブースに約80点に及ぶ朝鮮の美術品が展示されていた。

書斎本棚の再現コーナー

自身の著書や執筆に携わった書籍が並べられた本棚の再現コーナーとともに展開される第一章「帰化人から渡来人へ」。ここは、日本神話や古代史、東アジア史、部落史など様々な研究分野を横断し、後に「民際」の思想から差別や人権問題へとたどり着く「上田歴史学」の研究の道のりが、まさに数々の著書を通じて伝わる空間だ。

なかでも、古代に中国、朝鮮からやってきた人々を、日本中心史観の「帰化人」ではなく、歴史的事実に照らし、学問的裏づけをしたうえで「渡来人」と呼ぶことを提唱した同氏の学問姿勢は、当時古代史研究において革命的な追求だったという。

生前持ち歩いた手帳には自身の思いを綴った歌を書き記していた

この日、解説をした同美術館の鄭喜斗事務局長は「古事記や風土記には『渡来人』と記載され、日本書紀には日本の権力者の視点から『帰化人』と書かれた。そのことを上田先生は『戸籍のない時代に、帰化人とするのは学問上おかしいと常々話していた』と話す。

また、第一章の映像ブースでは、70年代から2000年代まで延べ1万人が参加した「朝鮮文化をたずねる旅」で、上田氏が講師を務め、日本にある朝鮮文化の遺跡を巡った当時の様子が映し出されていた。

初の一般公開となった広開土王碑拓本

第二章「日本古代から東アジアへ」へ歩みを進めると、上田氏が74年に訪中した際、中国の学者から託されたという高さ6メートルもの「広開土王碑拓本」(上田正昭所蔵)が一面に広がった。70年代中国では、その昔高句麗が中国を領土にした記念碑は中国の歴史観に反すると見なされたため「広開土王碑研究」は長い間タブーとされ、その学者は上田氏に研究を託したのだった。

雨森芳州への敬愛の念を込め書いた「芳州魂」

今回の企画展が初の一般公開となった拓本には、日本が朝鮮を侵略したことを証明する記述がなされており、鄭事務局長によると、公開された拓本は85年の「読売新聞主催・シンポジウム広開土王碑」まで内密に保管されたという。そのほかにも同展示スペースでは、東アジア全体を捉えたうえで日本古代史を研究し、後にアジア史学会を発足させるなど、古代史研究に新たな進展をもたらした上田氏の功績が随所で紹介された。

雨森芳州との出会いが描かれた「民際へのまなざし」と題された第三章の展示ブース。そこには、第9次の朝鮮通信使・渉外担当を務めた芳州の著書「交隣提醒」の複製や「雨森芳州肖像(複製)」、また現在、世界記憶遺産登録申請中の朝鮮通信使絵巻8巻や馬上才図など、朝鮮通信使の足跡を「友好・平和の証」とし、古代史を超え地方と東アジアをつなげる作業にまい進した上田氏の様子が、まるで展示品を通じて浮かび上がってくるようだった。

「互いの民族を思いやる魂の交流、心の交流」を唱え、日本の物理学者である湯川秀樹や日本の作家、随筆家、その外にも北南朝鮮や中国、在日の研究者など、まさに垣根を越え「民際」を実践しようとした上田氏。第四章「日本のなかの朝鮮文化」では、70年代から継続して同氏が試みた交流について紹介がなされた。

館内には約80点に及ぶ朝鮮の美術品が展示されている

「南へ2回行けば北にも2回行くという原則。南北の学者が中国の地から、鴨緑江を眺め肩を抱き泣いたのも、上田氏が実践した『民際』交流の場でだった」

朝鮮半島、中国など東アジア全体の中から日本の実像を捉え、差別に抗する歴史観を構築してきた歴史家・上田正昭。同氏の研究軌跡を辿った企画展は、次世代が『民際』思想を引き継ぎ歴史と向き合うことを呼びかけていた。

(韓賢珠)

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アメリカは、国が誕生して以来、平和だったのはわずか21年間に過ぎない。

2017-04-22 | 必ず一生の思い出になる。

アメリカは、その歴史のうち93% - 1776年以来の、239年中、222年間が戦争

WashingtonsBlog

2015年2月23日

アメリカは、国が誕生して以来、平和だったのはわずか21年間に過ぎない。

2011年に、Daniosはこう書いた

     下記のとおり、年ごとの、アメリカ戦争年表を作成してみたが、大変に興味深いことがわかる。アメリカ合州国が1776年に建国されて以来、235年の存在のうち、214年間、戦争をしてきた。言い換えれば、アメリカがいかなる戦争もしなかったのは、わずか21年に過ぎないのだ。

    これを見やすく並べてみよう。

    * 1776年以降のどの年でもとりあげてみれば、アメリカがその歴年のうち何らかの戦争を行っている可能性は91%だ。

    * 本当に平時の大統領といえるものは一人もいない。それどころか、アメリカ大統領全員、厳密に言って、“戦争大統領”と見なすことができる。

    * アメリカが10年間、戦争をしなかったことはない。

    * アメリカが5年間、戦争をせずにすごした唯一の時期(1935-40)は、大恐慌の孤立主義時代だ。

    *  *  *

    アメリカの戦争を図にするとこうだ。

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世界一のならず者政権は、アメリカだ!核を持っているから話しないのなら、英・仏・中・ロ・伊などもか?

2017-04-12 | 必ず一生の思い出になる。

米国務長官「我々の目標は北朝鮮の政権交代ではない」

登録 : 2017.04.10 22:10 修正 : 2017.04.11 06:15

 

「対北朝鮮先制攻撃論」「金正恩除去説」などと一線画し 
「非核化された朝鮮半島が目標」 
「北朝鮮が非核化措置した場合は対話も」 

レックス・ティラーソン米国務長官//ハンギョレ新聞社

 レックス・ティラーソン米国務長官が、対北朝鮮政策目標は朝鮮半島の非核化であり、北朝鮮政権交代ではないと明らかにした。「対北朝鮮先制攻撃論」や「金正恩除去説」などと一線を画し、現時点ではなくとも、今後の交渉に向けた機会の窓は開けておこうとするメッセージと見られる。

 

 ティラーソン国務長官は9日(現地時間)ABC放送「ディス・ウィーク」に出演し、「我々の目標は非核化された朝鮮半島という点を明確にしてきた。北朝鮮の政権を交代することが目標ではない」と述べた。彼は「米国のシリア攻撃と関連し、北朝鮮が受け止めるべきメッセージは何か」という質問に対し「いかなる国であれ、国際的規範や合意を違反したり、ほかの国に脅威になるなら、ある時点では対応に着手するということ」だと明らかにした後、北朝鮮についてはこのように説明した。

 

 また、・ティラーソン長官は、米国がシリアのバッシャール・アサド政権を除去する可能性についても、リビアの政権交代を例に挙げ、「リビアの混沌状況が続いている。米国が政権交代の道を選んだ際、リビア状況が悪化した過去の教訓から学ばなければならない」と強調した。北朝鮮に対してだけでなく、米国の対外政策の基本的な基調として、ほかの国の政権交代は進めないということだ。一般的に政権交代を進めないという宣言は相手を交渉相手として認めるという意味で受け止められている。

 

 しかし、前提条件なしで北朝鮮と交渉できるということではない。彼は同日、CBSの「フェイス・ザ・ネイション」に出演し、「習近平主席も(良くない)状況が続いており、したがって(北朝鮮の核開発が)措置を取らなければならない脅威のレベルに達したという点を明確に理解して、同意したと思う」と明らかにした。さらに、「中国も直ちに平壌(ピョンヤン)と交渉できるような状況ではないと思う」としたうえで、「中国と協力して、北朝鮮指導部の思考の中にある(計算)条件を変えられれば、その時点での交渉は有用だろう」と述べた。中国の対北朝鮮圧迫を通じて北朝鮮が先に非核化措置を取れば、対話に臨むという意味で、バラク・オバマ政府の「戦略的忍耐」に類似している。

 

 トランプ政権内部には、北朝鮮に向けた発言のレベルとアプローチにおいて温度差が感知される。ホワイトハウスのハーバート・マクマスター国家安保補佐官はフォックス・ニュースとのインタビューで「トランプ大統領は、米国と韓国の域内同盟に対する北朝鮮の核の脅威を取り除くため、全てのオプションを用意することを指示した」としたうえで、「北朝鮮は今や、核兵器を保有したならず者政権」と批判した。

 

ワシントン/イ・ヨンイン特派員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)

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2012年、膵臓がん判定を受け、手術を受けた後にも映画『弁護人』など多くの映画とドラマで演技を披露した。

2017-04-11 | 必ず一生の思い出になる。

韓国「国民女優」のキム・ヨンエ、膵臓がんで死亡

2017年04月10日11時34分
[ⓒ 中央日報日本語版]

                                   
女優キム・ヨンエ。
  ドラマと映画で旺盛な演技活動を繰り広げてきた女優キム・ヨンエが膵臓がんで死亡した。享年66歳。

  所属事務所のスターヴィレッジエンターテインメントは9日「女優キム・ヨンエがこの日午前10時58分に死亡した」とし「故人は2012年、膵臓がん判定を受けて手術をしたが、2016年冬に健康が悪化して病院で治療中に愛する家族が見守る中で永久の別れを告げた」と明らかにした。

  1971年、テレビ局の公開採用タレントとしてデビューしたキム・ヨンエはまぶしい美貌で注目された。出演作だけで100本を超えるほど旺盛な活動をしてきた故人は2012年、膵臓がん判定を受け、手術を受けた後にも映画『弁護人』など多くの映画とドラマで演技を披露した。

  キム・ヨンエは自身の最後の力を注ぎ込んだKBS2ドラマ『月桂樹洋服店の紳士たち』が今年2月に放映終了された後、身辺の整理を始めた。彼は自らご霊前の写真や帷子で着るきれいな韓服を選び、葬儀の手続きなども全部決めておいたことが分かった。

  彼女は、2月初に韓国メディアの聯合ニュースとのインタビューで「私が直接整理してから行った方が気が楽になりそうだ」とし、「もうすべてを整理してすっきりしている」と明らかにした。
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