箕面三中 校長室からのメッセージ

おもに保護者のみなさまに向けたメッセージです。生徒の近況を伝えるとともに、教育と子育てについての情報をお伝えします。

みんなたいへんなんです

2019年03月11日 15時44分54秒 | 校長からのメッセージ





今日は、3月11日、東日本大震災が起こった日です。

2011年のことでした。私はそのとき、箕面六中の校長でした。

その日は、市内中学校の卒業式の日でした。

卒業式を終え、昼ごはんをすませてしばらくすると、職員室が「ユーラユーラ」と大きく揺れました。

それからしばらくすると、テレビでは押し寄せる津波を上空から映し出していました。

その後こ東北地方の被害や惨状は、報道された通りです。


今日、三中では6限は生徒総会・役員選挙で、体育館に集まっていましたが、14:46には、大地震で亡くなった人たち、行方不明になった人たちの冥福を祈り、1・2年生で黙祷を行いました。

三中の子は、意図を理解して、まじめに黙祷をしてくれます。

三中生の思いは、しっかりと東北に届いたことでしょう。

その黙祷の前に、私からは、生徒たちにおよそ次のような話をしておきました。

◻️➡️東日本大地震は、みなさんが、年中さんか年長さんの頃の3月11日に起こりました。

全国紙にはほとんど載っていませんが、地元の新聞には今でも震災の記事がずっと載っています。

そこから、こんなエピソードを紹介します。


●ある病院の院長さんは、言っています。
震災から一夜明けた3月12日の朝は快晴だった。
あの悲しい青空を一生忘れられない。もう病院は続けられない。
ずぶ濡れの人が押し寄せてきた。「病院が開いていてよかった」
その声を聞いて、これが病院の役割だ。やれるとこまでやって、病院を再開しようと決めました。


●ある青年は、父親の跡を継いで漁師になろうとした。しかし、船は津波で流され山へ運ばれ、大きな穴が開いていた。
海に裏切られた。もうだめだ。
しかし、数か月後には船を修理して、もう一度漁に出ようと思えるようになった。


●自分の店と婚約者を同時に失った男性は、がれきの中から彼女にもらった腕時計を見つけた。4か月間、腕時計はがれきの中で動いていた。
もう一度やってみよう。

人は、よく「つらさや悲しみを乗り越えて」と言います。でも、私は思います。悲しみなんて乗り越えることはできないと。

悲しみと一生つきあい、それでも、前を向いて歩きだすことしかできません。

作詞家の秋元康さんは「風は吹いている」の歌詞のなかで、こう言っています。

「この変わり果てた 大地の空白に 言葉を失って 立ち尽くしていた 
何から先に 手をつければいい 絶望の中に 希望を探す

記憶の傷口はかさぶたになって 痛みの中に やさしさを生むんだ」


私たちは遠く離れていると、つい3月11日のことを忘れてしまいます。しかし、東北の人たちにとっての震災は8年間ずっと続いています。◻️⬅️



さて、生徒会役員選挙は、立候補者が

会長に2年生1名(定数1)

副会長に1年生2名(定数1)

執行委員には1年生1名、2年生3名(定数4)

で、副会長だけが投票となりました。





また今日は大阪府公立高校一般入試の日でした。

1日頑張ってほしいと願っていました。

どの子にとっても、受験はたいへんで苦しいものです。

高校入試が初めての受験となる生徒が多いです。

たいへんなのはみんなも同じ。

考えてみれば、だれでも初めてのことはたいへんです。

人生だって、みんな初めての人生をやっているのです。

平気だと言える人などいないのです。

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