国粋思想の持ち主とか農民詩人なんで言葉一度も出てこない これが確認できた まぁ当たり前と言えば当たり前かも 近代文学の最高傑作 土 の作者にプロレタリア文学とか農民文学とかは当たらないましてや
反戦歌人は許し難い嘘このレッテルを貼った本を見た時長塚節のどこをどう読んだらこんな言葉が出てくるんだと腹が立ったのを覚えてる 勿論読まない 栗山理一の甘くないところは一杯有って 一茶の独創か?も周辺資料から同類のものを出して決して独創ではない事を証明する 一茶に 高次の統一 高い自己統一がなかった と栗山は言うけど二万句もスケッチの様に書いた一茶はそんな事考えてたのかなと思う 芭蕉は和歌の高み西行の世界を俳諧で目指した
980句なら可能でも二万句は統一無理
栗山は二万句読んでると 句屑 類句が多すぎて味覚が鈍り しびれてくる と言ってる
性格とか生活環境もあると思うし あれもこれも含めて一茶 荒凡夫 が一番似合うか
秋の風 乞食は我を 見くらぶる
秋立つや 身はならはしの よその窓
いざいなん 江戸は涼みも むづかしき
枯草と 一つ色なる 古家哉
鍬の罰 思ひつく夜や 狩の鳴く
木がらしや 地びたに暮るる 辻うたい
こがらしや 二十四文の 遊女小屋
心から 信濃の雪に 降られけり
是がまあ つひの栖か 雪五尺
すりこ木も けしきに並ぶ 夜寒哉
耕さぬ 罪もいくばく 年の暮れ
月花や 四十九年の むだ歩行
露の世は 露の世ながら さりながら
手招きは 人の父なり 秋の暮
ともかくも あまた任せの 年の暮れ
芭蕉翁の 臍をかじって 夕涼み
春がすみ 鍬とらぬ身の もったいな
春立つや 四十三年 人の飯
故郷や よるもさはるも 茨の花 バラ
又ことし 娑婆塞ぞよ 草の家
孤の 我は光らぬ ほたるかな ミナシゴ
目出度さも ちう位なり おらが春
二十二句どうでしょうか 青木 栗山理一で
色々教えてもらいました 改めて句解釈は
難しいと これで人に大口叩けます 詳しく
正しくは深くは
青木美智男 小林一茶 岩波新書 山川
栗山理一 小林一茶 筑摩
芭蕉入門 有斐閣新書
反戦歌人は許し難い嘘このレッテルを貼った本を見た時長塚節のどこをどう読んだらこんな言葉が出てくるんだと腹が立ったのを覚えてる 勿論読まない 栗山理一の甘くないところは一杯有って 一茶の独創か?も周辺資料から同類のものを出して決して独創ではない事を証明する 一茶に 高次の統一 高い自己統一がなかった と栗山は言うけど二万句もスケッチの様に書いた一茶はそんな事考えてたのかなと思う 芭蕉は和歌の高み西行の世界を俳諧で目指した
980句なら可能でも二万句は統一無理
栗山は二万句読んでると 句屑 類句が多すぎて味覚が鈍り しびれてくる と言ってる
性格とか生活環境もあると思うし あれもこれも含めて一茶 荒凡夫 が一番似合うか
秋の風 乞食は我を 見くらぶる
秋立つや 身はならはしの よその窓
いざいなん 江戸は涼みも むづかしき
枯草と 一つ色なる 古家哉
鍬の罰 思ひつく夜や 狩の鳴く
木がらしや 地びたに暮るる 辻うたい
こがらしや 二十四文の 遊女小屋
心から 信濃の雪に 降られけり
是がまあ つひの栖か 雪五尺
すりこ木も けしきに並ぶ 夜寒哉
耕さぬ 罪もいくばく 年の暮れ
月花や 四十九年の むだ歩行
露の世は 露の世ながら さりながら
手招きは 人の父なり 秋の暮
ともかくも あまた任せの 年の暮れ
芭蕉翁の 臍をかじって 夕涼み
春がすみ 鍬とらぬ身の もったいな
春立つや 四十三年 人の飯
故郷や よるもさはるも 茨の花 バラ
又ことし 娑婆塞ぞよ 草の家
孤の 我は光らぬ ほたるかな ミナシゴ
目出度さも ちう位なり おらが春
二十二句どうでしょうか 青木 栗山理一で
色々教えてもらいました 改めて句解釈は
難しいと これで人に大口叩けます 詳しく
正しくは深くは
青木美智男 小林一茶 岩波新書 山川
栗山理一 小林一茶 筑摩
芭蕉入門 有斐閣新書

