ミーマン日記

週1回ディサービスに夫婦で行って、楽しく過ごしています。

真如堂~水彩画

2013-06-15 21:26:27 | お絵かき

13日(木)友達と、「真如堂」に行って来ました。 この日は35度と言う猛暑日・・それも13時~熱中症になるといけないからと、タクシーで行くことにした。(私は初めて・・)

タクシーを降り、正面から入ります。

  ■真如堂(しんにょどう)-散策    
 

 
 真如堂は、京都でも名高い紅葉の名所。天台宗のお寺で、正しくは鈴声山(れいしょうざん)真正(しんしょう)極楽寺。
 比叡山の戒算上人が永観2年(984)延暦寺の常行堂にあった、慈覚大師作と伝える阿弥陀如来像を神楽岡に移し、開祖したのが始まり。願主は、白川女院(東三条院)。白川女院は、藤原山蔭のやしゃご(玄孫)で円融天皇の皇后となられ、一条天皇の生母。吉田神社が官祭宮となった直接関係のある人で、名を「詮子」といい、藤原道長の姉である。 当初の場所は、現寺地の東北にあたり「元真如堂」という。 その後、応仁の乱などにより各所を転々、元禄6年(1693)、旧地の西南にあたる現在地に落ち着いた。

 境内を回ってみよう。本堂(真如堂)に祀られているのは、本尊の阿弥陀如来像(慈覚大師円仁作)、本尊右側に千手観音菩薩立像(伝教大師最澄作)、本尊左側に不動明王坐像(三井寺の開祖・智証大師作)。不動明王坐像は、 一度閻魔王宮へ行った陰陽師・安倍晴明の命を救った念持仏と伝えられている。
 寺宝には、室町時代の真如堂縁起三巻(重要文化財)ほか、仏師・運慶の願経として名高い法華経六巻(国宝)などある。
 本堂南側の庭に春日局お手植えの「たてかわ桜」、前には、優美な姿の三重塔そして鎌倉地蔵がある。境内には九つの塔頭と元三大師堂や赤崎弁財天があり広い。墓地には後西天皇の皇女真珠院宮の墓をはじめ、藤原氏一門や春日局の生父・斉藤内蔵助利三など、著名な人の墓が多い。ne引用

        正面                          赤門をくぐると~

    右手に三重塔                      正面には本堂

水曜日の夕方のニュースーで、菩提樹の花が満開だと言っていた。

      菩提樹の説明                 菩提樹の花

紅葉の名所で、青紅葉が綺麗でした。           本堂の頭上に「真如堂」の扁額が上がっていた。

本堂でお参りをして、庭園を拝見する。

「隋縁の庭」(隋縁)とは、事象が縁に因って様々な現れ方をすることを言います。 「石灯篭」

             

「涅槃の庭」ガンジス川支流の沙羅の林の中で、北(向かって左)を頭にしたお釈迦様が入寂され、その周りを弟子や生類たちが囲んで嘆き悲しんでいる様子が、石組みや白砂、植栽等によって表現されています。垣根の向こうには大文字山などの東山が横たわっています。 紅葉の頃にもう一度来てみたいと思った。

続いて、黒谷・金戒光明寺の「会津藩士の墓地」に向かう

紫雲山・くろ谷 金戒光明寺

浄土宗の大本山、承安5年法然上人が比叡山の黒谷を下り、草庵を結ばれたのが浄土宗最初の寺院 のはじまり。
西山連峰、黒谷の西2キロの京都御所、西10キロの小倉山を眺み山門、阿弥陀堂、本堂 など18もの塔頭寺院が建ち並ぶ。
また、幕末京都守護職会津藩一千名の本陣にもなった。

    黒谷・金戒光明寺の北門から入る。                  本堂

徳川秀忠の正室「お江」の供養塔や、会津藩士の墓が有る。

暑いさなか、二時間半の散歩でした。  mieちゃん誘ってくれて有難う~(^O^)/

15日は「水彩画教室」

                  

                        梅宮大社の紫陽花

もっと描かないとあかんな~と思いながら、日々が過ぎていく・・・(-_-メ)