中津川 オンブズマン・トーク

中津川市の市政を中心に内外の政治経済社会状況についてのトーク

参議院議員 選挙結果を考える

2013-09-02 03:12:31 | 寄稿文

 

予想通り自民党が大勝しました。民主党の凋落は哀れなものでした。共産党が少し伸びたほかは、いわゆ

リベラル各派も振いませんでした。旧社会党の流れを汲む社会民主党さえ当選ゼロでした。こうした結果

どう見るか。自公はこれから憲法改悪、9条廃棄、原発どんどん推進、社会保障破壊へつき進もうとし、

TPPでの国売り渡しなどが問題なのだと思います。

 

 第1に自公以外の党の敗因。誰でもが指摘するように一時は政権を握った民主党があまりにも無能で、

国民の期待をことごとく裏切ったことにあると思います。民主党は党としての体をなしておらず、文字通り

“烏合の衆”でした。毎年首相が変わるようでは、何もできないのは当たり前のことです。

 民主党の眼を覆いたくなるような無能ぶりについで、例えば『維新の会』。大阪で受けていて面白いと思っ

ていたところが、石原慎太郎 『苔の生えた右翼お爺』 と手を組み、橋下が女性侮辱の最低発言をして

お里が知れました。

 

 国民はこうした事態に 『よくはないけど、自民党しか今は仕方がない』 と考えたのではないのでしょう

か。それに自民党がアベノミクスとやらで、景気をよくするらしいことに期待をかけたのだと思います。

国民はいまあまりにも苦しいからです。

 

 第1に不況です。いや不況々々と言うけれど、国際化経済のもとこれは普通のこと。

 過去に一時高度成長の時代があって、それが忘れられなくて不況と言っているだけです。 

 第2にあまりにも行き詰まっている今この世。小子高齢化、人口急減、若者の失業、暗い事件の頻発、

お先真っ暗、これがなんとかなって欲しい。

こうしたことがバブルででも誤魔化しででも『過去に一応実績のある自民党』と言うことになったのだと

思います。              

 

 こんなことで自民党は多数を占めました。しかし自民党にとって問題はこれからこの後です。彼らが

やっぱり問題を解決できなければ、いまや哀れな民主党と同じ道をたどるだけだと思います。

 例えば憲法を改悪して軍国主義化し、アメリカの手先なって海外派兵をし、昔中国を侵略し幾百万

人民を殺りくしたようなことができるでしょうか  できないと思います。

 そんなことをしようものなら、今の自衛隊なら多数の脱走が起きて瓦解し、それどころか命令した

上官に銃口が向いかねないと思うのですが  甘いでしょうか。

 先日の新聞報道によれば、共産党が支配する中国人民解放軍兵士でさえ、一人っ子政策の結果

 『小皇帝(家庭内甘えっ子)』で、どうにもならないと嘆かれているということです。

 また日本ではこの夏から生活保護水準が数%切り下げられます。犯罪や自殺が増えかねません。

世の中すさみ、『統治』に費用がかさむのです。例えば中国で辺境の少数民族が弾圧にさらされ、

信仰の自由さえ認められないので『焼身自殺』で応え、北京中南海に住む 『大ボス達』 の眠りを

浅くし、疲れさせているようにです。

 

 事ごと作用にアベノミクスでは何事も解決しないのです。それどころか黒田という手下が、国債を

際限なく買い上げてお金を湯水

のように流しているようですが、もう遠からず破綻を予想します。その時は3.11東北を襲った

大津波のように、全てを持ちさってしまうに違いない。自民党は少しも浮かれているなどできない

のです。

 

 私たち市民はこれまでやつてきたことに確信を持つのです。憲法9条を守る運動は草の根のも

のでした。この積み上げがあったればこそ、場合よれば自衛隊兵士の銃口は上官に向きかねな

いのです。

 首相官邸を取り巻く反原発のデモは、鐘や太鼓が騒々しく赤旗がほとんど見えません。 時代

はこんなに深まってきています。

市民はまた既成のマスメデァだけでなく、ネットという道具を持つようになりました。

国際的に幾百万人幾千万人が繋がるようになりました。もう誤魔化しはできないと思います。

 

 そんなことで自公の大勝は一時の景色です。私たちは自分に確信

持ち、市民を信じてやっゆくのみです。


 映画 [ 生まれる ] を見て 

2013-08-26 07:25:58 | 寄稿文

 同人誌 『榧の實』 第四十七集に寄稿した文章です。

 

 誰かに勧められて3月に蛭川のエビス座で、映画 [ 生まれる ] を見ました。

 独立プロのしかもDVDの映画のようでした。

 内容は 『ある若い、しかし出産には高年夫婦に、初めての子供が生まれる』 ドキュメント映画でした。

 舞台は病院でではなくて、ベテラン助産婦の経営する産院でのようでした。産婦は高齢であったためか

 大いにうめき苦しみました。通常は男は産室へは入らないものと思いますが、この夫は産室ベッドで

 さんざん苦しんでうめく妻を、終始背後から抱き抱えて『頑張れ頑張れもうちょっとだ』と励まし続けて

 いました。やがて産婦の絶叫のうちに、全身真っ赤な血だらけの赤ちゃんが生まれました。

 臍の緒が手術鋏でぷっつんと切られ、産湯につかりました。赤ちゃんの性別はわかりませんでしたが、

 力強い泣き声で安心しました。

 お母さんにも相当な出血があうったようです。ぐったりして泣いていました。主人は 『よくやった、よく

 やった』 と背中をさすって褒めていました。当然ですね。

 

 この映画を見て自分のことを思い出しました。

 それは自分が1951年(約60年前)に中津商業を卒業して、どこへ就職するかが問題だったのですが、

 親にも相談せず大阪の松下電器を受けて、受かって入社に出発するときのことです。

 当時もう60才に近かった母親が私に、涙ポロポロこぼしながら言いました。

 『お前はおとご(末っ子のこと)で、自分が39の時に産んだ子で、生むときほんとにエラかった。お父っつ

 あんが後ろで抱えてくれていた。そうして苦労して産んで、おとごで一番かわいい子だった。だから仕事

 はいろいろあるからここで就職してウチに居ってくれればいいのに・・・』 と。

 生意気盛りの自分は言いました。『オラー産んでくれなんて頼んだ覚えはない。こんな田舎に居れるか! 

 都会へ行くさー』  と。母親は泣くばかり、父親はさすがに男、黙って

 坂下駅まで送ってきてくれて、『気をつけてやれよ』の一言でした。

 

 この『生まれる』の映画を見て思ったこと。女性の出産というのは、女性にとって重大なリスクだ。命がけ

 でさえある。それに反して男と言うのはチョコチョコと種を蒔くだけだ。

 我ら人類 考えてみれば女性が重大なリスクを乗り越えて子供を産んでくれるお陰で今日までやってき

 たわけだ。女性を尊敬しもっと大切にしなければならないと。まして女性に対して『家庭内暴力』など、

 絶対許されないと。女性を悲しませるようなことをしてはいけないのだと。この歳にして深く思いました。

 次に思ったこと。『自分はこの歳まで生きてきて、世界のこと世の中のことはもうたいてい分かった。

 とりわけ自身の無能力とバカさ加減にアイソが尽きた。幕を引くのはいつでもいいと』と多少投げやりに

 考えてきた。がしかし母親が命がけで産んでくれた子だ、それでは申しわけない、最後の最後まで生き

 て少しでも人様お役に立つようにしなければならないはずた』  と。

 80歳にしてこんなことを考えました。恥ずかしいですが。