身勝手な主張

日々感じた様々なことを、自分勝手につぶやき主張します。

よくアクセスされるブログ記事 ~「はした」とは?

2019年02月07日 | 算数教育・初等理科教育
2019年2月7日(木)


  「はした」は算数の教科書用語?算数教育「学」用語? (2016年2月12日)

  今から3年前に書いた上の記事へのアクセスが、非常に多くなっている。今回に限らず、ある時期から一定限
アクセスの多くなることが繰り返されていた。近々のアクセス数を記しておこう。

  1月21日 149 PV   1月22日 174 PV  1月23日 175 PV  1月24日 152 PV
  1月25日 115 PV   1月26日  92 PV  1月27日  97 PV  1月28日 208 PV
  1月29日 239 PV   1月30日 227 PV  1月31日  97 PV  2月 1日 183 PV
  2月 2日 153 PV   1月 3日 144 PV  1月 4日 193 PV  2月 5日 200 PV

  なぜ、このブログにどうしてこんなにアクセスが多いのだろうか?正直、私にもよくわからない。ただ、アクセス
してくる人が、「はした」ということばに関心を持っていることは事実であろう。そして、小学校や塾の教員以外は
「はした」の意味がわからないというのが真実に近いのであろう。
  以前に、

  「はした」ということばは、(現行の)「小学校学習指導要領 算数編』に登場してこない。
  3年生や2年生の『小学校学習指導要領解説 算数編』にも見いだすことができなかった。

と書いた。平成29年年に告示された「小学校学習指導要領 算数編』にも、あの悪名高い『小学校学習指導要領解説
算数編』にもなかった。ただ、算数教科書だけに使われているようである。子どもにとって、学習定着率の低い算数用
語でもある。子どもだけでなく、大人にも意味のよくわからない算数用語でもある。
 「はした」「はんぱ」とか「端数」と言い換えた方が、よほどましかも知れない。

  ここで、「はした」とか「はんぱ」とか「端数」と言われることばの意味を、数学的にはっきりおさえておこう。

///////////////////////定義/////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
ある実数aにたいして、「はした」(「はんぱ」・「端数」)<a>とは、

    <a>=a-[a]

のことをいう。ここに、[a]はガウス記号でaを超えない最大の整数をあらわす。
//////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////

  例えば、上の定義にしたがえば

  <3.45>=3.45-[3.45]=3.45-3=0.45
  <7/3>=7/3-[7/3]=7/3-2=1/3

となる。要は、

  「はした」(「はんぱ」・「端数」)とは、1に満たない数のことである

となる。1に満たない数は、小数や分数を用いて表されるのである。

  算数の教科書に登場してくる「はした」はわかりにくく、子どものこの用語の定着率も悪い。考え直すべきだと思
う。

  以上、アクセスの多い私の1ブログ記事について思うままに書いてみた。
コメント

単振り子の周期再び ~単振り子の周期は、糸の長さと振れ幅によって決まっておもりの重さに無関係である   

2018年12月19日 | 算数教育・初等理科教育
2018年12月19日(水)


  小学校5年生理科の「ふりこ」の単元では、
  
  ふりこの周期は、ひもの長さのみに関係しておもりの重さやふれ幅に関係しない

と習う。教科書にもそのように記述されている。これは、ガリレオの公式

  T=2π√L/g ・・・  周期T、ひもの長さL、重力加速度g

に根拠をおいている。この公式自体は誤りでないが、この公式が成立するのは

  ふれ幅≒0


の場合であり、一般の場合の近似式である。このことは、私のブログ、

  単振り子の周期について ~小学校5年生の理科教科書「ふりこ」の記述への疑問 
                           (2017年1月3日)

で数式を用いて示した。その際、ふれ幅がθのとき(正確には、0<θ<π/2)の周期Tを求める式をその
ブログ本文の式②(本ブログでは、周期を求める公式⑬のこと)として載せておいた。それによると、

  単振り子の周期は、糸の長さと振れ幅によって決まっておもりの重さに無関係である

ことがわかる。単振り子の周期は、振れ幅が大きくなるほど長くなるのである。 

  ただ、そのときは私自身がなぜその公式②が導かれるのかよくわからなかった。今度

  後藤憲一・山本邦夫・神吉健 共編『精解 力学演習』(共立出版、1971・9)

に演習問題としてこの公式②に関する類似問題があったので、その演習問題の解法をなぞりながら整理して
みた。長い間知りたいと思っていたことが、ようやくこの本によって理解できた。そこで、あらためてこの
ブログで公式②の導き方を取り上げることによって、小学校の教員に「単振り子の周期は振れ幅に無関係で
ある」という誤った認識
をあらためていただきたいと願っている。
  公式②を導く際に物理学の知識として必要とされるのは、点の位置・速度・加速度とニュ-トンの力学
の第2法則F=ma
(加速度a,質量m,力F)ぐらいである。あとは、数学の知識・理解が大きい。周期Tは第一種
完全楕円積分
を用いて表される。これを級数展開して項別積分すると、無限級数を用いた目的の公式②が得
られる。

  正直、数式を追うことは難しいと思う。しかし数式を導く過程はわからなくても、「単振り子の周期
はふれ幅に影響を受ける」ことが数式によって裏付けできることを理解してほしいと思う。

  なお、このブログは物理学・数学の内容であるが、小学校5年の理科に深い関係がある。そこで、カテ
ゴリー「算数教育・初等理科教育」に分類した。









(追記)

1.昨日の一風景
  昨日18日(火)は、岐阜方面に行く日であった。
  朝8時40分頃に家を出て、木曽三川公園から長良川右岸堤防を北進した。国道21号線(岐大バイバス)
にはいって、OKBふれあい会館に行った。いつも羽島市経由で行くが、昨日は違う道をとった。マーサ-21
には行かなかった。したがって、いつも通るMさんの勤務校の前の道も通らなかった。
  OKBふれあい会館駐車場には9時30分頃に着いた。年末が近いのか、めずらしくこの時間にもかかわ
らずに駐車場は空いていた。第2棟2階の放送大学岐阜学習センターに行った。そのまえに、会館2階の売店
で弁当を購入した。
  視聴覚室に閉じこもり12時まで、『博物館概論'11』の自習をした。インターネット配信の講議を視聴
したり、印刷教材を読んだり、過去問を解いたりして集中して学習した。今学期は8科目と履修科目が多いの
で、順番に科目を代えて自習している。
  12時過ぎたので、視聴覚室から学生控え室に移動した。そこで購入した弁当を食べてから帰った。昨日
は19時からJAにしみの海津地域西グループの組合員代表者会があった日なので、早めに自宅に戻った。
  







コメント (3)

数学的思考力の一つとしての複雑な事象からより簡単な事象へ ~筑波大附属小学校の山本良和教諭への批判

2018年11月05日 | 算数教育・初等理科教育
2018年10月5日(月)


  私は、数学教育学会や新算数教育実践研究会に代表される主流派の算数教育「学」を批判するために、
たまに算数教育主流派に属する研究者や実践家の本や論文を読む。そうした動機がないならば、おそらく
そんな算数教育「学」の本や論文など読まないだろう。そんな時間があるならば、数学の本を読んでいた方
がいいと思うからである。
  算数教育の主流派が多数を占めている教員養成系教育学部の教科専門「算数」や「算数教育法」関連の
授業のシラバスを見ていると、多くは実にくだらない講義ががなされていると常日頃感じている。算数教育
「学」は学問として、果たして成立するのだろうか。数学から考えて矛盾するような概念を作り上げて、あ
たかもそれが数学からの必然であると言うような主張が、客観的(=間主観的論議批判可能性)と言えるだ
ろうか。
  一般的に「・・・学」を名乗る以上、その学問の対象と方法を示すことが大切である。特に、その学に
「価値判断」が混入する算数教育「学」では方法論を示すことが必要だと私は思っている。しかし、算数教
育「学」はその成立当初から方法論を真剣に追求する姿勢に欠けていた。その結果、算数教育「学」は、学
問的価値が著しく低い「学」と評価されている。この点は算数教育「学」と同様に、同じ「価値」が混入す
る法解釈学と比較すればその違いがよくわかる。(注1)

  算数教育「学」一般についての批評は上に尽きる。ここでは具体的に小学校1年生に習う「加法」につい
て、算数教育主流派の教材観を批判しよう。実は、この「加法」についてはこのブログでかなり述べてきた。
重複する部分もあるが、今回は数学的思考力という点から考えてみよう。
  私は、放送大学で1学期に『自然科学はじめの一歩'15』で放送大学教授の岸根順一郎氏の次の記述が
心に残った。

  (物理学では)気にはなるが本質的でない条件は排除していくのです (P138)

これは数学でも同様で、複雑な数学の対象となる事象の共通点を見つけてより簡単にモデル化していく思考過
程も大切にされると思っている。かりに、これを数学的思考力の一つとしておこう。(注2)

 算数教育主流派では、自然数(ここでは0も含めておこう)の加法について、本質的でない条件は排除して
単純化していくのでなく、加法について「合併」と「増加」が本質的だとしてより複雑化していくようなこと
がなされている。他にも「等分除」「包含除」のような区別が割り算の本質であるようなことを主張して、
「本来乗法の逆演算としてただ一つである除法」を、複雑化している。分数の種類の分類も、同じたぐいである。
(注3)
  このことを筑波大学附属小学校山本良和教諭の「加法」に関する下の主張から批判的に考えてみよう。



  まず、波線①ついて。
  上の波線①の山本教諭の主張を見ればわかるように、加法は「合併」と「増加」の区別が大切であり、

  増加の加法は時系列の順があり,始めにAあったところにBが追加されると「A+B」という式になる。
「B+A」としたら変だと子どもが感じられるようになったとき,増加の加法の意味と式という表現が理解
できたと言える


と言いきっている。果たして、山本氏の言うように「増加の加法の時系列」が本質的なことであろうか?例えば

  問題1 2人のこどもがこうえんであそんでいました。そこに3人のこどもがこうえんにきました。
      あわせて何人がこうえんにいるでしょうか。

  問題2 きのう2人のこどもがこうえんであそんでいました。きょうは3人のこどもがこうえんで
     遊んでいます。
      こうえんにあわせて何人あそんでいたでしょうか。


  問題1と問題2とで、加法として違いがあるだろうか。問題1は算数教育主流派のいう「追加」であり、問題2は
「追加」とも「合併」とも思えるような問題である。
  確かに問題の場面設定に違いがある。しかし、
    
  問題1・・・{始めに公園にいた子ども}の集合の基数   {あとから公園にきた子ども}の集合の基数 
  問題2・・・{きのう公園にいた子ども}の集合の基数   {きょう公園にきた子ども}の集合の基数 

の加法と考えれば、両者に本質的な違いがなくなる。本質でない「時系列の順」を切り捨てて

  2+3=5  または 3+2=5

と加法を考えることが、複雑な事象から単純な事象へという数学的思考力を育てるのに役立つ道順ではないだろ
うか。そうすれば、両方ともA+B(またはB+A)でいい。山本氏のあほらしい主張に反論するならば、

  「B+A」としたら変だと子どもが感じられるようになることはかえって有害であり、A+B(B+A)でいい
と感じる子どもであってほしい


と切に願うのである。つまり、数学的思考力を重視するならば、そうした場面の違いを超えていずれの問題も加法
という演算で統一できるという認識が大切である。算数教育主流派がいうような加法には「合併」と「追加」の区
別などないし、その区別は単なる教材提示の場面設定であって加法の本質ではない。
さらに、「追加」は単項演算
でもない。そればかりか、「追加」の場面設定で出題される問題1のような式として

   正解・・・2+3=5、不正解・・・3+2=5

とテストで採点されることの不条理は許しがたいことである。教育的な理由で正当性があると言う人がいるが、論証
も実証もできない「教育的な理由」を持ち出す人の主張は客観的(=間主観的論議批判可能性)とはとても言えない。
同じようによく使われる「子どもの発達段階」ということばも、十分に吟味されて使われているものでもない。

 「気にはなるが本質的でない条件は排除していくのです」ということばを、再度思い出してほしい。

波線②については、本テーマからずれるが一言言っておきたい。山本氏は

  被加数と加数の順序を検討することは,式の言語としての機能を意識する

と述べているが、何度も言うように数学として「式の言語としての機能」などない。

  式 2+3=5 は場面設定を表すものでなく、単に左辺=右辺と言っているに過ぎない

式に言語の機能があるというのは、算数教育主流派の妄想である。その妄想が、たとえ乗法で2×3=6の2×3は
(一つ分)×(いくつ)しか表さないなどの誤りを犯している。また、2+3×4で乗法3×4は量をまとめる機能があ
るから先に計算するなどといっている。しかし、乗法3×4に量をまとめる機能などなく(注4)、単なる乗法を先
に計算するという決められた計算ルールに過ぎない。

  数学として、式にはじめから意味、言語機能などない。意味付けする行為は、式にある概念を定義することに過ぎ
ない。本来算数と数学に違いなどなく、算数として正しくて数学として誤っているというようなことはあってはならな
い。算数と数学は違うというあほらしい主張があるならば、私はそれを主張する人を馬鹿にする。

  余談になるが、順序数について触れておこう。
  集合の基数と順序数とは、本質的に違う。したがって、集合の基数の加法と順序数の加法には、本質的な違いがあ
る。順序数の加法には、順序がある。
しかし、有限集合の順序数を考える限りにおいては、集合の基数の加法と順序数
の加法に違いがない。
有限集合の順序数の加法は、集合の基数の加法と同じように順序を気にせずに計算すればいい。
つまり集合の基数と順序数との概念の違いは大切だけれど、算数では有限集合の順序数しか扱わないから、両者の加法
を区別する必要はない。(注5)


  以上、複雑な数学の対象となる事象の共通点を見つけてより簡単にモデル化していく思考過程の大切さの観点から、
算数教育主流派の加法についての考えを批判してみた。


(追伸)
  本ブログを書くきっかけになったのは、和歌山大学の「takexikom (id:takehikoMultiply)」氏のブログ『かけ算の順序の
昔ばなし』
のある記事を見てからである。氏とは考え方は違うが、お礼を述べたい。
 なお、山本正和氏の文章は、直接その論文(実践記録)から引用しようと思った。しかし、私がこのブログで述べよう
とすることに最適な部分の文章が「takexikom (id:takehikoMultiply)」氏のブログにあったので、孫引きみたいな形になった
が、そのまま引用させていただいた。

  非加数と加数の順序(2018年8月24日)


(注1)
  数学教育「学」と同様に、法解釈学も「価値判断が混入」する学問である。法解釈学は「価値判断が混入」する問題
も含めて1950年代に起こった「法解釈論争」やその後の第2次法解釈論争と言われる「利益考量論論争」などの論争
の反省の元に、今日に至っても方法論的な検討がなされている。算数教育「学」では算数教育の方法についての論争は
あっても、算数教育「学」そのものの方法論についての法解釈学のような論争が見られない。
 高橋文彦「法的議論における発見の論理・序説 ――法解釈論争が残した知的遺産の継承と発展に向けて――」、明治学院大学『法学研究』2011・8
  私のブログでは、次を参照。
   
  分析命題・経験命題・価値命題 ~算数教育「学」の方法論的自覚のなさ (2015年7月15日)


(注2)
  物理学については、

  岸根順一郎・大森聡一『自然科学はじめの一歩'15』(放送大学印刷教材)

の第9章「物理の見方・考え方」に具体的な例で詳しく記述してある。


(注3)
  分数の数学に根拠を持たない分類については、

  文科省『小学校学習指導要領解説(平成29年告示)解説 算数編

の第3学年の解説(p153)に記載がある。また、私が酷評した岐阜聖徳学園大学附属小学校の算数実践を紹介した

  玉置・鈴木・芳賀・小林『若い教師のための深い学びが」生まれる算数授業』(PLANEXUS,2017.7)p107

にも、整理された表がある。ここで、数学的根拠がない分数の分類であると簡単に鈴木教授の見解を批判した。


(注4)

文科省『小学校学習指導要領解説(平成29年告示)解説 算数編

の「4学年の目標及び内容」のP197に記載がある。そこでは、「四則を混合させたり()を用いたりして一つの
式に表すことは、数量の関係を簡潔に表す
ことができるなどのよさがある(以下略)」と記している。


(注5)
  順序数については、次の私のブログを参考。なお、下のブログでは集合の基数のことを算数教育でよく使う「集
合数」
と表した。単純に、集合の基数のことばのおきかえだと思っていただきたい。

   順序数1 ~順序集合 (2015年2月4日)
   順序数2 ~整列集合と順序数 (2015年2月5日)
   順序数3 ~順序数と順序数との和</strong> (2015年2月6日)
   順序数4 ~算数教育での「集合数」と「順序数」について(2015年2月7日)





(追記)

1.先週のアクセス状況
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   期間 2018.10.28〜 11.03、閲覧数 32,245PV 、訪問者数 10,802IP、順位 159
位 / 2,845,515ブログ   
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コメント (4)

アンケート調査について ~Mさんの理科指導案を例にして考える

2018年04月27日 | 算数教育・初等理科教育
2018年4月27日(金)


  私は初等理科教育について調べようと思って、たまたま見つけたMさんの小学校5年の理科指導案について次のブログ、


  初等理科教育雑感 ~Mさんの「魚のたんじょう」(5年生)の学習指導案より (2018年3月13日)

について取り上げた。ここでは、単元構成と本時の授業の部分を中心に、岐阜県の大まかな理科教育について雑感を述べて
みた。今回はそこで取り上げなかった部分である前半、「2.指導の立場」について見てみたい。とりわけ、子どもの実態
をつかむためのアンケートについて、思うところがあって考えて見たいと思った。
  まず、何も先入観を持たずにMさんの理科学習指導案「2.指導の立場」を読んでほしい。



Mさんの理科学習指導案の前半2ページ

  Mさんがこの単元に入る前のアンケートで把握した子どもの実態について、次の観点から考察するのがいいのだろう。

①単元構成を考えるに当たって、このアンケート内容で子どもの実態がつかめるだろうか?
②Mさんのアンケート結果の分析は、十分なものであったといえるだろうか
③アンケート分析は、結果として単元構成や授業展開に効果的に生かされただろうか?

  しかし、ここではMさんの子どもの実態の把握の是非に関連して授業分析(指導案の分析)をするつもりはない。一般
的に、Mさんのアンケートをもとに、

①「魚のたんじょう」の単元導入前のアンケートとして、内容は十分か?
②単元導入前のアンケート分析はどの程度必要か?

について少し述べてみたい。考えるに当たって、Mさんの記載されていたホームページに同時に載せられていた2017年
度の2名の「魚のたんじょう」の指導案も読んでみた。しかし子どもの実態の部分について、Mさん以外に学級の子どもに
アンケートを実施した指導案はなかった。これには私自身が意外に感じた。ただ、単元に関するアンケートがなされていな
い2人の教員の子どもの実態の内容が、単元と結びつかない一般的な自分の学級の子どもの実態になってしまっているのは
当然と言えば当然なのだろう。誤解を避けるためひと言。私は、いつも子どもの実態(Mさんのいう「児童観」)は事前の
アンケート分析のもとに書くべきであると言っているわけでない。
 
 ①について述べよう。、私は単元導入前のアンケートとして、この内容で十分だろうと思う。アンケートの質問の2~3
は生き物全般について飼育の経験を問うもので、4・5が本単元「魚のたんじょう」に直接関わる質問である。1について
は、Mさんの学級で実践されていると思われる「観察カード」に記録することが好きか嫌いかを問うものである。このくら
いのアンケート内容で学級の単元に対する関心度は、ある程度わかると思う。
 ②について述べよう。私は単元導入前のアンケートの分析は、Mさんの分析程度でいいと思っている。確かに、個々の児
童がどのような意識を持っているのか触れられていない点を指摘する人がいるかも知れない。私は、学級の座席表に子ども
ひとりひとりが単元に対してどのような思いを持ってるか細かに分析してあった指導案を見たことがあった。しかし、それ
だけきめ細かなアンケート分析をおこなっても、実際授業の中でその結果に基づいてその子を指導することは難しい。ほと
んどが生かされないだろうと思っている。単元導入前のアンケートの分析は、Mさんの分析程度で十分であると思われる。
事実、Mさんはアンケート分析を通じて

①メダカの卵や水の中の小さい生き物をじっくり観察する時間を与える。
②メダカは専用のエサ以外にどんなものを食べるのか実際に見せる

との問題意識をもって取り組もうとしたからである。

  Mさんの単元導入前のアンケート内容とアンケート分析は、指導案を見る限り十分であると私は思う。しかし指導案で
なく、実践記録として記述する場合は、アンケート内容も分析もより間客観的になされなければならないと思っている。M
さんのアンケート内容と分析が学習指導案でなく実践記録であったならば、やはりひと言言いたくなる。一般に問題(課
題)を提示する場合のアンケートとその分析は問題意識がわかる程度の内容と分析でいいと言える場合が多い。しかし、問
題を検証するアンケートと分析は、数学的手法等を用いてより間主観的になされるべきである。
  私は退学した大学院で学んでいたときに修士論文を書くのに必要だったので、市町村教育委員会の権限について各教育
委員会にアンケートした結果を分析した教育行政学の論文を読んだことがある。しかし、私にはその論文のアンケートの分
析の結論はよくわかったが、分析の過程はまったく理解できなかった。それは分析手法に「多変量解析」が使われていて、
私自身「多変量解析」に全く無知だったからである。このときはじめて、文系の論文であってもアンケート調査の分析に数
学的手法が使われていてそれを理解しないと論文そのものが読めない、と思い知らされた。数学と関係のないと思われる歴
史学・国文学の領域でも、数学が使われる。例えば日本書紀の巻ごとの執筆者グループを決定するために、ある特定の語句
の使いかなどの頻度を数値化してコンピュータで統計学の理論に基づく処理をおこなって結論を得るという数理文献学の分
野もある。アンケートや数学と直接関係ないが、古い建物のはりなどに使われている板などの年輪の成長パターンを調べ、
歴史上の年代を1年ごとに特定する年輪年代法という歴史学で用いられる手法もある。
  今日、文系の論文であっても、アンケート内容の検討やその分析手法に「多変量解析」など統計的処置がおこなわれる
ことが多くなってきている。より間主観的に記述しようとする執筆者の良心表れなのだろう。
  こうした傾向に反して教育実践に関する論文は、たとえアンケートとその分析が記述されていても、私からみてもきわ
めて執筆者の主観的な分析がなされている場合が多い。そうした論文と同列にMさんの学習指導案を扱うことに不快に思う
人もいるかも知れない。しかし、両者に本質的な違いなどない。(注)Mさんのアンケート内容と分析も、学習指導案としてでなく実践記録もしくは実践論文としてみるならば、きわめて主観的である。

  Mさんの指導案の前半部分を読みながら、アンケート内容とアンケート分析の一般について考えさせられた。 
  私のひとり言として、読んでいただけるとありがたい。

(注)
  算数教育「学」の教材論や実践の分析をした論文について、大学教授が書く論文も小学校の教員が書く論文もたいした
差があるわけでない。両者の違いは、最近重みがなくなってきた言われるるが『権威』の差だけである。大学教授の論文が
「大学教授」と言う権威だけで読まれている、正当性をもったように思われているだけである場合が多い。小学校の教員が
書いた実践論文のほうがはるかに優れている場合が多い。
  私は算数教育「学」の教材論や実践の分析をした論文で、実にくだらないと思った大学教授の書いた論文をいくつか
知っている。実名をあげてもいいが、そんなことをするより軽蔑のまなざしを送ったほうがいいであろう。間主観性が求め
られる学問とは無縁である。





(追記)

1.昨日の一風景
  昨日26日木曜日は、いつものように午前中にアピタ北方店へ、午後はOKBふれあい会館内の放送大学岐阜学習セン
ターへ行った。この日は、『重力波とはなにか』のゼミがある日であった。
  午前8時50分頃に自宅を出た。自分の水田の見回り等をしていたので、この24日(火)と同じく、出発が遅くなっ
てしまった。それで、木曽三川公園から長良川右岸堤防を北進して岐阜市の河渡橋まで行った。そこから、北方町へ入った。
  北方南小学校の前を9時40分前に通過、北方西小学校北側の道を通って、アピタ北方店には9時50分過ぎに到
着した。北方南小学校までは、長良川右岸堤防を通るコースが一番早く、約40分~50分で到着する。
  アピタ北方店で用事を済ませてから、10時10分ごろ、OKBふれあい会館へ向かった。
  いつものように、アピタ北方店とOKBふれあい会館へ向かう途中に、Mさんの勤務校の運動場の前の道を通過した。
一瞬であったが、行きに授業をしているMさんの姿が目に入った。帰りの通過は10時15分頃であった。多くの児童が
運動場に出ていて、集団遊びをしていた。探さなかったこともあって、Mさんの姿はわからなかった。

  OKBふれあい会館内の岐阜学習センターに10時30分頃に着く。今日は到着が早かったこともあって、駐車場が
すごく混んでいたので会館入り口からかなり離れた場所に駐車した。この時期、県や市町村・各団体の新人職員の研修が
行われていて、リクルートスーツ姿の男女をよく見る。たまたま空いた1台の駐車スペースに駐車できたのは、ラッキー
であった。岐阜学習センターでパソコンを借りて、このブログの(追記)を書いている。その後、学生控え室で昼食を
とったあと、視聴覚室でPC端末から放送授業を聞いたり見たりする。今回は、用意してきた『自然科学始めの一歩'15』
の通信課題を解きながら講義を視聴する。
  15時15分から『重力波とは何か』のゼミに参加。ゼミの参加者が多くなった。いろいろな質問が出て、おもしろ
かった。ゼミが終わった後も、話し合いをしていたので帰宅した時間が19時になった。

  昨日の1日は、いつもの火曜日・木曜日の行動パターンである。


2.Facebook投稿より
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4月27日17時頃投・・・・・・・・・・・・・・
  サツマイモが植わって、大まかな畑仕事は終了しました。
今年は、連休・・・ゆっくりできそうです。




サツマイモの苗の植え付け
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


  





コメント

Facebook投稿より ~あほらしい『小学校学習指導要領解説 算数編』

2018年04月14日 | 算数教育・初等理科教育
2018年4月14日(土)


  小学校の新学習指導要領が2020年から実施されことから、次の教科などの学習指導要領解説を
購入した。文科省のホームページ上にも総則や特別活動等を含めて全教科・全領域について全文記載が
あるので、それで済ますことができる。しかし、私はじっくりと書籍を読む方が性にあっているので、
次の教科の解説書を購入した。値段も高いわけでないので・・・・。

  小学校学習指導要領解説 ・・・・「総則」、「算数」、「理科」、「道徳」
  中学校学習指導要領解説 ・・・・「数学」、「理科」

  その中で「算数」は一番ひどいと思った。他教科につても細かい点はいろいろ問題点もあるだろう
と思うが、正直「算数」はひどい解説本だと思った。「TaKu」氏によると、文科省は都道府県や政令市
の各首長・教育委員会に解説書を活用するように通知を出したそうである。その部分を引用させていた
だこう。

・・・・ 小中学校で学習指導要領解説を活用させる圧力 投稿者:TaKu 投稿日:2018年 4月 5日(木)21時
45分8秒・・・
文科省が、小中学校で学習指導要領解説を活用させようとしている資料を纏めました。
現行の学習指導要領から既に圧力がかけられていたようです。

2008年3月28日付の文科次官通知(19文科初第1357号) 平成20年
学校教育法施行規則の一部を改正する省令の制定並びに幼稚園教育要領の全部を改正する告示、小学校学
習指導要領の全部を改正する告示及び中学校学習指導要領の全部を改正する告示等の公示について(通知)
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2011/03/31/1304440_001.pdf
誰に向けた資料か
>各都道府県教育委員会
>各指定都市教育委員会
>各都道府県知事
>各指定都市市長
>附属学校を置く各国立大学長

学習指導要領解説を活用させる文言
>また、学習指導要領は大綱的な基準であることから、その記述の意味や解釈などの詳細については、文
部科学省が作成・公表する学習指導要領解説において説明することを予定している。このため、学習指導
要領解説を活用して、教職員が学習指導要領についての理解を深められるよう周知・徹底を図ること。


2017年3月31日付の文科次官通知(28文科初第1828号) 平成29年
学校教育法施行規則の一部を改正する省令の制定並びに幼稚園教育要領の全部を改正する告示,小学校学
習指導要領の全部を改正する告示及び中学校学習指導要領の全部を改正する告示等の公示について(通知)
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2017/05/12/1384661_1_1.pdf
誰に向けた資料か
>各都道府県教育委員会教育長
>各指定都市教育委員会教育長
>各都道府県知事
>附属学校を置く各国立大学法人学長
>構造改革特別区域法第12条第1項の認定を受けた各地方公共団体の長

学習指導要領解説を活用させる文言
>また,学習指導要領は大綱的な基準であることから,その記述の意味や解釈などの詳細については,文
部科学省が作成・公表する学習指導要領解説において説明することを予定している。このため,学習指導
要領解説を活用して,教職員が学習指導要領についての理解を深められるよう周知・徹底を図ること。

2008年と2017年では、誰向けかは修正・追加がされています。
本文は【、】が【,】に修正されているだけで、内容は同一のようです。
             「資料置き場」のかきこみより
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  もちろん、『学習指導要領解説』の内容に法的拘束性はない。数ある
市販の解説書の一つに過ぎない。それら解説書のなかで特に重視しなければならないものでもないし、教
員が読む義務もない。まして、教員が解説に沿った授業をする必要などない。
  しかし、『小学校学習指導要領解説 算数編』のようなくだらない解説書を現場の指導主事や教員養
成系教育学部の馬鹿な教員がテキストに使ったりすることがあるのだろう。そうした正直なた気持ちを、
Facebook にそのまま思った通り書いたので、
こちらに転載しておこう。

    Facebook投稿より ~あほらしい『小学校学習指導要領解説 算数編』

・・・・・・・・・・・・2018年4月13日(金)10時頃投稿・・・・・・・・・・・・・・
 今年度出版された『小学校学習指導要領解説 算数編』、前回の2倍以上の厚さがあり、重いです。算
数教育の批判を意識したのか、事細かに解説してあるようです。厚くなった分、内容が悪くなった見本の
ようなものです。批判の詳細は、私のブログにも書きましたのでここでは省略します。 (注)
 算数・数学の指導主事や教員養成系教育学部のあほな算数教育の授業担当者は、この解説書を現職教員
の研修や大学の講義のテキストにするのでしょう。
 最初の写真は、この解説書の協力者一覧です。私が軽蔑している筑波大学教育研究科長の清水美憲氏の
名前があります。こうした算数教育の権威者?が算数教育を悪くしていると言えるでしょう。
 誤解を避けるためにひと言。私があほらしいと言うのは『小学校学習指導要領解説 算数編』であり、
中学校数学や他教科の解説にもおかしな面はあるかも知れませんが、詳しく検討していません。算数が
あまりにもあほらしいのです。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(注)
   ひどすぎる新「小学校学習指導要領解説 算数編」の2年生の「乗法」についての記述 ~執筆者の数学の能力の欠如を疑う
                                          (2017年6月24日)
   文科省は新『小学校学習指導要領解説 算数編』の出版を止めるべきである  (2017年7月18日)
   0は8の倍数にいれない? ~新「小学校学習指導要領解説 算数編」のおかしさ、あほらしさ 
(2017年7月24日)






(追記)

1.簡素化された岐阜県の現職の経年研修?
  新規採用から3年目を迎えるMさんに関連して、経年研修の一つである3年目研修について調べよ
うともって岐阜県総合教育センターのホームページにアクセスした。昨年度まで『必ず受けなければな
らない研修」になっていた3年目研修がなくなっていた。必須の研修として

  初任者研修、6年目研修、12年目研修

しか記載がなかった。昨年度Mさんが受講した2年目研修も,4年目研修もなくなっていた。
  これは研修の簡素化とみていいのだろうか?ついでに、負担の多い初任者研修も簡素化すべきだと
思う。

2.比例の関係式の記述は自由に書けばいい

問題・・・1辺がcmの正方形の周りの長さはcmです。の関係を式で表しなさい。

  この問題の解答として、下にあげたの関係式はすべて正しいと言えよう。

  y=4× , 4×y
  y×4 , ×4=y
 
  の関係式において、

  y=(決まった数)×

と書かなければならない理由などない。

  y×(決まった数)

と書いてもよい。

  また、yを左辺に書かずに右辺に書いても一向にかまわない。

  要は、の関係が子どもに正しく理解されることが大切である。式の表示そのものに、もとより意味などない。
  
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