ぐうたら里山記

兵庫の西の端でただのほんと田舎暮らしをしています。ぐうたらです。のん兵衛です。

たまには・・・

2018年07月29日 18時19分35秒 | 田舎暮らし
気象予報もたまには当たることもあるらしい。
12時過ぎると雨もやみ風も収まり、いつもの夏の暑さが復活した。
それで草刈りをしたり、溝の土砂をあげたりと忙しさも復活した。

明日からまたまたいつもの真夏が始まる。
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古代ローマの喜劇

2018年07月29日 18時12分15秒 | 本の中から
古代ローマの喜劇作家、プラウトゥスの「捕虜」とテレンティウスの「アンドロスから来た娘」を読んだ。
悲劇は古代ギリシャの3大詩人(アイスキュロス・ソフォクレス・エウリピデス)と近代悲劇、たとえばラシーヌとの間には時代のギャップ感じない。(シェークスピアはちょっと癖があるけど・・・)
ところがアリストファネスとモリエールとの間にはとってもギャップを感じていた。
でもアリストファネスの最後の作品「福の神」からメナンドロス、そして今度読んだプラウトゥスとテレンティウスの作品を読んでギャップは解消した。

アリストファネス最後の作品「福の神」はそれまでの作品と違って風俗劇的要素が強い。
そこにはもうあの辛辣な政治批判はない。
雲の世界や鳥の世界や黄泉の国への旅もない。
そして登場するのは貧相な福の神。

メナンドロスはさらに現実の風俗を描く。
観客をより身近な笑いに誘う。

そして古代ローマの喜劇。
ローマ帝国って嫌いだったので古代ローマの文学もほとんど読まなかった。
でもローマの劇は喜劇も悲劇もギリシャの模倣。
プラウトゥスもテレンティウスもメナンドロスの模倣。
でもそこにはローマ色もある。
とりわけ奴隷の存在は大きい。
もちろん古代ギリシャにも奴隷はいた。
でも主役は市民。
ところがローマの劇では奴隷が活躍する。
これはモリエールの劇では奴隷が召使になって主人をからかう。
「アンドロスから来た娘」では奴隷がまるでボーマルシェの「フィガロの結婚」のフィガロのように縦横無尽に才気を使って自分の都合のいいようにことを納めようとするけど、ことごとく失敗する。
「捕虜」では道化が出てきて、まるでシェークスピアの喜劇を見てるようだ。

今まで意図的に避けてきた古代ローマ文学、
この古代ローマ文学これからもうちょっと迷い込もうかなと思っている。

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台風が・・・

2018年07月29日 01時35分33秒 | 田舎暮らし
雨はない。
風もない。
でも台風がなんと東から近づいている。
強い風雨の台風が。

台風もねもう少し小出しにしてくれたらいいのにね。
風速が40メートルならば10日に分けて4メートルずつ、
特に真昼の暑いときに吹いてくれたらいいのにね。

雨だって一度に150ミリも降らすのでなく、
15ミリずつ10回に分けて降ってくれたら・・・
それも3日おきに。

するとみんなから喜ばれるのにね。
ここら辺のところを台風もおおいに反省してほしい。
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