ぐうたら里山記

兵庫の西の端でただのほんと田舎暮らしをしています。ぐうたらです。のん兵衛です。

結婚式

2006年10月11日 10時14分05秒 | 雑感
久しぶりに家を留守にした主な目的は、甥の結婚式に出ることだった。
それでヤギと鶏の「め~!」と「コケコッコーッ!」という鳴き声を振り切って、はるばる九州の大牟田まで行ったのだった。
結婚式は神前だった。そして意外なことに女の神主さんだった。
最初はちょっと違和感があったけど、なれると卑弥呼も斯くやとばかり、意外といいものだ。
もともと神社の神職は女性ではなかっただろうか?

それは卑弥呼風な神主一人とコンビニのバイト風な女の子二人で執り行われた。
もっとも卑弥呼にはあったことはないので卑弥呼風とはどんな風なのかはわからないけど、
たまたまそこが福岡県山門郡~そう、邪馬台国があったとうわさされている地~の近くだったので、そんな気がしただけなのかもしれない。

神社の結婚式は仰々しくなくていい。
神社の持つ清涼感、苔むした大木、ひんやりとした杜、そして朱色に塗られた社。
朱色・・・? どうも神社の色彩感覚がよくわからない。
赤と白と緑。白と赤の巫女の衣装。榊の緑。
この強烈な色彩感覚は原日本人の色彩感覚とはちょっと違うような気がするのだけど・・・。
これは仏教が伝来したころの朝鮮の風俗をうつしているのではないだろうか?
そしてこの弥生的な風俗は平安まで続き、鎌倉になってやっと縄文的なものがよみがえってきたのではないかと想像する。

ところで結婚式。
それは淡々とすすんだ。そして一番時間をとったのが三々九度。新郎新婦三回に分けて三杯呑む。
呑むのにこれだけ時間をかけるのは評価できる。
ただ列席者には一度だけとはいかがなものか。
それに底の浅い杯でなく、茶碗酒で呑み放題ということにしてほしかった。
改善を望む。

式が終わり、送迎バスに乗ってホテルの披露宴会場に行った。
ここも仰々しい宴会ではなく、スピーチなども少なくもっぱら食べてしこたま呑んですごした。
内輪の宴会ということもあり、ケーキカットはあったけど定番の花束を渡すシーンなどもなかった。
それで、結婚式や葬式・・・式と名のつくものはどうも苦手だけど、これくらいならまあいいかと思った。

我が家の息子と娘には結婚式なんか挙げてほしくないと思っている。~もういい年なのにまだ結婚のうわさはまったく聞かない・・・
するんなら勝手にやってよ、って感じだ。
ただ嫁ぐ日に、正座して「お父様、お母様、お世話になりました・・・」という、あのおなじみのシーン。
あれは一度話しの種に味わってみたい。
多分・・・笑い出すだろう。
子供は親の付属物ではない、生まれたときから一個の独立した人格だ、親の役割は子供が親元を離れるのを助けることだ・・・と、思ってきたので、きっと結婚するとほっとするだけだろう。
ただ仰々しい盛大な結婚式も、まったく意味がないというわではない。
盛大であれば盛大であるほど、新婚の二人にはかなりなプレッシャーとなり別れにくくなるだろう。

こうして飲み会・・・じゃなかった、結婚式は終わった。
その晩またしても、呑んだくれてそのままごろんと寝てしまったのはいうまでもない。
コメント (2)
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