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宮部みゆき『ソロモンの偽証』第2部 決意・その1

2013-11-25 10:11:00 | ノンジャンル
 昨日の続きです。
 1991年7月20日。城東第三中学校の体育館に、三年生の生徒たちが、二年生のときのクラス編成ごとにまとまって、卒業制作の文集のテーマを決めていた。涼子は卓也の死の真相をつかむというテーマを提案し、一部の教師から反対を受けるが、帰宅後、涼子の母は自分に任せておきなさいと言ってくれ、高木教諭が涼子に暴力を振るったことの免罪として、涼子たちの活動を学校側に認めさせることに成功する。
 最初に涼子の呼び掛けに集まってくれたのは、まり子と行夫と健一だけだったが、そこへ北尾先生が大出俊次の元カノだった勝木恵子を連れてきてくれる。そして俊次と直接話をするために、用心棒として空手家の山崎を連れて、涼子たちは出発する。
 涼子たちはふてくされた態度の俊次に「身の証を立てる」ために大人を入れない学生による陪審裁判をすると言い、涼子が俊次の弁護士を買ってでる。涼子は廷吏を山崎にしてもらい、三年生の生徒全員に「学校内裁判」の参会者を募る郵便を出し、登校日の7月31日の放課後に3年A組の教室に集まってほしいと書いた。準備期間は2週間、開廷は8月15日で審理は5日間。判決言い渡しが8月20日。橋田や井口までは手が回らないので被告人は大出俊次だけ。弁護方針は俊次のアリバイの立証。北尾先生は辞表を校長代理に預けて、学校に迷惑がかかるような事態が発生したら全責任を取ると言ってくれ、諸費用も負担してくれると言ってくれた。涼子は弁護人として今誰の手許にもない告発状の件は裁判に持ち出さず、学校内裁判のことについても樹理には通知は出さず、尾崎先生に伝えてもらっていた。
 7月31日、3年A組の教室には、二十人ほどの生徒たちが集まっていた。陪審員は次々と勝木恵子を含む9人が決まり、涼子の助手には彼女に気がある佐々木吾郎と吾郎に好意を持つ萩野一美がなり、3年A組で学級委員を務める井上康夫が判事になった。そこに現れた俊次は父に殴られ顔を腫らしていた。彼は父が刑事である涼子が弁護士であることが不満だと言い、涼子は皆の意見に従い検事になった。するとそこへ野田が別の学校の生徒で、卓也と塾で一緒だったという神原和彦を連れてきて、彼に弁護人をしてもらうことを提案し、自分が彼の助手をすることも了承される。
 涼子は告発状の中身が信じられないが、判断を一旦白紙に戻して、そこからスタートすることにし、告発状の差出人を新たに探すことにしたことを、少年課の刑事・佐々木礼子に報告し、卓也の死に関する情報を教えてもらえるように要請する。一方、森内教諭は河野探偵事務所に調査を依頼し、隣人の垣内美奈絵が自分の郵便物を盗んでいたことを元校長とともに知らされ、森内が彼女から逆恨みされていたことを知る。そして涼子らから要請があれば、その事実を明らかにしようと決める。そしてある日、樹理はリビングルームに鍵をかけ、新たな告発状を書こうとしていたが、鍵を開けて入ってきた母にそれを見つかってしまう。また、和彦と健一は俊次に会いに行き、俊次からアリバイの明確な供述は得られなかったが、そこで学校内裁判に好意を持つ大出家の弁護士・風見に会う。そして、また告発状の差出人が樹理だったことを確認した後、橋田の元を訪ねるが、協力は得られない。そして和彦は自分が7歳だった時に、自分の母が父に殺され、父が自殺したことを示す資料を健一と俊次に渡し、自分が経歴を偽っていないことを証明するのだった。
 8月3日、弁護側2人、検事側2人と北尾先生で卓也宅を訪れると、卓也の両親と兄が待っていた。兄は「事実がどうだったかが知りたい」と熱弁を振るう。その後、自宅に戻った涼子は父の剛に無断で活動していたことを叱責されるが、吾郎がこれまでの事を話すと落ち着き、大出家の火災にだけは触れないようにと強く言うのだった。和彦と健一は再び俊次の元を訪れ、彼のアリバイと、彼が卓也を殺害する動機がないことを立証することを目標に臨むと、当日、俊次の父が俊次に家にいろと言っていたこと、母がディナーショーに出かけていたことを俊次は思い出し、また健一も当日の5時ごろショッピングモールで卓也を見かけたことを思い出す。(また明日へ続きます‥‥)

 →Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto

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