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ポール・オースター『ブルックリン・フォリーズ』

2012-07-30 01:00:00 | ノンジャンル
 山崎貴監督・VFXの'10年作品『SPACE BATTLESHIP ヤマト』をWOWOWプレミアムで見ました。セットの照明のチープさ、冒頭のCGのプラモ感、タレントのホリさんのモノマネそのままの木村拓哉の演技には辟易しましたが、空中戦のスピード感は『スターウォーズ』を凌ぐものがありました。

 さて、ポール・オースターの'06年作品『ブルックリン・フォリーズ』を詠みました。
 3歳の時に離れたブルックリンに、56歳になって保険外交員を引退した私・ネイサンは本能的に戻ってきて、アパートメントを借り、そこで余生を暮らそうと決心します。31年間ずっと、郊外とマンハッタンのオフィスを行き来してきた私は、はじめのうち何をしていいかもよくわかりませんでしたが、訪ねてきた娘のレイチェルに何か始めなくちゃだめよと言われます。私とイーディスとの結婚生活は当初の楽しいセックスが終わりを告げると情熱も尽き果て、33年間同じ屋根の下で暮らした後、妻からの申し出で離婚に至っていました。私の肺ガンは目下一時的に小康状態で、自分の人生が後どのくらい残されているのかはまったく分かりませんでした。私は昼食を食べる〈コズミック・ダイナー〉のマリーナというプエルトリコ系のウェイトレスに熱を上げるようになりますが、彼女は結婚していて、歳も私の半分でした。
 そして私はついに『人間の愚行の書』というプロジェクトを立ち上げることにします。それは実のところ書物なんて代物ではなく、ランダムな書き殴りの集大成であり、言い間違えの類いから日常的な愚行まで、様々な逸話を紙切れに書き、いくつかの範疇のダンボール箱にそれを入れていくという作業でした。
 私はここでこれから語ろうとしている話の中心人物であるトム・ウッドを紹介しなければなりません。彼は亡きわが妹ジューンの一人息子で、妹オーロラの庇護者として幼い頃を過ごしました。ジューンは最初の結婚の15年間に彼らを産んだ後、フィリップ・ゾーンと再婚し、49歳で脳出血で亡くなりましたが、その後、私とトムは2000年5月23日にハリーの古書店でばったり顔を合わせるまで、7年も会っていませんでした。トムと最後に口を利いた時、彼はコーネル大学を最優等で卒業したばかりで、今度は4年間の奨学金を得て、ミシガン大学の大学院でアメリカ文学を学ぶことになっており、その後のキャリアも保障されていました。一方、オーロラは母の再婚に反抗して17歳で家出し、ルーシーという名の女の子を未婚のまま産んだ後、行方知れずのままでした。
 というわけで、古書店でわが甥がカウンターで客に釣り銭を渡しているのを見た私の驚きは尋常ではありませんでした。彼は肥満した体に敗北の空気を立ちのぼらせていました。彼は古書店に勤めて5カ月になると言い、おたがいにわずか2ブロックの距離に住んでいました。論文が書けなくなり、2年半前に大学を辞めた彼は、タクシーの運転手をしていましたが、この古書店に通うようになってから、店主のハリーに粘り強く働きかけられた結果、今の職に就いたということでした‥‥。

 ここまでで全体の約6分の1といった程度であり、中盤でルーシーが登場する辺りから一気にストーリーが活性化し始め、何度となく声を出して笑わせてもらいました。これまでのオースター作品と比べ、ストーリー自体がとても日常的であり、あとがきで訳者の柴田元幸さんも書かれていますが、“温かみ”を感じることのできる本になっていると思いました。一方で、今書かれつつある文章を著者と同時に“体験”できるという、オースター独特の読書体験も味わえる作品ともなっていました。なお、上記のあらすじの続きに関しては、私のサイト( Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/))の「Favorite Novels」の「ポール・オースター」のところにアップしておきましたので、興味のある方は是非ご覧ください。

→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/

と書きましたが、何の間違いか、『ブルックリン・フォリーズ』の続きをサイトに載せるのを忘れていました。後日、掲載します。(15年9月6日現在)

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