クリント・イーストウッド監督、硫黄島2部作『硫黄島からの手紙』を観てきました。平日の夕方にも関わらず、多くのお客さんでした。1作目『父親たちの星条旗』はアメリカから見た硫黄島、今回は日本から見た硫黄島。5日間で硫黄島戦は終結するはずだった。しかしその日数をはるかに越えて36日間に及ぶ長期戦と変貌戦史に残る戦いへと変えた男たちがいるのである。
指揮官の名前は栗林忠道・・・・・太平洋戦争において最もアメリカを苦しめた男として、、アメリカの地で畏敬の念をもって語り継がれている陸軍中将だ。そしてその栗林のもとで、一日でも長く祖国を守り抜こうと、死ぬより辛い“36日間”を戦い抜いた男たち。彼らこそ、クリント・イーストウッドがどうしても描かなければならないと思った日本の男たちにほかならない「私は日本だけでなく、世界中の人々に彼らがどんな人間だったかをぜひ知ってほしいのです」と・・・・・。
栗林中将(渡辺謙)はアメリカ留学経験を持ち、当時の軍人像思いもよらない進歩的な発想とおおらかな人柄自ら陣頭に立って二万余の兵を率いた
そんな指揮官は戦地に赴任しながらも、家族のことを思いやり、娘に
を書き送る、愛情豊かな家庭人であった。負傷したアメリカ青年を、ひっそり看取ったオリンピックのメダリスト(伊原剛志)、生まれてくる我が子を見ぬままに島へ送られた若い父(二宮和也)の嘆き
現在の私たちと同じような気持ちを抱きながら、戦地という極限の場所
で、相手を苦しめ
なお畏敬の念を抱かせた日本の男たち。そんな男たちの素顔を知ると、硫黄島の日々の辛さがやるせない
ストーリー
2006年、硫黄島の地中から発見された数百通の、それは61年前にこの地で戦った男たちが家族に宛てて、書き残したもの。届く事の無かった
に彼らは何を託したのか
戦況が悪化した1944年6月、一人の指揮官が硫黄島に降り立った。陸軍中将栗林忠道(渡辺謙)アメリカ留学の経験を持ち、それゆえにアメリカとの戦いが誰よりも厳しいと知り尽くしていた。本土防衛のため、最後の砦ともいうべき硫黄島の命運は、栗林に託されたのだ
着任早々、今までのような作戦ではいけないと変更、部下への理不尽な体罰をも戒める
そんな栗林に、兵士は
の目を向ける。そんな栗林との出会いに・・・・西郷(二宮和也)は硫黄島での
の日々だっただけに希望を抱く
従来のやり方をくつがえされた古参将校たちは反発
するも・・・・。その栗林に理解を示す者もいた。バロン西こと西竹一中佐(伊原剛志)。かってのオリンピックメダリスト
硫黄の臭気と灼熱の暑さ水も食料も満足にはない過酷な状況の中、栗林の指揮のもと掘り進める地下要塞
島中に張り巡らされたトンネルは、米軍を迎え撃つ秘策だったのだ
1945年2月19日、いよいよアメリカ軍上陸開始
圧倒的なな兵力に5日間で終了されると思っていた戦争は36日間という長期戦となる。栗林は兵士に「死ぬな
」と命じる。死ぬ事が名誉
とされたことをくつがえし、家族のため、一日でも長く生き延び、島を守りぬけと・・・・・。軍人魂で玉砕を望む伊藤中尉(中村獅童)、憲兵隊のエリートから一転、過酷な戦地に送り込まれた清水(加瀬亮)、若き父西郷(二宮和也)の生きて子供に会いたいという思い等が鮮烈に描かれている。
次々と自決して死んでいく兵士の姿が何とも言えないリアルで凄いと思った。死ぬ恐怖はなかったのか
いやそんな事はないだろう。でも極限状態におかれたら、やはり自ら死を選らばなければ、楽になれないのかもしれない。清水(加瀬亮)は白い布を持ち、米軍に降参するシーンは、人間の心の心情を出していた。きっと死にたくなかったはずだ。鑑賞して思ったこと・・・・戦争は絶対いけない
これ以上不幸な出来事はない
過ちを繰り返さない
栗林中将(渡辺謙)
西郷(二宮和也) 西竹一中佐(伊原剛志)
清水(加瀬亮) 伊藤中尉(中村獅童)
西郷の妻 花子(裕木奈江)
アメリカのきもち、日本のきもち、同じきもち・・・・・。
ワーナー・ブラザース映画/ドリームワークスピクチャーズ
制作・監督:クリント・イーストウッド 制作:スティーブン・スピルバーグ
原案:アイリス・ヤマシタ、ポール・ハギス、脚本:アイリス・ヤマシタ
“「玉砕指揮官」の絵手紙”(栗林忠道・著/吉田津由子・編/小学館文書・刊)
硫黄島からの手紙 公式サイト
追記:私の父親は戦争に行きました。シベリアで捕虜となった経験もあります。
戦争の恐ろしさや悲惨さを今も語ることがあります。硫黄島での事、
栗林中将のことも知っていました。でもそんなにダイレクトには語られて
はいないようです。でもこの硫黄島戦は大変な惨劇だったと話していました。
昨日はご近所まで出張させていただいておりました。(笑
今年は本当に考えさせられたり、知らなかった事実に目を向けさせられたりする作品の公開が多かったですね。
お父君が戦争体験者・・・、ならお互いに年齢も近いかもしれません。親の代から戦争中の話を聞くことの出来る私たちの年代の果たすべき責任は結構重いのかもしれませんね。
この作品で、本当に印象的だったのは、他にもいろいろありますが、特に日本映画のような「情緒的な描写」を一切排除した事と、海兵隊員が憎しみからではなく、「面倒臭い」からと日本兵捕虜を虫ケラのように射殺したシーン。
これは日本映画では、逆立ちしたって出来ない事だと思います。
あと、不安だったジャニーズの二宮和也君の演技。
意外にも良かったですけど、考えてみればジャニーズの子達も、某宝塚とまではいかなくても、それなりの選抜があり、それなりの下積みがあるんですよね(笑)
先入観は良くないと改めて思いました(爆)
こんな当たり前のことを、強く再認識させてくれる映画でした。
とはいえ私、なんか流れで先に硫黄島を観てしまって星条旗は未だ観に行けてませんの。。。
今日にも行って来ようと思っております☆
人間、死んだ方が楽になれることもあるでしょうに、それを許さなかったとはなんと厳しい闘いだったのでしょうね。
そして手榴弾での自決、あれは半ば強制的なものでしたが、誰もがやはり躊躇しているのがリアルでした。
二部作合わせてとても心に残る作品です。
足跡残せず、いつもすいません
>アメリカのきもち、日本のきもち、同じきもち・・・・・。
同じ心をもった人間同士が、なぜ戦わなければいけないのだろう?
これは人間社会の永遠の課題なのかもしれませんね。
硫黄島プロジェクト、リアルな映像、戦争の真実を描いていて
勉強にもなったし、深く考えさせられました!
また勉強しなおさせねばと居住まいを正す気持ちです。
ちなみに、「死ぬより辛い36日」の文章を読んで真っ先に思ったことは、「栗(9里)より(4里)甘い、13里」でした(笑)。
てなわけで、TBありがとうございました。
語らなくてもその姿を見れば、彼らがどのように「生きた」のかはっきりとわかる。
わたしたちにはそれを観る責任もあると思いますね。
西郷のあのラストの表情が忘れられないです。
彼らもまたわたしたちと同じ気持ちだったと思うと胸がいっぱいになります。
TBありがとうございました。
栗林中将の存在・・・。
イーストウッド監督に感謝いっぱいです。
10年前に逝った私の父も戦争に行った経験者でした。人の命が虫けらのように棄てられていくんだよって、よく聞かされましたが、本当の悲惨さは子供の私には理解出来てなかったですね。
そして、サイパンが旅行の人気となったころ、「よく旅行気分で行けるものだ、、、」と沈んでいた姿を思い出します。
でもベトナムだって今ではアメリカ人の人気スポットなんですものね・・・。
TBさせて頂きました。