史跡ハンター 臥龍

 ★戦国・幕末&中国に関する史跡を中心に紹介しています★

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ぶらり「北京」散歩~其之二十八「首都博物館」編

2009年07月05日 | 北京散歩
7月5日(日)
今日は8:00起床しました。
今日は、まず午前中Kさんと「首都博物館」に行き、その後YさんにKさんを紹介するために「五道口」に行き、最後Kさんと夕飯を食べます。
9:30に宿舎を出て、693路バスに乗り、「二里溝東口」で45路に乗り換えました。

そして「三里河東路南口」で降りて、10:25「首都博物館」に着きました。
10:30すぎKさんも着きました。
入場券はKさんがネットから無料券を手配してくれてたんです。

今日は何で「首都博物館」なのかなぁ~?って思ってたんだけど、今、来年7月7日に開幕する「上海万国博覧会」のプレス発表?みたいのをやってました。

これが、どうやら「日本館」のようです。
今建設中なのか、もう完成してるのか知りませんが…

これがホスト国である「中国館」のようです。
他にも世界各国のパビリオン?模型が展示されていました。

地下や1階は催事スペースのようですが、2階より上は常時展示されている古いモノです。

もう、こういうのは実は興味無い…

これらは陶器製ですね。

こういう仏像も多く展示されています。

「濫竽充数」という成語を習ったけど、この楽器が竽かな?
これは京劇のコーナーにあったんだけど。
「濫竽充数」とは、それだけの能力が無くてその地位にいることや、人数合わせで中にいる人…のような意味です。
これも「斉」(首都:臨淄)の故事なんだよ。

結婚のパレード?らしいです。

三菱電機の扇風機です。

すげぇ~枕だなぁ。

こちらも仏像です。

地下に降りてみました。

地下では画展がやってました。
テーマは中国の世界遺産?

これは「雲岡石窟」。

これは「龍門石窟」。

これは「泰山」です。
13:00「首都博物館」を出ました。
そして、「三里河東路南口」から319路バスに乗って「東升園」で降りました。
13:30「五道口」に着き、Yさんと会う14時まで時間があるんで、Kさんとブラブラしてました。

14:00「CHARLIE BROWN CAFE」でYさんを待つことにしました。

14:10すぎYさんも店に来て、3人でおしゃべりしてました。
Kさんは俺の「北京」での唯一の中国人朋友だったんでね…今後も「北京」で働くYさんとも仲良くしてもらえれば、Kさんも日本語を話す機会が出来るし、Yさんは中国人朋友はけっこういそうなんだけどYさんとKさんは年齢も近いし…ってことで紹介したんです。
Yさんは用事があったんで、17:30ごろ一緒に店を出ました。
それからKさんと歩いて「北航」に行き、部屋から炊飯器を取って来ました。
今日Kさんに会ったのは、最後にお礼をするためと、この炊飯器をあげるためだったんで。
それからバスで「六道口」に出て、以前食べたことがあった日本料理店で食事しました。
結局ご馳走してくれちゃったんだけど、Kさんには知り合ってすぐ病院に付き添ってもらったり、冬休み中は荷物を預かっていてもらったり、「三国人物将棋」をネット通販で手配してもらったり、そして中国語の勉強でもお世話になりました。
21:00すぎ店を出てKさんと同じ691路バスに乗り、俺は1駅先の「北航」で降りて別れました。
そして21:45宿舎に戻りました。

さぁて明日は1日片付けかな。
昼食と夕飯は友達と一緒に食べる予定だけどね。
では、また明日。


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ぶらり「北京」散歩~其之二十七「八達嶺長城」編

2009年07月04日 | 北京散歩
7月4日(土)
今日は10:00すぎ起床しました。
明日はKさんと会う予定があるし…やっぱ「八達嶺長城」に行くのは今日しか無いかな…
…ってことで、11:30宿舎を出て、810路バスに乗り、12:10「積水澤南」で降りました。

それから歩いて、12:20「徳勝門」に着きました。
ここから「八達嶺」に行く直通バスがあるはずなんだけど…
そのバス停があるのにバスが来ない…大きなカメラを持ったオネーちゃんが係員のオッさんに「八達嶺に行く直通バス無いの?」って訊いてたんで、俺も聞いてました。
すると、どうやら直通バスが無いらしいです…
じゃあ、どうすりゃいいんだよ…って思ってたら近くに直通じゃ無いけど「八達嶺」を通るバスが来たんで、乗り込みました。
12:35、919路バスは出ました。

13:55「八達嶺」に着いたんだけど、雨が降って来たじゃん…

とりあえず、登城口まで上がって行きました。

全長約6000kmの「万里の長城」ですが…どこまで行こうかな。

14:05入城しました。(学割後、25元)

登り口から、右側に進む「女坂」か、左側に進む「男坂」かのルートを選択しなければならないんだけど…俺は知らずに「女坂(右側)」に行ってました。
だって、そっちの方が人がいっぱいいたんだもん…

とりあえず、あの先まで行ってみるか…

あれそういや、もう「北京オリンピック」から1年(2008年8月8日開幕)経つんだね…早え。

「慕田峪長城」と同様、景色を見るだけなんでね…

遠くに見えるのが「男坂」側です。
やっぱ傾斜が急だから「男坂」っていうんです。

でも「女坂」だって、かなりの傾斜だよ…

今日は(も?)けっこう日本人が多く来てました。

けっこう老人にはキツイんじゃない?

城壁は中国が統一された秦の「始皇帝」の時代に、「匈奴」の侵略から領土を守るために建設されました。

この「八達嶺」は明の時代に改修されたものです。

「万里の長城」は1987年「世界文化遺産」に登録されています。

30分くらいの地点から引き返しました。

雨はとっくに止んだんで、良かったけどさ。

14:55「八達嶺長城」を出ました。

これが以前H先生が泊まった「八達嶺賓館」かぁ。

「孫中山」です。

「始皇帝」と「劉邦」です。
15:15、919路バスは発車しました。
そして16:45「徳勝門西」で降り、16:55「積水澤南」から826路バスに乗って、17:20「知春路」で下車しました。
17:30宿舎に帰って、今日は最後の自炊をしました。

今日は、とりあえず「万里の長城」では最も有名な「八達嶺」に行けたんでね。
さぁ明日は最後の北京散歩になるかな…夜Kさんと話して、明日は一緒に「首都博物館」に行くことになりました。
では、また明日。


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ぶらり「北京」散歩~其之二十六「北京動物園」編Part.2

2009年07月02日 | 北京散歩
7月2日(木)2/2
さて、続きでーす。

カンガルーです。

そしてライオンやトラを見に行ったんだけど…下で息絶えてました。(嘘)
こんな感じで皆、日陰で休んでます…

熊です。

狼です…犬じゃありませんよ。

そして…ついに「パンダ館」へ。

パンダを見るのは香港のオーシャンパーク以来2回目です。

パンダづくしです。

2ヶ所見れる檻があったけど、1ヶ所の方のパンダは後ろ向いて全然動かない。
こっちのパンダは動いてるけど、ほとんど後ろ向いてて…

ずっと待ってたら、動き出しました。

中国語でパンダは大熊猫なんだけど、猫みたいに後ろ足を使って顔を掻いてました。

最後はタレパンダ状態になってました。

この寝てるパンダは、さっきの(パンダ)かな?あの後、出て行ったんで。
全部で何匹いるんだろ?
そして、15:10ごろ「北京動物園」を出ました。

次は「西直門」まで出てるんで「大鐘寺」に行ってみることにしました。
でもバス路線が分からず、地下鉄13号線の「西直門」に出て、1駅先の「大鐘寺」で降りました。
「大鐘寺」は、よくバスで前を通ったことがあったんだけど、地下鉄で行ったことが無かったんで、駅を出てから進む方向を間違えてしまいました…
もう帰ろう…と思って近くのバス停に着くも、「北航」に行くバス来ないの?
ダメだ…よく分からん…ってことで、また地下鉄駅まで戻りました。
それなら、「大鐘寺」にも行ってみるか…と駅から今度は逆方向に歩き出したんだけど、けっこう駅から距離あったのね…

「大鐘寺」に着いたのは、16:10でした。

寺院内には「大鐘寺古鐘博物館」なんかもあるらしいんだけど…どこで入場券買うの?
それに…観光客らしき人民がいない…
もう見るのやめて、また地下鉄13号線「大鐘寺站」に戻り、また1駅だけど「知春路站」で降りて、16:50宿舎に帰りました。

そして今日は、18:00に待ち合わせて日本語教室の学生11人?と食事会をしました。
日本人で参加したのは、俺と「O君」「Sさん」「T君」でした。

皆、中国人学生です。
俺は火曜担当だったんで、よく知らない学生(木曜の?)もいたんだけどね。

彼らは研究生なんで、以前俺が「青州」で教えてた学生に比べると、ちょっと年上ですね。
でも…全然24~26歳くらいには見えんな~

彼らの中には日本に来て働く子も出てくるかも知れないな。

21:00ごろ帰ったんだっけ?
明日は「K君」と「涿州」に行って来ます。
俺は前回ハント出来なかった「劉備故里」まで行けるかなぁ?
でも…そのために行くんだけどね。
では、また明日。


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ぶらり「北京」散歩~其之二十六「北京動物園」編Part.1

2009年07月02日 | 北京散歩
7月2日(木)1/2
今日は8:30ごろ起床しました。
そしたら「K君」からショートメールが来て今日の午後は中止になりましたと。
実は昨晩「範君」から今日の昼食?に誘われてたんだよね…でも、俺は出掛けたかったんで、もしあっても行かなかったかも知れないんだけどさ。
昨晩「K君」はけっこう飲んでたのにな…もう起きてたのかぁ。
多分「K君」も今日「修了証」を取りに行くと思うんで「いつ行くのか?」と返信したら「もうすぐ行く」ってんで、9:00ごろ一緒に取りに行きました。
まず「成績表」をもらいました。
一番気になってたのは『口語』の点数だったんだけど…中間も期末も「A-」でした。
これは先生がオマケしてくれたんじゃないかなぁ?
それから「修了証」を貰って、10:30ごろ宿舎に帰りました。
まぁ…俺にとっては無用の修了証だけどさ…
部屋に戻ってから、軽く朝食を食べました。
そして、11:30宿舎を出ました。
「北航」前から632路バスに乗り、12:00「動物園」で降りました。

…と言うワケで、今日は「北京動物園」にやって参りました。
北京市内北西部にある面積50万平方メートルの中国最大規模の動物園で、清代の光緒33年(1906年)に数種の動物を集めて「万牲園」として開園したのが始まりで、各地から清朝に贈られた珍しい動物を集めたのが「万牲園」でした。

もう昨日で修了しちゃったけど学生証を使い、20元で入場しました。

まず入って、左側を進んで行きました。
けっこう歩くと爬虫類館がありました。

おぉ、蛇や。

左はエリマキトカゲである。

これらは…トカゲです。(多分、今後の紹介は見たままです)

これ鰐亀?

これ…何亀?
まぁ爬虫類は、これくらいにして…

次はペンギン館だけど…別途10元掛かるんで入りませんでした。

それから猿系を見に行きました。

ヒヒ系でしょうか…?

これはマンドリルってやつ?

何猿ですかね?

ゴリラがいなかったゴリラ館です。

え~と、何だっけ?

これは…鶴?

これは孫悟空のモデルと言われる金絲猿です。

はい、キリンです。

シマウマです。

ダチョウだよね?

水牛かな。

四不像(シカ科の動物でひづめは牛、頭は馬、体はロバ、角は鹿に似ている)という動物がいたらしいんだけど…これかな?

鷹がいます。

サイです。

カバはいなかったぞ…でも、このサイは鎧着てるみたい。(ケツしか写せなかったけど)

ゾウです。

水族館も別料金なんで入りませんでした。

遊覧船も有料です。

さて…まだ続くんで、ここらで一度切っておきましょうか。


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ぶらり「北京」散歩~其之二十五「白雲観」、「盧溝橋リベンジ」編

2009年06月30日 | 北京散歩
6月30日(火)
さて、今日の試験は『聴力』でした。
もう『聴力』には自信が無いんでね…昨日は生詞(新出単語)を復習しただけでした。
試験は、8:00すぎから始まったけど、9:30前に試験は終了し、宿舎に戻りました。
それから準備をし、10:00宿舎を出発しました。
「北航」前から693路バスに乗り、11:30「抗戦雕塑園」で下車しました。

ここ「盧溝橋」は2008年9月20日に来てるんでね。(ブログ参照してね)

今回は「中国人民抗日戦争紀念館」のリベンジです。

まず「順治門」から城内に入りました。

「城内街」の風景です。

そして、11:50「中国人民抗日戦争紀念館」に着きました。

前回はサンダルで行ったために入場券を売ってもらえなかったんでね…もちろん今回は靴で行きました。
おぉ、ちゃんとチケット買えたぞ…ってか無料なの?
学生証見せたからかなぁ?日本人ですけど…

そして、ついに入場出来ました。

また簡単に紹介します。

これ「盧溝橋」のジオラマです。
俺は「苑平城」側が中国軍だと思ってたら、逆なんだね…「苑平城」付近に日本軍の駐屯地があったようです。

「満州事変」から「盧溝橋事件」…


場内はこんな感じです。

そして「南京大虐殺」…

いやぁ…周囲に日本人て気付かれたくないよね…

「従軍慰安婦」について…


そして「731部隊」について。

12:30「中国人民抗日戦争紀念館」を出ました。

「威厳門」を抜けて、

「苑平城」を出ると…

目の前が「盧溝橋」です。

「盧溝橋」は前回見学してるんで、今回は入りませんでした。

そして前回と同じく「城南街」を通って帰りました。

「中国人民抗日戦争紀念雕塑園」も今回は見ず。

城壁の「七・七事変“弾坑遺址”」です。
13:00バス停に着き、次は661路バスに乗って「白雲観」を目指しました。

13:30「白雲観」に着きました。

現存する道教寺院のなかでは最大のものです。

唐の開元27年(739年)に建造され、現在の建物は清代に再建されたものです。

「財神殿」には、やっぱり『関羽』がいました。

これは「元君殿」です。

「文昌殿」内には「孔子」像がありました。

これは何かの舞台ですか?

これは…何だったっけ?

その中の女神?です。
全建築は中、東、西および後院の四部分に分けることができ、総面積1万平方メートルを超えるんだけど…別に道教のことも、よく知らないしさ。
14:00に「白雲観」を出ました。

そして、14:15近くのバス停からバスに乗り、15:15宿舎に戻りました。
(写真は付近の中国移動通信のビルだったかな?)

さぁて、明日は『口語』の試験なんで予習して、夕飯は自炊しようと思ってたら、17:30ごろ「Sさん」から電話が…
先日「Sさん」の友達に自転車をあげる約束をしてたんだけど、それが「今日はどうですか?」と。
まぁ最近はあまり自炊したくないし、どうせ明日の試験も自信無いからね…
18:15自転車で宿舎を出て、「Sさん」らと待ち合わせた「五道口」に向かいました。
18:30「Sさん」と、その友達に会いました。
俺は日本人の友達にあげるんだと思ってたら中国人でした。
3人で「韓国料理店」で食事をし、21:00ごろ店を出ました。

そして自転車をプレゼントしました。
いや~彼女(Sさんの友達)も、この自転車がはるばる日本から来たモノだと聞いて無かったようで、言ったらビックリしてたね。
何てたって「横須賀」→「大阪」→「神戸」→「奈良」→「京都」→「姫路」→「宮本武蔵」→「岡山」→「高知」→「小倉」→「長崎」→「熊本」→「鹿児島」→「徳山」→「下関」→「青州」→「北京」に来たんだからね。
さらばMyチャリよ…22:00「Sさん」と宿舎に戻りました。
あぁ…もう試験勉強する気なし…試験は10時すぎからだから、朝ちょっと復習してから行くか…
では、また明日。


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ぶらり「北京」散歩~其之二十四「清西陵」編

2009年06月28日 | 北京散歩
6月28日(日)
今日は「清西陵」に行く計画を立てていました。
あまり情報量は無いものの行き方は分かったんでね…昨日は「天津」でラスト・エンペラー(溥儀)が「紫禁城」を出た後滞在していた「静園」を見ましたが、今日は墓に行って来ます。
明日から期末試験が始まる…ってのに(旅行で)忙しいなぁ。
今日は7:00に起き、8:00宿舎を出ました。
「清西陵」があるのは「河北省易県」という所です。
「北京」じゃないんだけどさ…近いんで「北京散歩」に入れちゃいました。
まず大学前から836路バスに乗り、8:55「麗澤橋南」で降りました。
この付近に「麗澤長途汽車站」ってのがあるはずなんだけど…どこだ?
でも、いかにも長距離バスに乗りそうな荷物を持ったオッさんが行く方向に行ってみたらありました。

この「麗澤長途汽車站」は知ってたんだけど、ここから「バス」に乗るのは今回が初めてです。
ちゃんと「易県」までの切符は買えたんだけど、バスを見ると…「易県」は途中下車しなきゃならないみたいだな…
9:15発だったのに、バスは発車した後も客待ちを始め、まともに走り出したのは9:30でした。
久々に、こういう田舎行きバスに乗ったけど…相変わらずだなぁ。
11:30「易県」に着いた…と言うんで降りました。
さて…一応目の前にバス乗場があったんで、行ってみると「西陵」に行くミニバスも停まってる。
確認し、乗り込むものの…発車したのは12:00だよ。
そしてバス内で料金を払うときに「清西陵に行く」と言ったんだけど、車掌のオバさんは「清西陵のどこに行きたいのか?」聞いてたみたいなんだよね…。
でも、俺はそれが聞き取れず…ってか、俺は「清西陵」として門があって、その後いくつかの墓陵があるんだと思ってたんでさ。
近くにいたニーちゃんも同じことを聞いてきたみたいなんだけど、分からず「清西陵に行くんだ」と答えてたら、12:30「泰陵(清西陵の1つ)」近くの路上で降ろしてくれました。
やっぱ日本人が珍しかったのかなぁ?そのニーちゃんがいろいろ聞いてきて、少し中国語を話す練習になっちゃった。

さて…ミニバスを降りてから、「泰陵」を目指して進むとワゴンに乗ったオッさんが何か話し掛けてくる…って客引きなのは分かってるんで無視してたんだけど、どうやら「車じゃなきゃ、各墓陵を見るのは無理だぞ」って言ってるようでした。

とりあえず「泰陵?」に行ってみたんだけど…

特に門の周りに「售票処」も無いぞ…

しかし…ほとんど誰も居ない…

門をくぐってみると…これだけ?
なんか、これ以上先に行く気が無くなりました…
また戻って案内図を見たんだけど…やっぱり他の墓陵まで歩くのは無理そうです…
でも、これで「白タク」をチャーターしたってさ…どうせボッたくられるんだと思い、もう「溥儀の墓」も諦めて帰ることにしました。
「溥儀墓」は「崇陵」付近の「華龍皇家陵園」内に近年建てられたようで、歴史的価値は無いんだけどね…写真を見ると、他の歴代皇帝と違って墓石があるだけのスタイルなんです。

(これは中国のネットから入手した写真です)
せっかく「紫禁城(北京)」→「静園(天津)」→「満州国新京(現吉林省長春)」→「清西陵(墓)」と…「溥儀」が生まれてから「墓」までの地を「制覇」出来ると思ったのにな。

12:50ミニバスを降りた所に戻り、「易県」まで戻るバスを待つも…全然来ません。
そしたら、13:10ごろ1台の車が同じく前方でバスを待ってたカップルを乗せ、次は俺の前で停まりました。
「どこまで行くの?」と聞くと「易県」と言うんで、「いくら?」と聞くと「5元」と…ここまで来たミニバスと同じだったんで乗りました。
途中「溥儀墓」もある「崇陵」路口を通ったんだけどね…そこで降りても「崇陵」までは2.5Kmあるみたい。
あぁ初めに、ここでミニバスを降りてれば…何とか「崇陵」と「溥儀墓」だけでも見れたのかなぁ…
でも、こりゃ無理だよ…「明十三陵」みたいに、各陵は離れてても、その間にバス路線があれば移動が出来るけど、この「清西陵」はそれ(墓陵間移動の交通手段)が無いんだもん…ってか、全然観光地になってない気がする。
これで世界遺産なんだもんなぁ~、観光ツアーや自家用車じゃなきゃ行けないんだもん。
確かに文化・歴史価値として世界遺産に登録されるのは分かるけど、世界遺産なら、もうちょっと交通を何とかしてよ…って「世界遺産=観光地ではない」ことが良く分かりました。

13:30「易県汽車站」で降ろしてもらい、中に入ると…ちょうど北京行きのバスが出るところでした。
乗れたのは良かったけど…座席が無く、通路に木の小さな椅子で座らされました。
これも、今まで何度か経験してたけどさ…こんなの久々だなぁ、日本に帰る前にまたこんな目に遭えるなんて…
15:45「麗澤橋」で降りると、ちょうど691路バスが来たんで乗り、16:30大学前で降りました。
そして、また「マック」を買って、16:50宿舎に帰りました。
一体今日は何をしに「河北省易県」まで行って来たんでしょう…?
こんな成果も無い旅は今までで初めてじゃないかな?
「清西陵」が失敗に終わったんで、来週計画してた「清東陵」は行くのやめました。
多分、こっちの「清東陵」の方が整備されてそうな気がするんだけど(一応北京から旅遊バスも出てるんで)、やっぱ西と東はセットで制覇しなきゃ意味が無いんでさ。
帰ってから食事をし、明日の朝食などの買い物をし、シャワーも浴び、さて試験勉強を…と思ったけど、全然ヤル気が出ないや。
多分不参加の同学もいるんじゃないかなぁ?
中間試験の時は、まだ授業が続くし、気まずいから参加せざるを得なかったけど、この期末試験後は授業も無いしね…成績なんて、どうでもいいんだしさ。
だから俺も全然身が入って無いや…
それより、残る中国生活を悔いの無いように過ごすか…だけだもんね。
一応、今後は「八達嶺長城」「承徳」「涿州」…などに行く計画を立てています。

さて明日の試験は『閲読』と『精読』。
とりあえず教科書だけ復習しておけば、いくらかは点数取れるでしょう。
では、またね。


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ぶらり「北京」散歩~其之二十三「大観園」編

2009年06月20日 | 北京散歩
6月20日(土)
今日は9:30ごろ起きました。
それからネットで就職情報を調べたり、HSKの練習問題(聴解)をやってました。
11:30ごろインスタント・ラーメンと食パンを食べ、12:30ごろ宿舎を出ました。
明日が試験とは言え、今更ジタバタしても仕方ないしさ…ずっと部屋に居ても気が滅入るからね…
ちょっと出掛けてみることにしました。
まず、12:45「知春路」から826路バスに乗り、14:00「趙公口橋西」で降りました。
遠回りだったかも(乗り換え路線ならもっと早かったかも)知れないけど、目的地まで直通だったんで、それで行っちゃいました。

まず向かったのが「趙公口橋西」のバス停前にある「北京国際玩具城」です。
いや~名前と建物の大きさから期待して行ったのに…撤退?したテナントが多いのか店はそれほど多くも無く…

けっこう期待ハズレでした…フィギュア系は「中関村」にもあるしね。
ザッと見て、すぐ出ました。
それから741路バスに乗るつもりだったのに、バス停の路線図に741路が無いじゃん…
仕方なくタクシーを拾って『大観園』に行くことにしました。
実は1人でタクシーに乗るのなんて久しぶりなんだよね~
地図で見る限り初乗り(10元)~15元くらいの距離だろうと思ってタクシーにしたんだけど、なかなか『大観園』に着きません…って、やっぱ道間違えてるんじゃん。
地図見せて確認させて『大観園』に着いた頃にはメーターが44元になってました…
さて…この運転手はいくら請求してくるか?そのまま44元と言われたら喧嘩するつもりでいたんだけど「20元でいい」って言うんで折れてやりました。
別にそんなマニアックな観光地じゃないはずなのにな…
15:10タクシーを降り…って40分くらい乗ってたんじゃないありえね~

入口じゃない所で降ろされたんで、少し歩きました…

まず「售票処」で入場券を購入しました。(20元)
やっぱ学生証は中まで見られないと学割が利くんだね…

そして中に入りました。
この『大観園』は「中国四大著書」のひとつである『紅楼夢』を元にして造られた庭園です。
…でも「四大著書」の『三国演義』『西遊記』『水滸伝』は知ってるんだけど、この『紅楼夢』は全然知らないんだよね…

これは登場人物の人形ですが…誰だか分からん。

これも…

小説やドラマを観た人なら分かるんだろうけどさ…

総面積12.5万k㎡の中には池や小説の風景を再現した建物が多く見られます。

覗き穴から中を見ると…紙芝居みたいになってるのかな?

この舞台では演劇でも観られるのかな?

池の中は噴水が出るようになってて、それを使ったショーもあるらしい…?

入ってみようと思ったら、金取られそうな雰囲気だったんで止めました。

この建物には…

宝座?がありました。

これは「大観楼」です。
『紅楼夢』の著者は「曹雪芹」といい清朝中期の小説家です。
「南京」生まれらしく…それで以前(2008年8月4日のブログ参照してね)行った「烏龍潭公園」に「曹雪芹紀念館」があったワケか…

ここにも大きな舞台がありました。

ドラマ出演者?のパネルも展示されています。

この楼にも人形がありました。

これは主人公?か分からないけど住まいを再現しているみたい。

「李紈」という人らしい?ですが…

「第何回で誰が何をした所…」みたいに説明があるんだけどね。

滝?の内側から。

外から見ると写真右の所です。

最後に「怡紅院」に入りました。

中の建物に入ると…

う~ん、誰でしょう?
…ってことで、ただの庭園だけでは無く、ちゃんと小説の登場人物が居たりして、小説を読んだり、ドラマを観ていれば思い入れが深くなるんだろうけどね。
今度ドラマのDVDを買っておこうかな…確か「WAL★MART」の入口近くで海賊版が売ってた気がするんで。
16:20『大観園』を出ました。
中は広いから多分全部は見ていないと思うんだけどね。

さて、近くのバス停は2つの路線しか無く、当然「北航」や「知春路」に行くバスはありません…
1つの路線が、よくKさん宅に行く時に乗る691路のバス停に停まるようなので、それに乗り、途中で乗り換えて17:10「北航」前で降りました。
そして17:20宿舎に着き、すぐシャワーを浴びました。
いや~今日は暑かったなぁ…最近天気が悪い日が多かったんだけど、晴れるとやっぱり暑いですね。

今日の戦利品は『紅楼夢』のトランプと、唐詩のトランプです。
この唐詩のトランプは初めて見つけたんで買っちゃいました。
まぁ余裕があったら「唐詩」も勉強してみようかな…と。

帰ってからチャットでKさんと少し話しました。
今週ずっとオンラインになって無かったんで、どうしたのか?と思ってたんだけどね。
それから、また聴解問題の続きをやってたけど…ダメだこりゃ。
もういいや…俺の信条は「潔し」である…って、これはただの「諦め」とも言える…
出来れば試験前に「K君」の成績(7級合格)を聞いてなきゃ良かったなぁ…
じゃあ俺は少なくとも「6級(7級の1つ下)」は取らなきゃ…っていう気負いが出来ちゃったからね。
もちろん「K君」の方がクラスは上(1クラス上)だし、中国語能力が俺より高いのは周知の上なんだけどさ…
けど、やっぱジタバタしても仕方が無い…明日は分かる問題は確実に正解し、あとは勘に任せて解くしかないね。
では、また明日。


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ぶらり「北京」散歩~其之二十二「明十三陵」編Part.2

2009年06月14日 | 北京散歩
6月14日(日)2/2
さて、次は『昭陵』に向かいました。

車用の道路標識を見て歩いてたんだけど…

向かいから観光バスも来るんで、この先に観光地があるのは確かなんだが…こんな遠いのか?
もう20分近く歩いてるんだけど…あの遠くに見える標識に『昭陵』と書かれて無かったら、どうしよう…

あぁ良かった…道は間違えてなかったみたい。
13:15ごろ『昭陵』に着き、「售票処」で入場券を買うとき中を見られなかったんで、また学割が使えました。(入場券15元)
留学生だとダメなのか?とか詳しく分かりません…

これは「神功聖徳碑」です。

これは「禝恩門」です。

これは「禝恩殿」です。

奥に見えるのが「明楼」です。

「明楼」に上りました。

それから「宝城」の周りを1周して…
この『昭陵』は13代皇帝「穆宗隆慶帝(朱載垕)」の墓です。
13:35『昭陵』を出て、近くに「関帝廟」があることも調査済みなので行ってみました。

場所は「售票処」にいたオバちゃんに聞いて、大体分かったんでね。
しかし…こんなド田舎村の「関帝廟」で20元も取るのかよ…
なので入りませんでした。
さぁ最後『長陵』に行くためには「昌23路」に乗らなきゃダメなんだけど…この『昭陵』に来る途中バス停なんて無かったしな…『昭陵』前の売店でジュースを買いがてら(通常の倍)、「バス停どこにあるの?」と聞くと…さっきの「関帝廟」を更に先に進むとあるらしいです。
あの「関帝廟」も俺が歩いて来た大通りじゃなかったしね…別の道があったワケか…

14:00見つけたバス停から「昌23路」に乗り、14:10『長陵』に着きました。
ここでは学生証をチェックされ、やっぱダメだと…
仕方なく45元払いました…って規則みたいのが無いのかね?

「陵門」から入場します。

これは「禝恩門」です。

これは「禝恩殿」です…って、大体造りが同じだよね。
中にいたコスプレのオネーちゃんは案内係かな?

『長陵』は3代皇帝「成祖永楽帝」と皇后「徐氏」の墓で、「十三陵」の中では最も古く最大のモノらしいです。
「永楽帝」は「南京」から「北京」に遷都し、「故宮(紫禁城)」を造った皇帝でもあります。
ちなみに「明」初代皇帝は「洪武帝(朱元璋)」で「南京」の『明孝陵(2007年8月12日のブログを参照してね)』が、その墓です。

「禝恩殿」内の展示物です…これはお金だね。

皇帝の帽子?

皇后の帽子?

これは「櫺星門」です。

これは「明楼」です。

また「明楼」に上りました。

これは「宝城」です。

これは出入口付近にあった「碑亭」です。

ちょっと中を覗いてみたんだけど…普通このような碑は下が亀なのに、これは龍みたい?です。
しかも碑の上にも悪魔(多分、龍かな?)みたいのがいるし…
今まで数多くの、この手の碑を見て来たけど、こんな碑は初めてでした。
そして14:45『長陵』を出ました。

それから15:00ごろ314路バスに乗り、「中国政法大学」「345快路」に乗り換え…「北京師範大学」まで出る予定だったのに停まらず(…ってか、その前も通過していないと思う)、終点の「徳勝門」に出ちゃいました。
仕方なく、近くの「積水潭」から地下鉄2号線と13号線を乗り継いで「知春路」まで出ました。
そして「SEVEN-ELEVEN」で惣菜チョイス弁当を買って帰りました。
帰ってから顔を見たら鼻の頭がけっこう日に焼けてましたね…夏の旅はやっぱキツイなぁ~
でも残り僅か、行ける所は行っておきたいんでね…また来週も計画立ててみよう。

それでは、またね。


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ぶらり「北京」散歩~其之二十二「明十三陵」編Part.1

2009年06月14日 | 北京散歩
6月14日(日)1/2
今日は部屋でゆっくりしてようかと思ってたんだけど、8:00前に目が覚めてしまいました。
どうやら、もう眠れそうにない…って事で以前から計画していた「明十三陵」に行ってみる事にしました。
9:00すぎに宿舎を出て、まず「北航」前から398路バスに乗って「北京師範大学」345快バスに乗り換えて「昌平東関」314路バスに乗り換えて「大宮関」で降りました。

「大宮関」に着いたのは、11:10…やっぱ2時間掛かったか…

前方に見えるのが「神道」だな…

この「明十三陵」も世界遺産です。
「北京」から北に50kmほどのところに位置し、明の第3代皇帝「永楽帝」から最後の「祟禎帝」までの13人とその皇后の陵墓群で、2003年に「世界文化遺産」に登録されています。

これは「大紅門」です。

「大紅門」をくぐると、このような道が続いていました…

11:20「售票処」に着きました。
せっかく学生証を持って行ったのにダメだと…仕方なく30元払いました。

これは「長殿神功聖徳碑亭」です。

まだ続きます…

何やら石像が見えてきたぞ…

左右一対、それぞれの動物には「立」と「臥」の2パターンありました。
これは「獅子(臥)」と「鼠?(臥)」です。

こんな感じです。

「駱駝(立)」

「象(立)」

「麒麟(臥)」と「馬(臥)」

次は動物から人物へ…

これは「将軍」です。

「品官」と「功臣」です。

最後「龍鳳門」から出て来ました。
さて…この神道は、まだ「十三陵」の玄関口なんです…
この「十三陵」の中で一般公開されているのは『定陵』『長陵』『昭陵』の3ヶ所です。
近くのバス停に着き、バスを確認してみると…乗って来た314路は『定陵』と『長陵』に行きます。
もう1つ「昌23路」は『定陵』と『昭陵』…と『長陵』の近くまでは行くみたいだ…地図を見ると『定陵』と『昭陵』は近そうなんだけど、俺としては最後に『長陵』に行って、そのまま帰りは314路(始発)で「昌平東関」まで出たいんだよね~
少し待ったら314路バスが来たので、それに乗り『定陵』で降りました。

12:05『定陵』で降りました。
相変わらずお土産屋は多いけど、売ってるモノはどの店も同じだし、しかも販売員は昼寝してたり…

入場券を買いに行くと…今度は学生証が使えました。
多分中をチェックされると…ダメなのかな?
半額になって…確か35元だったかな?(自動改札に券を通すと、記念カードに変わっちゃって金額が印刷されて無いんでね…)

公開されている3ヶ所の墓陵の中で最も有名なのが、この『定陵』です。
『定陵』は14代皇帝「神宗万暦帝」の墓です。

正面の「重門」から入ります。

これは「神功聖徳碑」だって…

これは明代の古車でしょうか?

「禝恩門台基」です。

「櫺星門」です。

奥の建物が「明楼」です。

この『定陵』が何故一番有名なのかと言うと「地下宮殿」があるからなんです。

「地下宮殿」に入りました。

「棺床」、そして「大理石の宝座」です。

これ「棺」ですか?

「地下宮殿」は「玄宮」といい、深さ27mの所にあるんです。

最後に「明楼」に上がりました。
12:50ごろ『定陵』を出て、次は『昭陵』に向かいます。
どうやら歩いて行けそうなので、歩く事にしました。
では、続きは“Part.2”にて。


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ぶらり「北京」散歩~其之二十一「梅蘭芳大劇院・京劇鑑賞」編

2009年06月13日 | 北京散歩
6月13日(土)
昨日は「授業」後、久々に「Kさん」に会って「勉強」をみてもらいました。
「HSK試験」の「語法」を中心に「練習問題」を解いて、後で「解説」をしてもらってたんだけど、やっぱ「語法」は4科目の中でも「得意」な方だね。
この「語法」で、ある程度の「点数」が取れないと…他の3科目(聴解・閲読・総合)は全く「期待」出来ないんでさ…
19:00ごろ「Kさん宅」の近くで一緒に「夕飯」を食べ、22:30ごろ「宿舎」に戻りました。
そして…今日は「HSK模擬試験」でした。
8:00に「宿舎」1階で同じクラスの「韓国人の女の子」と待ち合わせ、一緒に「北京語言大学」まで歩いて行って来ました。
「成吉思」は朝「電話」しても繋がらず…でも、ちゃんと後から「会場」に来ました。
9:00から「ぶっ通し」で4科目を「試験」するので、終わるのが早く感じますね…
まず「聴解(約35分間)」から始まりましたが…これは最も俺が「苦手」とする科目であり…やっぱ大部分「聴不懂」でした。
次は「語法(20分間)」ですが…今までやってた「練習問題」より難しかったです…全然「自信」無し。
その次は「閲読(60分間)」ですが…「文章」の内容が難しいと「チンプンカンプン」だわ…全部「選択問題」だから「適当」に答えてるけどさ…
最後は「総合穴埋め(30分間)」でして…この問題は唯一「書き」があります。
まず「漢字」を1字書き入れる「最後の問題」から始めたんだけど…「練習問題」では「半分以上」出来てたこの問題も、今日は「半分」あっていれば「いい方」だわ。
「試験」後は俺ら3人とも口を揃えて「難しかった…」と。
うちのクラスはけっこう「レベル」高いからね、その「韓国人の子」や「成吉思」も「難しかった」と言うんだから、全体的に見ても「難しかった」のかな?
それとも俺らの「レベル」が低いだけなのか…?
俺らが「試験」を受けた「教室」には、「中学生」か「小学生」くらいの子が4、5人いたんだけど、きっと彼らの方が「出来」がいいんだろうな…
はぁ…これが来週の「本番」じゃなくて良かったよ…これがもし「本番」なら「3級(最低)」すら「危うい」ぞ…
また歩いて「学校」に戻り、「成吉思」と「学食」で「昼ご飯」を食べました。
それから「部屋」に帰って「昼寝」をしてから、14:00すぎ「六道口」の「本屋」に行って来ました。
久々に「自転車」に乗ったなぁ…この「自転車」も「日本」から「苦労」して持って来たけど、この「北京」で手放します。
誰か「有効」に使ってくれる人にあげたいんだけどな~
「本屋」では少し「参考書」を買って帰りました。

そして今日の「メイン」である「京劇」鑑賞に行って来ました。
17:30ごろ「K君」「O君」と「宿舎」を出て「タクシー」に乗り、18:00ごろ「梅蘭芳大劇院」に着きました。

今日は「K君の友達」を含め5人で鑑賞します。
「チケット」を買いに行くと、一番安い「50元」が「売り切れ」らしく、次は「80元」になると…まぁ構わないんで「80元」のを買うことにしました。
すると、「120元」のを買うと「1枚タダ」になると…
なんだそりゃ?てことは「120元」のを3枚買えば「6人分」になるワケだ…まぁ実際は5人だから「360÷5=約70元」と元々は「80元」の席より高いのに安く買えるなんて…
とりあえず「チケット」を確保し、「K君の友達」と待ち合わせてる18:30まで「時間」があるんで、近くで「夕飯」を食べました。
19:00ごろ「大劇院」で「K君の友達」と合流しました。

院内の「関公(関羽)像」です。
「関羽」が演じられる「演目」って多いです…って、それだけ「三国志」は「京劇」の題材になってるって事だよね。

今日の「演目」は「三国志」の中の「失街亭」「空城計」「斬馬謖」です。

これは「梅蘭芳」像です。
「梅蘭芳(1894-1961)」は「京劇」を世界に紹介した「京劇俳優」で、去年「生涯」を描いた「映画」も公開されています。

元は「120元」の席とは言え、「3階」なので上がって行くと「京劇人形」が展示されていました。

う~ん…誰か分からん。

「三国志」が題材だから観に来てるだけで、「京劇」について詳しいワケじゃないんでね…

でも、やっと出て来ました
『黄忠』、『劉備&孫尚香』です。

『関平&関羽&周倉』、『曹操』です。

こんな感じで展示されています。

そして、19:30「開演」しました。

まず「失街亭」からです。
これは「馬岱」と『趙雲』です。

そして「馬謖」「馬岱」『趙雲』「王平」です。

「舞台」の右側で「楽器」が演奏されています。(左側にもあるのかな?)

そして登場しました『諸葛亮孔明』

「四武将」に「命令」を出します。

「馬謖」は「街亭」で「魏軍」を迎え撃つように命じられていました。

これは「魏」の「司馬懿仲達」です。
「沐瑋」という「役者」で、「特別招請」って書かれてたんだけど…「有名」なのかな?

「馬謖」は『諸葛亮』の命に背き、「山頂」に「陣」をはってしまいます。
「副将」として付いて行った「王平」の忠告も聞き入れません…
その結果「街亭」は「司馬懿」に落とされてしまいました。

そして「司馬懿」軍が「西城」まで迫って来ました。
『諸葛亮』は「兵」や「食料」を「漢中」まで引き上げさせ、「老兵」と城に残りました。

「司馬懿」が大軍を率い「西城」に向かうと…「琴」を弾き、「酒」を飲む『諸葛亮』が…「司馬懿」は「これは罠に違いない、城内には大軍が控えている」と勘ぐり、「軍」を引き上げます…これが「空城計」ですね。

無事「漢中」に撤退した「蜀」軍ですが…今回の「敗戦」は全て「命令」に背いた「馬謖」に責任があります…

「馬謖」は『諸葛亮』が目に掛けて「兵法」を教えた「後継者候補」でしたが…「規律」を守るためには、たとえ愛する者であっても厳しく「処分」しなければならず、泣いて「馬謖」を「斬罪」に処したのでした…これが「斬馬謖」(泣いて馬謖を斬る)です。

そして21:30「閉演」しました。
たっぷり「2時間」楽しめましたね…ってか知ってる「三国志」の内容だからさ。
もし「原作」を知らない「劇」だったら…「つまらない」でしょうね。

それから「K君」「O君」と再び「タクシー」に乗って「宿舎」に帰りました。
さて…明日は「ゆっくり」休もうかな~。

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ぶらり「北京」散歩~番外編「潘家園旧貨市場⑦」編

2009年05月10日 | 北京散歩
5月10日(日)
今日は8:20に起きて、残ってた「食パン」で「フレンチトースト」を作って食べました。
そして、10:00すぎ「Yさん」と「宿舎」を出て『潘家園旧貨市場』に行って来ました。
「Yさん」はもうすぐ「北京」に来て「1年」になるんだけど、まだ『潘家園旧貨市場』に行ったことが無かったんでね、「ガイド」として一緒に行って来ました。
11:20ごろ『潘家園旧貨市場』に着き、グルッと見て回りました。
「Yさん」は「便箋」や「アクセサリー」や「剪紙」を買ってました。
俺は…「麺人形」しか、もう関心が無いんだけど…今日もあの「オバちゃん」が不在で、「納期」が確認出来ませんでした…
ホントに作ってくれてるのかなぁ…?
そして13:50ごろ『潘家園旧貨市場』を出て、「華堂」で「昼食」を食べて、少し「食材」を買いました。
それから「地下鉄10号線」に乗り、16:20ごろ「宿舎」に戻って「Yさん」と別れました。
「Yさん」は「17時」から「予定」が入ってたようなんでね。

19:00ごろ「食事」と「シャワー」を済ませました。
その後「ネット」で「ワンピース」を観てたら、20:30ごろ「大龍」が帰って来ちゃったよ…
21:00ごろ「Sさん」から「電話」があり、「冷蔵庫のスペース」を借りに来ました。
「Sさん」は明日の「O君の誕生会」のために「カレー」を作ったんだけど、「韓国人の同屋」に「冷蔵庫」をほとんど「占領」されてるらしいんでね。
でも「Sさん」は普段はそんな「スペース」を使わないらしいんで、「問題」にはなってないようだけど。
まぁ俺の所は「大龍」もほとんど「料理」をしないから「スペース」は余ってるんでね…それについては俺も「問題」がありません。
明日の「誕生会」は「1人1品持ち寄り制」なんで、俺も何か作って持って行かなきゃならないんだよね…
とりあえず「Sさん」が「カレー」を作ったけど、「ご飯」が無い(Sさんは炊飯器を持ってない)から、「米」は俺が炊くとして…それだけじゃ「マズイ」だろうからな~
「Sさん」が「大鍋」を持って来たとき「ワンハーゲン」が出て来ました…ってオマエも(大龍の部屋に)来てたんか…
「Sさん」と「ワンハーゲン」も「Ronnieの誕生会」の時に「顔見知り」になってるんでね。
やっぱ「Sさん」も「大龍の部屋」から響いてくる「音楽」に驚いてました…
その後は、ちょっと「予習」をしたり、「Kさん」と「チャット」で話したりしてました。
12:00ごろ、寝る前に「大龍」と「電気代」について話しました。
明日「チャージ」しないと確実に切れるんでね…とりあえず「120元」を「チャージ」することに「合意」してもらったけど「今、お金が無い」と言うんで、明日俺が「立て替え」して払い、後日「60元」俺に払ってもらいます。
「120元」で「チャージ」しておけば、この件で「1ヶ月」は話さないでいいからね。
それを話した後「消灯」したんだけど、「大龍」が何故か「部屋」を出たり入ったりしてて、2:00近くまで「ドアの開け閉めの音」が気になって眠れませんでした…
まったく「面倒なヤツ」だよ…
では、また明日。

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ぶらり「北京」散歩~其之二十「慕田峪長城」編

2009年05月09日 | 北京散歩
5月9日(土)
さて、「第20回」目を迎えた「北京散歩」ですが、ついに「万里の長城」に行って来ました。
「北京」と言えば「万里の長城」「故宮(天安門)」なんだろうけど、「故宮」は「市の中心部」にあるから簡単に行けます。
でも「万里の長城」は郊外なんでね…去年も行けず、今回は「大学」が「留学生」を連れて行ってくれるんで申し込んだんです。

8:30「宿舎」前に「集合」し、「大学のバス」に乗りました。
そして8:45『慕田峪長城』に向かいました。
「北京」で「万里の長城」が見物出来る主なスポットは「3ヶ所」です。
一番大きくて有名な『八達嶺長城』、景色が美しいと言われてる『司馬台長城』、最もマイナーなのが『慕田峪長城』なんですけどね。

10:15ごろ『慕田峪長城』に着きました。

「售票処」に向かう途中には、たくさんの「お土産屋」がありました。

「入城券」は「40元」だけど、俺らは「学割」を使って「20元」でした。(申し込み時に支払い済みだけどね)

「入城」後は「自由行動」になり、俺は「Sさん」「Ronnie」らと一緒に行動しました。

この「オッさん」や「ラクダ」と有料で「写真」を撮るらしく、「単体」で「写真」を撮ると怒られます。(もちろん隠し撮りだけど)

入口から、「約1,000段」の石段を登って行きます…

やっと上に着きました。

この『慕田峪長城』は「緑」に包まれた起伏の激しさが特徴なんです。

更に上の方に登って行きました。

とりあえず「景色の写真」だけ載せておきます…って、あまり「説明」するような所も無いし…



やっぱり周囲は「山」ばかり…

一緒に行動してた「同学」です。(ほとんど韓国人ですね)



「外壁」を撮ってみました。



「砲台」がありました。

「高台」から、ちょっと振り向いて1枚。


まだ先があるのか…このまま歩き続けたら、どこまで行けるんだろう?

「上部」には「忠于毛主席(毛主席に忠誠を尽くす)」と書かれています。
13:00ごろ「広場」のような所に出て「昼食」を食べました。
俺は「旅行」では「昼飯」を食べないんで、「お菓子」しか持って行かなかったんだけど、「Sさん」が「サンドイッチ」をくれました。
13:20ごろ来た道を戻りました。



どこまで降りれるのか知らないんだけど、「滑り台」みたいなのがあるんだって。
「阿里」がそれで降りて来たらしいです…知ってたら、皆で滑って来たのになぁ。

14:00ごろ、入口付近の「お土産屋」に戻りました。
カラーを塗ったハケで、カラフルな文字を書く「オネーちゃん」です。
このように特色がある「お土産」の方がいいよね…他の店はどれも同じだもん。
「14時」が集合時間だったんだけど、俺らの「グループ」が遅れてたせいで、14:30帰りの「バス」は出発しました。
そして、15:50「学校」に戻りました。
さて…初めての「長城」でしたが「まぁこんなモンかな…」って感じですね。
「景色の写真」は、いっぱい載せたけど…ほとんど「説明」するような所が無いんで、簡単な「記事」になってしまいました。
そんな「山登り」じゃ無いんで、疲れなくて良かったです。
今の時期は「暑さ」が一番の「敵」だからね…
一応「北京」にいる間には『八達嶺長城』と『司馬台長城』にも行ってみたいんだけどな~。
それらを征してこそ「好漢」なのだよ。

19:00すぎ「食事」と「シャワー」を済ませたんだけど、20:00ごろ「大龍」が帰って来やがったよ…
アイツの唯一の「いいところ」は、週末ほとんど居ない…ってとこだけだったのに。
居りゃ「音楽」や「話し声」が聞こえて「ウザイ」からさ…
「部屋」を換えてもらうかどうかは、今後1ヶ月の「様子」を見て考えようと思います。
どうやら、22:00ごろ出て行ったけど…すぐ帰って来なきゃいいけどな。
明日は「日本人同学」の「Yさん」と「潘家園旧貨市場」に行って来ます。
俺はもう「麺人形」しか関心が無いんで、ほとんど「Yさん」の「ガイド」として行くつもりです。
あと帰りに「華堂」で「食材」も買えるしね。
「月曜」は「O君の誕生会」があるんで、「予習」出来るのが「今晩」と「明日の晩」だけだからね…「夕飯」後も少しやってたけど、もうちょっとやって寝ようかな。

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ぶらり「北京」散歩~其之十九「周口店北京猿人遺址」編Part.2

2009年05月02日 | 北京散歩
5月2日(土)2/2
次は「山頂洞」の方に行ってみました。

「鹿」と「犀」です。(見たままですが)

これは今から「3万年前」の「山頂洞人」が住んでいた「洞窟」です。

「崖」にも「発掘跡」がありました。

この「山頂洞人」で「3万年前」でしょ…それでも「凄い」のに、「北京原人」は「30万年以上前」ですからね…計り知れないよ。

「山頂洞」は「龍骨山」の山頂にあります。
そこからの「景色」です…なんか「中国」って、こういう「未開発」な所が多いんで、掘れば何か出て来そうな気がしてしまう…

また別の「発掘場所」に向かいました。

ここは「第4地点」で、「いのしし」「馬」「鹿」など40種類の「哺乳動物化石」が発見されています。
1973年には「人類の歯」も見つかり、それは「20万~10万年前」のモノだそうです。

「第3地点」と「頂部堆積」です。
まぁとりあえず「発掘地点」の1つです。

最後に「周口店遺址博物館」に入りました。

1953年「中国」で初めて造られた「古人類遺址博物館」で、1971年に「改増築」されたそうです。

中の「展示物」については「ザッ」と「写真」で紹介します。

「発掘」当初の「工具」と、「動物」の「骨」や「角」の「化石」です。

「頭蓋骨」や「歯」の「化石」です。

これは「復元模型」です。

「北京原人」って、こんなに黒かったの?

一番左のは「ゴリラ」らしいんで…

これらは「何かの骨」です、きっと。

これは…「石器」かな?

これらは「動物化石」です。

これは「ハイエナ」の「骨」だったかな?

これは「山頂洞人」のモノです。

これらも「動物化石」ですね。

これは…忘れた。

「お土産屋」には「北京原人グッズ」が売られてたけど…「可愛くない」し。
13:55「周口店北京猿人遺址」を出ました。
また歩いて「周口店路口」まで出て、14:20「917路快」に乗りました。
そして15:45「六里橋東」で降り、15:50「691路バス」に乗換えて、16:25「大学」前で降りました。
「宿舎」に戻る前に「バス停」近くで「出店工事」してた「マック」を見てみたら、「オープン」してましたね。(でも買わず)
それから「宿舎」前の「スーパー」で「買い物」して、17:00「部屋」に戻りました。
「大龍」は夜中に帰って来た「気配」があったんだけど、帰ったら居ませんでした。
でも、一度帰って来てたのは「確か」みたいだなぁ。
「洗面所(シャワー兼)」の「床」が汚れてたからね…アイツの「靴」汚いんだよね~
いつも「土足」だからね…俺は帰って来たら「室内用の履物」に替えてるのにさ。
俺は毎日「シャワー」を浴びるんで、その度に「ついで」だから「床の汚れ」を落としています。
「大龍」なんて、まぁ「週末」は居ないことが多いけど、ほとんど「シャワー」を浴びてるの見たことがありません。
その「国」の「習慣」ってのもあるんだろうけどさ…俺が居ない間に「シャワー」を浴びてても「床」が濡れてるから分かるしね。
それが…ほとんど「無い」んです。
絶対「週1」くらいしか「シャワー」して無いんじゃない?

帰ってから「ブログ記事」を編集し、「夕飯」は21:00ごろ「冷凍保存」していた「ご飯」で「雑炊」を作って食べました。
「中国」には「世界遺産」が「30ヶ所以上」あるんだけど、まだ「半分」も行けてないなぁ…ちなみに来週は「万里の長城(慕田峪)」に行くんだけどさ。
とりあえず「北京」周辺の「世界遺産」は「留学期間中」には行っておきたいな。
あと近くの「世界遺産」だと…「万里の長城(八達嶺)」「十三陵」「清西陵・清東陵」「承徳(避暑山荘)」だな…
それと行きたいのは「四川省」近辺だな…「九寨溝」「黄龍」「臥龍(パンダ)」「都江堰」「峨眉山・楽山大仏」「大足石刻」「麗江旧市街」などがあるし、『成都武侯祠』にはもう一度行きたいんだよね~
「夏休み」は「日本」に帰らないつもりなんで、「予算」次第かな…
さぁて明日は「予習」などをして、ちょっと「朝食」などの「買い出し」に「WAL★MART」にでも行こうかなぁ。
では、また明日。

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ぶらり「北京」散歩~其之十九「周口店北京猿人遺址」編Part.1

2009年05月02日 | 北京散歩
5月2日(土)1/2
今日は8:00に起きてみました。
「天気」も良く、最近「重くなった腰」を上げて、一応「計画」しておいた『周口店北京猿人遺址』に行ってみることにしました。
軽く「朝食」を食べて、9:10「宿舎」を出ました。
まず「大学」前から、いつも「Kさん宅」に行く時と同じ「691路バス」に乗るんだけど、ちょうど行ってしまったばかりで、「10分」ほど待って9:30に乗りました。
そして10:10「六里橋東」で降り、「ネット調べ」では「ここ」から「房山37路」に乗換えて「周口店路口」に行くんだけど…「バス停」に「房山37路」なんて無いじゃん…

とりあえず「他の路線」を見てみると…「917路」が「周口店路口」まで行くみたいなんだけど…「人民」がメチャ待ってるし、しかも並ばないから「バス」が来ると、この様に群がって来るんです…
こりゃ諦めるしか無いかな…と思って「近く」の「917路快」の「路線図」を見ると…これも「周口店路口」に行くじゃん
「917路」だと「周口店路口」の先の「十渡風景区」の方まで行くんでね…多分そのせいで混んでるんだと思います。
でも「917路快」は「周口店路口(終点の1バス停前)」がほぼ「終点」のようなモンなんでね…
10:35「917路快」に乗りました。
やっぱ、そんな混んでなかったんで座れました。

そして12:15すぎ「周口店路口」で降りました。
「房山県周口店」は「北京」の中心部から「西南約50Km」の地点です。
これだけ「郊外」に出ると、「北京市」内って感じが全くしませんね。

「バス」を降りると「周口店文化広場(だったかな?)」がありました。

「周口店路口」から「2Km」あるらしいんだけど、「標識」に沿って歩いて行きました。

12:35ごろ、どうやら「近く」まで着いたようです。

「人類文明之脈源 周口店」と彫られた「石碑」ですが、「2008年8月8日」に建てられたんだね。(オリンピック開会日ですね)

「北京原人」が描かれた「壁画」もありました。

これも「近く」にあった「石碑」です。

その「広場?」の奥に見えるのが「遺址」の「入口」かな?

「踏切」の先にありました~

1両の「電車」がずっと停まってました。

巨大な「北京原人」の胸像が「お出迎え」です。

この「周口店北京猿人遺址」は1987年に「世界文化遺産」に認定されていますが、「世界地質公園」にも認定(こちらもユネスコ)されてるんですね。

「入場券(30元)」を買って、12:45ごろ入りました。
せっかく「学生証」を持って行ったのに、「大学生はダメ」なんだってさ。

「日本」に「留学」していたこともある「歴史学者」の「郭沫若(1892-1978)」も当然訪れています。

路傍には「鹿」や…

「ハイエナ」など、恐らくこの「遺址」から「骨」が見つかった「動物」の模型が置かれていました。
さて…どの「ルート」で「見学」すればいいのか分からないんで、適当に歩いて行きました。

今度は「サーベル・タイガー」ですか。

おぉ、出た「北京原人」

「鳩の洞」から行ってみました。
この「洞窟」を抜けると「第1地点」になります。

これは「灰の層」です。
つまり「北京原人」が「火」を使っていたことの「証」なワケです。

ここで、1959年「北京原人の下顎の骨」が発見されました。

これは「猿人洞」です。
「北京原人」が断続的に「30万年」くらい「生活」してたらしいですよ…
この「地点」は1921年に発見され、1927年から系統的な「発掘調査」が行われたんだって。

ここは1929年に「北京原人」の1つ目の「頭蓋骨」が発見された所です。

さて「北京原人」について、ちょっと「解説」しましょう。
最近では「ホモ・エレクトゥス・ペキネンシス」というようです。
1921年、この「石灰岩洞窟」から発掘された「化石人類」で、年代は「約50万年前から約20万年前」まで。
「火の使用」が初めて認められたことでも、よく知られています。
1929年に「完全な原人の下顎」が発見されましたが、「第2次世界大戦」中の混乱で「行方不明」になったそうです。

さて…まぁ「続き」は“Part.2”にて。

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ぶらり「北京」散歩~番外編「潘家園旧貨市場⑥」編

2009年04月26日 | 北京散歩
4月26日(日)
今日は9:00に起きました。
そして軽く「朝食」を食べ、10:40ごろ「宿舎」を出ました。
「地下鉄10号線」で「知春路站」から終点「勁松站」まで行き、11:55ごろ『潘家園旧貨市場』に着きました。
もう「Kさん」も着いてて、まずは「麺人形店」に行ってみたんだけど、いつもの「オバちゃん」がおらず、「納期」は「確認」出来ませんでした…
…って、まだ作ってないんじゃないかなぁ?

あとは「Kさん」と場内を「ブラブラ」見てました。
すると、ある「露店」で「Kさん」が「興味」を示したモノがあったようで、「写真を撮って欲しい」と言われたんで撮ったら「Kさん」じゃなくて、「モノの写真」が欲しかったみたいで、また自分で撮ってました。

俺は「三国志グッズ」しか「興味」が無いんだけど…もう「ここ」では「麺人形」以外「買うモノ」がありません…

普段は見ない「露店」の方へも行ってみました。

「山口屋商店」なんて書いてある「看板?」がありました。
「コピー」なのか、本当に「侵略」時のモノなのか…?

この人が「Kさん」です。
「Kさん」が見てるモノが、さっきも「別の露店」で「写真」を撮ってたモノで、中に「香?」を入れて吊るすモノだそうです。
この辺りの「露店」でも2つしか見つけられませんでした。(合計3つ)
初め見たモノは「200元」だったらしいんだけど「作り」が悪く、「ニセモノ」だろうと…
「写真(左)」が2つ目で「本物」らしく、「2,000元(約3万円)」だって。
そして「写真(右)」が3つ目で、これも「本物」で、しかも「キレイ」に磨かれてるんで「6,000元(約9万円)」だってさ。
「王族」などの「墓」から大昔「盗掘」されたモノらしいよ。
「価格」については…「交渉」次第でもっと下がるんだろうけどさ。
まぁこれは「Kさん」が欲しいんじゃなくて、「Kさんのお茶の先生」がこの「骨董」に関心があるらしいんでね。
やっぱ、この2つの「本物」は、それぞれ「写真」を撮らせてもらえなかったらしく、俺がそれを「察知」して「隠し撮り」してたモノです。
その「先生」に(写真を送って)教えたかったらしいんでね。
15:20ごろ『潘家園旧貨市場』を出ました。
また近々「Yさん」を連れて行くと思います。
もう「麺人形」は「留学期間」終了までに作ってくれりゃいいや…

それから近くの「華堂(ヨーカドー)」に行きました。
まず「華堂」内にある「日式ラーメン店」で「昼食」を食べ、そこで「Kさん」に『習語講練』の「予習」を手伝ってもらいました。
それが終わってから「華堂」で「食料品」を買って、「Kさん」と別れました。
18:50「勁松站」から「地下鉄10号線」に乗って「知春路站」で降り、「食パン」だけ「学校前のスーパー」で買って、19:50ごろ「宿舎」に戻りました。
帰ってから、「韓国風雑炊」を作って食べました。
「華堂」で「ニラ」を買ったんで、それも加えてね。
「大龍」は、まだ出掛けてるようだなぁ…一度帰って来た「気配」がするんだけど居ないようです。
大体「金曜の晩~月曜」まで、ほとんど「宿舎」に居ないからね。
平日だって時々「夜~」居ないしさ…何してるのか知らないけど、明日「電気代」請求するからな

さて明日は『閲読』の「試験」があるってのに、「試験範囲」の前半を「勉強」しただけで「記事編集」しちゃってます。
「読解問題」なんでね…「教科書」が「試験範囲」だけど何を「勉強」すりゃいいのさ?
全く「同じ問題」が出されるワケ無いし…「読解問題」は「本文」の中に「答え」があるんだから、「本文の内容」と「問題の選択肢」が「理解」出来れば「出来なく無い」と思うんだよね。
…ってか「試験勉強」のしようが無い気がするんだけどなぁ。
とりあえず「本文」の「意味」が分かるようにだけしておくか…全く同じ「本文」から「問題」が出るか分からないけど、それだと「教科書」が「試験範囲」になるワケ無いもんな~
それと明日は『口語』の「先生」が「出張」で居ない代わりに『精読』の「授業」になっちゃったんだよね…多分『精読』は「火曜」が「試験」だから、そのための「復習」をやってくれるんだろうと思うんだけどさ。
じゃ、もうちょっと『閲読』の「教科書」を「復習」してから寝ます。
では、また明日から「木曜」まで頑張りまーす。

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