柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

隔世

2010-10-21 08:23:41 | Weblog
九州新幹線の陣容が決まったそうです。新大阪と鹿児島中央間の直通しかないようです。東京と鹿児島直通はないんですね。これもなんだか夢のない話です。あのブルートレインは、嗚呼、この電車が東京まで行くんだ・・と見送る恍惚感にその醍醐味があったのです、特に当地の如き田舎を颯爽と東京に向けて走る姿に憧れたわけです。東京駅に並ぶ新幹線の入口上に掲げてある行き先表示、鹿児島中央との文字に震えるんですわきっと、鉄っちゃん達は。大阪発札幌行きのブルートレイン(今もあるんでしょう?)、札幌まで行くんだ・・というあの表示にしびれるんですよね。でもそれがないんですね。残念。とても残念。既存ののぞみに相当するのがみずほ、ひかりがさくら、こだまがつばめだそうです。みずほはぶっ飛ばして鹿児島まで4時間足らずだそうです。でも今や広島から東京までもそのくらいでしょう?驚くにあたりませんか。新幹線開業当初は東京新大阪が3時間10分でしたから、これまた隔世の感ですか。もっとも、それ以前は特急こだまで6時間でしたからね。新神戸と小倉が余計(な停車駅)と思うのはきっと私だけじゃないでしょう。昔は一番早いのは新神戸も品川も止まりませんでした。こういう通過駅にも鉄っちゃん達は胸躍らせるんだと思います。もっともそういう頃から新大阪と京都とに停めるのはいかがなものか(単に近いからです)という意見もあったくらいですが、さすがに京都を外すわけにはいかなかったという顛末でした。ノンストップ作れば一番早いのは当然ですが、それじゃぁ集客に難が出るかという判断するのも当然ではあります。利用客の利便が第一ですからね、速さの競争は二番でしょう。時を同じくして東京大阪間のリニアモーターカーの計画が出てます、名古屋までの直線、そこから大阪までの直線、というラインです。中山道ライン、そして京都を通らないラインです。これまた面白いというか、物議を醸すというか。政治家の口利きの一番事例ですからね、駅づくりは。さてさて。
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本音

2010-10-20 08:17:24 | Weblog
LCC,low cost carieer 低料金運搬(航空)と盛んに喧伝されます。横文字に直すと(特に略語)無批判に受け入れる悪しき日本文化の風習です。マレーシアまで片道5000円なんて、海外旅行したことのない(こっちの方がびっくりですか?)者にもこりゃ破格とわかります。5000円じゃぁ当地柳井から大阪まで行かれませんから。マレーシアってどこだったか?という問題もありますが、ま、それは措いて。韓国にも格安航空会社があってどんどん日本に入ってきているという話です。薄利多売なんでしょうね。無用のサービスを削って、快適さ追及を研ぎ澄ます。安かろう悪かろうからの脱却。快適安全と経費とのバランス点をどこまで下げられるかの勝負。面白そうですね。こっちに気の向く、才能の向く人には宝の山みたいなもんでしょうね。日航の「惨事」がいい手本です。金かければ派手にはなるけれどああいう顛末です。さて、事故のないことを祈ります、他人事ながら。一旦緩急あらば、大叩きは目に見えてます。だから言わんこっちゃない。結局安かろう悪かろうなんだ、必要コストは削るべきじゃないんだ!なんて待ち構えてますよ。具体的な飛行機事故だけじゃなくて、例えばエコノミークラス症候群例が発生しやすいとか、病人が多く出てしまうとか、狭い、サービス少ない(今のものと比べて)環境に帰因できる現象が起こり始めると、待ってましたとばかりに大反撃が始まりましょうから。さてさて。
 クマが街中にやってきて騒動です。射殺されて落着していくのですが、動物愛護協会の人達はどうしているんでしょうか。あの団体も十分に圧力団体でしょうに、こういう時には黙り込むのでしょうか、それともマスコミが無視してるだけでしょうか。犬猫が保健所で無為に殺されていく場面に対してはここぞとばかりに登場して「愛護」を訴え非難を繰り返しますが、こういう場合はどういう態度をとられるのでしょうか。クジラやイルカはダメだけど、牛や豚や鶏はいいのよ、というああいう線引きをされるのでしょうか。クマやイノシシは人に危害を加えるからダメ。でもウリ坊や小熊はかわいいわよって。可哀想だけじゃ世の中回りゃしねぇ!!残酷と安全とは違うんだというご都合主義ですか。生物多様性を重んじる時代ですからね。人間様だけが優先されるものではないと、それは誰でも理解はしますが、現実問題になればね。本音と建前。そう協会の人達が言ってくれれば、こっちもそう聞いてあげるのですがねぇ。
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爛熟

2010-10-19 08:17:51 | Weblog
名古屋で開催されているCOP10、生き物会議、正式名称は国連生物多様性条約第10回締約国会議というそうです。どうせ京都議定書の類の会議だろう、二酸化炭素排出権なんてひねり出したようなその場繕いのビジネスの場なんだろうと斜に見てますが、やはりその通り金よこせ!の交渉場のようです。地球温暖化の、エコの、なんてのもそのままビジネスにつながってますし、温暖化の根拠になったデータも実は嘘っぱちだらけだと告発する本をいくつも見ました。ちょっと考えたらあの運動が偽善なることは明らかです、あれだけの数の車が排気ガス撒き散らしているんですよ、スーパーが買い物袋作らなくするのとどれだけ釣り合うんです?有料にするいい口実に過ぎないわけです。金のなる木を植えたに過ぎぬことです、業者が族議員動かして国家プロジェクト作らせて大儲け企むアレです。生物多様性という生硬な直訳見て、横文字使う感覚で素人煙に巻く、上等ぶる、いつもの学者達の役人達の大衆を見下す手筈と舌打ちしますが、多様性なんてのは医者の世界でも常用語です、いわゆる単なる業界語、術語です、色々ありますよというくらいの意味です、小難しく言ってるだけです。要は先進国が、原料を持ち出して行った国々に対して利益還元しろという交渉のようです。TV見ているとその昔の征服略奪の歴史を遡って、薬品や嗜好品に加工し利益を上げるためにその原料たる植物や鉱物を原住民を酷使しながら持ち帰ったこと、そういう歴史に対して利益還元しろといっているようです。賠償せぇ!です。もう一歩踏み込んでやや学術的な説得力の増す説明はこうです、先住民たちが詳しい分析や治験などなく経験的に知り伝えてきた薬草や薬鉱の知恵をそのまま奪い取り利用したことに対して見返りをよこせ、と。なるほどね。でも、この仰々しい会議の名称からはこんな内容は思いもつかないですね。で、実際にこういうコストがかかることになれば、それはそのまま薬代などに跳ね返るわけですね。その薬で命をつないでいる人達に直接跳ね返るわけです。そこをTVも叫んでましたが、そういう権利利権問題にすり替わっていくのは仕方のないことなのでしょうね。G7がG20なんて変わっていくご時世です。資本主義の大成熟、爛熟期です。あとは衰退しか待ってませんか。
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性質

2010-10-18 08:11:24 | Weblog
阪神「終戦」。見出しが共通します。シーズン後半を象徴する負け方でした、久保田、藤川が打ち込まれて逃げられない。JFKは過ぎ去りし夢でありまする。甲子園で三塁側のほんの一角に申し訳程度に押し込まれたオレンジ色の集団にわざわざみんなで頭を下げに行くのも立派な嫌味。巨人の連中、溜飲下げたことでしょう。悔しい。
 中国で反日暴動だそうです。日本製の車ひっくり返して、ミズノの店が襲われている写真が載ります。尖閣問題であれだけ強硬に出てきたのは近々に政界再編が(こっちで言う選挙でしょう)予定されているから、現在の政権担当者たちがその権力闘争の一環として日本叩いて愛国心を煽って、関心を買おう、支持を得ようという目論見で、今回の暴動に対しても当局は動かない、日本鬼子(日本に対する蔑称だそうです、ジャップ、ヤンキー、イタ公、露スケの類でしょう)を追い出せ!と言っておけば警察は見ているだけなんですって、そういう背景に、中国の大格差社会、就職難に対する若者達の不満のはけ口になっているという解説です。ふむ、それはそれでいいんですが、現にあれだけ暴れている、集団心理に任せて良しとする態度は、生来のモノでしかないですわね。もともとああいう連中だから事あれば大暴れしてそれでいいんです。アメリカでよくある映像ですね、地震や火災やらの後の略奪騒ぎ、黒人やヒスパニック系への根強い差別が強烈なバネになって返ってくる大暴動、民族差別で説明されるアレです。そういう無茶がやられる側の差別意識をより一層助長する悪循環です。ああいう品のない、質の悪い、生々しい、性質剥きだしの行為行動を抑えるのが理性であり教育であり文化であり社会秩序であるわけです。我慢ばかりしていてはいけない、なんて反論がきっとあるのでしょうし、ガス抜きなんて言葉が重宝される場面は確かに存在しますが、ああいうのをどう抑えるかが国柄ですか。社会の所為にするのは住民は無垢であるという大前提に乗っての考え方です。いいえ、国柄とはひとえに国民、構成員の性質によるわけです。政治が悪いで済ますのは天に唾吐く行為ですからね。
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未熟

2010-10-17 19:13:03 | Weblog
今日は遅くに書いています。昼間はまだ暑いことです。秋の日の釣瓶落としと言いますが、陰り始めるとあれよあれよと言う間に夕日が沈んでいきます。綺麗な夕焼けであればあるほどもったいない気分になります。夕の6時はもうすっかり暗くなりました。朝の6時ももうすぐ「彼は誰」の暗さになりましょう。季節は確実に変わっていきます。
 村木さん事件に対する検察の不祥事に関して、社会学者が「論考」しています(中国新聞、10/16)。日本は未だに推定無罪の原則を貫き通せない、人権意識の低い国だ。逮捕された瞬間に悪者扱いされる、人格否定が始まる、検察の強引な犯人仕立てと並行して社会的抹殺がマスコミによって為される。この国の刑事司法の現実を改めるべきで、調書裁判から法廷での尋問のやりとりを重視する公判中心主義に変化すべき時期だと述べます。何と平べったいこと。こんな陳腐な総論で済むんですから、学者は楽なことです。人権意識の低さの例に、痴漢冤罪を挙げます。確かにこの事例は一方的なことが多いようで、馬鹿な左翼が、フェミニストが、女が嫌と思ったらそれがセクシャルハラスメントだという理屈そのままに、女が触られたと叫べば否応なしに引っ張られるのが実態なのでしょう。推定無罪であるはずなのに、社会(マスコミ)はコテンパンに叩きますね。その人をよく知ってる人達が判断するべき問題でしょうに、確かににそういう意味では「俄か裁判官」「独善的正義の味方」「推定弱者の味方」でありすぎです。その人の今後の人生を粉々に砕いてしまいますから。触られた女が一方的に弱い立場とする前提です。世の男どもにgentlemanたれと強いる前提です。が、同時に触られる女にも被害者たるべき、弱者たるべき条件がありましょう。そこを言わない不公平です、片手落ち。女は常に推定無罪です。まずそう措かれます。ですね。これは人権問題なんて大仰な括りではなくて単に取り扱いの不公平。女は必ず被害者だとする前提が間違いのケースも多くあるわけですからね。マスコミがひと騒ぎして、やりっ放しで知らん顔する、この一連を人権問題化して正せましょうか。お天道様役をだれがやるのか。だれが真の正義の味方なのか。遊び人の金さんやら暴れん坊将軍やらを期待できないとなれば、人権問題!と大声出しても何も解決しませんね。事件をそのまま報道しろ、未だ嫌疑の固まらぬうちは実名出すなとか呼び捨てにするなとか被疑者容疑者扱いするなとか、それらは結局手続きの問題に過ぎず、なのに人権問題だなどとふりまわすと、何もかもが萎縮方向に進むばかりなのです。人権よりも社会的懲罰に重きを置いてきた日本の文化です。それこそが抑止力として効いてきた歴史です。これを逆手に取る、悪用する「悪党弱者」どもをこそ懲らしめないと均衡がとれません。作るならそういう法律でしょう。痴漢したら捕まえる(男)、それを悪用する者(女)も同等に捕まえる。こっちを先に整備するべきでしょう。何でもかんでも人権問題にすり替えるは凡庸な社会学者の常套ですが、日本社会に推定無罪の原則が定着しない根は他にも沢山ありましょうにね。そこを考えてこその学者の値打ちでしょうに。そう思いました。
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英雄

2010-10-16 08:14:22 | Weblog
チリのサンダーバード並みの大救出劇、ハッピーエンドです。まさに大活劇の趣でした。銅鉱山で、銅の産出がチリの主要産業で、中国が銅を欲しがっていて、日本をはじめとした外資が軒を競っていること、そして昔の日本の炭鉱の如く、良質なものを大量に求めてどんどん深い所へ掘り進んでいく、それは危険と道づれで、メキシコ湾の原油汚染と相通ずるものがあるなんてこと知りました。例によって専門家達が眉を顰めて声を潜めて危険性を指摘します、そんなことは誰でもわかってる、でもブツを欲しがる者がいて金欲しがる者がいる限り、これが資本主義の進む道です。あれだけの長い距離、それこそ一直線に掘らねば中をカプセル通せませんからね、技術力や凄いことと思うのですが、そういうことより、殿(しんがり)務めたリーダー、現場監督だったそうですが、この人の肚の座り方には敬服します。昔から戦の、特に負け戦で退陣する際の最後尾を努めることが忠誠の証、度胸度量の証であったわけです。一番最後までその場に残る、最後尾を守りながら退却する、それは敵の追撃をまず最初に受ける役回りです、だから名誉でもあるわけです。救出の途中に落盤が起きるかもしれないのです。目の前で一人また一人と救出されていくのを見ながら、次にカプセルがちゃんと降りてくる保証は何もないのです、早く上がりたい、そう思うのが普通です。33人、みんなそういう思いだったでしょう。でも、あのリーダーがでんと構えて、俺が最後に行くからみんな先に順番に行けと指示したんでしょう。それだけで皆の気持ちが落ち着いたことでしょうね。最後まで規律のとれた行動をとれたという結果でした。チリもここまで世界中から注目されたら国威をかけての大事業でした。クレーンやら小型カメラやら、全部外国製だったというおまけつきでしたが、大金つぎ込んだ甲斐はあったのでしょう。愛国心を湧きたたせることが来ました、国民が自国を誇ることができました。リーダーは暫く英雄扱いでしょうね。日本なら国会議員候補ですか。
 谷亮子、柔道引退です。新聞各紙、TVは大報道です。二足の草鞋発言に総スカン食らわせておいて、こっちを辞めますなんて言った途端に大賞讃です。あなたの柔道家としてのキャリアは認めるんだ、と言い訳じみてます。所詮こんなもんです、一旦どこかが叩き始めたら集団暴力で袋叩き。百犬その声に吠ゆ、です。その逆も真。どこかが褒めればうちも褒める。そんな流れです。でも、面白いことに毎日新聞は「だから言わんこっちゃない!」調子です。こうなることを(柔道やめることを)強制していたわけです、能力もないのに国会議員になった時点で国民はやっかみ半分にそう思っていたということです。新聞が世論を表しているとは言いませんが、隣の口うるさいおばさん風の展開はやはり世間様の怖さを示すものであったのでしょう。
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世間

2010-10-15 08:12:11 | Weblog
小沢さんが検察審査会を訴えたそうです。あの決議の取り消しを求める行政訴訟だそうです。この辺り、一から十まで手続きですから「専門家」さん達の出番です、その専門家さんの一人、仙石さんがその是非について何やら反応しているようですがやはり素人にはついていけません。もっともこんなところについていく必要もないので、要は小沢さん側の考え方というか、このジタバタさはいかが、というところでしょう。代表選の時に「逃げない」と言明してましたね。いきなり逃げてますから、何なの?です。この人の(後ろについてる弁護士の、というのが正しいのですが)理屈は、検察が一年に亘って調べても何も出てこなかったんだから、俺はシロなんだ、それを今更同じように調べたって出てくる筈もないこと、というものです。輿石さんが記者会見できっちりなぞってましたから、そうなんでしょう。捜査のプロたる検察が・・云々と、昨今の検察不祥事を知らぬかのように、今更のように持ち上げるのも御都合主義でいやらしいことですが、プロが調べて結論出してるのに若造の(平均年齢を訂正してましたが、それでも34歳前後でしたね)素人たちの気分で決められたんじゃたまらねぇ!でしょう本音は。おれはシロなんだ!と居直ってるわけです。でも検察が不起訴にしたのは、それなりの証拠、彼らの手続き上の有意な証拠を単に見つけられなかっただけのことであって、シロかどうかはまったくわからないわけですね。そんなこと言い出したら裁判なんて意味ないじゃないか、という反論はわかります、でも裁判は真実を探す場ではないですよね、あくまで法律に照らし合わせる場ですから。手続き上は捕まえるだけのものが見つからなかった、というだけのことです。いえ、もちろんそれで人は有罪、無罪と振り分けられているわけです。そういう基準でもって裁くことが法治ということですし、その都度に大岡裁きでは統治などできぬことでしょう。そこは十分に理解し反対するものではないのです。が、社会の掟は法律じゃないんです。法律は諍い事を解決するために存在するものです。争いがない時には出番はありません。では平時を、社会の平安を保っているのは何か。世間様です。お天道様です。お天道様はお見通しでぇ!!あれです。卑怯なことするな、狡ことするな、人に迷惑かけるな、人様に後ろ指差されるようなマネするな。法律に書いてない事ごとです。これをみんなが心がけ守ってこそ社会の安寧安全です。検察は(弁護士たちの「専門家」)は法律との照合が役目です。検察審査会はお天道様役です。クリアカットですね。小沢さんは狡いんですわね。法律の網をくぐる手を御用弁護士が教えているだけです。同じ穴の狢の検察が手が出せぬ(指摘できぬ、挙げられぬ)のは当然でしょう。それが卑怯だと言ってるんでぇ、てめぇ!!こういう図式だと思います。狡いですわねぇ。この人には潔いという感覚がないのでしょうか。世間の感覚から大きくずれていると言うべきか。
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度胸

2010-10-14 08:13:36 | Weblog
皇后様、結膜下出血だそうで、公務を差し控えられるとの報道です。咳喘息だという報道もありました。あれこれ並べられると心配になりますが、結膜下出血というのは眼球の「白目」の部分に出血するもので(出血といっても、目玉からポタポタ血がこぼれ落ちるのではありません、充血のひどいやつ、派手なやつです)見た目痛そうなのですが実は痛くもなんともなく本人が鏡を見てびっくりするというパターンが殆どです。特に治療を要さないものです。それをつかまえて専門家達がまたあれこれ言ってます、ストレスだのへちまだの。いや、ハードスケジュールであちこち飛び回っておられるのでしょうし、御休養を、という意見には賛成しますが、この程度のもので新聞記事にするのはいかがなものかと思うわけです。結膜下出血はありふれた病態です。咳喘息の方がお辛かろうと思うことです。
 専門家といえば、チリの落盤事故、まるでSF映画のような救出劇が続いています。奇跡と賞讃します。うむ、奇跡でしょうね。17日間も地上と連絡取れなかった、つまり上では全員死亡と諦めていたあの期間を思うとやはり奇跡でしょう。二次災害を顧みず掘る掘る。「専門家」達の反対がさぞや多かったでしょうね、危険だ!なんてね。かっこで括るのは皮肉の意味です。事件が起こると、関連したこと、何々に詳しいどこどこ大学の教授や准教授が仰々しく出てくるあれです。極限のストレス下に、トイレと居住スペースが分離できていたのが大きい。坑道を歩くことができたのが大きい。リーダーシップをとれる人物がいたのが大きい。酸素の供給や食べ物の供給、何より家族との連絡が取り続けられた事が大きい。あれこれしたり顔で言ってますし、新聞にも載ってますが、そんなことなら私にでも想像できることです。誰でもそれくらいのことは言えます。一体どこが専門家なんだ?というおそまつさです。いえ、大弁は訥なるがごとし、大白は辱なるがごとしと言います、フナ釣りに始まりフナ釣りに終わるとも言います、つまり熟練の士はまるで初心者然としているという真理です、熟練は基本に近づくという真理ですが、それでもこういうコメント聞くと、嗚呼、専門家ってそんなもん?とがっかりします。あらゆる幸運が重なって今回の救出劇だ、なんてまとめても、何よそれ?ですからね。いえ、具体的な成因を探すより何よりも、こうやって穴掘って助ける!と決めたトップの決断が第一の賞讃事でしょう。きっとあれこれ反対があったはずですよ、専門家達から。二次災害って奴です。掘っていったはいいが、崩落を助長させたら一巻の終わりだとかね。でもああやって掘らねば、その地点まで掘って進まねば助けられませんからね。人命尊重の度合いというかどちらが大切かという肚を見せてもらったようにも思います。こんな決定、きっと仙石さんやら菅さんにはできぬと思いますよ。頭でっかちにはこんな肚がないでしょう。この度胸に拍手。です。
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光彩

2010-10-13 08:19:09 | Weblog
俳優の池部良さんの死亡記事です。この人は保守系の(よくこっちの本や雑誌で読みましたから)書き手としても知られてました。戦争経験者で、終戦を南方の戦場で迎えた人です。私如きがこれだけ知ってるということはそれだけ多く書いておられたという証拠でもあります。戦争がらみの特集ものでよく書いておられたですか。映画は「青い山脈」でしょう。古い映画、昔の映画として見るのですが、何度見たでしょうか、その度に俳優さん達の若いことにニヤリとしながら、背景の時代の匂いが新鮮です。学生帽、ランニングシャツに腰手ぬぐい、そしてハンドルが水平に横に大きく広がった、氷屋さんや出前持ちが乗っていたような、オシャレでない、バイクのような自転車、それに二人乗り。そして何よりセリフの古さ。いいなぁ、と思いながら見るわけです。二人乗りが、じゃなくてそういう時代に、です。合掌。
 愛子様の映像が流れてます。運動会風景です。ああ、いい顔しておられること。あの笑顔は安心しますね。浩宮、いや皇太子様がビデオ持ってる姿もほほえましいのではありますが、あまりに民草と同じようなことされているとどうだかなぁという気持ちも湧き出るところ。隣には雅子妃が同じように笑顔でおられる。愛子様が段々に赤ちゃん顔から少女の顔に変わっていかれる、どう見ても父親似、良いやら悪いやらとほほ笑むことですが、しかしあの笑顔には安心しましたね。みんなとちゃんとダンスしてはじけるような笑顔。登校拒否?いえ、登校拒否児の実態を全く知りませんから、こういう事例もあるのかもしれませんが、あの笑顔は作っては出てこないでしょう。そう思ったことでした。
 早稲田が出雲駅伝で久しぶりに優勝したとのニュースです。箱根を彩った大スターが卒業して(竹何とかでした、忘れました)今どんな布陣なのか全然知りませんが、監督の渡辺です。この人が箱根のスーパースターでしたからこっちに興味が行きます。インタビューに答えるその容姿はぶくぶく肥えて往年を見る影もないものですが、区間新記録を連発した猛者でした。そして早稲田の黄金時代を支えた人でした。花田とか他に何人か強い選手がいて、駒沢が出てくる前でしたかね、山梨学院大が強い時代でしたか、大東大に奈良という山登りのスペシャリストがいて、という頃だったと思います。瀬古が監督だったんでしたかね。瀬古も早稲田です。渡辺は期待されてましたが、他の箱根のスーパスターが皆そうであるように、卒業後は全く振るいませんでした。社会人との実力差は歴然たるものなんでしょう。つまり箱根駅伝なんてのは日本テレビが作った娯楽番組だという皮肉が信憑性を帯びるわけですが。さて箱根です。この人の目指すところはここしかないでしょうからね。いかがなりますやら。
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2010-10-12 08:08:04 | Weblog
喝!の、あっぱれ!ので有名でした大沢啓二氏が亡くなって、日曜のその番組(TBSの関口宏の朝番組です)は追悼モード、相手の張本は神妙な顔を崩しませんでした。パリーグ(南海ホークスの強い時代)にいた人ですから、しかも杉浦の時代の人ですから私(の年代)が届きません。パリーグなんてのはTV中継もなければスター選手もいない(作られない)時代です、田舎にいるガキには何も見えない世界です。夏のオールスター、秋の日本シリーズデーゲームでその姿を垣間見るだけです。南海でレギュラー張ってたのかどうか、も知りません、TVには日本シリーズでの活躍の場面が何度も流れてましたが。物心ついたころには、三角ベースを始めた頃には、つまり小学校低学年の頃、昭和38,9年、本当に南海強くてパリーグといえば南海でした。「南海、何回優勝した?」なんて駄洒落の基本を覚えたものです。南海といえば、鶴岡監督、野村、広瀬、杉浦(投げている姿を覚えてません)、スタンカです、大沢とは出ません。大沢が記憶に出てくるのは日本ハムの監督としてです。それでもやはりメジャーな人ではなかったですね。この番組あればこその存在、でした。張本や王、長嶋は先輩を讃えるコメントを寄せていましたが多分に外交辞令。もっとも、往年の選手を集めての野球リーグやら少年野球への貢献は大きいものであったのでしょうし、「親分」であり続けることも結構辛いことではあったのでしょうね。合掌。
 パリーグに注目が集まり始めたのはいつの頃なんでしょうか。野村が三冠王獲ったときでも、パリーグだから、なんて差別が平然とあったそうですからね。まぁ野村では、人気が沸騰!とはいきにくいですか。阪急が強い時代がありました、巨人のV9の最後の頃です。山田、今井、山口(高)こういう表記でした、福本、蓑田、加藤、長池、森本と、いまでもすらすら名前が出てきます。西本監督から上田監督の時代です。でもあの頃もまだまだでしたね、何と言っても王、長嶋がまだバリバリですから敵いません。西武の黄金時代でしょうか。広岡監督から森監督、石毛、秋山、清原、デストラーデ、辻、渡辺、工藤、名前忘れましたが兄弟投手。この辺りですかね。昔は日本シリーズは全試合デーゲームでしたね。秋の日を浴びて、影が長くなっているグラウンドという風情でした。特別、という感じでした。でも今は夏と一緒のナイトゲームばかり。こっちの方が客を呼びやすいし、視聴率も獲り易いなんて思惑があるのでしょうが、特別感がなくなりました。オールスターも見なくなりましたねえそう言えば。端的に面白くない、のです。つまり見ようと思えばパリーグの試合でも何でもいつでも見られるようになったからでしょう。大エースがいなくなった、千両役者がいなくなった。これも原因でしょうね。今年ももうすぐクライマックスシリーズとやらで決着がつけられますが、この制度もどうだかなぁ、と思います。ペナント勝負の興味を削ぎませんか。そう思うのですが。
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