柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

懐古

2019-03-17 09:42:44 | Weblog
今朝の読売のコラム、鉄道ネタです。その昔(小学生時分)に鉄ちゃん(当時はそんな言葉なかったですが)もどきだった身にはぐっとそそられることでした。1992年の新幹線のぞみ301号の話です、もうその頃は興味失せてましたから知らぬことでしたが、この列車名古屋も京都も通過する代物だったそうです。6時の始発で8時半に新大阪着だったと。そりゃ怒ったでしょうねぇ名古屋と京都が。一つのステイタスですからね、通過駅じゃないというのは。昭和39年の開業以来ひかりは東京出ると名古屋まで止まらない、これが新幹線でしたからね。こんな長い距離止まらないのは夜中に走る寝台特急ブルートレイン以外にないことでしたから。それこそが鉄っちゃんたちをうっとりさせたのです。新横浜に停まり、品川ができたのはずっと後のことです。東京から新大阪までノンストップ。もちろんこれが売りだったのでしょうが、却って逆効果だったというわけで、記事によれば5年で廃止されたんだそうです。理由はいくらでも挙げられるのでしょうが、ノンストップじゃぁ味気ない。これでしょうね。どこかに停まって、ええ?ここに停まるの?との驚きも鉄ちゃんたちを魅了してきたわけです。記事には時刻表で通過を示す表記「レ」のことに言及してます。コラム氏は鉄ちゃんと見えます。私もそうでしたから。当地柳井は山陽本線の田舎駅ですが、昔は(みかんの需要が大きかった頃は)貨物の積み下ろしの拠点駅で機関区もとても広く蒸気機関車の回転盤も残ってたように記憶します。東海道新幹線は昭和39年開業ですが、それが岡山まで伸びてきたのが昭和50年です。私の大学受験の春に岡山まで開業したのでした。ので、高校生時分までは昼間に大阪や京都行の特急や急行が走ってました。在来線なんて呼称もここには無用の時代です。柳井は急行の停車駅なのですが特急は数えるほどしか止まりません。特急は徳山か岩国に停まるのが常でした。でもそれがまた嬉しいのでした、あの気分は今でも蘇ります。昼間の特急は「しおじ」が停まったのでしたか(定かじゃない記憶です)、ブルートレインは「富士」が停まりました。東京ー西鹿児島の日豊本線経由の憧れの列車でした。上りは夜8時台、下りは朝の7時台でした。ブルートレインの華やかかりし時代には同じく西鹿児島行きですが鹿児島本線を経由する「はやぶさ」、長崎行の「さくら」、下関止まりの「あさかぜ」が同時刻にまとまってやってくるんですね。東京を午後6時ごろに次々に出てくるんですからそうなるのです。で、そのうち柳井に停まるのが「富士」だけ。嬉しいわけですそれだけで。で、時刻表見るともっとワクワクするのです、この富士は柳井出ると広島まで止まらない、広島出ると岡山、その先は真夜中ですから神戸も大阪も京都も止まらないのです、レレレなのです。それ見てるだけで夢見心地なのです。はぁ~。下りは朝ですから結構停まります、でも普通の特急停車駅じゃないのです、次は下松、その次は防府と。徳山も岩国も通過するのが嬉しいのですね。と、ついぞ見なくなった時刻表を思い出す文章でもってこれだけの記憶が掻き立てられました。目的駅へのノンストップはやはり味気ない?飛行機にするか電車にするか。選択肢のあることは有難いことではありますね。
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