柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

2007-04-27 08:41:10 | Weblog
承前、弱者強者対比論(強者非難論)。昨日書いた後に思い出したことです。徒競走で最後はみんなで手を繋いでゴールする、順番をつけない、これが平等だと大勘違いしている学校があることはご存知でしょう。私が小学生時代、当地の田舎の小学校では運動会の徒競走、早い者順にABCと組分けしてました(余所を知らないので、当時こういう対応が普通だったのかどうかは知りません、よければあなたの経験を教えてもらいたいです)。単純に背の高い順ではなく、足の速い順です。朝礼で並ぶのは背の低い順、予防注射なんかは名簿順、運動会なんかは不思議に背の高い者順でしたよね。私は足が遅かったので、いつもC組でした。でも、それはそれで有り難かったんです、一等とれる可能性があるわけですからね。背の順やら名簿の順やらでは自分より速い奴らと必ず走らねばなりませんから。負けるのを分かって走るのと「あるいは?」と思って走るのでは違いますよね。A組やらB組やらに入りたいなんて思ったこともないです。自分は足が遅いんですから。さて、これは差別ですか?弱者いじめですか?平等意識に悖りますか。平等至上主義者からは許されぬ暴挙なんでしょうが。運動会の華はやはり選手リレーですね、これは見ていても面白い。足の速い者は走る姿も美しいでしょう?人はそこにも惹かれているはずです。ここに出る者はそれなりに優越感に浸れましょうし(出たことないもので想像するばかりですが)、見ている者も他心なく応援している。これは差別じゃないんですか?足の速い者が遅い者をゴール前で待って、一緒にゴールテープを切るなんて考え自体が大差別思想でしょうにね。弱者救済論、つまり強者引きずり降ろし論です。すみません、付け加えでした。
 長崎市長銃撃事件、週刊誌が面白いです(プロ野球の裏金騒動も面白いですよ、昔から有名な巨人の高橋由伸の親の借金肩代わり事件やら、野村がシダックスの監督時代に野間口の巨人入りに際して大金を受け取ったとやら。本当の話なんだろうから面白いですわね、こういう世界なんでしょうから)。朝日新聞はこの犯人が何年か前に前市長を撃った右翼犯人と接点があると書いていました、個人的怨恨だけではないという論調です。一方では個人的な問題だとする誌もあり。でも共通する認識は長崎の政治的勢力争い、つまり縄張り争いの一環であったという図柄です。久間大臣と近かったのがこの市長、かたやの勢力は知事派。弔い合戦を挑んだ市長側に対抗してすぐに対立候補(当選した市役所課長)擁したという流れ。久間という人は熊本の「何とか還元水」松岡さんと同類で、あれこれ醜聞がつきまとってきた人です。週刊誌には暴力団との「黒い関係」「闇勢力」なんて文字が踊っています。こういう繋がり方だそうです。私はこの事件はテロじゃない、個人的な思慮浅い行動だろうと思い書いてきましたが、これは金と暴力で抑えつける古いタイプの政治環境が未だに長崎では罷り通っているという、彼の地特有の現象と括るべきなんでしょうか。怒りの広島、祈りの長崎。何だかイメージが壊れますね、広島もイメージ通りの街じゃありませんけれど。
 
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