柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

法要

2019-01-13 09:05:53 | Weblog
母親の一周忌法要でした。どなたの場合もこうなのでしょうがあっという間に一年が過ぎました。こんなことがあろうがなかろうが時の流れはどんどん速くなって行くのですが。昨年は次女の出産もあり、月並みに言えば消える者がいて新たに生を受けた者がいた象徴的な年だったのですが、私の職業柄の習いなのでしょうが人の死に関してとても客観的(主観的に言えば冷たい)です、亡くなれば消えるのみです。日常の記憶からはdeleteされる(する)。まだ、ではなく、もう一年、です。法要は粛々と行なうのみ。故人を偲ぶとしきりに住職は唱えますが、線香の煙とともに通り過ぎるのみ。実父、義母、義父、実母の順に見送りました。四人とも自院で送りました。子は三人ですが、それぞれに所帯を持ち子を為してます。我々夫婦は社会の一構成員として為すべきを為すという思いでおるわけです、親の法要までが duty だろうと。私は母親がうるさかったので世の中の慣習、正月、節分、盆などでの儀式は身についていて、女房とともに子達には教えてきたつもりですが、これもその一環ではあります、次世代に伝えるべきを伝える。こんなに大きく構える要もないことですが、孫が増えていく、親の法要が重なる、次は私たちの番だとの思いです。気がつけば62歳です、十分な「年寄り」です。一構成員としてだけではなく、社会に対して為さねばならぬことがあろうと、きっと他人に対してならエラそうに吐くであろう台詞を自分に振りかけています。ううむ。
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