柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

社会

2019-06-09 09:25:56 | Weblog
あれだけTVが新聞が乳幼児学童の親からの虐待殺人をセンセーショナルに伝え、感情的に過ぎる「正義の味方」報道しても、事件はついぞ絶えません。なぜか。当の鬼親たちが見てないからですね。世間の報道、空気なんか知らない。鬼親たちには何の効果もない。だから児相だ警察だと。今回もマスコミは児相がうまく対応できてなかったと非難の向きを定めてます。こっちを責めている分には反撃喰らいませんから言いたい放題です、それこそ正義の味方でいればいいのですから簡単です。鬼親たちに向けてはと言えば幼少時からのプロフィールを世間の同情と怒りを起こすように脚色して書くだけ。週刊誌はもっと非難調強く、おどろおどろしく書きますが。札幌とか東京とかの大都会の片隅で起こる事件にはどうしても目が届かないのだという言い訳がありましょうが、そうであればあんな長尺でしかもいつまでも残虐性非人道性を強調するだけの報道するなと言いたいですね。普通の「人の親」には聞くに堪えぬ出来事ですから。ニュースや新聞読む人達にはこんな鬼親はいないという皮肉です。虎には知らん顔しておいて、言うことを聞く羊たちにばかり講釈を垂れるの図です。世の中の会議や一般への啓発活動はどれもこんなことです。痴漢や下着ドロなどのチンケな軽犯罪から万引き、いじめ、ゆすりたかりの類の防犯対策はすべて被害者側のものばかりですわね。加害者に何言うてもダメだからです。啓発しようにもそんな場に連中が出て来るはずもないし。啓発する側もそれがわかっていて、ごくごくありきたりの話でよしです。犯人たちの前ではきっと何も言えぬことでしょうよ。そう、鬼親を駆逐せよです。できない、無理だ、むずかしい。ここで皆思考停止して終わってます。だから地域が社会が子を守れ!、なんて誰の責任でもないようなことを平気で言うてる。今朝のサンモニ、常連で着物姿の田中女学長様が言うてました、引き籠り達への対応の話でしたが、現代の競争社会が悪いのだから社会がなんとかしろと。左巻きさんたちの典型です、悪いのは本人じゃない他人が悪い、社会が悪い、この国が悪いと。ああまた言うてると呆れるばかりですが。もう一人の筋金入りの常連青木某も口を揃えてましたよ、世間の偏見がいけないのだと(引き籠り問題についてですこちらも)。無差別殺人する本人じゃなくて社会が悪いって?この前提からがおかしいですよね。鬼親に対してもきっと同じことを言うのでしょう。虐待する者はされてきたからだという連鎖論に私は与します。親に殴られ邪険に扱われ抱かれたことのない子がどうして我が子にやさしくできましょうぞ。だから子を儲けるな、は言いすぎでしょうが、だから児相でしょう、ここぞ行政の出番でしょうにね。私は男ですから母性の体感などできぬことですが、女房や娘たち、女友達を見ていると濃い薄いはあるにせよ母性は必ず女に備わっているものだと分かります、小さい子を愛おしく思う気持ちは男にもあることですから。そこにスイッチを入れる機会があるか否か、なのでしょうね。だから育った環境依存なのだという論になるのですが、世の中の常で類は友を呼ぶのです、同類の人間同士がくっつく、すると・・となる。悪いのは男親、多くは継父、内縁の夫という輩です、そいつから母子を引き離す。そうしておいて母性の起き立つを待つ。いえ、妙案のように言うてますがこんなこととうの昔に児相のえらいさんたちや学者が提案してましょう、でもできない。引き離せないからです、人権とやらの壁です。母親本人も十分に世を拗ねている者が多いからでしょう。そこを無理矢理に引き離して、そうじゃないのよ、そうじゃない世界があるのよと教えてやることでしょうにね。誰が?行政ですよ、首長です。温かい家庭とか社会の助けとかそんな抽象ではなくて、まず自分の母性に目覚めさせるというか、あなたはこの子のたった一人の母親なのだと、この子はあなたが守って育ててやる大事な存在なのだと気づかせてやるというか、この働きかけじゃないですかね。もっとも、当県で児相や行政が十分に介入していたにもかかわらず母親がとうとう殺してしまったという事件がありました、届かぬ例はあるはずです。でも、抵抗もできぬ小さな子を、多くは我が子ではない同棲女の連れ子のケースですが、殴ったり蹴ったりしても平気な性格異常な男がそばにいると、DVのあるなしは大きい要素でしょうが、歯止めが利かなくなることは容易に想像できます。だからまず引き離す。男から母子を離す。好きで一緒にいるんですからね、人権の壁は高いのでしょうが、人命との比較です。社会や制度の所為にしている限り変わらないでしょう?そう思われませんか。
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