柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

素心

2011-01-10 08:47:20 | Weblog
昨日大相撲初場所初日でした。NHKにチャンネル合わせるとちょうどそのタイミングだったというわけでしたが、天皇皇后両陛下の天覧相撲の日でした、ご登場を待つ国技館のざわめきの場面でした。昨年のあの不祥事のあとです、協会としても躊躇があったそうですが、魁傑(放駒理事長)の決断であったとアナウンサーが伝えます。もっとも、こういう時だからこそ天皇陛下はお召しになるのです。民草の窮状にお心を賜るのです。5時過ぎにお召しでした。場内アナウンスがご登場を告げます。割れんばかりの拍手と地鳴りのような歓声です。感動しました。場内をなめるカメラには手を振り拍手し歓声を上げる人々が映ります。若い衆ではなく、多くは私より年上と思しき観衆ではありましたがしかし、満場の歓迎に応えて優しい笑顔で四方に向き直して手を振られる天皇陛下のお姿。天皇陛下はこういう存在であられるのだという意を強くしました。再認識しました。心の拠り所。無条件に無意識に敬意を持って対することのできる有難い存在。別にこの方に生かしてもらっているのではなく、この方の言うことを聞いて生きているのでもなく、この国を支配しているお方でもないけれども、この方にそこにいていただくだけで有難いと思えることの幸せです。明治維新の再立国、西欧列強に並ぶための(自虐左翼史観では能動的な侵略目的と解釈しますが、列強、とくにロシアからの侵略を防ぐための自衛策であったのです)富国強兵のために中央集権体制の根幹として位置づけられ、昭和の初めのあの20年だけ、戦争遂行の大義として軍部に利用され、そこだけを指摘して天皇制という言葉を作りだし、諸悪の根源にまつりあげた左翼、共産党の呪文は未だ解けきれず、しかし昭和天皇も今上天皇もご自分のお役目を我々国民のために営々と続けてこられた、何にも増してのこの有難さでしょう。国を統べる方ではないのです。国民の心の支えになっておられる方です。万世一系という本来の意味はここにあると誰かの説を読んだことがありますが、男系の女系のという小理屈やY遺伝子がどうのこうのという小賢しさで誰かが操作してきたものではない、日本を保ってこられた方。国体という言葉があります、国民体育大会ではなくて、日本という国の本質、根幹といった意味合いです。昭和の初めは天皇の神格化が国策であったわけで、国体の精義、精華などという言い方で国民を強要強してきた皇国化軍国化の象徴のように戦後は扱われていますが、その本来の意味合いからして国体とは天皇の存在そのものであるという説に心から肯ずる気持になる場面でした。天皇陛下の存在こそが日本そのものなのです。そう強く気付きました。民草が、左翼や共産党が65年を超える長い期間を費やしてまでいかに天皇陛下を貶めようとしても、変わらぬ敬愛の情を持ち続けていることもその大きな証明でしょう。日本人とは何か。国旗や国歌はその表象でしかありません、天皇陛下の存在をきちんと子供のうちに教育しなければならぬと、これも強く思ったことでした。取り組みが終わり、お帰りになりますとの場内アナウンスが流れる前に観衆は皆立ち上がり両陛下を仰ぎ見ます。そして拍手、歓声、手を振る姿。どの取り組みよりも大きな拍手です、歓声です。ご登場の際にはほほ笑み会釈されているだけだった皇后さまも今度は手を振っておられる。お二人とも満面の笑みで返される。そして天皇陛下は皇后陛下の足元に気遣われている。ずっと鳴りやまない拍手。感動しました。私達は日本に生まれたことを幸せに思わねばならぬのだと思ってました。強いバイアスのかかった考え方とは知っていますが、この思いはきっと日本人が皆、素に持ち合わせている心情だと思います。自ら消すか、さらに加えるかの違いがあるだけで。違いますか。
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