柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

手順

2009-04-22 08:10:31 | Weblog
ヒ素入りカレー事件林被告の最高裁判決、上告棄却で死刑確定です。合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に証明されている、という理由です。相変わらず裁判官達の使う日本語は生硬で翻訳調でわかりにくいこと甚だしいのですが、合理的という言葉もちょっと違和感でしょう?先の大学教授の痴漢事件で(結局冤罪、無罪判決出ましたね)、犯罪と断定するに合理的な疑いのある場合は無罪という判例ができたすぐ後のことですから、その裏返し、合理的な疑いがなければ有罪なのでしょう。疑わしきは被告の利益に、という大原則の裏解釈。ここには反論が吹き出ます。読売のコラムが上手くまとめてくれてます、直接証拠なし、動機不明、本人の全面否定、と揃っても有罪(死刑)になる違和感。状況証拠だけで有罪になるのです。松本サリン事件で一時強く疑われていた河野さん(この人の奥さんはサリンにやられて寝たきりですね)の弁です、私も検察(警察)に締め上げられた、状況証拠は真っ黒だと、そんなことで真実は見えないだろう、こういう判決を危惧すると。確かにそうですかね。法律の本読んでた頃に、民事は状況判断でいいけれど(灰色で十分罰せられるけれど)、刑事事件は真っ黒でなければ罰せられぬとあって、へぇそんなもん、と感心したことがありましたが、つまり刑事事件も灰色でやっちゃうという、いわば画期的なことなのでしょうか。でも痴漢事件と殺人事件とでは重さが違いますわね(当事者にとれば、特に先の大学教授さんにすればとても軽い事件ではなかったのでしょうが)おのずと判断基準が違うだろうと普通は思いますし、だから直接の証拠がなければ罰せられぬという敷居の高さも理解できます。が、一方でそれを遵守すればするほど、裁判自体が長期化して(これもも10年も前の事件です)、その間真犯人はのうのうと生きている、税金で食わせているという結果です。この辺りで一つ流れを画さねばならぬ時だとは思います。そういう意図であれば司法の方針として受け入れるべきでしょう。もうすぐ裁判員制度始まります。こちらへの影響という観点で新聞各紙はあれこれ書いてますが、どうでしょうかね。所詮素人はプロの誘導に従うばかりです。手続きを外せないのですから。ですからこれが司法の意図した刑事事件解決の新手順であればそれでいいわけですね。でも、真犯人が他にいたら、これまたすごい話になりますがね。でも、それでもそれで終わりです。そうですよね。
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