柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

画餅

2009-04-01 08:09:12 | Weblog
麻生さん5月解散を仄めかしてます。敵失が大きいと踏んでの言葉なんでしょうが、手続き上も一応の山を越えられそうだという認識なんでしょうね。不景気対策、抜本的な即効的な方法なんてあるものなら誰かがやってましょう、それがないから一つ一つ、あのアメリカもどの国も一つ一つ階段を上がるしかないわけですが、給付金も皆の手に回っていく、高速道路も千円になってといった、目に見える、具体的に体に感じる対策がやっと動き出して麻生さんここがチャンスとの読みでしょう。民主党も結局ここまで引っ張られたことをどう評価しましょうか。安倍福田のようには行かなかったということなんですが何故なのか。この大不況こそは左勢力さん達にとれば「天佑」だったはずですが、ブルジョア達を引きずり落とせないのは何故か。親分がギトギトのブルジョアジーだからでしょう。オールドファッションな資本側搾取側の人間だからでしょう。なんてね、献金騒ぎから見えるのが金集めの旧態依然さでしたから、そういう皮肉は浮かんできますわね。
 岩国の総合支所、7つあるのを4つに統合するんだそうです。7という数字はこれだけの町村が合併したという意味です。元の町村役場が名前を変えたものです。それを4つに統合する。統合なんてのは言葉のごまかしで、つまりは縮小、廃止。新聞も人員削減目的だと書きます。何の為の合併だったのかなんてため息が聞こえそうですが、この目的でしょう?対等合併なんてのも言葉のごまかし、その実は厳たる吸収合併。中心から離れた地区は放ったらかしになります。7が4になり、やがて0になります、目に見えてます。用があるなら岩国まで来なさいって。役所の役目ってのは何なんでしょうね。ここに市場原理を持ち込んでいいんでしょうかね。この論議は郵政民営化の時にさんざ戦わされてきたことなんでしょうが、市場に任せていたのでは誰もやらないであろうサービスを公費で賄うという本来の意義からいけば地域住民への必要サービス量から逆算されるべきことなのに、供給量をさっさと制限して需要を調整しようとするというさかさまです。経済書に出てくる、量入制出と量出制入の関係です。小難しい言葉振り回さずとも、大きくなると端々が放置されるは集団の原理です。中心にいる者の意識の高さにのみ左右される平等さです。危うい。全く危うい、画餅そのものの対等です。時間がたって思い知らされて、もう遅いよって話。よくありますよねぇ。
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