染谷芽依の日々

アンハッピーグラウンド

生存法考察

2017-12-30 19:05:31 | 日記



わたしはいつか遠くへ行きます。きっとそうします。外側の力が大きく大きく働きかけてくれないと、現状打破なんてできやしない人間だということを此処にきて実感する。外側の力が大きく大きく、働きかけてくれそうな兆しが見えて安心する。わたしがそばにいることで多かれ少なかれ時間やお金や精神を削ってしまった皆々様、婚約相手にほっぺをひっぱたかれてしまったSさん、不正不当かつ不徳な道を歩んだもしくは歩みかけた、あるいは、歩み損ねた、まあどうでもいいけどそういうかたがた、ゴキブリだかコオロギだかのコスプレなのかと思ってしまうほど、もとの黒目と大きさの不釣り合いなカラーコンタクトを入れていた、あの子はなにちゃんだったっけ、忘れたけど、裸眼のほうがいいよと伝えてなんでだか怒らせてしまったあの子、わたしの唄を聴いてわたしの唄やわたし自身を「何処にでもいるやつ」と評価することになったのち自らや自らの音楽の価値まで下げてしまうような発言をネット上で多々発信してしまったあのひとやあのひと、一瞬の気の迷いでわたしと結婚したくなってしまった無垢な、はじめてのプロポーズを断られてしまった彼、そういうひとたちに、わたしは謝りたいのです。




ああまた朝が来て、1日なんてあっというまに過ぎ去ってしまう。ライブの日はいいよ。だって歌う時間を待てばいい。聴いてくれるひとがいるからいい。これから先、聴いてくれるひとがひとりもいなくなっても、歌わせてくれる場所やひとがいるなら、できることなら歌いたい。でもいずれ何処にも相手してもらえなくなる。ちゃんとわかっています。歌わせてもらえることが当たり前だなんて思えるわけがないよ。だってライブって奇跡だから。売れるとか、売れないとか関係ないんだから。たぶん死ぬまで一生、わたしは自分から歌わせてくださいと言うことはできないのだと思います。ノルマも機材費も払えません。お客さんも呼べません。ファンなんてつきません。こんな人間に、今日まで生きる意義をありがとう。



音楽がないと生きていけないなんて悲しすぎるから働きます。音楽に生かされたということは、いずれ音楽に殺されてしまうのだから。わたしは天才なんかじゃない。不要なリップサービスの一環としてそういう評価をよくもらうが、決してそうじゃない。天才、と呼べるほど愚かじゃないし、健気じゃないから。天才じゃないから働くんです。わかってくれるかなぁ




今日も朝から夢を見た。自分の穴に火薬を詰めて、身体もろとも命を吹き飛ばしてしまった。ありゃもう死ぬだろうな。うち、夢の中で確実に死んだんだろうなぁ。幼い頃、犬に腕を噛まれてそこから飛び出た血の混ざった自分の肉の生々しさを思い出した。身体が破裂する音を聞く。爆発の衝撃が鼻の奥まで広がって、ぱきぱきと鼻の軟骨が砕ける音がした。本当にそんなことになったら、みなさん、迷惑かけてごめんなさい。でもこうするしかなかったんだよ。何故ならこれは夢の中の話だから。大きな音はきらいだよ。大勢のひとはきらいだよ。あ〜こわかった。こわい夢だった。夢の中で死ぬかわり、現実で地に足つけて踏み留まってんだから、せめて安眠をよこせよと言いたい。そういえばあんまりきらいという言葉はつかいたくないと思ってたけど、きらいなものはきらいなんだから仕方ないのです。365日のうちの350日くらいは死にたくなっているというよりも、死ぬことについて考えてしまいます。もっと言うと死ぬことというより、死について、考えています。あくまでも概念的に、哲学的に。だからわたしは本当、死ぬまで死ねないと思います。だってきっとそこらへんでぽけっとしているゆとり世代の若者たちよりもよっぽど生きることに貪欲だから。他人事みたいにゆとり世代の若者を批評するわたしも、ゆとり世代ど真ん中なんだよなぁ。



悲しい気持ちでいることが増えた。でも元々、悲しいのがデフォルトなんです。だからあの子の手がわたしの冷えた手をあたためてくれていたとき、できることならどうかこのままで、と願ってしまったのは事実だ。心底呆れてしまうね。こんな、ひとを欺き続けている薄情な人間が、一瞬でも自分の幸福の継続を願いました。一体どういうつもりなんだ。もうほら、幸せの味を何度も舐めてしまっているから、もうそれを無視して生きるなんてことはできないのよ。ひとは変われるなんて嘘、ひとは変わらないというのも嘘さ。一瞬たりとも同じ瞬間なんてないし、永久に此のままなんだ。わかるかなぁ、わかってくれるかなぁ。矛盾したことを言っているつもりは少しもないです。



いずれ何処かへ旅立ちます。

わかってくれるかなぁ。



といいつつも、結局此処に留まってしまうかもしれません。でもそしたら、それはそれで、わたしがいままでの生活の中で培ってきた、人間関係やあらゆるもの、時間等々大切に思えてる証拠だとも思うのでそれはそれでわたしの人間性が、なにかを大切にできるようになったという前進と受け止めて、会社もしくは自分の気持ちに決定を委ねたい。


委ねるって、とても素敵な言葉だなぁ。





なんでしょう、全部夢の話です。

あぁ、やっぱり本当は、誰かが気にかけてくれている状態で、死ぬまで歌っていたいです。

これからもよろしく。




明日で2017年終わるらしいです。この冬を越せずに死んでいくひとがあと何人、いるのだろう。



僕がいつか死んだらという唄、遺言のつもりで書き始めて、そんなのは野暮なことだと気づかせてくれた命の恩人のような、バカみたいな唄です。でもだってわたしは馬鹿だから。どうしても馬鹿なんだよ、屑でもある。屑は屑なりにこの一年も真っ当に生きたよ。呼吸は止まるまで止めるなと、自分に言い聞かせ続けている。それでもふとした瞬間になにも考えられなくなる。自分が自分でなくなる時がある。ひとに迷惑をかけているという意識でまた、もとのところに戻ってくることができます。だからやっぱりいつもきみのおかげなんだよ。この原理をわかってくれるかなぁ。


感謝しています。




飼っていた犬はもう、戻ってこないからさ、待っていたって意味がないことはわかっているんだけど、待ち続けていないと生きる理由がなくなってしまうから、仕方がないからずっと待ってます。ふんふんしながら待っている。でもいつかもし本当に、帰ってきてくれたら、もう待たなくても生きる理由ができるんだけどな。わかるかなぁこの原理。しかしながらそもそも、戻ってくるとか帰ってくるとか言えるほど、この場所に馴染む気がなかったのかもしれない。この場所に、依っているつもりはなかったのかもしれない。だったらそうだな、ちょっと寄った場所にたまたまわたしがいて、たまたま気に入ってもらえたからたまたま長居したってくらいの感覚だったのかもしれない。それならしょうがないよ、わたしの勘違いで、わたしは永久にきみを待ってしまうんだ。おかしな話だろう。わらってしまうよ。


明日で2017年は終わりです。わたしの人生はたぶん、これからも続く。死ぬまで続く。


何もかもがなくなったって、本当にひとりになったって、僕がゼロになったって、どうしたってはじまる〜うぅぅうぅぅう〜うぅぅ〜と歌いたい気分。あ、明日ライブじゃんラッキー





アルバムにも入れようと思ってた「朝日」という唄、11月の風邪引いてた時期にライブ立て続いて無理に声出し続けてたおかげで、発声の仕方が変わって、歌えなくなってしまいました。だからCDには入れられなかった。でも代わりにべつのいいものを入れました。

今年は唄を15曲生み出した。本当はCDに入れたい曲の候補が今年できたものも含めて30曲以上あった。その中からたくさん悩んで選び抜いた13曲をアルバムに詰め込みました。来年の3/3レコ発です。買ってください。どうかよろしく



それではまた来週

ありがとうございました。



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世界の果て、にて

2017-12-28 21:20:36 | 日記



どんな時も自分の直感を信じて生きてきた染谷選手、やはり今回も自分の直感を信じて動いてみた結果、結果として、いい結果を手に入れることができたと思っている。だっていまこうしてちゃんと前を向くことができているから。生きているひとと向き合うことができるから。離れたいひとにはちゃんと、離れたいと伝えることができているから。余計な気持ちを捨てることができているから。断捨離です。こんな、一見絶望に満ち満ちているような人生を21年と1ヶ月ちょっと歩んでいながら、やはり、性懲りも無く、希望を拾い集めてはその都度前を向き直してまた進んでしまう。そんな染谷選手、しあわせの意味をすこし心で理解できた気がします。これはのちほど、あっというまに不幸につながるものだと思われます。でもいいのよ、あなたがしあわせならばそれで。


あ、あぁでもそりゃもちろん、かなしむひとはいるだろうなぁ。でもしかたないよ、わたしは実はとてもモテます。とても人気者です。とても人望があります。ちなみに全部嘘です。




明日はライブだ。楽しみないちにち。







たとえばわたし或いはわたしの音楽は、かの有名なきゃりーぱみゅぱ○みゅ並みに売れることはないのだろうと思うけれど、もし売れたら、いま全然、微塵もわたしやわたしの音楽に興味無さそうな身近な人間はわたしをもてはやすのだろうか。そういうの、嫌いなのでやめてください。だってそれはわたしやわたしの音楽を愛してくれているのではなくて、有名なひとが知り合いの自分がかわいいだけなんだろうから。やめてよほんとに。だったらいまからライブに来ればいい。だったらいまからわたしやわたしの音楽を愛してくれればいい。だったら、いまから、心の何処かでわたしやわたしの音楽のことを気にかけておけばいい。

いやどうでもいいけどそんなこと、有名なひとが知り合いにいることで自分の価値が上がったり下がったりすると考えてるひとたち、結構いるけどほんとどうかと思います。そんなの関係ないからな、自分の名前掲げて自分の足で地面を踏みしめて行けよと思う。本当関係ないからな。全部自分次第だからさぁ。





あ〜あ、今日は仕事中、先輩の運転にて移動しているときにそめやらしくめそめそ、そめそめと泣いてしまった。そんなこともあるよ、だってちゃんと前に進もうとすればこそ困難はつきものなんだ。べつに大したミスじゃなくたって、ミスはミスに違いないのだからないほうがいいに決まってる。慰めてもらったらもうほんとうに情けなくて泣いてしまっているのに誤魔化すつもりでヘラヘラしてしまう自分は本当に、集合体恐怖症の人間にとっての火にかけて沸騰し始めたお湯のポコポコ絶えず昇っては消える泡沫のように気持ち悪くうつっただろうと思う。わけがわかんないよ、アルバイト出勤7日目の新人は新人らしくめそめそ泣いて反省しとけばいいのにさ。

反省してます。でもわたしはもしかしたら完璧主義者なのかもしれない。先輩が言ったように大したものじゃなかったのかもしれない自分のミスが許せなくてもう嫌になってしまった。一瞬、やっぱりこの仕事辞めますって言いたくなってしまった。でもミスはするものだよ。それを乗り越えて次のステップに進む行為を人類は成長と呼んでいます。だから染谷選手、腰痛に負けずに頑張ってほしい。ドライアイスでカチコチに冷え固まってしまった手、指の頑なさにも負けずに頑張ってほしい。そうだよ、頑張るしか道はないんだから。死ぬまで生きるのが目標なんです、地獄の底に落ちたってどうしたって明日はやって来るのだから。




なんの話でしょうかね。



ひととひととがお互いの時間やお金を割いて会うことは本当に、奇跡に等しいことだと思います。わたしには顔を見たいと思うひとがいる。関係性に名前をつける時代はもう終わりました。わたし子どもは産めません。結婚もできません。 だって本当の愛を知りたいから。アーメン






ありがとうございました。


あの夜、川の流れを眺めていた。


このあいだ生まれた世界の果てという唄を、サウンドクラウドに載せました。聴いたのち、ライブに来てください。ありがとうございます。

世界の果て


今後ともよろしく。

ありがとうございました。
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1月のライブ予定

2017-12-26 21:21:07 | 日記



12(金)
場所:埼玉 北越谷ごりごりハウス
カゲキヨ

開場:17:30
開演:18:00
料金:¥2000+1d¥500

出演:あとのまつり/藤本琢磨/清水さゆり/大河内大祐/染谷芽依(20:20〜)/ナカユビ/グルパリ

イベント名が謎すぎる!で有名ならぁめんさんのブッキングイベントです。なんだか濃い〜よろしくおねがいします。



13(土)昼
場所:千葉 新松戸FIREBIRD
林イッぺーレコ発

開場:11:00
開演:11:20
料金:前売¥2000/当日¥2500
いずれも+1d¥600

出演:林イッペー/田中雅紀/香取さとり/染谷芽依

目をよぉ〜く見ると輝きが若干失せているステキな音楽家イッペーさんのレコ発新松戸編にて歌わせていただきます。楽しみ〜



22(月)
場所:埼玉 越谷EASYGOINGS
新年太一会

開場:17:30
開演:18:00
料金:¥1000

出演:今西太一/染谷芽依(20:40〜)/閑那ゆうき/ミノシマリョウ(パキラ)/タカハシユウコ/ヤマザキマサヤ/大谷貴広 fromヘルメッツ/沼田謙二朗/HACO(Oh my doll)/2zee

今西太一さんと新年会ライブです。久しぶりのイージーゴーイングス!チケットが安い!おいでませ、おいでませ〜



25(木)
場所:東京 赤坂club TENJIKU
HAL=tonnyガールズコレクション vol.8

開場:18:15
開演:18:45
料金:前売¥1400/当日¥1900
いずれも+1d¥600

出演:松倉愛/田中ミズホ/ななのあ/染谷芽依(20:15〜)/一ノ瀬愛実/やはたえみ

ハルトニーさんに呼んでいただいてはじめての赤坂テンジクにてライブです。恐怖のガールズイベント!是非お待ちしてます。。。



26(金)
場所:東京 幡ヶ谷36°5
36°5&さよ共同企画 咲~サキ~vol.40

開場:18:30 
開演:19:00
料金:¥2000+1d¥500

​出演:さよ/染谷芽依/永倉彩乃/木音色/水戸部望​広

待ってました幡ヶ谷〜お久しぶりですと初めましての融合!期待!



28(日)
場所:東京 祖師ヶ谷大蔵ゴキゲンヤ

詳細未定(投げ銭)

こちら、めちゃんこかっこいい男女ユニットNapple Tappleのおふたりにお誘いいただきました。いつぶりー?というくらい久しぶりな投げ銭ライブです。はじめての場所!是非!


30(火)
場所:東京 新宿カールモール
横田惟一郎 主催 触発15
歌になるだけあるんだよ

開場:18:00
開演:18:30
料金:¥2000(2d付)

出演:横田惟一郎/大河内大祐/村男/中村アリー/染谷芽依(18:30)/aro

恐怖の触発にて恐怖のトップバッターやります。やらせていただきます。よろしくおねがいします。





2月
1(木)埼玉 北越谷ごりごりハウス
8(木)千葉 新松戸FIREBIRD
9(金)東京 中野ナカノステレオ
10(土)東京 荻窪Doctor's Bar
12(月)埼玉 みずほ台おとなり
16(金)東京 浅草橋MANHOLE
17(土)埼玉 北越谷ごりごりハウス
18(日)群馬 前橋COOL FOOL
22(木)千葉 新松戸FIREBIRD
27(火)東京 幡ヶ谷36°5


来年もよろしくお願いいたします。

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腑抜けの綴り

2017-12-23 17:10:22 | 日記


昨日と一昨日、幸せとともに美味しいものを食べたために今日、いまこの瞬間感じている空腹がとてもさみしくて、自分がとてもひもじい思いをしているように感じてしまう。でも感じるたびに思い出すけどこれがふつうなのだ。勘違いしてはいけない。

もう4年も働いている、3週間以上ぶりに入った飲食店でのアルバイトはとても疲れた。いつだってそうだ、混んでも混まなくても疲れる。ただでさえ疲れるのに、今日はクリスマスイブの前日ということもありいつも以上に混んだ。


この季節は特に手を繋いで歩くカップルは何処か誇らしげに見える。今日見かけた若い男女二人組のうち、どれだけが本当に愛し合っていて、どれだけが生涯を共にできて、どれだけが相手を恋愛ごっこのファッションアイテムとしてのみ扱っていて、どれだけが近い将来離れ離れになるのだろうと考える。わたしは何時だって、ひとりでもふたりでいるときでも胸を張っていよう、とも考える。

名前も知らんひとたちの関係性のこれからなんてどうでもいいが、やっぱりお互いに幸せで居られるほうがいいよなぁ。お互いに気を許して居られるほうがいいよなぁ。お互いに求めて居られるほうがいいよなぁ。だってその日その時間一緒に居ることをふたりで決めたのだろうから。





昨夜は、深夜1時前に帰宅して、今朝は7時に起きて1時間後にバイト先に向かった。眠かったからコンタクトレンズをつけ忘れて、いつものまんまの腑抜けためがね面で家を出てしまったのち、自分が抱えているギターが目に入り気がついたのは今日バイトのあとにライブがあるということです。


とても目が悪いのでめがねかコンタクトレンズが無いと世界がただの色のべた塗りに見えてしまう。それはそれで素敵なんだけど、やっぱり実体がちゃんと見えないのって不安なのだ。だから今日は腑抜けためがね面で歌うことになってしまった。でも歌えるもん。大丈夫。めがねがなければただのおもしろい顔、で済むのに、めがねがあると腑抜けためがね面になってしまう。でも、知らないおじいちゃん、おばあちゃんの顔をたくさんたくさん見ていて思うのは、人間の顔なんてみんな対して変わらないということです。だって歳をとってしまえばみんな仲良くしわくちゃになってしまうのだ。でも困ったことに若いうちはとくに顔をいろいろなひとから無遠慮に見られた挙句好き勝手に査定され、可愛いだの、可愛くないだの、化粧が濃いだのすっぴんだの、幸薄な顔だのなんだのとあれこれ言われてしまう。そしてかなしいことに、言われたほうはそのことばをひどく気に留めてしまう(ひとが多い)。


顔、という表面的なものに魅力を感じることもあるがそういう場合は大抵、その顔の持ち主が、その顔でもってさまざまな感情を表現するときだ。結局気持ちの問題だ。でもやっぱりよくわかりません。だって単純に、これは好みの問題でもあるので。それとやっぱり嫉妬という感情もよくわからない。だってみんなわたしから離れていくのがふつうなのに、離れた(気がする或いは第三者とより近くなった)から嫉妬する、なんて、やっぱりまずは自分を愛していないとできないことなんじゃないかと思う。だから嫉妬できるひとは素晴らしいよ。人間の心の豊かさやゆとりなんてものはすべて自己愛から始まっている。そんな気がする。自己愛がないと素直に他人を愛することさえもできないのだから。自分を愛して、自分から自分自身が自立して、初めて他人に尽くせるようになる。そう思う。そう思ってしまう。かなしくなる。それが不完全なままだと、他人を愛せたと思っても結局自分自身の不安定さばかりが気がかりにかってしまって、自分から逃げたり相手を突き放したりしてしまう。それも唐突に、衝動的に。自己愛の欠如というものはほんとうに厄介だ。そう論理立てた上で、自分に残された可能性について考える。考えてしまう。それも悲観的に。とても悲観的に考えてしまう。





こうなると決まって、それでもわたしには音楽があるから大丈夫というところに辿り着く。だってほんとうにそうだから。

お腹がすいてさみしくなっているわたしでも向かう先があるのはほんとうに救いです。今日もこれからライブです。よろしく。よろしく。世界中のみんなによろしくお伝えください。よろしく。




ありがとうございました。


この顔を気に入ってくれるひともいるということもちゃんとわかっています

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泥まみれの小石

2017-12-21 14:57:33 | 日記



2年と半年前、罪悪感と絶望にまみれてインドネシアから帰国し途方に暮れていた時に幡ヶ谷36°5店長のみずのさんと出会った。

あのとき胡散臭い笑顔をたたえてやたらと話しかけてきてた大人がいまとなってはわたしの音楽活動において最も信頼をよせているひとだ。不思議な話だ。あのときと比べて、いまのわたしの音楽は、わたしのステージは、わたし自身は確実に成長して、今年に至っては毎月9本、多い時は10本ライブをやらせてもらいました。お店との共同企画もやらせてもらいました。今年9月には、来年、CD作ってもらうことが決まりました。それに伴って生まれて初めてレコ発ワンマンライブをすることが決まりました。



あのときのわたしと、いまのわたし、もうまったく変わってしまったけど、でも確実に繋がっている。変わらないものがある。あのときからいまを迎えるまでのどの過程が欠けても、どの出会いが欠けても、いまにはたどり着けなかった。


奇跡の連続でした。


昨日も幡ヶ谷はあたたかかった、ありがとうございました。


セットリスト
い、あたらしいいちにち
ろ、河豚
は、犬を飼っていた
に、灰になるまで
ほ、感情線に乗って
へ、生きてりゃいろいろあるもんだ
と、蝉が鳴いている

共演:アカリノート/さとうもとき/尼丁隆吉/どさんぴん

でした。

ありがとうございました。



まずいろいろあって1時間30分も遅刻してお店に到着するところから書きたいところですが、ギターと声使ってライブ活動をしている人間としてほんとうに恥ずかしいことだと思うのでやめておく。

お店ついてすぐ顔合わせ。遅刻してきたわたしに対しても、みんなが優しくて驚いた。みずのさんの顔を1ヶ月と半月ぶりに見た。リハをしているとき、演者がみんなお店に居てなんとなく緊張していた。リハからさとうもときさんが褒めてくれた。幡ヶ谷来た時にいつも行くカフェが開店してなくて落ち込んだ。できたばかりの世界の果てという唄を聴きまくった。ちなみに今朝もたくさん歌ってみたけどすごくいいなと思う。でも昨日は緊張してたので歌わなかった。




みんなすごくよく聴いてくれてるのが伝わってきて嬉しかったなぁ。初めて聴いてくださったお客さんの中にささやかに、手拍子をくれたひとたちもいた。

幡ヶ谷で歌わずにいたこの1か月と半月の中での成長をしっかり発揮したいと思って、ひたすら歌えました。みんな褒めてくれたなぁ。別段それを信じるとか信じないとかいうわけじゃないけど、本当に嘘がない感じで褒めてもらえるのは嬉しい。昨日もらった褒め言葉の数々も、終電より何本かあとの電車の中で細かく細かくへし折って、胸ポケットにしまっておいた。



わたしが歌うのではなくわたしの唄が歌う、歌い出すという感覚を知ることができたのも、13曲入りのアルバムを作ってもらうことになったのも、ワンマンをやることになったのも、思えば大学に通って、卒業するに伴って、就職を決めたからだなぁと思う。わたしこういう生き方でよかったんだ、と心底思う。だっていまこの瞬間、ステージに立って歌うということをこんなに大切にできるから。これは本当に嬉しいことです。ありがたいことだ。





インドネシアから帰国して歌うべき日も無く途方に暮れていたあのとき、舞い込んだ1本の越谷イージーゴーイングスでのライブ予定に縋るようにして会場に向かい、歌ったあの日、あの時期、わたしは本当に自分がこのまま消えてしまいそうで、消えてしまえばいいとさえ思って、歌う意味も、意義も、自分の音楽の価値も見出せずにいた。たまたま共演したというだけの、泥まみれの小石同然のわたしの唄を、水野さんはちゃんと聴いてくれていたわけです。

泥まみれの小石の放つ微かな波動を、微かな輝きを、見落とさずに拾い上げて、泥を洗い流して、磨き続けてくれたわけです。幡ヶ谷36°5というお店でずっとそうしてくれた。そんでいまわたしは、ステージに立っているとき、人生の中でいちばん綺麗に、いちばん素直に輝いています。いちばん恐れてもいる。そして自分のことも自分の唄も信じている。



染谷芽依はいまがいちばんいい唄を歌えてます。

もちろんみずのさんだけじゃ無くて、たくさんのひとが歌う機会をくれるし、たくさんではなくとも、唄を聴きに来てくれるひとたちがいる。歌い始めた高校生の頃から聴いてくれてるひともいれば、1週間前初めて聴いてくれたひともいる。わたしは売れるために歌ってるわけじゃない、応援してくれるみんなのためにという気持ちで歌っているわけじゃない、有名になって、みんながわたしを応援してくてる気持ちが報われるように、とも思っていない。ただ呼吸を続けるには音楽が必要なので、唄を生み出すことが必要なので。それだけです。それだけ。それでも、そんな唄を聴いてくれるひとたちがいる。こんなわたしに逢いに来てくれるひとたちがいる。こんなわたしに歌う機会をくれるひとたちがいる。これはやっぱり、奇跡でしかないんだよなぁ。




ありがとう。





今夜、東新宿真昼の月夜の太陽というお店で水野さんがワンマンライブをする。わたしの背中をいちばん強く優しく押し続けてくれたひとです。

きっといい夜になるのだろう。楽しみだな。




わたしのライブ活動はまだまだまだまだ終わりません。行く年も来る年も。死ぬまで終わりません。終わらせません。いつでも聴きに来てください。よろしくお願いします。



ありがとうございました。





これはこのあいだごちそうになっためちゃんこ美味しい生ハム。


ひと月遅れの誕生日祝い。



ありがとうございました。
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