まがりかどの先に

まがりかどの先にはきっと良いことがあると信じ、目の前の人生の小路をてくてく歩き続ける日々の雑記です。

『峠』が映画化されるらしい

2018年10月21日 | 日記
「草木も眠る丑三つどき」に目が覚めてしまい、それ以降ウトウトという日が数日続いている。寝不足が続くと、不整脈も出やすいようで、体調もすこぶる悪い。
 
朝とはいっても、午前2時頃はまだ深夜といったほうがいい時間だから、起きだして何かをするのもはばかられる。
今朝も、布団の中でラジオ深夜便をきいていたら、2時台のニュースの中で、司馬遼太郎さんの『峠』の映画化が決まり、『峠 最後のサムライ』というタイトルで撮影がはじまっているという話題を放送していた。
 
松竹配給、監督は、黒澤明さんの流れを継ぐ小泉堯史監督。
河合継之助役に、役所広司さん。
小説の中ではとてもいい味をだしている継之助の妻おすが役に、松たか子さん。
継之助を家老に取り立てた長岡藩主には、仲代達也さんなど、俳優さんの顔ぶれも名優ばかりで、リリース(2020年)が楽しみである。
 
越後長岡の河合継之助については、現在も地元にはいろいろな思い、評価があるようだけれど、私的には、郷土千葉の農村指導者大原幽学と共に、その生き方にはとても関心があり、影響を受けてきた。
 
何かを成し遂げて権力や財を追うというのではなく、その時を、その混乱収拾を、だれもやらないなら自分が先頭にたって一生懸命生きようじゃないか、その役割を全うしようじゃないか、そんな感じを受けるのだ。
 
実際の西郷さんは知らないけれど、今大河ドラマでえがかれている西郷どんの生き方にも共通するものを感じる。
 
組織全体をリストラしていっきに天下をとって社会を変えようという考え方・やり方もあるが、そこに暮らす人の視点で内側から社会を変えていこうという考え方・やり方があっていい。
 
継之助も幽学も西郷どんも、最後は継之助の詠んだ『八十里 こし抜け武士の 越す峠』に集約されてしまうのだけれど、地にまみれても、なくてはならない生き方ではないかと思っている。
 
河合継之助は、最期まで従った外山修造に、「近く身分制がなくなる時代が来る。これからは商人になれ」といい残しているらしい。
外山はのちに、阪神電鉄初代社長となり、関西財界の礎を築いた。

阪神タイガース生みの親とも云われているとか。
 
きちんと社会の動きは見えており、進むべき道は見てていても、その時の要素・条件で、街を戦場にし、たくさんの命を削って戦うしかなかった。
そんな生き方もあるのだと思う。
 
以前旅したときの画像である。
(越後長岡 継之助の生家跡にたつ記念館)
(八十里峠をこえた福島県只見町(終焉の地)の記念館)
(記念館近くにある継之助の墓地(分骨))
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<今日は何の日>
今日は、十三夜です。
 
自宅周辺のお天気は良さそうなので、美しい月がみられるかな。
十五夜または十三夜のどちらか一方のお月見しかしないことを「片見月」と呼び、縁起が悪いらしいですが、きれいな月に自分をうつして、感謝してながめれば、縁起は関係ないと思います(^^)v。
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