まがりかどの先に

まがりかどの先にはきっと良いことがあると信じ、目の前の人生の小路をてくてく歩き続ける日々の雑記です。

勝浦ってほんとはすごい所なのかも

2018年03月18日 | 日記
関東ふれあいのみち(千葉18、19)ひとりウォーク(2018年03月08日 | ぶらぶらウォーキングの日々)で、勝浦城址に立つ房総の戦国武将正木氏の娘、お萬の方(養珠院)様について、現地に立って感じた思いを、「徳川幕府の基礎を産み落としたような女性である」と書いた。
 
このところシルバーバイトの休憩時間で、もう二十年近く前の作品だが、佐伯泰英氏の『密命シリーズ』を読み返している。
 
今日『「密命」読本』を読んでいたら、『徳川将軍家・御三家略系図』というページがあって、改めて、お萬の方様の血筋、房総正木氏の血筋というものに驚かされた。
 
徳川将軍家は、家康の次に、お萬の方様の子、頼宣(紀州家)・頼房(水戸家)、義直(尾張)、秀忠(宗家)の系統に分かれ、これが屋台骨となっている。
いずれも、側室の子というのも興味深い。
 
二代将軍秀忠から七代将軍家継までは、宗家秀忠の子で繋がっている。
 
八代将軍吉宗(紀州家)は、”暴れん坊将軍”で時代劇でもお馴染みだが、八代から十四代家茂までは、吉宗の子の血筋(家重と宗尹の一橋家系列)で繋がっている。
 
そして、最後の将軍十五代慶喜は、水戸家の出。
 
八代将軍吉宗以降は、お萬の方様の系統ということだ。
 
男は一代限りだけれど、女性は子をなすことによって、後世に歴史を書ける。人間社会を支えてきたのは、表にはでない女性、母である。
大河ドラマのような話だ。
 
房総の戦国武将正木氏は、勝浦、大多喜など、上総に縁のある武将だから、その関係者は今もきっとたくさん房総の地に暮らしているのだろう。
 
勝浦ってほんとはすごい所なのかも、である。
 
十五人の将軍で、名が『家〇』となっていないのは、二代秀忠(幕府の基礎創り)、五代綱吉(元禄文化・犬公方)、八代吉宗(享保の改革)、十五代慶喜(大政奉還)の四名のみ。「その時時代が(大きく)動いた」という印象である。
 
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<今日は何の日>
1964(昭和39)年の今日、シャープとソニーが初の電卓を発表。
トランジスタを530個、ダイオードを2300個使用しており、重量は25kgと極めて重く、当時の価格で50万円を超える非常に高価なものであったらしい。
 
技術革新はすごい。
最低限の機能なら今や、100円で電卓が買えるようになった。
 
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