いのち感謝 メイ今あるところ

夢 日々のちいさなありがとうを

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

ありがとうございます

2008-12-17 16:27:58 | Weblog
その後もみなさまずっとはげまし 愛をありがとうございます。



メールをくださったあなたへ

あなたのこころありがとう うれしかった ちゃんと自分を見つめてくださった

きっとこれからですね

わたしもそうです

わたしはもうあたらしい再生へと歩み始めました。

永遠の時のなかで 途上 の道で お互いがそれぞれのところで

しっかり自分を見つめ歩んでいれば また道がちがっても 出会うこともあるでしょう。

わたしのためにしっかり歩むことが、みなさん そしてあなたから頂いたあたたかい愛を受け止めたことになると思っています。

メイはいなくなりましたが あたらしく生まれました。
ここはわたしのために閉じました。
だれのせいでもありません。

でも歩いています。

顔をあげて歩きましょう どこかで同じようにもがきながらも生きている

ただそれだけで うれしい

また会う日まで ありがとうございます。
生きているってすてきなことね。

夜明け前が一番暗くて寒いんですね。
コメント

みなさま ありがとうございました

2008-12-14 00:23:43 | Weblog
いろいろ考えましたが、あまりに多くの方がご覧いただけるようになり、個人の日記ですから・・・というスタンスで行けなくなりました。^^;

せっかくご覧いただいたのに申し訳ありません。
一旦ここは閉じることにしました。

今までコメントを下さった方がた ほんとうにありがとうございました。
頂いた愛をこれからも抱き 進ませていただく所存です。

ありがとうございました。

「言葉への依存過多」 と 「言葉の限界」

そして 「言葉の減少」 から 「言葉の超越」

ありがとうございます。
コメント

2008-12-13 16:02:25 | Weblog
今朝方夢を見た。
3本 詳しくは書きませんが、ひとつは過去生だと思います。
戦国時代の姫でした 泣いていました 小さな鏡台と文を愛する人が残して行きました、そして泣かないで生きようと思う夢でした。

そしてもうひとつは「クフルを観よ」と言われました。
もう一度観ようと見るとクとフルの間にマルにレが入ってました。

最後に犬の夢 「ハウス」で犬は振り返りながらも家に戻る夢。

内なる神の一部として生きる自分 夢でのメッセージありがとうございます。
多くの方にご心配をかけてしまいました。影に日向に愛を頂きありがとうございます。ありがとうございます。
きちんと立て直します。
コメント

2008-12-12 18:53:29 | Weblog
今はすこしおやすみします。

ゆれてます。

だから 正直に やすみます。

おやすみなさい。
コメント

いまあるところ

2008-12-12 09:34:30 | Weblog
いろいろなことがあります。
そしてそれぞれに選択があり 進む道は違うのかもしれません。
生まれ出ずるのも そしてこの肉体を離れるのも それぞれひとり。

同じことが起こっても、そのとらえかた 言葉 考え方はそれぞれです。
今その人が何をその瞬間に選び取るのかということでしょう。

今の瞬間にやってくるさまざまなことを 自分にとって好むと好まざるに関わらず受け取ります。
目をつぶって、しあわせな こころが暖かくなることばかりではないかもしれません。
けれど、それはすべて自分にとって必要なことであったと、いつも思えたからすべて受け取りました。そして自分の内を観ました。感じました。ゆるしました。自分を信頼し 愛せます。

しかし、すべの人が今そうではないかもしれません。
今 もうどうしようもない苦しい状況でいらいらしたり、普段なら穏やかにみられることがそう見えないこともあるでしょう。
ほんとうのその方の持つ、やさしさや思いやりが隠れてしまっていることも。
誤解されていることも。
でも・・・ほんとうの自己が消えるわけでも無くなるわけでもない。

だた・・・過程。

自分のこころがどう動いているのかを内省することなしに、外での他者や社会・世界に自分の枠をはめてはいないでしょうか?

もちろん私もそうです。

自分の今あるがままをつづるブログですので、間違いもありましょうし、正しいことを言っているなんてまったく思いません。
その上、これを信じてください・・とも思っていません。

今 あるところ です。

ご心配をおかけしていることには大変申し訳けないな・・と思っていますが、私はこれにより自分の今選び取るものを変更しないと思います。

わたしの本質の喜びは変ることはありません。

今 思うのは やっぱり それぞれがすばらしく 尊い存在であったということだけです。

周りへの配慮・気遣いがないかもしれません。
しかし、それぞれのほんとうのこころを感じると、人からは優柔不断に見えようが
私の今です。

その起こることすべてを乗り越え、ゆるし、とかし、進んできた積み重ねが今のわたしがわたしらしく生き 喜び 穏やかに過ごせるようになったということです

もちろん今でも揺れます。

制限はしたくありません、ここに来たために不快になるのなら、今の瞬間にここを見ない 閉じてしまう選択をしてください。
きっと今それが必要なことだと思います。

そして・・もし 私のブログが必要ならいつでもいらしてください。
ここで 今あるわたしがお待ちしております。

あなたもわたしもそれぞれに選んだものを違っていいと思います。
だから わたしが喜べる選択を間違っていても後悔しません。
ただ 今 しずかにある。

ともに笑い 喜び この世に今生きていることがうれしい。
つながる 支えあう 愛が うれしい。
いつも見守る おおきな存在の愛が なによりありがたく うれしい。

その過程がどうであれ(泣いても 苦しくても 痛くても)

わたしがうれしい。生きている だから感じられるこの感覚。
ありがとうございます。
わたしは 宇宙とともに 地球とともに 自然とともに 動物とともに 

あなたとともに 

いのちのつながりすべてに今日もありがとうございます 感謝します。

何も差し出せる贈り物はないけれど、わたしのこころからの愛と思いを今お送りします。
コメント

熊木杏里「こと」

2008-12-11 09:54:20 | Weblog
熊木杏里「こと」


昨日ある方のブログにご紹介のあった歌。
とてもすてきな歌でしたので、わたしのために今ここに残させていただきます。

コメント

わたし

2008-12-10 22:54:13 | Weblog
ほんとうにいつもご覧いただいてありがとうございます。
自分整理のためにはじめたブログですが 
ご覧いただく方が多くなりました 

きっと違うというお気持ち 訂正をお求めになるご意見もありがたく頂戴しました
ありがとうございます。

今あるところを書いております。

ご不快に思われる方には申し訳けないと思いますが、わたしとしての今を、 
ここを続ける限り書くつもりでいます。

それぞれに選択していく道があります。
わたし自身に今 必要なことであります。

ご批判や反論これからも拒否するつもりはありませんが、必要以上にご不快な場合
できましたら、若輩もののたわごとと素通りしていただけるとあり難いです。

わたしは信じます この地球の同じ人間として。

時を超えて いつかわかりあい 信じられることを・・・。

今あるところから 感謝と愛をこめて。 メイ

追記
コメントを頂戴しておりますが、この記事をお返事とさせてください。
私への反論・批判は掲載いたします。
コメント

Christmas List - 平原綾香

2008-12-10 18:26:05 | Weblog
Christmas List - 平原綾香


コメント

しずかにある

2008-12-10 11:44:54 | 宇宙と人 ・気づき
バランスを取る為に書きます。
よく反戦という言葉を耳にします。
平和を願うという意味であることに違いはありませんが、反となると相対する対極が必要となります。

マザーテレサが反戦運動には参加したくありませんが、平和を願う祈る集まりなら喜んで参加します。というものを以前目にしました。

さて。。。何が出来るのか。
ジョンやヨーコのメッセージにあるのは、反戦でなく 「戦わない」そして穏やかに周りのひとと喜び楽しんでくださいのように感じます。

尊敬するある方が以前に書かれた言葉を抜粋・引用します(以前にどこに掲載してもOKと承諾を得ています 今回は・・・





『あなたは自分自身を救ったのか。まず自分自身を救いなさい。そしてそのあとに世界がどうなっているか見てみなさい』(マハルシ)



自我の為ではなく、世界の平和を祈っていたとしても、世界中で、時を超え、世界平和のお祈りはされているのですが、平和が訪れていないのは何故かを理解する必要があります。

 ある段階からは自我を内なる神に明け渡し、自我に関する問題を一網打尽に解決していくしかないのです。ある時、内なる神=真我が我々が現実だと思っていたもの(幻想))を全て打ち砕いてくれるのですが、その時の衝撃に通常の脳は耐えることができません。そこで我々は真摯な霊性修行が必要になってくるのです。もし、アセンションに際して、西洋風に言うならば、ハイアーセルフが肉体に入ってくるのであるならば、その為の準備はしっかりとしておく必要があります。

 しかし今はとても良い時代です。地球の波動が底上げされていますから、以前ほど大変なことではありません。一つの方法としては、正しい呼吸法をしていると、気の流れが良くなり生命力がアップしてきます。また続けることで横隔膜が徐々に下がってきます。それに伴い、脳(松果体)の活性化とマインドの浄化が進み、真我のパワーに耐えうるものとなります。

 面白いもので、そうなった時に、我々の本質が豊かさそのものであることを知ります。豊かさを祈る必要は何もないのです。違う言い方をすれば、豊かさを求めて祈っていた神が自分自身だったと知るだけです。

 自分の行動は自我を満たそうとするものなのか、それとも自我を打ち砕こうとするものか、そのことにしっかりと気づいていられると良いですね。スピリチュアルな情報を必要以上に求めることも、そうです。神と一つとなるには、マインドを静め、全ての知識を投げ出す時がやってきます。我々は既に神ですので、神になる知識は必要ないのですね。人間になるにはどうしたら良いのですかと尋ね、一生懸命努力して人間になろうとする必要はないことと同じです。

 ですから、聖者の大切な教えは、『静かにしていなさい』です。

ひふみだよりより

★わたしはこれがしっくり行きますが、何事もそれぞれで選び取り、人の言うことを鵜呑みにしないで下さいね。
パラドクス(←ポッチッと)を健やかに超えること。
それぞれの出会いと今に感謝。

ありがとうございます。

コメント

Happy Christmas (War Is Over)

2008-12-10 07:39:44 | Weblog
Happy Christmas (War Is Over)

ジョンレノンのハッピークリスマス(戦争は終わった)
最初のささやき声は ヨーコとレノンのそれぞれの娘・息子の名前。
こどもたちに宛てている。

弱きも強きも黒人も白人も黄色人種も・・・全ての人が戦争を止めてクリスマス、新年を迎えようというメッセージ曲

ジョンとヨーコの有名なクリスマスメッセージ。

"We can do it"というメッセージは今も有効です。もし10億の人々が平和を望むなら手に入れることができるのです。「私たちにそんな事ができるの?」「できるのは政治家じゃないの?」と思っている人は考えてください。政治家は私たちの支持が無ければ何もできないのです。私たちこそが「power(力)」なのです。決して多くのことをする必要はありません。powerは緩やかでも思ってもみない働きをするのです。ドミノ倒しを想像してみてください。そしてポジティブに考えることから始めてください。そうすることによって世界中に伝わるのです。

 このビルボードをみなさんへのジョンと私からのクリスマスプレゼントとしたいのです。どうぞ、このビルボードの前であなたや、あなたがたの家族と一緒に写真を撮ってください。そしてそれを皆さんに送ってください。それによってメッセージは伝えられます。

 とにかく、楽しんでください。皆さんが楽しいときを過ごせますように──愛をこめて

ヨーコ・オノ 1998年12月1日


日本時間でいう昨日がジョンの命日である。
そして・・・真珠湾攻撃の日でもある。

しみじみこころに染みとおるすばらしい歌。ぜひぜひお聴きください。
ありがとうございます。

追記

反戦活動家だったという表現ではなく 平和活動家であったと今でもおもっております。
戦争をやめさせるために銃や弾丸を持ちませんでした。そしてそれを持って!とも言っていません。

武器は「歌」に乗せることだったと。

HAPPY Happy Christmas (War Is Over)戦いは終わった
今宵はクリスマス
弱い人たち 強い人たち
金持ちの人たち 貧しい人たち
世界はこれでいいとは思わないが、
ともかく ハッピークリスマス
肌の黒い人たち 白い人たち 
黄色い人たち 赤い人たち
近しい人たち 愛しい人たち
さあ、この辺で争いはやめようじゃないか…

——この歌声が聞えたら、一瞬でもいいから、心の平和に感謝したい。
イマジン (Imagine all the people living life in peace. )
(想像してごらん、すべての人が平和な日々を送っている姿を)

想像してごらん 天国なんてないって
やってみれば簡単なことさ
僕らの足下に地獄なんてない
頭上に空があるだけじゃないか
想像してごらん すべての人が
今日を生きているということを

想像してごらん 国境が無い世界を
そんなに難しいことじゃない
命を奪わなければならない理由も、死ななければならない理由もない世界を
宗教だって同じさ
想像してごらん すべての人が平和な日々を送っている姿を

君は僕のことを夢想家だと思うかもしれない
だけど僕は一人じゃない
いつの日か 君も僕らに加われば
世界はひとつになるんだ

想像してごらん 所有するものなんてない世界を
できるかな?
欲張ったり飢えたりしなくていい世界を
人はみんな兄妹なんだ
想像してごらん すべての人が
世界を平等に分かち合っている姿を

君は僕のことを夢想家だと思うかもしれない
だけど僕は一人じゃない
いつの日か 君が僕らに加われば
世界はひとつになるんだ
コメント

バッハ 目覚めよ呼ぶ声が聴こえる

2008-12-09 19:55:51 | Weblog
Bach: Zion Hort Die Wachter Singen (Zion Hears the Watchmen)


もうすぐクリスマス、今アドベントという時期である。
クリスマスの4週前から ろうそくをひとつづつともしていく。
ろうそくはこの世のひかりの象徴としているようだ。
そしてそれと共に、一週目鉱物→二週目植物→三週目動物→四週目人間 そしてクリスマスを迎える。

丁度今は第2アドベントの期間。
今の時期に歌われるバッハの曲が このBWV140-4「目覚めよと呼ぶ声が聴こえる」である。
このコラールの部分をドイツ語が堪能な友人が訳して聞かせてくれた。

シオンのむすめが、ものみの歌を聴いている。(ものみは見張り番)
その声に彼女の心は喜び飛び跳ねた
目覚めて急いで起き上がった。

彼女のともがきらびやかにやってくる。

真実は重厚で(存在が)強い

彼女のひかりは強くなり 星はのぼる

さあ 価値在るかんむりを頂く王たるもの それはイエスであり神の子
わたし達すべては後についていく。
喜びの広間へ そこで晩餐をともにする。


ものみは境界の番人であるという説も伺ったことが在る。
そこを超えないと渡れないという。
鏡のようなものだとも。

キリスト教音楽であるということを差し引いても、バッハはすごい 天上的な天才作曲家 数学的にも美しい曲であるらしい。
直筆の楽譜も遠くから眺める 絵画のようである。

静かな12月の夜更けたまにはクラッシクもいい。
コメント

みんなちがって みんな いい!

2008-12-09 11:31:09 | 宇宙と人 ・気づき
先日友人と長電話を(また)した折のお話。
彼女とは、2年前に亡くなった友人が結んでくれたご縁。
彼女も私も仲間たちもこどもの教育活動を別のところでしているが、そういうものたちが今
それら、たての活動を横につなげる活動を1年前から始めた。
その仲間の、共通する友人の支えている保育所のお話となった。

先日演奏に伺った田舎の保育所(学童保育もしている)がそれである、無認可で母親・父親・保育者の手で立ち上げ、今もそこを支え続けてられているのですが、どこも一緒で 立ち上げた者が今もかかわり
資金稼ぎの為にぜんぜん関係のない、バザーや魚の行商なんかもしている。

彼女のそんな現状をわたしはしらなかった。
というのも、彼女はそんなみんなの支えで成り立ち、こどもたちが喜んでいることそのものを喜びとしているからである。

私も自分のこども達のために勉強会から立ち上げた幼稚園に 5年前まで関わっていた。(関わりはじめたのが14年前。 園は12年の時を刻んだ)
立ち上げに関わったのは、私と同じ位の年(今40代その頃は20代後半~30代)か上の世代の方がた(今50代)がんばる!が心情の方がたばかりである。

きっと今の50代から30代後半くらいの教育が、競争と頑張ることで成果があり頑張ることがいいことだ!(こどもの時はやりの宣伝文句にもありました)の時に生きた。

そして50代以上はもっと頑張らねば生きて行くことさえ困難な時であった。

ただ、この40代と50代に共通する頑張るも質が違っているような気がする。
40代は頑張れば誉められた。だから頑張っている姿を強調しがちに思える。
50代以上は、頑張っているところは、人に見せないことが美徳のように動かれる

そして、30代中半以前と20代は、がんばりすぎないで個としての特性、個性を大切にされているように見える。

娘達20代前半~10代は、むしろ頑張らないあるがままでいいとするところ。
ゆとりの教育なんかを見ても、親もそういうことを望んでいた時代。
無理をして頑張るのはよくないようにさえ思う。(それでいいと今私は思っている

これは、私と友人の見解でたわごとなのでお許し願いたい。

その世代のギャップを、会や組織を運営しているとなかなか大変さを感じるわけである。

どの生き方が正しいとも間違っているとか、いいとか悪いとかとも私は言えない。

それぞれが、その時の教育や時代のニーズでそうなっているのだから。
必要としてそうなっていたのだろう。

これをそれぞれの年代で「今のわかいもんは・・・」とか「その考え方堅くてふっる~」となると、当然摩擦が起きるわけです。

会を運営する資金とする、バザーひとつするにしても、40代(現在40代 その当時は30代でこどもの手が離れた)50代(現在50代 その当時40代)は寝る間も惜しんでやる。
若い人たちは、できない状況(小さい子をかかえ) 50代(現在)の方が「今は出来ないだろう状況だから、出来る時にやったらいいのよ」と声賭けをするし、そう思っている。
40代(現在)は「すみません・・・いつか必ずお役に立ちます」会は守ります!
若い人は その頑張っている人たちを目の前で見ているのがつらいらしい。
それ以下は・・・がんばらなくてもいいのに・・・やめちゃえば・・・となる。

この文章を読まれても、きっとその年代に応じた感情の動きがあるのかもしれないな・・・

しかし・・そうは言っても、世界から見ると がんばれない若者と言えども、まだ頑張っているのが日本である。

若い方たちが 「支えるために こどもの家庭でのあり方や いつもやりたくないことをして精神的にいらいらしてたら、何のための教育かわからない」という主張はもっともである。
たしかに・・・立ち上げるために、ひょっとしたら我が子はほったらかしになった時期もあったのは確か。
その後姿で学んで欲しいなんてエゴもあったことも確かである。

その時の関わる人たちのバックグランドを自分の枠にはめると、他者も自己も苦しくなる。
今まで心血を注ぎ(大げさですが)こどものように思っていたもの、事を
わたしもその時必要なことを その時の人たちに任せようと手を離した。
仮に資金が立ち行かなくなり、つぶれたとしても、それはその時必要でなくなったものとして思える。

そして新しい道を歩き出した。
喜びできることだったから。やりたかったから。自分も人も生かされる。

がんばってうれしくわくわくする人は頑張ればいい。
ただ、人に押し付けない。
頑張らない人を斜めに見る自分が存在するのなら、きっと頑張りすぎているのかもしれない。

ほんとうにそうしたいことなら、自然とまわりがどう動こうが気にならなくなるものである。
枠を外す 外せるのは自己以外ない。
他の人がこうなったら いいのに・・・はエゴだったりして。

違うことを違っていいと見れないのなら、離れるのもいい。
渦中では見えないことが見えてくる。熱くなったものを冷ませる。
そして新しく始めればいい。
消耗しきって終わるのでなく、新しく始めるための憩い ブレスです。
それぞれの違いがそれぞれに生かされるために。

みんなちがって みんな いい!
ありがとうございます。
コメント

Merry Christmas Mr.Lawrence

2008-12-09 00:37:56 | Weblog
Merry Christmas Mr.Lawrence


コメント

Tama - Sayonara Jinrui (たま - さよなら人類)

2008-12-08 08:51:54 | Weblog
Tama - Sayonara Jinrui (たま - さよなら人類)



コメント

マッチョマンさん宇宙寄航

2008-12-07 16:37:26 | 宇宙と人 ・気づき
マッチョマンさんの宇宙寄航のお話 ここに「今」掲載させてください。
共鳴する小宇宙のあなたに と・ど・く

わが愛する銀河を思い浮かべてください。
そうアンドロメダと同じような数十億以上の光り輝く生命のきらめきの群れ。
・・・・・・・・・・・・
銀河を見つめる「いつかどこか」の意識生命体は、遊びが好きでした。今でもそうです。
ソンブレロ銀河、数々の表面次元にただよう星雲たちを通りすぎ、
この銀河を見つけました。そう我々の銀河系です。
なぜか有頂天になって、この銀河の探索に乗り出すことになりましたが、
やはり完全なる自由意志をもとに、喧々諤々の協議の結果、探索する者と後方支援の者とが決まりました。
目の前の雄大なる生命惑星の群れに、勇気雀躍するものは、数知れず。また、
涙を呑んでその支援にあたるもの、悲喜こもごもはいつもどこも変わりません。
これは、今で言う、サファリレース競技のようなものです。

先発隊は、さーてどこから探索するかということになったのですが、
とりあえず、銀河の外腕からはじめ、そのごく近くへと抜けるルートが提案されました。
そう、今回は、地球の知識でいうプレアデスからオリオンまでのほんの短いルートです。
目覚めの合図は、あの白色矮星と地球で言われる、シリウスです。
プレアデスからオリオンまでのほんの一小断面の探索ではありますが、
それはとんでもないほどの冒険探索ルートでもあったのです。
・・・・・・・・
しかしながらそのような高次の意識体達のゲームは、
各惑星をめぐりながら、おのれの雄大なる記憶のアクセスキーも忘れながらのゲームです。
その生命圏に行けば、そこのルールに従う、
決して我を通さず、そこにあるエッセンスを身に着けるまで、
次には行かないルールです。なんというルールでしょうか。
プレアデスからオリオンへのルート。
時間などいかようにもできる旅ですが、
大切な心の花を捜し求める旅でもあります。
それがおのれというものにしか咲かない花であることを、
知っているのにもかかわらず。
おのれのアイデンティティまでも賭けて、
はるかなる宇宙を旅することは、確かに大いなる勇気の証でもあります。
わたし達はこの地球という、特異な、愛すべきテーマパークに
いまおります。そう、あなたもわたし達も。
・・・・・・・・・・
このつづきは、またいつかきっと。
コメント