いのち感謝 メイ今あるところ

夢 日々のちいさなありがとうを

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

波上宮 

2008-10-16 19:03:42 | 神社
社殿の創建年は不詳だが、当地は古くより聖所として崇敬されてきた。古くは「端城(ハナグスク)」と呼ばれた御嶽だったという説もある。

伝説によれば、

南風原の里主という者が釣りをしていると、ある日浜辺で「光り、ものを言う」霊石を見つけた。この石に祈るたびに豊漁となるので、諸神がこの霊石を奪おうとした。そこで里主が当地へ逃れると「吾は熊野権現也、この地に社を建て祀れ、然らば国家を鎮護すべし」との神託があった。里主は琉球王府にこれを奏上し、社殿が創建された…

という。海から聖なるものが届く、とのストーリーは、ニライカナイ信仰の現われと言える。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

祭  神:主神 伊奘冊尊
    相殿左 速玉男尊       
     相殿右 事解男尊
ただしがきにありましたが、熊野権現が現れとありますから、熊野に関係します
速玉男尊はスサノオの尊・事解男尊はニギハヤヒという説もあるそうです。

波上宮こちらもぽっちと見てください。

海から聖なるものがとどく そこに立ちもういちど海を眺めた。

ここは丁度首里城から真西 そして東の端にはあの神の島とよばれる久高島がある
「民族の歴史を、シマ人たちは、近代のように固定された記録として
伝えるのではなく、血族の祖霊たちの存在を皮膚感覚で感じとり、
祖先との一体性を実感する中で継承してきた。」
(比嘉康雄著「日本人の魂の原郷 沖縄久高島」集英社)

「・・・・・・あたりは限りなく明るい光の世界。清潔だ。天地根元時代の
みずみずしい清らかさ、けがれなさはこのようではなかったか。
久高島の印象は今度の旅行でも、私にとってもっとも神秘的であり、
その気韻はまだ私のからだの中に響きつづけているのである。」

(岡本太郎著「忘れられた日本 沖縄文化論」中央公論社)

人口300人くらいの島らしく、その上土地制度が

久高島は土地が総有制、個人の持ち物ではない為に外部の資本がほぼ入れません。久高島は土地が総有制、個人の持ち物ではない為に外部の資本がほぼ入れません。いつまでも、この制度を残せるように久高島土地憲章を制定して守っています。根底にあるのは、天、地、海を何よりも大切なものとしてきたこの島の生きざまです。この島にいると平気で土地を売り買いする現代社会が異常なものに感じてきます。
島民は字から土地を借りて、家を建て、畑を耕します(ノロなど特別な役職に対しては別に土地が与えられていました)。島人には土地を所有するという概念は無いようです。まさに忘れ去られたようにここだけに残った土地制度、原始共産制の名残と言われます。正確に言うと、久高島の土地は字の共有財産、個人には使用権が与えられます。久高島にこれだけの自然、文化が残ったのは外部資本が入ってくるのを守るこの制度のおかげと言えるでしょう

そういうところが今も日本にそんざいしているんですね。
たいせつに たいせつにされながら。
久高島の本 祈りの島「沖縄・久高島」と著者の淺川嘉富さんのHPより久高島 
久高島映画 久高島オデッセイ

自然とともに生きてきた今も存在する神の島。
そんな場所とひとのこころがどこにでも存在する世となりますように。


コメント   この記事についてブログを書く
« うなってしまいました・・波上宮 | トップ | 無意識を意識する »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

神社」カテゴリの最新記事