いのち感謝 メイ今あるところ

夢 日々のちいさなありがとうを

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いまは しずかに

2009-01-15 09:10:06 | Weblog
こどもころはひとりで空想するのが大好きだった。
だれにも邪魔されたくはなかった。
今いいところだったのに・・・・夢みているようだった。

みんなでいることは嫌いではなかったけれど、いっぱいひとりの時間があることが前提で、その合間に人と交わるのが好きだった。
だから学校は一番きらいだった。
その頃めずらしい登校拒否を2年くらいした。

友だちから「いれてやらない~」といわれようが、ぜんぜん平気だった。
行きたかったら着いていった。
やめたかったらやめた。

いつも星や石や土・砂・植物・虫・動物がわたしの一番のおともだちだった。
いつも語りかけた。お話し続けた。話してくれた。
本も大好きだった。違う自分になれた。

それがおとなになるとそうは行かなかった 自分としてあったつもりだったけど、合わせるという時が増えた。

ひとりでいる時間が減っていった。
そうなると、そうするのが一番いいことのように思えた。
私はきっと器用に処世術を学んだ。。。賢く生きるのが得だと信じた。
たしかに・・・そうでもあった。
あやまりたくない相手に頭を下げた、相手をどうこう思うより、そんな自分が大嫌いだった。
悲しくなっていた。

自分が嫌いだったころ、夢なんかほとんどみなかった。
あんなにこどもの頃は見ていたのに。
すべての自然が無言になった。
もう語りかけてはこなかった。
だから思考するしかなかった。

誰も愛さなかった 信じられなかった。
頑なになった 赦さなかった。
人の間違いばかりだった。わたしは正しいと正当化を心の中だけでやった。
対外的にはうまくやったつもり、それなのにぶつかることも多かった。
何かに追われていた、時間がないと思っていた。
はやく・・はやく・・・よりおおく。


でもちょっと前から・・・やっぱり 一人でいる時がいちばんすき
自然といられる人といるのがすき
無理はもうしない。
誰とだってうまく合わせることなんかできない。
一見するとわがままだけど、不思議とここちよい距離感でいられる人が残っていった。
そういう時の私がここちよく、すきだった。

今は誰といても どこにいても大丈夫。
わたしでいられる。
嫌だと思うことが少なくなった。

けれど嫌な時もある。
よく見ると・・・過去の私が現れているだけ・・・言葉に出さなくても、どこかにあった吐き出されない思い、とたんにわたしの前にそういう現象・人もあらわれる。
まだまだだな・・・自分。ふ~っと思いながら 自然とともに過ごす。
外のパワーを頂く。
また 出直せる。

二極的考え方をするから善悪が生まれる、こうあることがいい、ああするのがいい
修行僧のようにそうありたいと思う時もあった。
誰かにたよりたかった。師もほしかった時もある。

でももう聖人なんかをめざさないし なれない

わたしを愛する。わたしを愛する根源を信じる。おおいなるひかりがそこにある。

ある ある ある

たっぷりの時がある たのしい うれしい 
その頃から いっぱい夢をみるようになった。
またいろいろ語りだした。
忘れていたことを思い出させた。

わたしは私でいいと思えた。
こころのそこが笑う。ほほえむ。OKを出す。
いのちを感謝できる。生きている・・・生きさせてもらえた。

すべてが愛しい。

もうすでにつながっている。
だから安心していられる。
探さなくてもある・・・いる。

追記
時々書いていた独り言、内緒にして出さないでいたけど、ちょっと吐き出してみたくなった。
やっぱりどこかで吐き出さないと すっきりしなかった。
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