いのち感謝 メイ今あるところ

夢 日々のちいさなありがとうを

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

Oxford Camerata - Pie Jesu

2009-06-15 11:04:24 | 音楽と気づき
Oxford Camerata - Pie Jesu


レクイエム フォーレ
次のCDの中に入れる曲です。

レクイエムは安息という意味です。
安らかなる息

ひと息の中の安らぎに存在する愛

ひといきのなかに生き

ひと息のなかに安らかなる安息がおとずれる

ひといきの中にあなたはともにある

いつもある 永遠に 無限の時の中で・・・ともに

ありがとう 愛を

コメント

いのち 感謝 メイ 今 ありがとう

2008-11-22 02:09:06 | 音楽と気づき
ジュピター
平原綾香 / Jupiter
        作詞: 吉元由美
        作曲: G.Holst

Every day I listen to my heart
ひとりじゃない
深い胸の奥で つながってる
果てしない時を越えて 輝く星が
出会えた奇跡 教えてくれる

Every day I listen to my heart
ひとりじゃない
この宇宙(そら)の御胸(みむね)に 抱かれて

私のこの両手で 何ができるの?
痛みに触れさせて そっと目を閉じて
夢を失うよりも 悲しいことは
自分を信じて あげられないこと

愛を学ぶために 孤独があるなら
意味のないことなど 起こりはしない

心の静寂(しじま)に 耳を澄まして

私を呼んだなら どこへでも行くわ
あなたのその涙 私のものに

今は自分を 抱きしめて
命のぬくもり 感じて

私たちは誰も ひとりじゃない
ありのままでずっと 愛されてる
望むように生きて 輝く未来を
いつまでも歌うわ あなたのために


原曲は作曲家G.Holstの『惑星』の木星です。
4.Jupiter, the Bringer of Jollity
『木星、歓びをもたらすもの』

歌・音楽は癒されます。
静かな夜更け ほんとうに静か 
ありがとう 今 いのち 感謝  メイ
コメント

曲の持つ力

2008-10-29 22:56:59 | 音楽と気づき
今日演奏にうかがったのは、重度のスペシャルニーズのかたの施設でした。

いろいろなところで奏でさせて頂くのですが、最も今私達がある状態を写しだして頂けるのが、こどもたちの前とそしてスペシャルニーズの方の前で奏でさせていただく場である。

とにかくダイレクトである。
好き 嫌いが反応で即座にわかる。
テクニックではないような気がする。

弾き手のマインドを見られるように感じていた。

そして今日はもうひとつ学ばせていただいた。
今までスペシャルニーズの施設もいくつかお邪魔したが、今日ほど重度のところは
初めてであった。
身体そして知的にも手厚い介助が必要なかたがた。
頭で聴くのでない 魂が聴いていると感じる。

即座に体が反応している。

そして、曲の持つ力を観た。
十二曲用意していった、どれを弾くかはその場で決めようと・・。

日本の秋の曲が多かったのですが、やはり昔から歌い継がれた曲はほとんど聴いてくださっている。
バッハもなかなか。

一番すべての方が静寂の中で聴いてくださったのが、宮沢賢治の「星めぐりの歌」だった。詩の朗読と共に弾かせていただいた。
すべての方が奇声もなく耳を澄ませていただけるというのは奇跡のように思えた。
その空間を弾いている私達も共に味わいたくて、予定外で途中で目配せをして
終わるところを延長していつもの倍、星めぐりの歌の中に共にあった。

星めぐりの歌は宮沢賢治の作詞・作曲である。
彼の最初期の童話「双子の星」では、「空の星めぐりの歌」に合わせて銀の笛を奏でるというのが、チュンセ童子とポウセ童子の毎晩のつとめでした。
下の歌詞は、この童話のなかで登場しています。
 また、晩年の「銀河鉄道の夜」においても、子供たちはケンタウル祭の夜に、みんなで「星めぐりの歌」を唄うことになっています。ジョバンニもカンパネルラも、物語のなかで何回か、この曲を口笛で吹きます。その響きは、ある時は「高く高く」、ある時は「さびしそう」で、作品の舞台における重要な小道具になっています。

「星めぐりの歌」歌詞
あかいめだまの さそり
ひろげた鷲の  つばさ
あをいめだめの 小いぬ、
ひかりのへびの とぐろ。
オリオンは高く うたひ
つゆとしもとを おとす、

アンドロメダの くもは
さかなのくちの かたち。
大ぐまのあしを きたに
五つのばした  ところ。
小熊のひたいの うへは
そらのめぐりの めあて。

私の一番好きな曲である。七つの子とこの曲は弾きながら鳥肌がたつ。
魂に染みる そういう表現がぴったり。
すばらしい時間だった。

その後、招いて下さったそのこどもの中のひとりのお母さんとお手伝いに遠くから駆けつけてくださった仲間と共に自然食レストランにご招待いただき、いい景色を味わいながら美味しい食事も頂き すばらしい方達のこころに出会い うれしくて涙がでそうになった。

ありがたい うれしい ほんとうにこころからありがとうございました。
コメント

ちょっとのすきまに

2008-10-28 21:47:58 | 音楽と気づき
秋は音楽シーズンです。
これからクリスマス過ぎまでアマチュア音楽家の私たちのグループも一年で一番忙しい季節です。
一ヶ月前くらいからその時にあったプログラムを練習していきます。
先週ひとつ終り、明日もあるわけなんですが・・・なんと3人のうちの一人が今日午後風邪でダウン・・・・

夕方から3人のプログラムを急遽2人用に曲の選曲して 頑張れ自分です。
まあ今までそういうこともなかったので、想定外 なんとかなるか~ いやなんとかしましょ。

今夜は久々徹夜かな^^ 
想定外は誰にでも起こること そういうときこそ OH!力沸きます!!
きっと明日最高の音楽してみせましょ!
なんとかなるさ ははは そんな日も明日になればいい思い出。
今 は~~~い いきます!
勇気百倍 あっ!アンパンマンだったかな 間違えた
十万馬力だ♪でした
コメント

三味線ーさんしん

2008-10-15 11:12:30 | 音楽と気づき
今回の旅のメインイベントは身内のライブコンサートでした。
ゲストでサンシンの友情出演があったのですが、沖縄のこころがここにあると言う響きでした。

琉球音階は独特の5音階ですとサンシン奏者(製作もされている方)の方が教えてくださいました。
ドーミーファーソーシが基本となります。(上記琉球音階をぽっちとして是非ご覧下さい。)

サンシン(三味線と書く)は本土の三味線ににて、3本の弦ですが三味線との大きな違いは、胴体に貼ってある皮と爪弾くピックです。
これはどこから伝わったかによるものだそうです。
サンシンは中国の三弦が原型ですが、皮はニシキヘビ、ピックは水牛の角なのですが、沖縄にはハブはいてもニシキヘビはいません。
つまり、すべてインドネシア産の輸入品です。
奄美大島より北になると、ピックも竹に変るそうです。
本土は朝鮮半島から伝わったもので、ご存知のとおり猫の皮ですね。
最近は弦もナイロン製ですが、昔は絹糸を撚って弦にしていたそうです。

サンシンの胴体横に飾りの刺繍の入った紋がありますが、これは琉球王国の紋だそうです。波上宮の本殿にもありました。

これを使い民間でもエイサーなどの踊りや歌に奏でます。
最近は沖縄出身の歌手などにより有名になりました。

もともとエイサーも
エイサーは旧暦の盆の送り(ウークイ)の夜に行なわれる。近年では、盆の迎え(ウンケー)から数夜連続で行なわれることが多い。
旗頭を先頭とした一団は、地域の各戸を回り、それぞれの家の祖先の霊が無事に後生(グソー、「あの世」の意)に戻れることを祈願することを述べ、エイサーを踊る。踊りが一段落すると一団は次の家へ向かい、祈願と踊りを繰り返す。このようにして家々を回り歩くことを道ジュネーと呼ぶ。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)


のように天と地を結ぶ歌・踊りであったんですね。

音楽が天と地を結ぶ。

私が繰り返し見る夢の映像でも、すべての会話や感情表現そして性行為も音楽のような響きと振動の中でのことでした。言葉も音楽のようでした。

音階は12音から構成されています。
沖縄は独特の5音階ですが ペンタトニック(5音階)は乳幼児期や幼児期に適した音楽の音階です。
天上に近いこどもたちにはこの音階なんですね。
昔から歌い継がれてきた、わらべ歌などもそんな音階で出来ていることが多いです

今朝ピアノの調律を60年している、調律の神様のようなおじさんとお電話でお話していたんですが、その方がおっしゃいました。
「ピアノは神様だと思っているんです。どんな方が弾かれても技量に関わらずそのとおりに奏でます(音が鳴る)バイオリンや他の楽器などは、弾き手を選びます。だからわたしは 神様と思い 思いを語りきき接しているんです。」
とてもお話好きなおじいさんなので、薀蓄たっぷりですが ほんとうにこのかたの調律したピアノは違うんです!
愛情一杯でその代わり 普通の調律士さんの2・3倍時間がかかります。
まる一日ピアノの基本となる音作りを、ピアノを神様と思いを語り愛であわせていかれるお仕事は超一流です。

音楽も天上とこころ通わせ奏でられる響きと振動の中で寄り添い 愛に出会うすばらしい最高の人への贈り物だと思っています。
音楽万歳!
コメント

一番たいせつなことは特別なことではなく

2008-10-04 21:46:10 | 音楽と気づき
ありふれた日々の中で きみを 今の気持ちのままで見つめていること。

小田和正の「たしかなこと」のフレーズ 今一番こころにしみる一曲です。

特別なことでなく ありふれた日常にある今を そしてすべての根源である自分の内なるを見つめることである。

こうなったらしあわせ、こういうことがあったら、こうしてくれた、そして愛してくれたらではないとわかる。

自分のさまざまな心の動きを見つめる中で、自分を癒し愛する。
一見わがままや自己中心的なことのようにうつるが、そうではない 自分を癒し愛することが出来たら、ほかのいかなる人も自分と違いがないことを知る。

そして、その他者から発する言葉や態度、想念という者を受け取っているのは自分であり、その受け取るわたしの変革により、同じ事柄さえ違って見えてくる。

もともと人は神の似姿である。すっかり忘れてしまって 分離してみるが そうでないんだろう。

♪今 なにが できるか そう問いかけてみる。
http://jp.youtube.com/watch?v=I-yHDph56Rk
コメント