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幻想の世界

2008-12-02 11:02:55 | 旅・出会い
今朝YAHOOのNNNの動画NEWSの中で、日中関係に関する解説で
そこに日本人1000人と中国人1600人のアンケート調査の結果があった。

日中両国の関係は?
(細かくわけてありましたが、ここではは非常によい・よい 非常に悪い・悪いを
一括りにします)
       日本2008年    中国 2008年
よい・・・・・・・・・・・・13.3・・・・・・・・・・54.3・・・・・・・・・
どちらでもない・・・・40.6・・・・・・・・・・32.7・・・・・・・
わるい・・・・・・・・・・46.2・・・・・・・・・・13.0・・・・・・・・・
  
相手国の印象  日本→中国   中国→日本
よい・・・・・・・・・・・・10.7・・・・・・ ・・・・81.8・・・・・・・・
どちらでもない・・・・45.6・・・・・・・・・・・13.1・・・・・・・・・・・
わるい・・・・・・・・・・43.7・・・・・・・・・・・・5.1・・・・・・・・
日本のほうが、今や中国に対しての印象や感情がわるいことがよくわかります。
理由として、
日本人が中国への印象を悪くしている理由
1 食品問題で 信頼 を失う
2 格差・環境汚染・チベット問題
3 大国への理解不足(中国国土は日本に比べ大きいという意味)
  国として見ますから、一般国民への理解不足となりがち

その反面、中国の日本に対する印象.感情がよくなっている理由
1 昨年中国の国家主席が日本を訪れて、日本に対する好意的な報道が中国全土
   で流れた
2 インターネットによって、日本への正しい理解を得られる機会が増えた
3 被害者意識を克服 情報の多様化により理解を深めた

そして双方の国を知ることにおいて、両国とも自国のNEWSであるという回答が
両国とも96パーセント

相手国に知り合いがいるかという質問においても、両国とも90パーセント以上が
いないとの回答である。

つまり、お互いの国を理解し印象を持つ手段は、TVやNEWS・インターネット(若い世代)での情報であるということである

2・3年前の夏、インターネットの呼びかけからと聞いているが、中国で反日デモが起こった。
その年、2年とも私はお盆に中国へ行った。
ほんとうなのか?どうしても行かずにはいられない 
日本人はその頃、反日感情高まる中国行きを控えていたこともアリ、大変格安で
しかもほとんどの人が、お盆(終戦記念日)を避けてキャンセルが相次ぎ、我が家だけだった(2人以上でOKのツアー)

3年前は北京・香港 2年前は上海・蘇州
ぜんぜんそんな空気さえ感じなかった。
むしろ、あちらの方はそういう行動を(反日)疑問視しているくらいだった。
もちろん、お客さんである日本人であるのだから、という点は差し引いてみるにしてもである。

自国の(中国)の政府に対する不満をずっと聞いていた。
官僚が不正に優遇されすぎなこと、ひとりっこ政策で泣いているらしいこと。

中国はそのころ、北京五輪と上海万博を控え、高度成長と建設ラッシュの真っ只中
そして、いたるところで日本の企業の大きな看板と、大きな工場が目に入る。
国の産業の日本からの占める割合も大きいんだろう。
だから、その恩恵で雇用や産業の発展を感じている都市部の若い世代は、反日とか
のムードはなく、一部ネットなどで若者が騒いでいるくらいにおっしゃっていた。
抑圧されたものは、たしかに国民に渦巻いているのかもしれない。
そのはけ口としての敵が必要だったのかもしれない。

たしかに・・空気は淀み・・河はどろどろ・・・・

中国は土地の所有権が国にあるので、立ち退きも非常に過酷。
五輪開発の3年前は、スラム的な地域の強制的な取り壊しもひどく、公園などに
ホームレスの家族・・・こども達が平日の昼間から物乞いをしていた。

外の国への批判どころではなく、自国への不満が高まっていることは一目瞭然である。
一部の官僚の国・・大多数の国民は、さほど日本の一般市民と変わりないか、ずっと気の毒な状況であった。

日本にいる時は、わからない外の国の状況。
そして、国民性や教育、国の発展の今を対国としての報道で見聞きすると、悪感情を持つ要素報道が多いけれど、人と人としてみたら、そこに大きな壁はなかった。

昨年北京からホームステイの高校生を受け入れた。
きちんとした控えめなこどもたちだった。
我が家の娘や息子となんら変らない、ファションや映画おかしや芸能人の話に同じように笑い楽しそうに過ごしていた。

あたりまえのことなのに、違うという壁や偏見や先入観を持ってはいないだろうか?対立的な感情は?

それぞれの国と国 政府と政府でのことだけがクローズアップされる情報に流されてはいないだろうか?

人は何処の国へ伺っても、やってくる方たちも、それほど大きな違いを感じなかった。
国や政府を今すぐ変えられないとしても、それぞれのこころで自分の意識を変えることは出来る。
自分が変る そこから少しづつ まわりも変って世界への目も変る。

この世はマーヤ 幻想 マトリックスの世界とも 精神世界では言われている しかも誰でもない自分がつくりだしているものだと感じたら、自分のうちとそとのとの大きな壁を崩せたなら、きっと違う世界 景色 地球を感じられると思う。

まずは自己の内なる観察が、外の世界を観るのには大切である。
そうでない限り、外の情報は 自分以外の事 人は最悪となってしまう。
まずは自己の意識を観る。

誰もが皆 今 生きていることを喜び 感謝する瞬間を持ちたいんだろう。
どこの国だろうが 人としてこの地球の上で。

森羅万象すべてのいのちのつながりに感謝。

今日もいいお天気 (笑)

2年前に世界を踊るYOU TUBEで教えてくれた人がいた。
自然に笑った。すこし進化した映像もあった。どうぞ~~
ここ

こちらが2年前教えて頂いたほう 音楽はこっちのほうが私は好き →ここ
バックで流れてる曲「Sweet Lullaby」 by Deep Forest~ナイス音霊♪
心踊る日々で未来は変わる ・・・2年前に教えてくださった方がおっしゃった言葉です。
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るり渓

2008-11-13 21:10:30 | 旅・出会い
夏の間拡散し外へと躍動したエネルギーは収縮し内へと向かう秋。

わたしへ向かい 内なる宇宙と外なる宇宙をみる。

何か新しいことをはじめるのなら、しっかりと内へ向かい見つめている秋がいいらしい。
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るり渓 

2008-11-13 20:44:12 | 旅・出会い
「青色の美しい宝石・瑠璃にも似た美しさ」「紫色をおびた紺色の宝石」
そういえば瑠璃色の地球という歌が昔ありましたね。

瑠璃色(るりいろ)は、濃い赤味の青。名は、半貴石のラピスラズリ(和名・瑠璃)による。英語名はラピスラズリ(lapis lazuli)。

半貴石のラピスラズリを精製し粉砕した顔料は、天然ウルトラマリンである。ただし、色としてのウルトラマリンブルーは群青色で、瑠璃色とは同一ではない。加工の過程で色合いが変わるのは当然であるが、主要発色成分の化学組成は変わらない。そもそも、ラピスラズリはそれぞれの色合いが異なり、所謂色名で指定してもその色合いとは大なり小なりの齟齬が生じる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ウルトラマリンブルー 深い渓谷そして鉄分が多いせいか赤っぽくも見える。

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るり渓

2008-11-13 20:41:13 | 旅・出会い
京都の園部町にある、るり渓谷に先日もみじ狩りに伺いました。

るり渓は、通天湖から流れ出す清流によってできた渓谷です。
「青色の美しい宝石・瑠璃にも似た美しさ」というところからるり渓と名付けられたそうです。
お天気があまりよくなかったですが、私はここが大好きです。
はじめて伺った時、水量も多く もののけ姫 に出てくる 情景を見たように思います。
この時は、水量が少なく 以前より鉄分が随分多いなと感じました。

水が流れるところは癒されます。
水の流れる音とリズムに耳を傾けると、体の流れも整えられるようです。
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もみじ

2008-11-13 00:23:24 | 旅・出会い
モミジ・・・調和、大切な思い出、遠慮、自制、謹慎、隠退、保存
「かえで属」の紅葉を「もみじ」と呼んでいるそうです。
かえでの代表種「いろはかえで(もみじ)」は、手のひらのような形の葉先が、
7つに分かれていて「いろはにほへと」と数えられるからだそうです。

「かえで」の由来は、万葉集だそうで。
葉の形が蛙の手足に似ていることから「かえるで(蛙手)」といわれていることから「かえで」となったそうです。

「とうかえで」の樹液はカナダの名産あまい「メープルシロップ」の原料になります。

秋の夕日に照る山 もみじ もみじがこの季節だんだん太陽光が少なくなると、木の枝と葉っぱの間に壁ができるそうです。
養分の行かなくなった葉っぱは、もまれて・・・赤や黄色に染まり・・そして落葉するのですね。

葉っぱは落ちて土に返る 腐葉土となり次のいのちのために栄養となる・・
循環されるいのち・・ありがとうございます。
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暮らしの中の感謝

2008-10-21 09:57:46 | 旅・出会い
上の写真は沖縄のトートーメー(仏壇)とその続き間にある床の間です。
沖縄では盛大な先祖供養や神への感謝をするそうです。

お墓にござを敷き歌ったり踊ったりの大宴会もあるそう。
3月にはシーミー(清明祭)の月で、沖縄は家族で先祖供養で墓参り ご馳走を仏壇にささげ、先祖や火の神さまに御供養と感謝を捧げるのだそうです。
その際ユタを呼ばれる御家も多いそうです。

博物館でこの上の写真の神棚にお料理を並べているのを見ましたが、この神棚の前にちゃぶ台のような四角い机に色とりどりのお料理が重箱にはいって並べられます。
重箱の中は?: 昆布巻き・揚げ豆腐・カマボコ・ごぼう・天ぷら・豚肉煮しめ三枚肉・ターウム(田芋)・もち・・・・などです。
そして・・・とても珍しかったのが、神棚の下の左に小さいお皿に少しだけお料理を盛ってありました。

そこにはこうありました、「餓鬼へ供え物手をつけないで下さい 先祖や神へのお料理に手をつけないため」このような感じで書かれてありました。
食いしん坊予防のようです。
おもしろいですね

琉球の信仰には、全体的に古代の日本神道と多くの共通点が見られ、琉球の信仰と日本神道は、祖を同じくすると思われている。
その核となる祖霊崇拝、来訪神といった琉球の信仰の特性は「古事記」「日本書紀」といった史料と照らしても、日本神道と非常に似通っている。一例として、柳田國男がニライカナイを根の国と同一のものであると指摘し、共に常世信仰であるとしていることが挙げられる。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

沖縄では琉球信仰は祖霊信仰を核として来訪神信仰、東方(太陽)信仰、おなり神信仰であるそうです。「来訪神」と「守護神」
「守護神」はもともと地域集落の死者の魂=祖霊であり、ニライカナイで神となって集落に戻ってくると信じられているところからも、先祖供養の習わしがしっかりと根づいているのですね。

輝いて生きていることを先祖に伝え、感謝するのが沖縄の先祖供養
「命のお祝い」目に見えない命のつながりと尊さに気付く
いのちに感謝することなのですね。
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琉球国家紋

2008-10-15 11:09:13 | 旅・出会い
琉球王国と倭寇 叢書・文化学の越境
おもろの語る歴史 (吉成 直樹著 福 寛美著)から

琉球国は南海の勝地にして、三韓(朝鮮)の秀を鍾(あつ)め、大明(中国)を以て輔車となし、日域(日本)を以て唇歯(輔車も唇歯も、非常に深い関係にあることを表現する)となす。此の二つの中間に在りて湧出するの蓬莱島なり。舟楫を以て万国の津梁(かけ橋)となし、異産至宝は十方刹(国中)に充満せり。地は霊、人は物(ふ)え、遠く和夏の仁風を煽ぐ。故に吾王大世主(第一尚氏第六代王尚泰久の神号)、庚寅(1、410年)慶生の尚泰久、茲に王位を高天に承け、蒼生(人民)を厚地に育む。
 この銘文は尚泰久をわが王とみている人間によるものであることは間違いない。ここで問題になるのは、「南海」「湧出」「蓬莱」という三つの言葉である。なぜ、尚泰久王はみずからの居る場所を「南海」と称するのだろうか。どこから見て「南海」か、ということである。また、「湧出」とは、突然に現れるという意味ではないか。「蓬莱」とは中国では北方的な文化の厚い地域で用いられる言葉だったのではないか。実際、山東半島には「蓬莱」という都市がある。この琉球の自己表現は、「蓬莱」という中国北方に起源のある言葉を用い、みずからの出自からみて琉球国を「南海」にあると考え、突然に「湧出」した(あっという間に成立した)と考えている琉球の支配者という像を結ばせる。「三韓の秀を鍾(あつ)め」という文言を考えると、やはり九州と朝鮮をまたぐ地域に暮らす人々の認識が、この銘文に反映されていると考えられるのである。
 「尚」を王家の家紋である「三つ巴紋」を漢字にしたという議論はご愛嬌か。ここは軽い。

蓬莱を探し求め途中沖縄に寄ってなんて創造も楽しいですね。
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神人・海人の国

2008-10-14 13:38:06 | 旅・出会い
沖縄は昔からシャーマンがいてほとんどが女の巫女さんユタ・ノロ・司と呼ばれているらしいです、漁の安全祈願から病気平癒祈願・死者の口寄せ等していることを聞いていました。

沖縄には今もたいせつにされている斎場やウタギという(御嶽)神聖な場所があります。
神の島と呼ばれている久高島・・・昔は女人(神女)しか入れない禁足の島
ユタでも「斎場御嶽には行ったことが無い」という方々もいらっしゃるそうです。元々は身近な場所では無いんですね(本来は王家の儀式や参拝の聖地)。

沖縄 暮らしのしきたり読本(御願・行事 編)比嘉淳子さんによると
そういった神聖な場所であって、本来はエネルギー充電の場などでは無いんですけどね。ところが観光でいらした参拝客の中には、手を広げて何かやっている人たちの姿などを時々見受けますけど…、

沖縄では、拝所で“力をもらう”なんてという概念が無いんですよ。
“もらう”ものでは無くて“気づく”ためのものであって、例えば、目標を立てて一生懸命頑張って、その知恵に気づかせてもらう。内面を活気づけさせ、浄めて自分の内側から光らせるもので、“もらう”ものではないんですね。

そのとおりですね。
かわりに博物館へ行きました。
そこでおもろという神に捧げる歌 ユタの神事の歌神懸かり・神の道という録音された歌を時間も忘れて聞きました。

言葉の意味はぜんぜんわかりませんが 捧げる歌だけあって魂が浄化される素朴な響きがあります。
宮廷に使えていた神女の衣装が再現されていましたが、色鮮やかで美しいものでした。
首から大きな水晶をつなぎ合わせた装飾品は後ろに緑のおおきな勾玉がありました
民間のユタは真っ白な装束 多くのノロ・ユタが神の島やウタギで祈りを捧げる姿を写した写真集を売店で見ましたが、自然に根付く力強さを感じました。

自然とともに生きる中ですべてに神が宿ると今もたいせつにされているんですね。

沖縄は琉球王朝のものを見ても、神社(波上宮)へ言っても、三味線(サンシン)にしても大陸中国の文化が色濃く、日本にありながらも 独特の独立した国としての文化があり、気候もまだ真夏(昼間は30度以上で泳げます)異国にいる感じがしました。
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大綱挽き 西と東の対決!

2008-10-14 12:24:45 | 旅・出会い
見難い写真ですが、翌日の琉球新聞の一面です。
それによりますと、400年以上の伝統を持つそうです。
この日28万5000人の見物客、そのうち1万5000人が綱挽きに参加し
この日はが勝利したとのこと
通算は東・西ともに12勝12敗11引き分け。
つづく
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沖縄 大綱引き

2008-10-14 11:57:53 | 旅・出会い
10月10日に沖縄に出発する朝の交信が下にありますが その中に
Q3 テレパシーで伝わっていますか?
A 規制・ニッポン迷走・綱引き

今回身内の音楽ライブで行った訳なんですが、図らずも沖縄の那覇祭りでした。
沖縄だけあって、メインのイベントが大綱引き、ギネスにも載っている大縄・・
これは、私も驚きました 直径1メートル50センチ・長さ200メートルもある縄で出来た大綱でした、道路の中央分離帯に でんとおいてあるのにはびっくり。

交信の綱引き・・・・・これのことだった?ような感じでした。

つづく
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雨上がりの空を見ていた

2008-10-03 23:01:04 | 旅・出会い
秋も深まりました。
みなさまお元気でしょうか。

この一週間オーストラリアからきていた17歳のお嬢さんが今日帰って行きました

とても奥ゆかしい遠慮がちな方でした。
最後ハグしてお別れしました。

コトバの違いこそあれ世界中ほんとうにそんなにおおきな違いなどありません。

違うと思うひとのこころが違うようにしてしまっている。

人を愛する 喜ぶ 楽しい そしてネガティブな寂しい 怒り 悲しいも同じ
そして誰もが光と影を持つ

日々のありがとうと生きるなら そんな違いもや感情のブレも清められ浄化されていく。
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