ななきたのご隠居~野崎 幸治

千葉市美浜区で行政書士をしています。
地元では「ななきた(磯辺7丁目北自治会)のご隠居」と言われています。

鬼怒川ライン下り

2014年10月29日 | 旅行

 秋も深まってきましたね。読書の秋、味覚の秋、秋を楽しんでいますか?

ご隠居は美浜地区保護司会の研修旅行で栃木方面に行ってきました。

栃木県下の少年院を視察したのち鬼怒川温泉に行きました。昔は結構夜遅くまで飲んで話などしたものですがこの頃はすぐに寝てしまいます。高齢化の波が我々みたいな団体にも押し寄せているねと笑ってしまいました。

なお誤解の無いように書いておきますがこれらの費用は全額自費で税金は一円も使っておりません。ですので会計責任者は収支報告書も公開しません。

鬼怒川ライン下り

船がトラックに乗ってやってきました。さえない感じですね。波しぶきをあげながらお客を乗せて快走しているうちは素晴らしい。ただお客さんを降ろして上流に向かおうとするとエンジンがないのでどうしようもなくトラックのお世話になります。いろいろな職業で制服着てハキハキやっている時には素晴らしく見えても私服になってつまらない話しているとガッカリするのと同じでしょうか。

舟下りの準備もできたようで・・・

紅葉には少し早かったようです

日本中あっちこっちに舟下りがあります。長くても1時間ぐらい。少しばかり水をかぶったり、奇岩、水鳥が戯れているのをなど眺めたり、釣りしている人に手を振ったりそこそこ楽しいですよね。やってきてがっかりしたということのない観光スポットです。

吊り橋にも観光客が手を振っています。船頭さんがここは楽しそうにしてねとの注文。

綺麗な滝も見えてきました。

ライン下りもここを過ぎると緩やかな流れになります。

 

ついでに鬼怒川温泉ロープウェイにも行ってみました。

ここはつまらなかったなどと書くと営業妨害になるかな。

鬼怒川温泉の町並み

 

 

おまけ 美浜地区保護司会の皆様

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懐かしの東京、府中の町並み

2014年10月24日 | 日記

母校の創立140周年、同窓会設立50周年の記念パーティが府中の森芸術劇場であったので懐かしい友人にでも会えるかなと思い出かけてみました。

若き日のご隠居が4年間過ごした懐かしい町、府中。

少し早めに千葉を出て町をぶらぶらしてみました。

府中へは京王新宿駅から特急に乗れば約20分です。

                    府中駅

ご隠居がいた頃はまだ平面の駅で朝などで踏切の警報機が連続して鳴っていました。

8両編成の下り特急はホームが短くて一番後ろのドアーが開きませんでした。

駅を降りると府中市自慢の大国魂神社参道のケヤキ並木(馬場大門のケヤキ並木)が続いています。

源頼義が前9年の役の凱旋時に苗木を寄進したとも言われていますが諸説あるようです。

昔は大木がけっこうありましたが排気ガスや公害でかなり枯れてしまい若い木になっています。

初夏、5月頃若葉が太陽に輝き木漏れ日の下を歩くのは本当に気持ちの良い思い出です。

再開発の地には伊勢丹が出店していました。

昔は小さな店がたくさん並んでいました。養老乃瀧なんかでサークルの打ち上げなんかもやりました。

大国魂神社

大国魂神社の例祭は5月5日くらやみ祭としても有名です。

司馬遼太郎さんの「燃えよ剣」の冒頭にも出てきますよね。

多摩地方の中心的神社です。

東京競馬場正面。京王線の駅から上の通路を渡ればそのまま入れます。

5月の日本ダービーの開催時には前後2日間だけのアルバイトがあり小遣いを稼がせてもらいました。

ユーミンの「中央フリーウェイ」の曲中、右に見えるのは競馬場、左はビール工場(これはサントリーの工場)という歌詞があります。

昔は長い駅名として有名でした。

現在日本一長い駅名は熊本県の南あそ鉄道高森線の

「南阿蘇水の生まれる里白水高原」駅でしょうか。

 

さて東府中駅に戻り今日の目的のパーティに出席しました。

ご隠居はいつものとおり

会費分は元を取ろうと飲んだり食ったりして帰ってきました。

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川越まつり

2014年10月21日 | 旅行

 小江戸。川越。

全国に小江戸・小京都と称している町は多いようですがお祭りなんかを見るとその実力が分かります。

そして蔵の街、そのたたずまいの重量感には圧倒されます。

この街並みが出来たのはそんなに古くはなく明治時代だそうです。

明治26年の川越大火の後、耐火建築である蔵が採用されたそうです。

残したい日本の音風景100選

そして時の鐘

川越の蔵造りの町並みを代表する観光名所。今は機械式で時を知らせています。ちょうど12時の時報を下で聞きました。390年続く音色です。

何となく懐かしい調べです。

埼玉りそな銀行

上が切れてしまいました。へたくそ。

さてお祭りです。

蔵造りの町並の付近が一番混んでいました。

何処のお祭りでもまずは全員勢ぞろい(町内会)の写真を一枚パチリというところから始まるみたいです。

山車は町内会の所有のようです。

町に江戸系川越型山車が20台近くが次々と繰り出します。

現在この山車を造るとしたら1億円以上とか。川越の実力がわかります。

道路にロープを張ってその外側から眺めているのではなく観光客も一緒になって歩いて行きます。

群衆の合間を間隔をあけて山車が繰り出していくのには感動です。

秋祭りは素晴らしくみんなの気持ちを幸福にさせてくれます。

お囃子も感動です。

笛一人、大太鼓一人、小太鼓二人、鉦一人の囃し手五人で構成され天狐や獅子などの舞い手となどと山車に乗り、華々しい演奏を秋空に向かって奏でます。

最大の見せ場は「曳っかわせ」

祭りの最中に山車と山車が出会うと、お互いに囃子台を向い合せて競い合います。

ユーモラスでほのぼのとします。

ここではカメラファンが殺到します。ポスターのようないい写真はなかなか撮れません。

私たちも祭を盛り上げていますよ。

 

さて祭の喧騒を離れて街をぶらぶらしました。

川越城本丸御殿

1457年築城、現在は玄関、大広間、家老詰所と綺麗な庭が残っています。

喜多院

「川越大師」ともいう。三代将軍家光が江戸城から家光公誕生の間や春日局の化粧の間など移築。

徳川家とゆかりも深く重用文化財になっています。

喜多院の境内にある五百羅漢

538体あるそうですよ。

境内には厄除けだんごの茶店があったりしてのどかで秋の風景にピッタリです。

 

真っ青な秋空の中、祭りを楽しみました。日差しが強いので、でかい顔も日に焼けました。

曳っかわせをはじめとして夜になるとますます祭りは盛り上がるそうです。

しかしご隠居一行は疲れてのども乾いたので池袋に戻って一杯やりたくなり早々に引き上げました。

これだから昔からご隠居は旅行作家になるのが夢だったのですがもう一歩突込みが足りないので夢がかないません。そのことはじゅうじゅう分かっています。

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鋸山散策

2014年10月17日 | 旅行

さて鋸山ロープウエーに乗って山頂に行ってみましょう。

短いけれど海抜0m近くから昇るので結構眺望がすばらしい。

千葉県の学校では遠足に行く定番です。

右側に見える島が映画の冒頭にも出てくる浮島です。

ロープウエーを降りて階段を上ったり下りたり足場が悪い所を歩いていくと観音石像があります。

                     百尺観音

敦煌にある石仏なんかもこんな感じなんですかね。

次は鋸山最大の見せ場、地獄のぞきです。

                     地獄のぞき

パンフレットには

「地獄のぞきは山頂付近にある切り立った岩盤の上から下をのぞき見るスリリングな名所の一つです。目の眩む、足も竦む体験を是非」

と書いてあります。

館山道も飛行機から見ているようです。

山頂から下ってくると千五百羅漢がありました。

鋸山は世界一の羅漢霊場だそうです。

                日本寺の大仏さま

台座からの高さは約31m。堂々としたものです。大仏広場から眺めていると人間が作ったものなのにご利益があるような気分になってきます。

さらに下ってくると、階段が続き足はガクガクですが、観音堂がありました。

この辺で日本寺全体のエリアが終わりです。

                観音堂仁王門

朝はは内房線で来たので帰りは浜金谷から東京湾フェリーで帰りました。

                           フェリーから見た鋸山

ちょっとした日帰りハイキングですがフェリーに乗ったりすると気分が変わっていいものですね。

カモメがフェリーの後をついてきて乗客の投げるえびせんを上手にキャッチしていました。

久里浜に着くころには夕日が傾いていました。

カモメは湾内にに着水してまた帰りのフェリーを追いかけていくのでしょうが暗くなったらどうするのか余計な心配をしました。

気持ちの良い東京湾を廻る旅でした。

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明鐘岬

2014年10月15日 | 旅行

「虹の岬の喫茶店」を読んで「ふしぎな岬の物語」を観たので実際に映画ロケ地になった鋸南町の明鐘岬に足を延ばしました。

JR内房線浜金谷駅を下車するとタクシーもいませんでした。秋の陽ざしが気持ちいい。

駅前広場から127号線出でるとすぐに東京湾。この辺まで来ると水もかなり透明感があって綺麗です。対岸は三浦半島。東電の久里浜火力の煙突もよく見えます。

ぶらぶら歩いていいくと(20分ぐらい)トンネルが見えてきてその手前に狭い入口があり「コーヒー岬」という小さな看板がありました。

自動車で来ると上下線どちらから来ても見逃しそうです。

敷地内に入ると駐車場らしき広場がありますが車でいっぱいです。歩いてきてよかった。

早速水色のユニット住宅がありました。

映画のセットのような別荘風なものではありません。

左側にはトイレらしき建物もあり映画もこの辺でロケしたのかなと思いました。

映画では火事になってしまいますが実際にここも火事になり常連客の協力で立て直したそうです。

外にもテーブルがありお客さんがコーヒーを飲んでいます。

吉永小百合が「初めて来た気がしない。ずっつといたくなるようなお店せすね」といった店内に入ってみましょう。

店内に入ると大きなテーブルが一つあとは窓際にカウンターがあるだけです。

悦子さん(玉木節子さん)は最近テレビにも出ているのですぐにわかりました。

珈琲を注文したら「今日はとても混んでいるので30分以上かかりそうなので急ぐようでしたら止めておいてもかまいませんよ」と言われました。

いつもはおばさま相手にくだらないことをべらべら喋っているご隠居ですが玉木さんが吉永小百合さんとだぶってみえて恐れ多くて「それでもかまいません」としか言えませんでした。

それに映画の質問はみんなしているだろうしね。

小説の中に

「カップも洒落ていた。藍色をベースに、所々、星型と丸型をした白い星がちりばめられていて、なんだかきれいな夜空を思わせるようなデザインなのだ。しかも、握りやすいやや大きめの持ち手には虹色のアーチになっている」

という文章がありますがこれはちょっと違いました。

原作者の森沢明夫さんは30台半ばに作家になり初の小説は重版を重ねた。だが印税が入る前に版元がつぶれて一円も入らない憂き目にあう。

「ショックでした。でも(運命は振り子だからマイナスに大きく振れると次は大きくプラスになる)と言った友人がいて、気持ちを切り替えた。すると次作が映画化決まり注目を集めていった」

 

たしかにご隠居の経験でも長い人生には運気みたいなものがあってうまくいくときは次々と怖いぐらいに成功して下り坂になると本当に気の滅入るようなことが続きます。

「チャンスは無言で通り過ぎていく」ということわざがあります。

注意深く毎日を生活していてここぞと思うときは恐れずに打って出るというのがいいのでしょうね。

もっとも1000万円投資した人が500万円儲かったのと一文無しのホームレスが5000円拾ったというチャンスの確率は同じぐらいかもしれません。

チャンスが来た時には大きな夢がかなうように日頃の生活が大切なようです。

 

さて天気もいいので明鐘岬だけで帰るのはもったいないのでロープウェイに乗って鋸山(のこぎりやま)に行ってみることにしました。

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ふしぎな岬の物語

2014年10月13日 | 映画

を観てきました。

ロードショウ初日だったせいか結構混んでいました。

シニア層が多いようでみんな1000円で観ているのかな。

 

タモリも鶴瓶もご隠居もみんな大好き吉永小百合さん。69歳

50年以上も昔、彼女が高校時代ブルーリボン賞をとった「キューポラのある街」で荒川の土手を懸命に走ったシーンが忘れられません。

あれから何十年、この年になっても吉永小百合さんの映画が観られるなんて幸せ者です。

 

原作を情景を想像しながら読んでいて映画を観るとなにか夢がかなったような気がします。

原作の大事な所を残しながらも新たな発想を入れて2時間余りにコンパクトにまとめた脚本も素晴らしいものです。

映画は安房勝山沖にある浮島に湧水を取りに行く場面から始まります。

和田浦のお祭り

外房のお花畑

いすみ鉄道の大多喜駅

房総半島が総出演です。

吉永さんが

「優しく暖かい物語を映画にして観客に届けたい」と話していました。

 

東京湾に面した小さな喫茶店を中心にそこに集まる人たちの人生です。

最近の映画では主人公が不治の病で死んでしまい可哀相的な話が多くてどうなのかなと思っていました。

この映画でも親が病気で死んだり友人が転勤で去っていくシーンがありますが誰もが人生の中で経験する普通の出来事として観られます。

 

誰にでもある日常を少しばかり感性を持ってひたむきに生きていけば自分も映画の主人公です。

 

原作でタニさんが東京湾をフェリーに乗って「カフェー岬」のみんなと去っていく場面がいいなと思っていましたが映画ではちょっと物足りなかった。

なにはともあれ肩に力を入れないで観られる映画です。

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木村大作氏の講演会に行きました。

2014年10月10日 | 日記

穏やかな日が続いて秋らしくなってきましたね。

皆様!如何お過ごしですか。

週末にはまた台風がやってきそうです。気をつけてください。

先日映画監督の木村大作氏の講演会に行ってきました。

(千葉市保護司会主催)

とにかく元気をもらいました。75歳でもう一本映画を作りたいと気炎を上げていました。

立ちっぱなしで水も飲まず、毒舌、俳優さんも沢山知っているのでそのエピソードも面白い。

ただ前回の「春を背負って」は人気がなく「アナと雪の女王」と同時にロードショウでわりをくったと少し弱気でした。

ただ日本アカデミー賞最優秀監督賞をとった「剣岳 点の記」に比べるとだいぶ予算も少なかったらしい。

ご隠居も観ていて主人公の転職の動機など、ストリーが陳腐だなと思いました。

 

木村氏は東京生まれ都立蔵前工業高校を出て(ご隠居の若い頃は蔵前工業は人気があり入るのも難しかった)就職しようと東武鉄道を始めとして8社ぐらい受けたが全部落ちたそうです。

たまたま時期遅れになったが東宝で求人があったのでこの際何でもいいから就職しようと思ったら入社できたそうです。

 

入社すると勉強していたこととは関係なく、撮影助手に回され当時はとてつもなく大きいカメラのバッテリーを担いで右往左往しているうちに黒沢明監督に認められていくようになったそうです。

氏は言っています。

最近の大学生は就活でものすごく慎重に会社をいろいろリサーチしますが入社して気に入らないとすぐにやめてします。

人生行き当たりばったりでもまじめにやっていると幸運が回ってくることもある・・・・と。

この辺に人生の過ごし方みたいのものがあるかもしれませんね。

 

また最近の風潮として無駄なことはしない。最初から正解を出すことばかり考えている。

汗をかき骨折り仕事をしないと先はないぞとも述べていました。

 

ご隠居はもう人生をこれよりよくすることもないが成功している人の話を聞くと反省するべき点も多いようです。

 

撮影、撮影監督作品。

「八甲田山」「復活の日」「駅STATION」「火宅の人」「鉄道員」「北のカナリアたち」

 

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虹の岬の喫茶店

2014年10月05日 | 読書

モントリオール世界音楽祭で入賞した吉永小百合さんの映画「ふしぎな岬の喫茶店」の原作です。

原作者は船橋在住の森沢明夫さんです。

初めてこの人の小説を読みましたがサッと読めるような読みやすい内容です。

千葉県の鋸南町にある明鐘岬(みょうがねみさき)の「音楽と珈琲の店 岬」が舞台だそうです。

森沢さんは次のようにコメントしています。

「貴重な時間とお金を費やして読んでくれた人をいやな気分にしたくない。読んだ後に、喧嘩をした友人に電話をかけたくなるとか、精神状態や人生が少しでもよくなる手助けになればいい思ってています」

 

いい人が集まって、美しい景色があって、そこそこの人生を過ごせる。

羨ましいですがこういう生活は難しい。人間は人を恋しがりますが少し長く付き合うと我儘が出たり嫌なことが見えてきて離れてしまいます。

ましては共同で事業などやろうとすると最初は頑張りますが軌道に乗り始めると喧嘩になることが多いようですね。

良いとこも悪いこともよく知っている中学・高校や大学の友人がいたら大事にした方がいいようですよ。

 

主人公の悦子さんが話しているいいなと思ったフレーズがあります。

「過去を懐かしむことって、自分の生きてきた道のりをうけいれられいる証拠でしょう。辛かったことも含めて、これまでの人生の積み重ねをまるごと肯定できているから、あなたたちは『懐かしい』っていう気持ちで当時を思い出せるのよ。

もっといえば、その積み重ねそのものが、いまのあなたたちなんだから、自分を肯定して、受け入れて、大事に出来ているってことになるでしょう」

 

吉永小百合さん演じる悦子さんを観に行きたくなりました。10月11日ロードショウです。

合わせて房総半島の美しい景色も観ましょう。

 

 

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猿の惑星・新世紀

2014年10月01日 | 映画

10月になりました。先日までの暑さがウソのようです。

元気に仕事に遊びに張り切って生活しているでしょうか。

朝から晩までスマホの画面ばかり見ている若い諸君!たまには澄み切った秋の空を見渡せば気持ちもすっきりしますよ。

そのうちシベリアあたりからお客様も飛んできます。

 

町を歩いていると何処からか金木犀の爽やかな香りが漂ってきます。

バラや椿のように派手な花を咲かせないので気がつきません。

「なんだオメィそこで咲いていたのか。もっと存在感示しな」と言いたくなります。

「猿の惑星・新世紀」を見てきました。

68年に初めて猿の惑星を見たときの衝撃はすごかった。

現在みたいにCG合成なんかしていないのですべてメイクで猿の顔を造ったのでしょう。

それに最後になってそれが地球上の物語だったという結末にも驚きました。

その後4作の続編はだんだんつまらなくなりました。

01年に第1作のリメイク版、11年には「猿の惑星・創世記」です。

猿と人間の映画ですが長い歴史があります。

さて今回の「猿の惑星・新世紀」です。

とにかくスクリーンを埋め尽くす猿の大群に圧倒されます。

森の中のコミュニティに無数のサルがうごめき、人間たちに立ち向かうシーンでは数えきれないほどのサルが走り回り、とにかく数がすごいのです。

そしてCG技術の進化がサルの喜怒哀楽の表現を見事に出しています。

シーザ役はアンディ・サーキスという人ですがCG技術ばかりでなくこの俳優の演技力も素晴らしいのでしょう。

「ロード・オブ・ザ・リング」のゴラム役も演じました。

ぼんやりみていると本当のチンパンジーが出てきて人間が吹き替えしているのではないかと思ってしまいます。

 

常識のある人間、いいサル?が沢山いても何処かボタンのかけ違いから憎悪,不信、恐怖が紛争を呼びます。

今も世界の各地では紛争が絶えないのですがほとんどの人は戦争なんかしたくないと思っているのではないでしょうか。

サルの扇動者コバに対して、人間と争いたくないと思いつつもついて行くシーザの子供のブルーアイズの表情がいい。

いつでも多数が同じ考えでも一部の演説のうまいサル(人間)、力の強いサル(人間)の恐怖心から流れが行ってしまうのでしょうか。

 

さてこの映画の結末を観ると続編がありそうです。

がっかりさせないような内容にしてもらいたいと思います。

 

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