想いのままに…

日々の生活の中で感じたことを、想いのままに綴りたいと思います。

後ろ手…の教え

2018-08-06 21:52:30 | 日記
このコンドミニアムでは、トイレの扉が引き手になっています。
その扉を閉める時、私は亡き両親…ことさら、母を思い出すのです。

それは、私が、その扉を後ろ手で閉めているからなのです。
ちょっと言い訳をするならば…、
その扉は、最初は強く開けなければいけないのですが、一旦開き始めると滑りが良くて、
トイレに入る時に扉を開けると、滑りが良いだけに、スーッと流れるように開きます。
その瞬間に、私は中に入るのですが、同時に、扉の引き手を引っ張らなければ、
ドーンと開き切ってしまいます。
ですから、入ると同時に後ろ向きのまま…、後ろ手で閉めることになるのです。
その時、素早く向きを変えると、後ろ手にはならないのですが、
かなりの速さが必要で、ボーッとしていると間に合いません。

子供の頃、両親がいろいろなことを教えてくれましたが、その一つに、
「扉(当時は障子やふすまが主でしたが)は、後ろ手で閉めるものではない」
という教え(?)がありました。

後ろ手で閉めるということは、中の人(あるいは、外の人)に対して背を向けることになり、
心をその人から切り離す動作をしていることになります。
それは、相手に対して失礼になるということなのでしょう。

今回は、トイレの扉のお話ですから、後ろ手も何もないようなものですが、
主人には、申し訳ないような気がしてしまうのです。

私が両親から教わったことが、身についているからでしょうか、
かなり大人になってからも、いろいろと守っていることがあって、
「後ろ手では閉めない」というのも、その一つです。

私が子供の頃は『昔』でしたので、教わることも、今思えば古いことばかり。
今では、通用しないことや笑われるようなこともありますが、
私の中では、大切な教えだったと思っています。

両親の教えは、『後ろ手で閉める』という行動をしていると、
心を添えていないということになりかねないので、
本当に心を向けているのならば、それに則した行動をしていくことが大切ですよと
いうことだったと思っています。

そんなことを思って考えていますと、昔の教えの中には、
心を思いやることの大切さが、たくさんあったことが思い出されます。
それは、相手の心や周りの気持ち、自身をも思いやって、
心穏やかに過ごせるための教えではなかったのかしらと思うのです。

今の教えは…どうなのでしょう。
 

 お散歩コースに咲いていました。
 夾竹桃のような葉で、2mほどの植物です。
 名前はわかりませんが、そこに咲く2cmにも満たない花が可愛くて…。
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