MEDINT(医療通訳研究会)便り

医療通訳の制度化を目指す医療通訳研究会(MEDINT)のコラム
~みんなで 医療通訳者を増やし、守り、育てよう!~

ボランティア

2008-02-06 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
医療通訳をはじめとする外国人の日常を支援する通訳がボランティアといわれ始めたのはいつごろからだったのでしょうか?

少なくとも阪神・淡路大震災以前は、外国人支援活動をしている通訳者の数は非常に限られていました。だから、外国人の友人か、領事館、国際交流協会の人など、なんとなくわかったようでよくわからない人(ちょっとうさんくさい)と認識されていたような気がします。確かに英語以外の言語のバイリンガルは外大の出身者かネイティブで日本に長くいる人、もっと少数言語は駐在員か協力隊帰りと相場が決まっていましたから。なのでわざわざボランティアさんと呼ばれることもありませんでした。

震災以降、マスコミなどで対人支援活動をするボランティアがクローズアップされるにつれて、国内NGOやNPOの数も増えました。その頃から、人助け=ボランティアという構図が定着してきたような気がします。
私は一貫して団体職員の立場で仕事をしていたのですが、何度もボランティアと間違われました。そのたびに「これはボランティアではなくて仕事でやっています。それも皆さんの税金でやっている仕事なので、遠慮なく使ってください。」といい続けました。それでも、あまり間違われるので、いい加減訂正するのに疲れてしまったことがあります。

司法通訳や医療通訳がクローズアップされるようになってきて、こうした通訳者の中にはプロもいるし、専門性を重視するためにはプロが入れる制度にしなければいけないという認識が少しずつ浸透しつつありますが、それでもボランティア信仰はなかなか抜けてくれません。
ただ、一度あるNGOのシンポジウムに参加したときに、あるボランティアの人が「私は通訳に自信がないので、ボランティアでいいんです。お金をもらうほどではないので」と発言されたのに驚きました。たぶん優秀な方で、謙遜されていってらっしゃるのだと思いますが、本当に通訳の力がないのに診療の通訳をしているとなると大変なことです。実は私も、自信がないとき「ボランティアだから」と言い訳したことがあります。その時はお金を受け取れませんでしたが、そんな人間が一緒に診察室に入ってよかったのか反省しました。

もちろん誰からも交通費をもらえなかったり、いいように病院に使われて自嘲気味にボランティアという言葉を使ったことも一度や二度ではありません。ただ、最近は未熟さの言い訳にボランティアという言葉を使うまいと心に決めています。

また、ボランティアという言葉の中に、友人知人との線引きがはっきりしないため、守秘義務があいまいになるという問題点が多く見受けられます。仕事で受けたのであれば、絶対症例を別の場所で話すことはありませんが、友人の立場だとうっかり噂話してしまったりという場面も見受けられます。

ボランティアは崇高な志のもとに成り立っており、とても大切な心のあり方だと思います。ただ「医療通訳は、ボランティアであっても、アマチュアではいけない」ということは忘れないようにしたいと思っています。
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