MEDINT(医療通訳研究会)便り+

医療通訳だけでなく、広く在住外国人のコミュニケーション支援について考えていきます。

長崎の坂で筋肉痛・・・

2014-05-26 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
週末は多文化間精神医学会でした。

私は研究者でも医者でもないので、
ネットワークの会議はあっても学会とはあまり縁がありません。
でも、この多文化間精神医学会と日本渡航医学会だけは、
NGOにもオープンに交流をしてくださるので、参加させてもらっています。

金曜日、愛知県立大の授業を終えて中部国際空港から長崎へ。
中部国際空港のカードラウンジはビール(一番搾り、ハートランド)が飲み放題だし、
飛行機の中でいい感じにご機嫌になって、長崎に到着。
協力隊のOGとちゃんぽん食べて束の間の観光気分に浸りました。

土曜日は長崎大学医学部の想像以上にハードな坂をのぼり会場へ。
長崎で自転車は邪道という友人の言葉にあらためて納得。
ここに住んだら確実に痩せる!と思います。
9時に会場に着いたのですが、まだひとはまばらでした。

10時半から自分が発表するシンポジウムがありました。
表題は「多文化診療事始め」。
NTT東日本病院の秋山先生が座長になり、
それぞれ外国人患者の診療に関わる事例などを発表されました。
私は医療通訳の立場から、はじめて通訳する時と通訳を使うときの
特に医療者側に知っておいて欲しいことを伝えました。

学会は毎回興味深いテーマがたくさんあるのですが、
今回は発達障害にかかる支援のテーマが多かった気がします。
最近、外国人相談でも自閉症をはじめとする発達障害の相談が増えているので、
とてもタイムリーなお話でした。

また、難民認定申請者のメンタルヘルスについての一般演題は、
収容所での診療、服薬の状況や
精神疾患についての文化的な差異についての発表は、
日々外国人相談窓口で感じている違和感を言語で表現してくれた
目からウロコの発表でした。

今回の学会で一番すばらしかったのは、
一般公開公演の「ろうあ被爆者の証言~聞き書き活動から~」でした。
ろう者の方の被爆体験は、あまり聞く機会がありません。
「原爆を1ヶ月くらい普通の大きな爆発だと思っていた」
「放射能のことを知ったのは被爆してからずっと後だった」
「家族もろう者が言葉を持っているとは知らなかった」
「痛くても声が出なくて助けが呼べなかった」
「聞こえないことは外見からはわからない」
情報があまりない中での被爆という想像を絶する体験をされた方々の
声を集めるて後世に伝える活動をされている手話通訳者のお話でした。
とつとつと紡がれる「手の言葉」に涙が止まりませんでした。

坂の上り下りで筋肉痛、
ちゃんぽん以外、ほとんど観光もできない状況でしたが、
日々の通訳や相談の中では知ることのできないたくさんのことを学ぶことができました。

相変わらず喉はガラガラですが、
今週は通常業務だけなので、少しゆっくりしたいと思います。
コメント
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