美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

「日本をダメにしたものの正体」をめぐって チャンネル桜 宍戸駿太郎・藤井聡(イザ! 2013・1・13 掲載)

2013年12月06日 12時20分16秒 | 経済
知人M氏からの情報提供である。一月二日のチャンネル桜で宍戸駿太郎氏と藤井聡氏が登場した。番組タイトルは、「新春特別番組 維新・改革の正体を語る」。

宍戸駿太郎氏については、以前本ブログで取り上げたことがある。(「エクソシスト宍戸の話」http://blog.goo.ne.jp/mdsdc568/e/9dcf0afdbfad565d661d690df9bcb832)そこで、合わせて藤井聡氏も紹介した。

藤井聡氏は、「国土強靭化」という言葉を世に流布させた憂国の士である。また、宍戸駿太郎氏の経済モデルは、藤井氏の「国土強靭化」の理論的な側面を事実上担っていると言っても過言ではない。いいかえれば、日本の弱体化に歯止めをかけるための理論的な底板を、宍戸経済モデルは提供しているのである。

ここ二〇年間の日本弱体化の歴史は、宍戸経済モデルの抹殺の歴史ともいえる。詳細は下に掲げた当番組に譲るとして、宍戸経済モデルは、正しい経済政策を立案するための精緻な羅針盤である。その精緻な羅針盤が、2001年(平成13年)1月6日、経済企画庁が、中央省庁再編の実施に伴い総理府本府、沖縄開発庁などと統合され内閣府が発足するどさくさにまぎれて事実上破棄され、なんとIMFモデルにすり替えられたのである。IMFモデルとは要するに発展途上国モデルである。世界有数の高度資本主義国である日本になにゆえ発展途上国モデルが導入されたのか(インフラが貧弱な発展途上国はケインズ政策とは無縁である)。

そこで話は、「日本をダメにした6つの勢力」につながる。藤井氏によれば、それは次のようになる。

①大蔵省/財務省による「緊縮財政主義」

②経済学者による「新自由主義経済学イデオロギー」

③ウォール街・アメリカ政府等による「日本財布論」

④アメリカ政府による「ジャパン・バッシング」

⑤社会主義陣営(旧ソ連・中国政府)による「対日工作」

⑥マスメディアが①~⑤の諸活動を吸収して流布したこと


内閣府へのIMFモデルの導入は、②が核となり①を味方につけ⑥を動員して実現したととらえることができる。

聞きなれないのは③ではないだろうか。これは、一九九〇年以降に出てきた考え方である。「冷戦時代のアメリカにとって最大にライバルであったソ連邦が解体したのち、アメリカを脅かすのは巨大な経済力を持つ日本である。だから、これまでのように日米を反共のための機関車の両輪ととらえ、日本の経済発展を歓迎するのではなくて、その膨大な貯蓄の利用をこそ最優先して考えるべきである」。そう考えて、アメリカは日本経済に対して金融攻撃を仕掛けるようになった。その一連のスタンスの変更を藤井氏は「日本財布論」と形容するのである。TPPは、「日本財布論」の最新版といえるだろう。それをうまくいなして、「日米機関車両輪論」を再構築し、それをアメリカに提案するのが今後の対米外交の柱になるべきである、といいうるのではないだろうか。

また、⑤については「ミトロヒン文書」の話が衝撃的であった。詳細は番組本編に讓るが、旧ソ連は対日工作のために、「朝日新聞」から「産経新聞」にまでスパイを送り込みソ連に有利になる世論の形成を図ったというのである。当文書には、その工作は「極めて有効であった」とのコメントがあるという。朝日新聞の「日本土建国家論」など、その最たる例なのではないだろうか。これは、陰謀史観でもなんでもなくて資料に基づく歴史的な事実である。日本人の、現代史に対する視線変更が強く求められるところであろう。政策的には、スパイ防止法の立法化がなされるべき、という話につながる(それに比べれば、日本核武装論など暢気な話だ)。

以上は、当番組のごく一部分の紹介である。ご興味をお持ちになった方は、ぜひご覧あれ。


1/2【新春特番】維新・改革の正体を語る[桜H25/1/2]


2/2【新春特番】維新・改革の正体を語る[桜H25/1/2]
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

 「はなわちえ with ぴょんこバンド ライヴ atカフェ・クレール」 (イザ!ブログ 2013・1・11 掲載)

2013年12月06日 12時03分20秒 | 音楽
昨年末に続いて今月の六日に、私はまたもやはなわちえさんのライヴを聴きに行ってきました。今回は、ぴょんこバンドという、彼女とは気心の知れた実力派のサポートを受けてのワン(ウー)マン・ライヴでした。場所は、東武スカイツリーラインの西新井駅から徒歩で十数分のカフェ・クレール。知る人ぞ知るライヴ会場のようです。私がここを訪れるのは今回で二度目です。(一度目の来訪記はこちらです。http://blog.goo.ne.jp/mdsdc568/e/a1bc34e28f8acbc1e0af7a0bc2d68305

ぴょんこバンドのメンバーを紹介しておきましょう。ピアノは滝本成吾さん、ベースは関谷友貴さん、パーカッションは川村成史さんです。見た目だけで判断すれば、川村さんがやや年長者のようです。当日はサプライズのバースデイ・ケーキをプレゼントされていました。パートをドラムと言わずにパーカッションとあえて言うのは、川村さんがスティックを使わずに素手で打楽器を叩くからです。ベースの関谷さんは個性的なうねむね旋律を奏で、ピアノの滝本さんは抑制の効いた音色を奏でます。全体としては、スルメイカのような味わい深いパーフォーマンスを展開するバンドです。関谷さんは、そんなに背の高くない面白そうな人です。変なことを言うようですが、私は関谷さんと友人になる自信があります。というのは、私はあまり背が高くない面白そうな人と仲良くなることが多いからです。要するに、彼に対して好印象を抱いた、ということです。

その他にメガニーズがゲスト出演をしました。メガニーズは若手の長唄三味線グループです。リーダーのラビット南谷(本名南谷舞)さんは、ちえさんと東京芸大のクラスメイトだそうで、四年間ちえさんと「無駄なおしゃべり」(ちえさんの弁)をしていたそうです。ちえさんは年越しライヴのとき、今年の目標は「ひとこと多い癖を直すこと」と言っていました。南谷さんとのMCのとき、「無駄なおしゃべり」発言が飛び出して、ちょっと間が空いたのち南谷さんから「無駄なおしゃべりが今では懐かしいのよね」とフォローされていました。おそらくちえさんは「無駄な」ではなく「たわいのない」と言いたかったのでしょう(ちえさん、大丈夫です。みんなそう思っていますから)。南谷さんはテキパキと物事を処理する姉御肌の人なのではないかと思いました。彼女の知人のブログによれば、十種類の料理をごく短時間で魔法のように作ってしまう女性、とのこと。なんとなくですが、タダモノではない人物とお見受けしました。ほかのメンバーは、サトシ・サトシタさん(長唄三味線)、マサコ・マサシタさん(長唄三味線)、石渡大介さん(笛)、小川実加子さん(打物)です。打物とは、いわゆるパーカッションのことです。

話は変わりますが、今回はUさんにお付き合いいただきました。彼と一緒にちえさんライヴを観るのはこれで三度目です。一度目は、昨年の十月二八日(日)の奏楽堂「和」(なごみ)コンサート。二度目は、十一月三日(日)CROSS STREETでの結ライヴ(http://blog.goo.ne.jp/mdsdc568/e/ff41a079b853209626b0168a45a256fd)。以前に申し上げたとおり、私は一人で音楽ライヴに行くのがとても苦手なのです(映画は平気です)。自分は心優しき友人に恵まれて幸せな奴だとつくづく思います。赤ワインをボトルで一本注文し、大きなミックス・ピザを食べながら、ゆったりとした気分でちえさんの演奏を楽しむことができました。Uさんによれば、先日行った奏楽堂は、漱石の小説に出てくるそうです。漱石は、弟子筋の寺田寅彦から西欧クラシック音楽の知識を吹き込まれたとのこと。寺田は当然何回も奏楽堂に足を運んだことでしょう。そう考えると、奏楽堂はなんとしても残したいものだと、われわれは話し合いました。折々の楽しい会話といい、Uさん、ありがとう。

午後七時から八時までのファースト・ステージは、メガニーズの出し物がメインでした。オープニングの「オドリジ」(と聴こえましたが?)にはちえさんが即興で参加しました。演奏が終わったときラビットさんが目を丸くして「ちえちゃん、即興なのにスゴイね」と言っていました。ちえさんの演奏能力の底力を垣間見る瞬間でした。ちえさんは自身のブログで「長唄三味線の曲は本当に久しぶりなので緊張した」と言っています。

ちなみに、ちえさんが黒縁のメガネをかけて登場したのにはビックリ。「ちえさん、近眼だったんだ・・・」 しかし、そういうことではありませんでした。メガニーズの長唄三味線の三人がメガネをかけて演奏するのに合わせてのシャレ、ということだったのです。あまりうまく撮れていませんが、めずらしいので、ちえさんのメガネ姿の写真をアップしておきますね。




二曲目からは、メガニーズのオリジナルが続きました。曲名はつまびらかにしないのですが、二曲目は『古事記』のあの有名な天の岩戸のエピソードをモチーフにした古代世界を彷彿とさせる曲。アメノウズメご登場のときの色気たっぷりの艶のある演奏ぶりはさすがでした。三曲目は、「赤い劇場」という思いっきりアバンギャルドな曲。よくは分かりませんが、なんだかとても実験的な試みをしていたような気がします。四曲目は、あの『妖怪人間ベム』のテーマ曲(面白かったなぁ)。五曲目は「雷の子」。これは組曲になる予定のものの一曲目のようでした。愛知県の民話がモチーフとのことで、雷の神様を救った見返りに夫婦が子宝を授かったのは良かったのですが、首の周りになんと蛇を巻きつけて赤ん坊が生まれてきたのです。その光景をメラニーズは、和楽器だけで目に浮かぶように鮮やかに表現することができていました。ちえさんによれば「こんなところでこんなふうに演奏していますが、彼らは明日の邦楽を背負って立つ人たちです」とのこと。「こんなところ」という言葉に会場のみなさんはちょっとためらいの表情でした。それを言葉にすれば、『「こんなところ」って・・・どうよ、それ』となるでしょうか。ちえさんの言葉を翻訳すれば、「純邦楽とは縁のなさそうな場所で、アバンギャルトな演奏をしていますが、じつは彼らは正統派の邦楽奏者で、将来を嘱望される存在なのです」ということでしょう。戸惑いながらも、みなさんは、そういう意味に受けとめていたはずです。

左から、ラビット南谷さん、小川実加子さん、石渡大介さん、サトシ・サトシタさん

30分のインターバルをはさんでのセカンド・ステージは、ちえさんとぴょんこバンドの共演でした。

一曲目はオハコの「津軽じょんがら節」。これは何度聴いてもぞくぞくします。それに続いて「秋田荷方節」。ちえさんの「秋田荷方節」は、とてもシャープでスリリングです。




それが終わったところで、パーカッションの川村さんが参加しました。で、三曲目は、川村さんとちえさんとの鋭角的で緊張感に満ちた掛け合いが印象的な「遭遇」。これはちえさんの「伝説の」ファースト・アルバム『月のうさぎ』に収録された一曲。ちえさんによれば、この曲で、アレグレッシヴで土俗的なところが魅力の津軽三味線と柔らかい情緒の長唄三味線との融合を図ったとのこと。彼女が津軽三味線奏者であるのにもかかわらず東京芸大の長唄三味線学科で学んだことの意味合いが、これを聴くことでひとつ分かりました。彼女はとても自覚的な表現者なのですね。


演奏が終わったところで、ベースの関谷さんとピアノの滝本さんが加わります。これで、ぴょんこバンドが勢ぞろいしたわけです。で、四曲目は名曲「月のうさぎ」。「遭遇」もそうですが「月のうさぎ」もライヴで聴くのはこれがはじめてです。感慨ひとしおでした。

五曲目は「淀」。淀とはあの、秀吉の妻の淀君のことです。ちえさんはいま、戦国時代の女性シリーズの津軽三味線プロジェクトに取りかかっています。「淀」は、そのシリーズのなかのもうじきリリースされる新曲というわけです。淀君の勝気な性格が、ポップな曲調でうまく表現されていました。

これまでにすでに「NOUHIME-濃姫-」と「GARASHA-伽羅奢」の二曲がリリースされています。私は当然二曲ともにダウン・ロードしています。そのうち「GARASHA-伽羅奢」が特に気に入っていて、仕事をしながらしょっちゅう聴いています。詳細については、こちらをクリックしてみてください。www.vibirth.com/artist_detail/chiehanawa

六曲目は、その二曲のうちの一曲の「GARASHA-伽羅奢」。生で聴くことができて、私は感無量でありました。

七曲目は、ラビットさんの参加を得ての、日本の名曲「桜」。八曲目は、「彼方」。その名のとおりのスケールの大きな印象に残る曲でした。未聞の一曲です。

アンコールの拍手が鳴り止まないなか、ちえさんの「じゃぁ、これいってみようかなぁ」の一言ではじまった『スペイン』。スペイン の作曲家 ホアキン・ロドリーゴ の作曲した『アランフェス協奏曲』をチック・コリアがジャズ仕立てにアレンジしたものです。ちえさんの『スペイン』は、演奏されるたびに磨きがかかっています。今年作成される予定というCDにぜひ収録してもらいたいものです。驚いたのは、関谷さんがソロで見せたその圧倒的なベース・テクニックです。うねりにうねってノリノリでした。彼は、やはりタダモノではなかったのです。



手前・川村成史さん、奥・関谷友貴さん

このベースを聴いてしまうと、今月の27日の関谷さんの「ライヴ・ソムリエ」がどうしても気にかかってきます。ちえさんをメイン・プレーヤーとして迎え、その模様をDVDに収録するというのです。関谷さんの「お客さんが少ないと、映像的にカッコつかないので、みなさん、どうぞご協力をよろしくお願いします」という率直な言葉が耳底に残ってしまいました。ちえさんの「オシャレをしてきてくださいね」という言葉も、翻訳するならば、「私の晴れ舞台だから、みなさんぜひいらっしゃってください」という意味だから、これまた耳に残ってしまいました。ひと月に三回というのは、いくらなんでも多いだろう、という五〇代半ばの男のまっとうな自制心との葛藤がしばらく続くのでしょう。矛盾する言い草になりますが、みなさま、ぜひお運びくださいませ。

☆1月27日(日)

Liveソムリエ Liveレコーディング!!

場所:渋谷Last Waltz(東京都)
時間:開場18:00/開演19:00
料金:予約3000円/当日3500円(税込み、ドリンク別)
出演:はなわちえ(津軽三味線)/関谷友貴(Ba)/竹内大輔(Pf)/佐々木俊之(Dr)
お問い合わせ:lastwaltz.info(Last Waltz直通)

〔付記〕
今回はじめて写真撮影を試みました。操作に慣れていないこともあり、最初のうち誤ってフラッシュを炊いてしまいました。演奏者とお店と来場者の方々にご不快の念を抱かせてしまったことをお詫びいたします。本文中に名前が載っていながら写真がないのは、私の単なる不手際です。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

先崎彰容  「美津島氏の見解に応答する」  (イザ!ブログ 2013・1・9 掲載)

2013年12月06日 11時52分57秒 | 先崎彰容
昨年のことになって恐縮だが、本ブログ主催者・美津島明氏が江藤淳にかんする感想を述べていた。江藤の若き日の評論『作家は行動する』を取りあげた文章の末尾で、美津島氏はわたし先崎の名前を挙げ、江藤淳にたいする意見を求めた。
http://blog.goo.ne.jp/mdsdc568/e/f040b1d63deb35e68cedb490a95b044a

そこで二〇一三年、新年第一回となる今回は美津島氏から頂戴した年末の宿題に応えることから始めよう。

私の江藤にかんする評価のもっとも簡潔な作品は、次のものがよいと思う。すなわち二〇一一年一〇月二四日、比較文明史家の平川佑弘東大名誉教授が、産経新聞『正論』欄において、先崎の論文を取りあげてくださった。実は小生自身はこの事実を当初、まったく知らなかった。朝電車のなかで、数人の友人からメールで指摘され、駅で新聞を買ってようやく事実を知った。その直後から、複数のメディアに、「論文の内容をわかりやすく解説してほしい」と要望を受け、以下の文章ができたというわけだ。

この文章は、同年一二月の雑誌『明日への選択』に掲載されたものだ。雑誌の発行元・日本政策研究センターは、伊藤哲夫氏を代表にもつ政策提言集団であり、第一次安倍内閣ではブレーンとして活躍したと仄聞している。本ブログ見学者とはおおむね趣旨を同じくする雑誌かと思うので、そのほかの記事も御覧になることをお勧めしておこう。必要なばあい、次回の特別寄稿において解説をつけ加えることにしよう。(以下の内容は筆者の個人的な見解であり、所属する団体等とは直接の関係はありません)

                ***

江藤淳を想う――現代日本知識人の条件

過日、一〇月二四日版の産経新聞「正論」欄で、平川祐弘先生が、私の書いた論文を取りあげてくださった。戦後に活躍した知識人、江藤淳と丸山眞男について書いた私の論文を、好意的に評価してくださったものだ。誠に光栄なことなのだが、実は当日、複数の知人から連絡をうけるまで、私は掲載の事実をしらなかった。その後、この学術論文の内容をわかりやすく教えてほしい、とこれまた複数の人に請われた。そこで今、この文章を書いている次第だ。

江藤淳と丸山眞男といえば、その名をしらない人はいないだろう。ともに戦後活躍した知識人の代表選手だ。知識人がどんな「言葉」を紡ぐのかに若者たちが固唾をのみ、言葉が直接時代を動かすことができた時代、筆先に時代の肌がふれるのを感じとれた時代――その先頭走者が江藤と丸山だった。

その二人が、江戸時代にかんする著作を残している。比較してみると面白い事実にぶつかる。その面白さを、論文で私は描きたかった。江戸初期の思想家にたいして、二人は鮮やかに真逆の評価をあたえた。

では、この評価の違いはどこから来たのか? よく読んでみると、それは江藤と丸山の「戦後」にたいする評価の違いから来ていたのだ――これが私の言いたかったことの全てである。

もう少し、わかりやすく具体的に見てみる。

江戸時代の初期、朱子学という学問が発達したが、二人の評価は真逆であった。丸山眞男は、朱子学を否定した。なぜか。なぜなら丸山は、朱子学の特徴に戦前の「超国家主義」とおなじ問題を発見したからだ。そして丸山は、朱子学以後の江戸思想のなかに、朱子学=超国家主義を乗りこえるような思想、つまり「近代」的な思想を発見しようと努めた。戦前=超国家主義を批判的に乗りこえることを終生の課題とした丸山は、朱子学に戦前を重ねることで、江戸の思想を描いた。だが一方の江藤はちがった。江藤淳は朱子学に共感した。なぜなら朱子学者が、私たちとおなじ課題を背負っていると思ったからだ。丸山はまちがっている。朱子学こそ「近代」人である私たちとおなじ苦しみを背負っている――これが江藤の朱子学理解なのである。

でもなぜ、私は二人のこの複雑な江戸時代論に惹かれたのか。それは江戸時代論が「戦後」論に直結しているからだ。二人の戦後へのイメージと近代へのイメージが鮮やかに現れているからだ。丸山にとって、朱子学=超国家主義=戦前は否定されるべきであった。戦後はそのためのスタート地点であり、八月一五日は絶好の出発点だった。戦後こそ、戦前を反省した私たちが近代人になるための場所だった。

だが江藤はちがった。江藤にとって八月一五日は挫折そのものであった「戦後は喪失の時代としか思われなかった」(『戦後と私』)。江藤からすれば、丸山の戦後イメージは明るすぎる。そして近代のイメージも。江藤にとって、わが国の近代とは、古くから積みあげてきた価値観・世界観の崩壊と喪失、つまり危機以外の何ものでもなかった。江藤のもっとも有名な著作『夏目漱石』や江戸時代論に脈っているのは、日本の近代=崩壊と喪失という危機意識にほかならない。

私は江藤淳の戦後=近代イメージに深く共感する。とくに東日本大震災を福島県で経験した今、その思いは日々に強くなる一方だ。では、それはなぜか?

三月十一日の大震災を、私は次の理由から、時代を画する事件だと考える。まず大震災が起こる直前の日本に、何がおきていたか? 実は外交問題が噴出していたことを思いだしてほしい。中国船籍の船長釈放問題、ロシアによる唐突な対日戦勝記念式典と、北方領土の視察が行われていた。極東の二大国が、時期をおなじくしてわが近海で起こした騒動は、日本がその皮膚を外国と接しているという事実を教えてくれた。

だがもし、この事件だけで終わっていれば、戦後の健忘症に慣れきった日本国民は、事件を忘れてしまったかもしれない。ところがその直後、未曽有の大震災は起きた。日本の大地は、ゆれ動いたのである。

以後、私は驚くべき光景をテレビで目にすることになる。それは一〇メートルを超える津波の、どす黒さに驚いたのではない。また津波が町全体をのみこんでゆく中で、ビルの屋上で泣き叫ぶ子供に眼を蔽ったのでもない。そうではなく、私を震撼させたのは、あまりにも多くの人びとが、口々に不安をかたり「国家よ、この事態をなんとかせよ」と叫ぶ光景であった。被災者ばかりではない、自称知識人までもが、自分の不安を何とかして欲しいと国家にむかって要求したのだ。

私は国家が、あらゆる要求を求められ、今にも瓦解するのではないかという不安におののいた。これまで歯牙にもかけていなかった国家、否定あるいは無視を決め込んでいた国家に、臆面もなく自分の不安をぶつける国民と、当然のように要求をつきつける知識人の姿に、嘔吐をもよおしすらした。

だがこのとき突然、江藤淳の言葉が私をよぎったのである。書きかけの論文を取りだすと、江藤淳が私の中に蘇ってくるのを感じた。それは国家もまた、私たちとおなじく、諸外国との関係で日々不安定で動揺していて、不断に支えないと崩れ去るかもしれないことを教えてくれた。当たり前の暮らしもまた脅かされるものであり、大地も不安定なものに過ぎない。私たちは自らの力によって不断にその不安に対応し、崩壊の危機を防がねばならない――。江藤淳は、この不安を近代人の宿命とみなし、江戸朱子学にその微かな反響を聞きとったはずなのだ。不安を直視せよ、と戦後に警告を鳴らしつづけたはずなのだ。

だが、震災から半年以上を経過した今、わが国知識人で江藤淳とおなじ水準にまで国家を、大震災を、つまりは時代の課題を深く洞察した文章が一つでもあったか。サブ・タイトルを「現代日本知識人の条件」としたのは、このような自戒の意味を込めているのである。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

美津島明  はなわちえ和楽器ユニット結の年越しライヴ (イザ!ブログ 2013・1・3 掲載)

2013年12月06日 11時19分47秒 | 音楽
昨年末の12月31日に私は、はなわちえ和楽器ユニット結(ゆい)の年越しライヴに参加してきました。場所は、伊勢佐木町「CROSS STREET」。昨年の11月3日(土)に結が演奏した場に舞い戻ってきたことになります。 http://blog.goo.ne.jp/mdsdc568/e/ff41a079b853209626b0168a45a256fd

結は三年連続で「CROSS STREET年越しライヴ」の大トリを務めています。それは、とてもスゴイことだと思います。というのは、この場所で年間にざっと1000組弱のミュージシャンが演奏していて、その中からただひと組だけこの日のこのイベントの主役が選ばれるのですから。「CROSS STREET」の運営主体は「協同組合伊勢佐木町商店街」です。だから、選考基準はおそらくごく公平なものなのではないかと思われます。変な選び方をすれば、組合員から文句がでますからね。年越しの時間帯に演奏するミュージシャンを「大トリ」と称するのが、それほど大げさな物言いではないことがお分かりいただけるのではないでしょうか。

「トリ」に当たるもう一人のミュージシャンをご紹介しておきます。キーボードを演奏しながら歌を歌うシンガーソングライターの「きしのりこ」さんです。彼女は、午後10時15分から11時までの45分間を受け持ちました。

私は今回一番乗りだったので、いわゆる「かぶりつき」の座席に着くことができました。だから、数メートルの至近距離からミュージシャンを観ることができました(五〇人収容が限度のごく小さなライブハウスなのです)。

そういういわば「特権的」な場にいた者として断言できるのは、きしのりこさんがいわば妖精のようにキュートだったということです。下に当日の彼女の様子を収録したものを掲げておきます。間近で見た彼女のキラキラ感がうまく捉えきれていない、という不満はあります。でも、まあこんな感じだったと受けとめてください。曲名は、「わたしのわたし7(セヴン)」です。


CROSS STREET年越ライブ きしのりこ


彼女の上質な美しさを間近で愛でていて、あらためて思いました。日本女性の美しさはもはや世界標準なのではないか、と。フィギアスケートの荒川静香さんが、2006年トリノオリンピックで女子シングル金メダルを獲得した演技を観ていたときのことでした。名曲『トゥーランドット』が印象的だったあの演技です。私は、荒川選手の、他の欧米の選手たちを圧倒する優美さに心の底から感動しました。図らずも涙さえ流しました。あの出来事がきっかけで、日本女性の美しさが世界標準になったのではないか、というのが私なりの見立てです。それに、キムヨナなどの韓国女性を加えてもいいかもしれません。それと浅田真央さん。彼女たちが今の女性美のグルーバル最前線なのではないでしょうか。骨太デカ尻(下品な物言いですみません)の欧米女性たちが遠く及ばぬ繊細な美を、彼女たちが体現しているように私は感じるのです。日本女性の肌のきめの細やかさはつとに周知されてもいました。そのことと「カワイイ」という美的感覚が世界的に認知されつつあることとは、あるいは関係があるのかもしれません。

きしのりこさんは、他に「毎日を」「十文字のラヴレター」「ねこ」「幕張の歌」「鼓動」「いま好きな人がいます」「願い」を歌いました。日常のちょっとした出来事への女性らしい繊細なまなざしが、自然体のコケティのそなわったささやくような歌声によってごく自然に表現されていました。それが耳に素直に心地よく入ってくるのです。月並みですが、美人って得ですね。「十文字のラヴレター」の歌詞によれば、こんな天使のような女性を泣かせたり困らせたりしている男がどうやらいるようです。なんて罪作りな奴なのでしょう。天罰が当たります。

しかし、人間、恋愛の不安定な心理状態のある局面で悪魔にだってなることがあります。天使のようなきしのりこさんだって例外ではないはず。そういう側面をどうやって歌の世界に織り込んでいくのかが、表現者としての彼女の今後の課題になるのでしょう。

30分間の休憩時間を挟んで、午後11時30分にいよいよ結の登場です。曲目は以下のとおりです。

1. 姫薇~kira~
2.龍(りゅう)
3. We are the world.
4.紅(くれない)
5.月白の空
6.ひまわりの夢
7.春の海
8.おろち
9.跳ね兎
10.アンコール曲 姫薇~kira~

「かぶりつき」のポジションに居て、あらためて感じました。彼女たちはじつにエネルギッシュで相当に激しい動きをしている、と。まるで彼女たちの息使いが間近に迫ってくるようでした。

演奏は実にシャープで力強いものでした。緻密な掛け合いは相変わらずなのですが、今回はシャープさと力強さとが前面に押し出されていました。アンコール曲として演奏されたその日二度目の「姫薇」でとくにそう感じました。これまでもそうだったのに私が気づかなかったのか、それとも、今回特にそうだったのか、微妙なところがあるような気もしますが、ここは勘で申し上げましょう。このことは、結の進化の現れである、と。このグループはどうやらもっと大きな存在に変身しつつあるようなのです。それが、具体的にはどういう形になるのか、今のところよくは分かりませんが、いずれある形を成すことになるのでしょう。

「ひまわりの夢」のところでちょうど年の変わり目を迎えることになりました。心地よいリズミカルなメロディが繰り返されるなかで、ちえさんと会場の皆さんの「10、9、8、7・・・」のカウント・ダウンの掛け声が「0」に達したとき、会場の皆さんのクラッカーの紐が一斉に引かれ、たくさんの銀のテープが虚空にきらめきました(ちえさんのブログによれば、自分たちにたくさんのクラッカーが向けられていたので「撃たれた」感じがあったとのこと)。こういう形で年越しをしたのは、私にとってはじめてのことでした。ちえさんや彼女のファンのみなさんと新しい年を迎えることができたことが正直なところ、とても嬉しかったのでした。心満たされるものを私は感じることができたのです。生来ヘソが曲がり気味の自分のそういう心の動きを私は意外なものとして感じ取りました。これは、癖になりそうです。

運良くそのときの模様が、CROSS STREET運営部によってyou tubeにアップされていますので、それを掲げておきますね。個人的には、これを観るとあらためてそのときの幸福感がよみがえってきます。


CROSS STREET年越ライブ 結


実は今回、年配の友人Iさんに当ライヴに付き合っていただきました。彼は年に似合わぬ実にみずみずしい感受性の持ち主です。彼と池袋の新文芸座で成瀬巳喜男監督の『山の音』を観たときのこと。Iさんは、義理の父親役の山村聰と原節子が冬の公園を歩くラスト・シーンに入り込み過ぎてしまって身体に変調をきたし具合が悪くなってしまったのです。その限度を超えた美しさに感応して、彼の身体が持ちこたえ切れなくなったのでしょう。それは私の解釈ですが、Iさんもそれを否定はしません。Iさんは美への感度が人並み外れて高いようなのです。本人はあまり自覚していないみたいですが。

そんなIさんが、ライヴを観終えた後こう言ったのです。「あのライヴを最前席で観ているとき、一瞬、私は本当にここにいるのか、本当に結のライヴを観ているのか、よく分からない気分になったんです」と。秘密をそっと告げるようにためらいながら、彼はそう言ったのです。結の美しい勇姿と高度な演奏に彼の美的センサーの針が振り切れて、いわゆる入眠幻覚状態に入りかけたのではないでしょうか。実に興味深い人物です。

ライヴが終わったのは、夜中の12時半過ぎ。二人ともに帰りの電車はすでにありませんでした。まあいいや、というわけで、元町中華街まで徒歩で小一時間かけて行き、戸外の爆竹音を聞くともなく聞きながら、美味しい中華料理に舌鼓を打ったのでした。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「朝生」のお口直しに、 チャンネル桜の「年末スペシャル討論」を (イザ!ブログ 2013・1・2 掲載)

2013年12月06日 11時12分57秒 | 政治
最近の田原総一郎の言動がひどい。以前は、議論を活性化するために司会者としての枠を超えてあえて暴論をぶちかまそうとする、電波知識人としての自覚がまだしも感じられました。つまり、「芸としての暴論」を操ることができていたのです。

しかるに、最近の田原総一郎はただひたすらに粗暴です。そうして、相手の話をまともに聞けずに曲解に曲解を積み重ね、こらえ性もなくすぐにレッテル貼りをしようとします。きっと老いぼれてしまったのでしょう。昨年の12月16日の選挙結果を受けての緊急討論番組での、彼の発言内容のひどさが耐え難くなって苦痛を覚え、私は番組が始まってすぐにテレビのスイッチを切ってしまいました。その存在は、もはや(比喩ではなく文字通りの)電波公害の域に達しています。知性がまったく感じられないのです。メディアへの長年の露出によって相当に蓄財をしたでしょうから、生活に困ることももはやないでしょう。私は彼に、メディアの桧舞台からの即刻の退場を求めます。「オレがオレが人生」はもういい加減にして、最期くらい世のため人のためになることをしなさいって。

だから、当然のことながら、彼が司会をした昨年末の「朝生」は観ていません。観た方は、おそらく彼の司会ぶりに不快感を抱いたのではないかと推察します。また、議論の中身にもおそらく隔靴掻痒の感を抱かれたのではないでしょうか。あるいは、露骨で不毛な対安倍ネガキャンが展開されていたので不愉快になった、とか。

そこで、別のマトモな年末討論番組をご紹介します。ご覧いただき、お口直しをしていただければと思います。その「お口直し」とは、チャンネル桜の「年末スペシャル 安倍新内閣と日本の行方」です。パネラーは、次の通りです。

・宮脇淳子(東洋史家)
・石平(評論家)
・佐藤健志(作家・評論家)
・三橋貴明(経済評論家・中小企業診断士)
・上念司(経済評論家)
・倉山満(希望日本研究所所長・国士舘大学講師)
・上島嘉郎(『別冊正論』編集長)

顔ぶれからお分かりの通り、良質で本格的な議論が約三時間繰り広げられています。私としては、あの「財政破綻とハイパーインフレのオオカミ少年」伊藤元重東大教授が、石破自民党幹事長のブレーンであることを知ったのが一番の収穫でした。伊藤氏に洗脳された石破幹事長は間違いなく経済音痴です。また、彼が経済政策にたとえ一指でも触れるのは日本のためにならないことがこれでよく分かりました。これまでも、彼が防衛大臣以上の存在になることはわれわれ一般国民のためにならないとうすうす感じていましたが、それが今回得られた情報によって、確信に変わりました。

それと、公費を使って反日番組・反皇室報道の垂れ流しを繰り返すNHKの「構造改革」と「事業仕分け」をすべきであるというブラック・ジョークを交えた提案は、面白かった。NHKの職員の平均年収って、一七五〇万円ですってね。それを聞いてしまうと、マジメに受信料を払うのがバカバカしくなってきますね。NHK職員に性犯罪関連の不祥事が多いという指摘も、当組織の偽善者体質を物語っていて興味深かった。

チャンネル桜の良いところは、特定の大きなスポンサーがついていないので、出演者の「言論統制」がなされていない点です。だから、いま論じらなければならないことがずばり論じられることになります。言葉がステロタイプ化されていなくて生き生きしているのです。それが言論なるものの本来のあり方なのでしょうが、日本の一般的な言論状況はそうなっていません。おそらくこの事実は、国益を大きく損なっているはずです。正しい情報が行き渡っていなければ、正しい意思決定の常識化が著しく困難になるでしょうから。

「朝生」を観ていない方も、お正月の暇つぶしにちょっと覗いてみませんか。


1/3【年末SP討論】安倍新内閣と日本の行方[桜H24/12/31]


2/3【年末SP討論】安倍新内閣と日本の行方[桜H24/12/31]


3/3【年末SP討論】安倍新内閣と日本の行方[桜H24/12/31]
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする