ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

1度やってしまうとハードルが低くなる話(依存症になる過程も、そういうことの積み重ねなのだろう)

2022-10-04 00:00:00 | 社会時評

最近CSで、『鬼平犯科帳』 (八代目松本幸四郎主演)を観ています。時代劇専門チャンネルで、日曜日の午前に放送されています(再放送あり)。このドラマと関連したネタですが、このドラマについては以前取り上げたことがあります。

今年は蚊帳を買おうかと思う(鬼平犯科帳の最初のテレビドラマを見ていてそう思った)

で、これは『鬼平』に限らず、時代劇、あるいは任侠ものなどではおなじみの設定ですが、よくあるパターンで、かつての悪人が(理由はともかく)足を洗ったにもかかわらず、昔の仲間などが誘いに来て、これまた理由はともかく断りきれずにまた悪事に手を染めてしまうというものです。たとえば先日(9月25日。10月24日に再放送予定)放送していた第2シリーズ第6話では、殿山泰司が、そのような(元)悪党を演じていました。

もちろんこれはフィクションですが、たぶんドラマを観ている人たちは、みなこう思うはず。

「馬鹿だな。断ればいいのに」

断らないのは、そうしないと話が成立しないからですが、しかしそういうことが確かにあるということも事実でしょう。人間1度そのようなことにかかわると、やはりなかなか足を抜けないところがある。

そしてそれは、もちろん誘う側がしつこく誘うのも事実ですが、1度それをやってしまうと、やる側も精神的なハードル、抵抗がはなはだしく低くなるというのも事実かと思います。多分ですが、世の中、非合法のものはもちろんのこと、半合法、合法でもいろいろなリスクがあることというのは、最初の一歩は怖いが、1度やってしまうとかなり精神の抵抗は低くなるというところがあるのでしょう。

犯罪というのも、性犯罪などはそうではないでしょうか。いわゆる強制性交とか暴行といったような重大犯罪はもちろん、盗撮や痴漢のような条例レベルの事件でも、そういうことがあるでしょう。性犯罪というのも依存すると思われますが、私が何回もご紹介している性犯罪を繰り返ししてしまっている人物たちも、おそらく生まれて初めての性犯罪よりは、2回目以降の犯罪の方がはるかに精神的に抵抗が少ないでしょう。これは、これまたいろいろ依存が指摘されている万引きなどもそうではないか。生まれて初めてする万引きと、2度目以降の万引きとでは、おそらくその人の精神のなかでの位置づけは、まるで違うでしょう。

世の中犯罪者が再犯をするというのは、もちろん様々な理由があるわけですが、おそらく再犯をする人物はすでにそのことへの抵抗がなくなってきているという側面が大きいでしょう。性犯罪も、万引きも、その他の犯罪も、たぶん最初の犯行はもちろん依存ではありませんし、2度目もさすがに依存ではないでしょうが、精神的な抵抗がどんどんなくなってきて、その結果が依存症という精神状況ではないかと思います。

さて酒とか煙草、ギャンブルなどは、国によっては違法のところもありますが、日本国では制限付き合法、ギャンブルについては、違法だが法令で許す範囲で合法というものかと思います。酒・煙草は年齢制限があり、ギャンブルは原則違法で法令でOKの部分で許される(ただし年齢制限あり)というものです。つまりは「半合法」とでもいうものでしょう。そしておそらく多くの人は、これを初めてやるときは、それ相応の抵抗があるはずです。低いか高いかはともかく、まったく精神的なハードルがないというものでもないでしょう。

またこれは合法ですが、「投資」などもそういうところがないか。日本政府や自治体も、酒や煙草、中央競馬に公営ギャンブルほかをどんどんやって、国や自治体に税金や売り上げをどんどん納めてくれなんてことは少なくとも積極的には言っていないと思いますし(今はどうだか知りませんが、昔は自治体などでは、地元で煙草を買って税を地元に落とそうみたいな標語のステッカーを煙草屋ほか煙草を売る店で設置していました)、警察だって、パチンコをどんどんやって我々の天下り先を充実させてくださいなんて(もちろん)言っていませんが、投資についてはやたら推奨しています。しかし投資も、生まれて初めてやるというのはやっぱり怖いですよね。しかし1度やれば、だいぶそういった精神的ハードルが低くなるはず。

で、これはおそらく学校や職場でのいじめ(という言葉では済まなくなることも多い)、家庭でのDV、その他粗暴行為や車などの乱暴な運転などもそういうところがないか。世の中やってはいけないこと(法律的にも道義の点でも)をやったり、それなりのリスクのある行為をするということは、精神的な慣れがあり、そこから場合によっては依存症の道に進むのではないかと、素人考えながら想像するわけです。

おそらく懲役を繰り返すというのもそういうことでしょう。犯罪に対する抵抗がはなはだしく低くなっていることと、刑務所に入所することへの抵抗も低くなっている。刑務所くらいしかその人の居場所がないというのも、このこととパラレルでしょう。こうなるとまったくもって救いようがない。

いや、もっと極端な例でいえば、シリアルキラーなんてのもそうでしょう。連中だって、最初の1人を殺す際は、それ以降よりは精神的な抵抗はあったでしょう。それとは次元が違う話をすれば、たとえばAV出演とまではいわずとも、映画などでヌードシーンを演じるなんてのも、やはり似たようなところはあるでしょう。

そう考えると、やはり少年非行に限りませんが、最初がやはり非常に肝心ですね。最初で終わればいいが、終わらないと依存症になるまでよろしくないことを続けるということになりかねない。子育てなどをするうえでも、さすがに自分の子どもみ積極的に非行に走ってほしいと考える親は多くはないでしょうが、最初で火を消さないと非常に危険です。少年非行なら、まともな親がいれば注意してくれますが、成人以降の犯罪だと、いまさら注意してくれる人がいるかも問題です。

いずれにせよ精神的にハードルが低いうちに、よろしくない行動はやめた方がよいということです。進むとろくなことがない。私も気を付けますので、読者の皆様も、ご自身だけでなく周囲にも気を配ってください。よろしくお願いします。

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やっぱり半藤一利氏ってトンデモじゃんとあらためて思った

2022-10-03 00:00:00 | 書評ほか書籍関係

先日次のような本を読みました。2021年にNHKで放送された番組を基にした本です。活字が大きくて薄いのですぐ読み切ってしまいましたが、内容の濃さはすごい。戦時中の駐独大使である大島浩についての本です。彼が、どのようにアドルフ・ヒトラーやナチスに傾倒したかについて記しています。

ヒトラーに傾倒した男

私は元の番組は見ていませんが、本はとても興味深く拝読しました。著者は、NHKの記者(幹部の記者です)であり、番組では取り上げられなかった取材結果も本に反映しています。

で、この本を読んでつくづく思うのは、当時の日本のドイツ傾倒はすごかった、ですね。大島は、1938年から39年まで駐独大使を務めますが、独ソ不可侵条約締結で当時の平沼内閣が総辞職したこともあり、彼も39年末に依願免官となります。が、フリーになってからもドイツは大島をドイツびいきの有力者として重用したこともあり、後任の来栖三郎にかわって40年12月にまたまた大使に復活します。その後ドイツ敗北まで彼はドイツに有利な公電を打ち続け、ドイツ敗北後避難していたオーストリアで逮捕、米国に移送されたあと日本に押し戻され、帰国後逮捕、A級戦犯となり、自分の責任を否定する証言を連発。刑を定める投票で、1票差で死刑を免れ終身刑、1955年に釈放された後は隠遁生活を送り、著書や講演などもせず、75年に亡くなります。この本は、73年に彼が話した録音テープをもとに周辺取材、補強取材を行って放送された番組をもとにしたものです。

実は大島は大使を辞任して帰国していた際も、ドイツ外相のヨアヒム・フォン・リッベントロップとのホットラインまでありドイツ大使館にも自由に出入りしていたくらいであり、あえて言えば大使でなくなってかえって自由に活動ができたくらいだという感があります。本の中でも、

>「当時の大島は、正式な大使という肩書がないだけで、依然として日独関係の中心にいたのです。大島は、日本とドイツを強力に結びつける、いわば『黒幕』でした」

という米国の歴史学者であるカール・ボイド氏の発言が紹介されています(p.72)。ボイド氏については、次のような著書も翻訳されています。この本は、巻末にある参考文献にもありますね。

盗まれた情報―ヒトラーの戦略情報と大島駐独大使

それで私があらため思ったのが、半藤一利氏ってほんとトンデモだなあ」です。なにしろ半藤氏ときたら、日本海軍のドイツ傾倒の理由を原因として

>某海軍士官がポロッと漏らしたんです。「ハニー・トラップだよ」と。つまりドイツに留学をしたり、駐在していた海軍士官に、ナチスは女性を当てがったと言うんです。それを聞いてから、ドイツ留学やドイツ駐在をした人に次から次へと尋ねたところ、半分以上は否定しましたけれど、三分の一くらいは認めましたね。どうやらアメリカとイギリスはそういうことはなかったようですがね。親米英か親独か。あるときからなだれを打って親独になった裏には、そんな情けない事情もあったんです。

>そういえば当時、「海軍はなぜあんなにナチスドイツに傾斜してしまったのですか?」と、これは何人かに聞いたのですが、「どうしてだろうねえ」などとみなさん口を濁していました。長らくこれが謎だったのですが、この十数年のち、ある取材で元海軍中佐がペロッとしゃべった。「あれはハニートラップにかかっちゃったんだよ」と。

駐在武官としてドイツに滞在しているあいだナチスは美人のメイドを日本の海軍さんに派遣したそうな。それでいつの間にかナチスの色仕掛けに籠絡され、気がついたらナチスびいきになっていたというわけです。

>陸軍は明治以来、ドイツ陸軍に学んできましたから、親近感を持つのもわかるんですが、イギリスに学んだ海軍が、なぜドイツに傾斜したのか。そのことが疑問で、旧海軍軍人に会うたびに訊いたんですが、みんな口を濁して答えないんです。 

ところがあるとき、海軍中佐だった千早正隆氏があっさり真相を語ってくれたんですね。つまり、ドイツに行った海軍士官はみんな女をあてがわれて、それで骨抜きにされたんですよ。

(中略)

半藤 アメリカへ行った武官は、そんなことはまるでなかったのに、ドイツへ行った武官はみんなすごくいい思いをして帰ってきた。それで、ドイツはいい国だと。実に下世話な話で、まことにつまらない話ですが、真相はそのあたりにあるようです。

といったような与太をほざきまくっているわけです。しかも宮崎駿のような歴史素人との対談本や少年少女向けの新書本、はたまた座談会本でこんなことをほざいている。素人さんや青少年あたりにデタラメを吹き込んでいるわけで、その罪深さたるや半端でない。これらの詳細については、下の2つの記事で詳述しましたので、興味のある方はご参照ください。

「ハニートラップ」なんてことで、そのような歴史の話を解釈するのはよろしくない(半藤一利氏って、こんなトンデモだったのという気がする)(上)

「ハニートラップ」なんてことで、そのような歴史の話を解釈するのはよろしくない(半藤一利氏って、こんなトンデモだったのという気がする)(下)

だいたい半藤氏のその珍説の論拠は、

>某海軍士官がポロッと漏らしたんです。「ハニー・トラップだよ」と。つまりドイツに留学をしたり、駐在していた海軍士官に、ナチスは女性を当てがったと言うんです。それを聞いてから、ドイツ留学やドイツ駐在をした人に次から次へと尋ねたところ、半分以上は否定しましたけれど、三分の一くらいは認めましたね。

程度のことですからね(苦笑)。こんなの「馬鹿も休み休み言え」「デマデタラメもいいかげんにしろ」「うそ八百ほざいてんじゃねえよ」「素人や青少年にフェイク吹き込むのもたいがいにしろ、嘘つきクズ野郎」ってもんでしょ。悪いけど。こんな根拠薄弱なデタラメをほざく人物は、「嘘つき」「クズ」と言われたってしょうがないでしょう。上で彼は、その珍説を半分以上は否定したが、1/3くらいは認めたと書いていますが、認めたって、それ信頼のできる発言なんですかね。そんなことをどうやって確認したのか。半藤氏がきいた人たちは、そういうことに責任をもって話ができるような立場の人たちだったのか。認めた人たちは、本当に海軍のドイツ傾倒がハニートラップのせいだと認めたのか。まったくもって信じかねますね。

で、私は以前の記事で、大島の反省の弁を紹介する際に

>まさか彼は、陸軍出身でドイツびいきだから関係ないなんてことは言わないでしょうね。

と書きましたが、たぶん半藤氏は、そういう指摘をされたら「大島さんは陸軍出身だから関係ない」って抗弁するんでしょうね(苦笑)。当時の時代の趨勢として、日本と同盟を組む可能性のある大国はドイツが筆頭だったし、米英仏だめ、ソ連論外となったら、それはドイツくらいしかないでしょう。海軍が英米びいきだからといったって、そんなのもはや関係ない話。

それにしても、座談本の中で、半藤氏につきあって

>保阪 ドイツではメイドの名目で若い女性を日本の武官と一緒に住まわせたといいます。これが実質的な現地妻だった。

なんてほざいていた(上の引用の「中略」の部分です)保阪正康氏(まあ、彼は、「それが海軍のドイツ傾倒の原因だ」とは言っていませんが)は、この本の中でも

>大島だけでなく当時の指導者や国民の多くが、ナチス・ドイツとヒトラーの勢いに惑わされていたことを忘れるべきでないとも強調した(p.147)

と語っているというわけで、これつまり保阪氏は、半藤説なんてデタラメじゃんと考えているということですよね。じゃ、あんたの座談本での半藤氏へのお付き合いは何なんだよという気がします。保阪氏といい、半藤説を座談本で拝聴していた坂本多加雄(故人)、秦郁彦のご両名といい、あんたたち、こんなデマを聞いて聞かぬふりして恥ずかしくないのか(笑)。まったくもってどうしようもないですね。

まあでもなまじ世間での評価が高い人がひどいトンデモなことをほざくこともあります。本多勝一氏の東洋医学の話などもご同様。本多氏の東洋医学の与太については、また記事を書きますので乞うご期待。

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九州新幹線と未乗車在来線を利用しての九州一周旅行(2022年9月)(Day1-2)(2)

2022-10-02 00:00:00 | 旅(国内)

普段なら鹿児島中央駅で降りるのですが、今回はいろいろあって天文館で下車します。

最初は朝マックでもしようと思いましたが、たまにはちがうみせにいこうとおもいました。

すき家で、牛丼のチーズのせをいただきます。

客は、ほかにカップルが1組いました。

牛丼系は、私は吉野家にはあまり行かず、松屋に行くことが圧倒的に多いのですが(別に吉野家さんやすき屋さんに恨みがあるわけでなく、私の立ち寄り先に松屋の店が多いということです)、すき屋もなかなかいいですね。

鹿児島市立松原小学校ほかの生徒が作ったものが飾り付けられていました。

立派なアーケード街です。

今日は9月1日なので、映画館に行きます。映画の安い日です。天文館シネマパラダイスは、TOHOシネマズが番組編成を行っている地域が運営する映画館です。

私は、さすがに顔は入れませんでした。LINE仲間の某女性は、ぜひ入れてほしいと私に語りましたが。

交番らしからぬ色彩です。

鹿児島中央駅に行きます。

市電に乗ることとします。

湘南色の市電です。私の乗った市電には、なかに高校生がわんさと乗り、どうも修学旅行の生徒ではないかと思いましたが、確信はありません。

駅に着きます。

観覧車も健在です。昔は、デパートの屋上に遊園地がありましたが、いまはあんまり見かけないな。

鹿児島に来るといつも食べてしまう「鹿児島らーめん豚とろ鹿児島中央駅店」にて食事をします。

替え玉もいただきます。元の麺はわりと太めですが、替え玉の麺は極細です。

駅のビルにあるスターバックスコーヒーで電車の出る時間まで待機します。ダークモカチップフラペチーノクリームのヴェンティと、あと店の女性にうまくすすめられて、1日から新たに発売されたというアップルパイを注文してしまいました。

桜島方面をのぞみます。

改札を抜けます。

宮崎行きの特急に乗るのです。本来なら青春18きっぷで行きたいのですが、諸事情あって遺憾ながら特急を使います。

特急が来ます。制服姿の警官が乗ったので鹿児島県警かなと思ったら、宮崎県警でした。

車内です。

(つづく)

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九州新幹線と未乗車在来線を利用しての九州一周旅行(2022年9月)(Day0&Day1-1)(1)

2022-10-01 00:00:00 | 旅(国内)

ここは池袋の新文芸坐です。

この日五社英雄監督の『三匹の侍』の上映がありましたのでこれを8月最後の映画鑑賞としたわけです。あ、言い忘れましたが、この日は8月31日です。

映画が終わった後山手線に乗り品川下車、京急乗り換えで羽田空港に向かいます。

竹中直人と小芝風花が強烈です。

今日は羽田空港にあるファーストキャビンに泊まります。

こんな感じです。自称するところによると、ビジネスホテルとカプセルホテルの中間の位置の部屋とのこと。私もけっこういろいろなところで泊まっています。また「ナインアワーズ」は成田空港にあります。

早朝にチェックアウトします。

朝の羽田空港です。

8月の早朝とはいえ、やはりだいぶ朝日が柔らかいですね。

私が乗るのは、スカイマークの鹿児島行きです。

さすがに人はいません。

朝の雰囲気ですかね。

鹿児島行きに乗ります。

搭乗します。マスクで鼻を出していたので、注意をされました。

スカイマークですので、簡素ですが機内サービスがあります。おいしくいただきます。

鹿児島空港に到着します。海抜272mという高いところにある空港です。

朝ですが日差しが強い。

写真はありませんが、たぶん修学旅行と思われる高校生の集団がいました。

都合よくバスに乗れました。鹿児島市内へ向かいます。

(つづく)

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10月1日から、今月行った九州一周旅行を連載します(ただし完結しない可能性あり)

2022-09-30 00:00:00 | 旅(国内)

来月から、今月に行きました九州一周旅行の記事を書きます。そんなに写真がないので、長い旅行記にはならないと思いますが、乞うご期待。

なお完結しない可能性というのは、現段階では事情を説明できませんが、そういうこともあるかもということでご了解願います。このブログは、現段階やめるつもりはありません。

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面白い記事を読んだ(蒋介石は現実を見ている人だったが、昭和天皇の時代錯誤ぶりと馬鹿ぶりもひどいものだ)

2022-09-29 00:00:00 | 社会時評

昨日(2022年9月28日)面白い記事を読みました。そう、日中国交回復50年ということは、日台断交50年でもあるということです。

>台湾孤立化「世界の流れ」 蒋介石、部下に吐露―日台断交50年
2022年09月28日07時11分

 【台北時事】日中国交正常化50年を迎える29日は、日本が一方的に中華民国(台湾)と断交してから50年でもある。当時の台湾政府は「背信行為だ」と日本を強く非難した。ただ、蒋介石総統は断交前年の1971年に国連を脱退する前から「中国共産党政権を受け入れ、われわれを追い出すのは世界の流れだ」と吐露。国際的な孤立化を覚悟していた蒋総統は日台断交を予見していた可能性がある。当時の部下が明らかにした。

 ◇国連演説案を却下
 元国民党幹部の陳鵬仁氏(91)は、69年に台北で行われた党の全国大会で蒋総統と交わした会話を、今もはっきりと覚えている。38歳だった陳氏は、蒋総統が国連に自ら赴いて国連の中国代表権問題について演説するよう進言した。
 「ルーズベルト(米)、チャーチル(英)、スターリン(旧ソ連)が亡くなり、残る世界四大領袖(りょうしゅう)は蒋総統一人だ。国連で演説すれば、われわれの議席は保てるのではないか」。陳氏がこう訴えると、蒋総統は「いい提案だ」と評価しつつ「3年、4年は持つかもしれないが、必ず追い出される。時代の流れは変えられない」と率直に語り、却下した。
 蒋総統は72年半ばから病床に伏せ、同9月の日台断交時には意識がはっきりしない状態だった。当時、陳氏はニューヨークにいた。断交の報道をテレビで見たとき、「日本にとっては正解だ。小さな台湾とつき合ってもメリットがない」と驚かなかったという。

 ◇排除の始まり
 台湾各紙は日中国交正常化の翌朝の紙面で、一斉に日本の田中角栄政権を批判した。日本研究で旭日中綬章を受章した李永熾・元台湾大教授(82)は、当時の台湾での田中氏バッシングを「大変なものだった」と振り返る。
 李氏は台湾が国連を脱退した時点で、国際社会に居場所が無くなったと感じていた。カナダやイタリアなど、「断交ドミノ」もすでに広がっていた。それでも「日本がこんなにすぐに台湾と断交するなんて」と衝撃を受けた。今後自分たちはどうなるのか、大きな不安が台湾社会を覆うのを感じた。

(以下略)

記事に登場する陳鵬仁氏と李永熾氏のプロフィールはこちら。

>◇陳鵬仁氏略歴
 陳鵬仁氏 1930年12月、台湾南部・台南市(旧台南州)生まれ。明治大、東京大、米シートン・ホール大、米コロンビア大に留学。74年対日交流窓口機関の亜東関係協会東京事務所職員、96年国民党中央委員会党史委員会主任委員。96年東京大国際関係学博士号取得。日本留学時代に早稲田大生だった故・小渕恵三元首相と親交を深めた。

 ◇李永熾氏略歴
 李永熾氏 1939年11月、台湾中部・台中市(旧台中州)生まれ。66年台湾大修士修了、67年東京大大学院留学、71年台湾大歴史学部副教授、75年台湾大歴史学部教授。2005~06年民進党・陳水扁政権の政策顧問。22年、旭日中綬章を受勲。

お二人ともそうとうな知日派のようですね。

読めば読むほど非常に興味深い記事ですね。それで私がこの記事を読んで思ったのが、なんだかんだいって蒋介石という人物は、いろいろ現実感覚のある人だなということですね。Wikipediaによると、台湾は大陸反抗を1965年に事実上放棄、72年に最終的に計画を放棄しています。そう考えてみると、69年に蒋が上の記事にある発言をしたというのもそれなりに理解できますね。蒋としては、やはり大陸反抗ができなければ、大陸側が国連ほかを代表する中国の座に就くことは時間の問題と考えていたということでしょう。それはそうですよね。蒋介石が現実性のある人間でしたら、そう考えざるを得ないでしょう。そして蒋には、そのような現実性があったということです。

さてさてそうとなると、私がずいぶん以前にご紹介したわが日本の昭和天皇はどうなんですかね? 

昭和天皇というのも、時代錯誤な人だ

当時私が引用した記事をお読みいただければ幸いですが、1971年の時点で昭和天皇は、当時の首相佐藤栄作に

>日本政府がしっかりと蒋介石を支持する

と依頼したといいます。記事は、

>蒋介石の行く末を案じた天皇の意向は、台湾擁護にこだわった佐藤の姿勢に少なからず影響を与えたのではないか

という

>井上正也・成蹊大学法学部准教授

の談話を紹介していますし、またこの記事を書いた時事通信の記者(氏名記載なし)も、

昭和天皇の発言の背景には、蒋介石が終戦直後に中国に残った日本人の引き揚げや天皇制の尊重、対日賠償請求権の放棄など「以徳報怨」(徳をもって恨みに報いる)と呼ばれる寛大な対日政策を取ったことに「恩義」や「信義」を持ち続けていたことがあると思われる。

と評しているわけで、井上氏といい時事通信の記者といい、どんだけ馬鹿なんだよですね。うんなもん佐藤だって義理とか行き掛かり上動いたという側面が大きいだろうし、国民党より共産党の方が日本や日本人に対して過酷に対応したなんて事実もないでしょうに。事実佐藤は、台湾から大陸に国連の代表権が移ってからは、日中国交回復に動いています。すでに佐藤の自民党総裁としての任期も終わりが近かったし、また周恩来が佐藤をひどく嫌っていたせいもあり、国交は実現しませんでしたが、佐藤もさすがに台湾に固執するほどの頑迷ではなかったということです。この件では、こちらの本が参考になりますので、興味のある方は乞うご参照。下で引用する記事でもご紹介しました。

佐藤栄作 最後の密使――日中交渉秘史

いずれにせよ前に書いたことを繰り返せば、

>別に共産党政権だから日本に蒋介石より過酷だなんてことはなかったんじゃないんですかね。たとえば戦犯うんぬんということを言いだせば、中帰連の人たちはどうなんですかね(笑)。1人の死刑も出さずに帰国しましたけど。アカの洗脳を受けた連中のことなんか知らん、ですかね。

つまりは、蒋介石は戦争した相手であっても最終的には仲間だが、毛沢東や周恩来らはなんだろうが付き合いたくない、絶対嫌だ、っていうレベルの話でしょう。要は、昭和天皇の反共理念の発言以上のものではないと思います。どちらにしても、時代錯誤な脳みその持ち主です。

ということでしかないでしょう。だいたい戦後の日本は、天皇の政治権限をはく奪しているわけで、それを代償として、天皇制は維持されたし、昭和天皇も天皇の地位を奪われなかったわけです。いくら米国が、天皇制を日本支配のツールとして活用したいと考えていても、天皇にさまざまな政治権限を与えたままでそのようなことを遂行するということはできないでしょう。

ともかく私が言いたいことは、昭和天皇の時代錯誤ぶりと馬鹿ぶりはひどいということです(苦笑)。いくらなんだって、1971年の時点で、首相に大要国連での台湾の議席維持に動いてくれと頼むなんてまるで自分の立場を理解していないし、あんたどんだけ時代錯誤の反共なんだよです。そんな世迷言を米国大使に話す佐藤という野郎もひどい人間ですが。そんなことを言われたら、天皇をたしなめるレベルの話でしょう。だいたい昭和天皇の話をマイヤー大使に佐藤が伝えたのが6月2日、キッシンジャーの秘密訪中が1か月強後の、7月9日です(笑)。ニクソン大統領による発表があったのが同月15日です。詳細は下記を参照してください。

ニクソン大統領の中国訪問

まあでも、昭和天皇としては、たぶんこの時点で、「ああ、だめだ」とは思ったのでしょうね。前の記事でも指摘しましたけど、田中角栄による日中国交回復に関して、昭和天皇が反対の意向を示したという情報は、現段階私は知りません。そして蒋の指摘する

>中国共産党政権を受け入れ、われわれを追い出すのは世界の流れだ

というのも、そして陳氏の語る

>日本にとっては正解だ。小さな台湾とつき合ってもメリットがない

というのも、まことにごもっとも、当然の話ですよね。しょせんケンカにならない、そういうことです。これは、中国本土と香港の関係もご同様。かつては、香港は、中国発展のためのなくてはならないツールでしたが、もはや本土の力で香港は繫栄している。つまりは、すでに香港は、中国における大都市ではあっても、かつてのような別格の位置にあるというものではないわけです。京都大学・慶應義塾大学名誉教授である大西広氏らも、著書でご指摘になっています。下の記事参照。

けっきょく香港の中国における相対的地位の低下、利用価値の低下に話は尽きると思う

というわけで私が何を言いたいかというと、経済が強いところが一番強いわけです。政治より経済の方が強い。これは私がいつも指摘していることです。おかげで一部のチベット馬鹿からずいぶん嫌われましたが、連中も私の指摘を否定はできません。すべて同じことです。

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恋愛系の詐欺などに引っかかる人の状況がきわめて端的にまとめられていないか

2022-09-28 00:00:00 | 書評ほか書籍関係

先日、地元の図書館で次のような本を借りました。現在読んでいる最中です。

冤罪をほどく: “供述弱者”とは誰か

中日新聞による編著で、「取材班デスク」として秦融氏が著者代表としてお名前を出しています。つまり滋賀県で起きた冤罪事件についての本で、冤罪被害者の女性は、知的障害と発達障害があり、いわゆる「供述弱者」だったとされます。

アスペルガー症候群 思春期からの性と恋愛

それでこの事件で特異だったのは、冤罪被害者の女性が、担当した刑事に恋心を持ったということです。さすがにそれは「なぜ? 本当に?」ですが、そのような心理について、こちらの本からの引用として、次のような指摘が引用されています。原著では、すべて一続きのものです。それを引用者は、一文ごとに分けたわけです。丸数字は、便宜上私がつけました(p.92~96)。引用文は、③のかっこなどを活用するため、中日新聞の本からの引用とします。したがって、元の本での「」は、『』とします。原著では、p.98~p.99にあります。

①最初の友だちさえなかなかできなくて、そのために引っかかりやすくなる

②ぼくらに会わなければ良い人で通せていたような人たちまで、あまりに無防備なぼくらを見ているうちに、つい、わがまま心を刺激されてしまう

③”友情”のためとはいえ『これ以降は譲らないぞ』というライン(を持てない)

④彼らはきみから『ちょっとだけ』と借りていったお金で車を買っておきながら、その車で、出資者であるきみを轢いて意気揚々と去っていくかもしれないのだ

⑤異性と付き合ったこともなく、この先もモテる望みはなさそうだと思っている人は、『もしかしたら、おつき合いに発展するかも?』というえさをまかれたら、たちまちまいってしまう

⑥相手が魅力的で、カリスマ性のある異性となると、さらに危ない

⑦友だちだと思っていた人たちに、身ぐるみ剝がされてしまうことにもなりかねない

いかがでしょうか。私これ読んで、思わず「うーん、結婚詐欺ほかの恋愛系詐欺に引っかかる人間の心理や状況を、きわめて端的にまとめているなあ」と感心してしまいました。恋愛系詐欺に限らず、一部のカルト系の組織(宗教ほか)に過度に入れ込んでしまい、人生を棒に振る人間の状況も、このような側面にまとめることができないか。

私が思い出したのが、歌手崩れに引っかかって全財産を貢いで一文無しになり、生活保護受給者になった某女性です。こちらでご紹介しました。

金をためられる人、財産を残せる人は、けっきょく金にシビアなのだと思う(追記あり)

①→友人はいたようですが、男性にもてるというタイプではなかった。

②→歌手崩れの人間に異常に入れ込んでしまい、後戻りできなくなった。

③→歌手崩れと飲食店を始めて、男の言うままに金を出した。

④→その飲食店は完全に失敗し、大赤字となり、まさに金をどぶに捨てたようなものになった。

⑤→夫と死別した女性であり、男性経験がなかったわけではないが、夫婦仲がよかったわけではなく、その歌手崩れに異常に入れ込み、養子にするとまでいった。

⑥→歌手崩れなだけあって歌はうまいしなかなかハンサムだったらしい。

⑦→全財産を失い、生活保護受給者になった。

というわけです。すべてが当てはまりそうです。

ほかにもたとえば、ゴム会社の社員が、会社の金をキャバクラ嬢に貢いで、逮捕・実刑となった事件はどうか。

①→写真で見た限りでは、とても女にもてそうな人間に見えない

②→キャバクラ嬢に異常に入れ込んでしまい、後戻りできなくなった。

③→キャバクラ嬢から病気療養のためなどといわれて、その言うままに金を出した。

④→その金は会社の金を横領したもので、もちろん返ってはこない。

⑤→キャバクラ嬢に本気で入れ込んでいた。

⑥→顔は知らないが、たぶんそれ相応の美女だったのだろう。

⑦→警察に逮捕、実刑判決となった。現在出所しているだろうが、一生を日陰ものとして過ごすのだろう。

という感じです。なんと合致するのか(笑、他人事だから笑えるのです)。

そしておそらくこれは、昨今話題の統一協会オウム真理教、あるいは非宗教系のカルト組織(幸福会ヤマギシ会とか)などに加入する人たちにも当てはまる心理ではないか。人間、恋愛ばかりでなく何らかの対象に入れ込んじゃうと、信じがたいような愚かな行動をするということがありえます。なお上の引用の続きで、カリスマ性のある人物として、

チャールズ・マンソン

が出てきます。つまりは、麻原彰晃文鮮明というような連中と同類と考えてよろしい。文鮮明の場合そこまではいきませんでしたが、麻原の場合自分の道連れに、12人もの弟子が、刑場に消えたわけです。ほかにも、裁判になったら死刑は免れなかったと思われる人物もいるし、彼らに殺された教団内外の被害者多数。

上の引用は、発達障害者の対応について記されているものですが、私は、上の女性やゴム会社の社員が発達障害かどうかは知りません。知るわけもありませんが、そうだと判断する材料がないのでわからない。正直発達障害めいた部分はあるのかもしれない。しかしたぶん上のような状況は、発達障害でなければ無縁であるというものでもないですね。むしろ関係ないと考えるべきではないか。心の隙間に忍び込むということがあるでしょう。少なくともオウム真理教や統一協会などの熱心な信者・活動家がみな発達障害ということもないはず。

いずれにせよこういうのは、状況がよろしくなくなったら、だれでも引っかかる可能性はあると思ったほうがよさそうですね。最終的に人殺しとか死刑とかになる人間がそうそういるとも思いませんが、連合赤軍だって、その構成員がみんながみんな、そんなにひどい人間というものでもないでしょう。

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かつて、安倍晋三の胡錦濤への無責任発言を絶賛したり喜んだりした人たちは、ほんと救いのない馬鹿だと思う

2022-09-27 00:00:00 | 社会時評

本日は、安倍晋三の国葬の日です。当方もちろん安倍晋三の死などというものを悼む気持ちなど全くないのですが、せっかく国葬が行われるのなら、安倍にまつわる不始末についての記事を書きたいと思います。ただこれは、安倍よりむしろ安倍の周囲の人間がお粗末すぎたというべきでしょう。

以前私が、

>口先だけの男

と彼を評しましたら、とあるコメンテイターがそれを批判して、このように書きました。

>あと、安倍氏を口先だけと言うが、2008年5月の胡錦濤氏と日本の前首相達の懇親会で、ウイグルからの留学生のトフティ・テュニヤズさんの釈放を要求するなど、口先だけの人がすることでは無いと思います。

それで私は、その記事のコメント欄でなく、あらためて反論の記事を書きました。

安倍晋三が口先だけの男でなければ、首相だった時に胡錦濤に同じことを言っている

>このコメントにはとくに私はコメント返しはしなかったのですが、けっこうこのくだりは興味深い問題が述べられているように思います。つまり私はこういう安倍の発言こそが、口先だけだと思うわけです。なんで安倍は、首相在任時に、そのようなことを胡錦濤にいわなかったんですかね?

2008年5月の時点で安倍はすでに首相じゃなかったわけで、失礼ながら安倍がこんなことを胡錦濤に発言したところでもはや遅い段階です。彼が首相だった時に同じような内容のことを言えばそれはそれなりの意味やりアクションはあるでしょうが。

安倍が首相だった時点だったら、中国の人権問題について日本政府がそれなりに動くために外務省などになにがしかの指示を出すということも可能でしたし(外務省はそうとう嫌がったでしょうが)、それなりのことができたでしょうが、あのような辞任をした後ではね、なにもできません。2008年に安倍がそのような発言をしたのは、すでに自分が日本の外交政策に何ら影響を及ぼすに至らない安全地帯にいたからでしょう。胡錦濤だって、しょせん前首相(当時)からの発言なんて聞き流せるし、そんなことは安倍だって重々承知でのものです。失礼ながら安倍は、首相の際にはこのような発言をすることができなかったでしょうし事実しませんでした。

この記事を書いた時点では、民主党政権時代だったので、当然第二次安倍政権より前になりますが、このコメンテイターと私の書いていること、どちらが正しかったかは、もはや議論する必要もないでしょう。このコメンテイターは、たぶんこの記事にコメントしたあと私のブログを読んでいないと思いますが、おそらくこの人も、いまさら安倍を

>口先だけの人がすることでは無いと思います。

とは評価していないでしょう。

しかしこのコメンテイターの不明ぶりを笑ってばかりもいられません。たとえば早稲田大学の石濱裕美子教授は、

>その席で、お腹をいためて総理を辞任したアベ元首相が、チベットの現状を何とかするように訴え、また、日本に留学していたウイグル人の留学生で、中国で「国家分裂罪」(笑)の罪で逮捕されて十年になるトフティ・テュニヤズさんの釈放を求めたのを覚えているであろうか。

 このあと、チベット問題は悲しいかなまったく好転しなかったが、トフティ・テュニヤズさんの獄中での待遇はよくなったといい、今年に入ってからやっと釈放された。

とまで書いているし(なおツイッターは確認していませんが、ブログでは、彼女は、安倍の死に関してこれといった記事を発表していない模様(苦笑))、またのちに明治大学准教授になった水谷尚子女史は、

>最初にラビア・カーディルがアムネスティの招聘でやって来た時、私は時間を作って、彼女とともに安倍元総理を訪問し、その場でトフティ氏の状況について話をしました。それを切っ掛けに安倍元総理はこの件を知ることになりました。それがあの朝食会での発言に繋がっていきました。

>安倍元首相の発言は、政治犯であったT氏の監獄での状況改善に繋がりました。

>トフティ氏は、あの会見以降、監獄での布団などの備品が一新され、待遇が良くなったと聞いている。蜘蛛の糸をつかむような思いで、働きかけをしてきた人々を、外野が中傷することにいい加減疲れた。

>安倍元首相は、中国政治犯の妻であったラビヤさんの身の安全について相談にのってくれ、下野した後も時の外相や法相とも会ってどうすべきかを考えてくれた

などと安倍を絶賛し(引用は、bogus-simotukareさんの記事より)、そういう趣旨のことを共産党系の雑誌である「前衛」にも発表したくらいです(苦笑、呆れ)。

そんな話共産党系の雑誌なんかにしなくったっていいだろうと思いますが、そういうことをしてしまうのが、水谷という人なのでしょう。ほかにも、ネット論客のnoharra氏という人物も、やたら安倍のこの発言を支持していました。

で、安倍がこの発言をして 今年で14年(2008年5月)、安倍が自民党の党首(総裁)に復活して第二次安倍政権を樹立して今年で10年(2012年)、安倍が首相を辞任して今年で2年(2020年)です。そして今年彼は、政治的にはむしろ彼を支持していたらしい人物(山上徹也容疑者)から、旧統一協会(統一教会)との親密な関係について恨みを買って、殺される始末です。あまりに愚劣でお話にもなりません。

首相在任時安倍は、ウイグルやチベットのことなんて逃げまくっていましたよねえ。しまいには、習近平中国国家主席を国賓として日本に招こうとしました。これは、新型コロナウイルスとかの絡みで現段階実現していませんが、それがなければこれは実現していたでしょうね。つまりは、安倍にとって中国の人権問題なんて、どうでもいい、あるいはそうでなくったってそんなものの優先順位はきわめて低いということです。

とかなんとかそういうことを考えていると、ほんと心の底から私は、石濱教授や水谷准教授、拙ブログへのコメンテイター、noharra氏らのような人物は、

ほんまあほやなあ

と思いますね。それ以外に語る言葉がない。

私は、以前の記事で、

>失礼ながら安倍は、首相の際にはこのような発言をすることができなかったでしょうし事実しませんでした。

と指摘しました。こんなのは、なんら慧眼の持ち主でなくったって、社会常識のレベルですぐに思いつく程度のことです。上にあげたような連中は、まったくもってどうしようもない馬鹿としか思えませんね。この人たちにかぎらず現在安倍の胡錦濤への発言を理由として、安倍は中国にものを言ってくれた政治家だと本気で考えている人はいないでしょうが、でも過去に絶賛していた人で、自分の発言は間違っていました、撤回しますなんて言った人いるんですかね(苦笑)。1人もいないかどうかは定かでありませんが、たぶんほとんどいないんじゃないんですかね。私は、言っている人を知らない。コメンテイターについては確認できませんが、石濱、水谷、noharra氏といった人たちは、そういったことをしていないはず。

あ、ここでことわっておきます。私がここでいう「馬鹿」とは、勉強ができないとか知的障害があるとか、そういう話をしているのではありませんよ。社会常識の欠如、類推能力のなさ、自分の誤りを認められない頑迷さ、やたらと知ったかぶる、自分に都合のいい情報を仕入れると怪しかったり論拠もないのにすぐ飛びついて声高に吹聴する、そういったことの総体と考えていただければ幸いです。上の人たちは、まさにこういった連中じゃないですか。前に紹介した、ウイグルのビール祭りについての愚劣で幼稚なデマ記事をすぐ真に受けて、それがデマ記事であることを認めざるを得なくなったら関係ない話を始めて逃げようとしたどっかの馬鹿と同様です。ほんとこういった連中は始末に負えない。

なかなか面白い記事を見つけた(うそを見抜くのにいい判断材料になりそうだ)

櫻井よしことか産経新聞などは、安倍晋三とつきあうことで何らかの利益はありますから(櫻井を政府の審議会の中央委員にしたり自民党の幹事長と話ができるようアレンジしたり大相撲観戦でトランプ大統領と握手したり(右翼のくせにどんだけ馬鹿でクズなんだか)、フジテレビのトップに産経新聞を助けてやってくれと泣きを入れるなど、こんな馬鹿な首相は安倍以外にありません)、安倍とやたら親密になろうとすることも理解できなくはない(もちろん連中のやっていることは、ジャーナリスト、報道メディアとして最低の常識を逸脱しています)。が、安倍に直接話をしてのぼせ上ったらしい水谷女史はまだしも、ほかのお三方は、安倍と特に付き合いなんかないでしょうしね。水谷女史だって、言うほど大した付き合いはしていないでしょう(苦笑)。要は、安倍に勝手に期待して、それで勝手に吹き上がって最後には勝手に失望するという一番馬鹿なパターンです。まあ安倍は、こういう馬鹿な連中に囲まれたから首相になれたし首相に復活できたし、その代償として殺されたわけですが。

余談ではありますが、安倍はかつて戦後レジームの解体なんて話をしていましたが、そもそもそういうことを言うのなら、自民党所属の国会議員を経て首相になるのも変な話ですが(自民党こそまさに最高の「戦後レジーム」の集合体じゃないですか)、「戦後レジーム」どころか、統一協会(教会)といういわば自民党の黒歴史、宿痾、悪しき自民党体質の権化の関係で恨まれて暗殺されたのだから、まさに古き悪しき自民党のために彼は殺されたわけです。なにが「戦後レジームの解体」かです。馬鹿も休み休み言え、無様で無残にもほどがある、大言壮語、整合性の欠如もいいかげんにしろです。

余談を続ければ、本当に「戦後レジーム」を解体しようとするなら、日米安全保障条約も破棄か改定が必要でしょうね。破棄して自主防衛をするか、日米同盟を継続するのなら、またあらためて条約を作り直さなければいけないでしょう。安倍にそんなことをする意思や能力があるとも思いませんが、ただ安倍はなんだかんだ言っても最終的には米国を嫌いだったでしょうから(岸信介をA級戦犯にしたくらいだからね)、本来は米国の核の傘は嫌だったのでしょう。たぶん彼は、実現性はなくとも、日本の核武装を希求していたのではないか。もはやどうでもいい話ですが。

安倍については、また記事を書くことがあるかもしれませんが、あるいはこれで終わりかもです。それにしても安倍政治の終焉が、統一協会との関係で恨みを買っての暗殺とはねえ。あらためていろいろ考えさせられます。なおこの記事については、下の記事が下敷きとなっておりますので、ご興味があればご参照をお願いします。けっきょく9年前と同じことを書いているなということに話は尽きますね。

ね、首相に復活したら安倍は動いてはくれないだろ(今後に期待?)

コメント (4)
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JR西日本を中心とするローカル線乗車を主とする旅(あと福岡)(2021年12月~2022年1月)(Day7-2)(29)(完)

2022-09-26 00:00:00 | 旅(国内)

滋賀県あたりは、雪が積もっていて、しかも正月なので空気もきれいなので、車窓もすばらしい。

ね、悪くないでしょ。

彦根駅も雪が積もっています。

降雪が多いですね。

急に場所と時間がスキップして、ここは静岡県。富士山が見えます。

思わず写真をたくさん撮っちゃいます。

都内で用事があるので、遺憾ながら熱海で新幹線に乗り換えます。このあと高田馬場へ向かいます。

高田馬場では、早稲田松竹に行きまして、田中絹代の監督作品を観ました。もちろん明日から仕事です。

(完)

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公明党の退潮ぶりも明らかだ(創価学会の団塊チルドレン世代があまり選挙に動いてくれない?)

2022-09-25 00:00:00 | 社会時評

旧聞で恐縮ですが、沖縄県知事選で、現職の玉城デニー氏が勝ちましたね。今回の選挙は、下地幹郎候補が出馬を表明した時点で、勝負の決着はついていました。彼は当選は無理でも数万票は取れる力がある。その票の多くは、一騎打ちでしたら佐喜眞淳候補に流れるものでした。そうなると、勝つとしても僅差の勝利ということになる自公候補は勝つ見込みがなくなる。で、玉城勝利を報じるNHKのニュースを。

>沖縄県知事選 現職の玉城デニー氏 2回目の当選
2022年9月12日 5時30分 

現職と新人の3人による争いとなった沖縄県知事選挙は11日投票が行われ、アメリカ軍普天間基地の名護市辺野古への移設反対などを訴えた現職の玉城デニー氏が2回目の当選を果たしました。

沖縄県知事選挙の開票結果です。

玉城デニー、無所属・現。当選。33万9767票。

佐喜真淳、無所属・新。27万4844票。

下地幹郎、無所属・新。5万3677票。

立憲民主党、共産党、れいわ新選組、社民党、地域政党の沖縄社会大衆党が推薦した現職の玉城氏が、自民・公明両党が推薦した元宜野湾市長の佐喜真氏らを抑えて2回目の当選を果たしました。

玉城氏は、沖縄県うるま市出身の62歳。

タレントとして活動したあと、沖縄市議会議員や衆議院議員を経て、4年前の沖縄県知事選挙で初当選しました。

玉城氏は選挙戦で、アメリカ軍普天間基地の名護市辺野古への移設反対や子どもの貧困対策などに取り組んだ実績を訴えました。

その結果、立憲民主党や共産党などの支持層を固めたほか、いわゆる無党派層の支持も集めました。

上の記事でも数字がありますが、あらためて、Wikipediaのこの選挙の項目から、開票結果の表を、スクリーンショットで。

ただ今回の選挙は、玉城票>佐喜真票+下地票(339,767>328,521)ですからね。 というわけで、今回は玉城の勝ちです。

また、下地に玉城票が若干かもしれませんが流れているはずだし、また下地なら入れるが、佐喜真には入れたくない人もいる。さらに、玉城、佐喜真2人への批判の意味で、下地に入れた人もいるでしょうから、そう考えると玉城と佐喜真の一騎打ちだったら、もう少し差がついたと思います。たぶんですが、1万票~2万票くらいは差が広がったのではないか。このあたりの厳密な推測は私の手に余るので、このあたりでやめておきます。

それはともかく、正直自公側も、今回本気で勝つ気だったのかあですね。佐喜真は、前回選挙で8万票以上の差をつけられて玉城に負けていますからね。それでまた出て勝つには、それなりのプラスアルファ―が必要でしょうに。そういうものがあったんですかね? あんまりないような気がするんですが。それともそれって私の誤解?確かに今回は、下地が出たとはいえ、その差を6万5千票弱に縮めているのも確かではあります。

さて2018年の選挙では、佐喜真は、公明党票の7割くらいを固めたとされますが、逆に言うと3割は玉城に入れたということになります。前回選挙での8万票の敗北の大きな原因がそこでした。ちなみに2022年の参議院選挙での沖縄県の公明党への比例代表への投票は、81,618票で、14.77%であり、これは日本でもかなり高い得票率です。こちらから、さまざまな選挙のデータを確認できます。面白いので、興味のある方はぜひどうぞ。過去では、1998年の沖縄県知事選挙で、現職の大田昌秀を新人の稲嶺惠一が破った背景には、Wikipediaから引用すれば、

>前回の知事選では大田を推薦した公明党は「大田氏を基軸とした自主投票」に転じた。

ということであり、この件は、

>そして自主投票となった公明党支持層の半分近くの支持も取り込んだ。この知事選以降、全国的にも公明党は自民党への傾斜を強めて行き、1999年自自公連立政権成立への布石の一つになった。

ということにもつながったわけです。このように公明党がキャスティングヴォ―トを握るというのは、日本の地方議会では昔から珍しい話ではありません。そして今回の選挙も、NHKの報道によれば、公明票の7割が佐喜真票に行くにとどまったようです。すると2万何千票くらいが佐喜真→玉城となった可能性があるということですかね。とすると、公明票が9割くらい固まっていたら、一騎打ちだったら逆転していた可能性もあるかもです。その可能性は低いでしょうが、ありえなくもない。また玉城票は、30代以下では、佐喜真票に及ばないという分析もある。正直そんなに佐喜真という人が、若者にアピールするタイプの政治家とも思えないのですが、これは玉城側もいろいろ対応していかないといけない問題でしょう。個人の問題というより、沖縄でも政権与党支持者が若者に多いという問題があるので、沖縄だけの問題ではもちろんありませんが、可能な限り若者層の支持を増やさないといけません。

ところで昨今、どうも公明党の退潮が否めませんね。ではまた私の、特製の表をご覧ください。

公明党は、2003年から2005年にかけて、比例代表の得票数は絶頂にたっしたかと思われます。今年の参議院では、2004年の選挙とくらべて240万票も減らしています。これは、2004年と比較して71.7%弱でしかありません。自民党だって、ここ最近そんなに票数が多いわけでもありませんが(つまり、与党が強いというより野党が弱いと評すべきなのでしょう)、それでも公明党の一直線の下がり方は注目すべきかと思います。

共産党などは、ぶれは激しいですが、上がったり下がったりですが、公明党は特に参議院は、2007年以降一直線に下がっているといって過言でない。これは一体どういうことかと考えます。つまりは、公明党の有力支持母体である創価学会の選挙運動が、往年ほどの強さを発揮していないと考えて過言ではないのではないか。

と、いうようなことを考えていたら、なるほどねえと思う記事を見つけました。

「創価学会」団塊世代の退場で、一気に弱体化も | 宗教を問う

この記事の趣旨に副う部分を引用します。

>公明党の獲得票数は減少が続いている
しかし近年、その組織力には衰えが目立つ。今年7月の参院選で公明党が獲得した全国の比例票は618万票。昨年の衆院選から100万票近くも減った。

前述とは別の元本部職員によれば、自公協力の下、衆院選の全国比例票は自民党との「バーター」により取り込んだものが相当数含まれるという。小選挙区で自民候補に学会票を差し出すかわりに、比例区で自民票をもらうのだ。だから、参院選のほうがそのときの実力を素直に表していると見ていい。3年前の参院選で獲得したのは653万票。やはり今回はそこからも減らしている。

(中略)

学会の少子高齢化は世間一般より急速に進む。新規会員を獲得する「折伏」はまったく進まず、近年、公称世帯数(創立以来の累積数)は827万世帯からぴくりとも動かない。

今年6月の本部人事で原田稔会長の長男・星一郎氏が教学部長に就任したように、現在、「宗教官僚」たる職員から一般会員に至るまで大半は「2世・3世」だ。だが入信しない子弟もまた多い。選挙活動がまさにそうだが、学会員は私生活などない「学会漬け」を強いられる。それを見てきた子弟の多くは学会嫌いになりがちだ。

先述の元活動家によると、今から20年ほど前、地元の統監カードを調べると、3分の1は「幽霊会員」だった。もうそこには住んでいないのだ。誰もが知る有名歌手の名前もその中にはあった。

本来、学会員は転居先の組織に届け出る決まりだが、そうしない例は多い。とくに子どもが入学や就職で実家を出る際、親は転居先を連絡しないことが多いという。必ず地元組織から『聖教新聞』の勧誘が来たりするからだ。子を思う親心である。

現在、「本部」(複数の町単位からなり300世帯前後)や「支部」(100世帯前後)といった現場組織では、高校生以下の「未来部」だけでなく男子部でも部長を立てるのが難しいという。なり手がいないのだ。

一方で高齢化は容赦ない。学会員の年齢層でボリュームゾーンは1960年代までに入信した団塊世代。彼らは今や後期高齢者だ。かつて各地の会館運営は男子部員で構成する「牙城会」が担ってきたが、もはや要員確保は困難。かわりに学会は2009年、「壮年部」で構成する「王城会」を立ち上げ、「ヤング50代」と叱咤して動員に躍起だ。

当方別に創価学会の実情に詳しいわけではありませんが、私の知る限り確かに創価学会もだいぶ活動家の高齢化が進んでいるのは否めませんね。これは日本共産党も同じでしょうが、ただ共産党などと比べても創価学会はより上の記事でいう「学会漬け」が強いですからね。またこれは、島田裕巳氏などもよく指摘しているかと思いますが、創価学会の信仰の故かどうかは定かでありませんが、創価学会会員で人生においてそれ相応の成功をおさめたと思われる人物は、より創価学会の熱心な活動から離れる蓋然性も高いですからね。よく有名人の××(石原さとみとか)は創価学会の熱心な信者だなんて話がネットほかで流れますが、そして石原さとみはそうなのかもですが(詳細は知りませんが、彼女は東京創価小学校創価中学校を経て創価高等学校を卒業しています)、成功したら信仰から離れる有名芸能人も少なくないはず。本来ならそういう人こそ熱心な創価学会の活動家になってほしいのは、創価学会としては当然ですが、実際には、むしろそういう人ほど活動から遠ざかる傾向はあるはず。

昔は、いわゆる「新興宗教」、これはやや差別的なニュアンスがあるので昨今は「新宗教」という呼び名になっているようですが、そういったところが自民党から参議院の全国区あるいはのちには比例代表などで議員を出したりしていました。たとえば生長の家は、かつて生長の家政治連合なるものを結成していて、1964年から1983年まで活動していましたが、事実上活動を停止、89年に正式に解散しています。ここからは、玉置和郎村上正邦 、寺内弘子小山孝雄 といった人たちが国会議員(いずれも参議院)になっていますが、生長の家からまともに支援を受けていたのは、玉置、村上ですかね。村上のWikipediaに、

>その後、教団の要請により、優生保護法改正に取り組むが、党内がまとまらず、頓挫する。この件が生長の家の政治離れを招く。

>1983年、生長の家は参議院の比例区導入、優生保護法改正の頓挫により、政治運動から手を引く。玉置和郎は早川崇の後継として衆議院に鞍替えするが、直腸癌で死去。

とありましてそういうことなのでしょうが、生長の家総裁・谷口雅春が1985年に亡くなったことも大きいはず。雅春の娘婿で後継者の谷口清超東京帝国大学文学部心理学科卒業の学究肌の人物で、おそらくそういった政治活動に好意的ではなかったでしょうし、その息子で現総裁の谷口雅宣の時代になっては、自民党支持すらひっこめています。霊友会なども昔ほどは、政治活動に熱心でないはず。

こういった宗教団体が、政治活動をやめた、あるいは昔ほど熱心でなくなった背景はいろいろでしょうが、信者の減少とか、時代がかわり、自分たちの内部を保守するほうに熱心にならざるを得ないということもあろうかと思います。そうなると、相対的には創価学会の政治への関与が、こと宗教団体に限って言えばかなり極端に強力ということになります。が、公明党も、いかにメガ宗教団体とはいえ、やはり信者の高齢化、熱心さの長期逓減傾向はいかんともしがたい。前述したように、日本共産党なども党員の高齢化がすすんでいるでしょうが、直接的な政治団体ではない宗教団体である創価学会は、これから「宗教活動はまだしも政治活動はしたくない」という人が増えはしても減ることはないはず。創価学会の強みは、政治活動を通じて宗教活動にも一定の離反の歯止めをかけることが可能だったものあることは確かでしょうが、最近は、たとえば創価学会信者でなくても公明党に入れてくれる人も、昔と比べれば「自民党のいいなりじゃん」「いまの公明党なら自民党に入れたほうがいい」という声も大きくなっているでしょう。そして昨今話題になっているこちらの件はどうか。

>公明・山口代表、異例の8選へ 世代交代に創価学会から「待った」

小野太郎2022年9月13日 16時30分

 公明党の山口那津男代表(70)が13日、党代表8期目に挑むと表明した。立候補の動きはほかになく、25日の党大会で正式に選出される見通し。代表在任13年になる山口氏は「世代交代」で退く流れだった。だが、7月参院選の結果がふるわず、支持母体の創価学会を中心に来春の統一地方選への不安が強まり、安定最優先で「山口氏頼み」となった。

 山口氏は13日午前の記者会見の冒頭で、60年前の9月13日に党創立者が「大衆とともに」の立党精神につながる考えを示したことに触れ、「今日を期して、代表候補者として名乗りをあげることを決断した」と立候補の意向を表明した。ウクライナ危機などの難題に直面する政権や統一地方選を控える党のことに言及し、「私自身が先頭に立って党の力を最大限に発揮できるようにしていく必要があると考えた」と語った。

 世代交代が先送りになることを問われると、「状況を注視しながら見極め、最終的に判断するのが党の人事の基本的なあり方。蓄積した百戦錬磨の経験が非常に重要だ。経験を後輩にしっかりと伝えていくにはもう少し時間が必要だ」と強調した。

 山口氏は、2009年衆院選で当時の太田昭宏代表が落選したのに伴い代表に就任した。民主党に政権交代した選挙で公明議員の多くが落選し、参院議員の山口氏に白羽の矢が立った。

山口氏は、以前は次の代表はないという話でしたが、記事にもあるように、このままでは次(来年)の統一地方選挙が厳しい、山口氏の力が必要だということなのでしょう。山口氏が優秀な人間であることを認めるのは私もやぶさかでありませんが、といってポスト山口を育てきれないのではやはりまずい。ということは、やっぱり創価学会も「このままではいけない」という危機感があるし、それをどうにかする処方箋があるわけでもないということでしょう。ポスト山口がこのような状況をどう打破できるのかということもあるし、また維新などがこれからも伸びてくればさらに公明の票を食う可能性もある。私は、維新よりは公明党の方がましだと考えていますが、でもどっちも現段階投票する気はしないしなあ(苦笑)。

まあでも自民党にくっついている限り、公明党の熱心な支持者以外は、公明党にさほどの存在意義を認めるにはいたらないだろうし、いまさら自民党から離れるわけにもいかないし(自民党から縁を切られるということもありえます)、あんまり公明党に明るい未来があるとは私には思えません。本日9月25日山口氏が引き続いて代表を務めることが正式に決定されますが、相当な前途多難でしょう。

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