ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

李英和氏の死があまり報じられないことが、対北朝鮮や拉致問題への関心の実情ではないか

2020-04-13 00:00:00 | 北朝鮮・拉致問題

記事にするのが遅くなりましたが、関西大学教授で、北朝鮮関係の政治活動家でもある李英和氏が亡くなりましたね。記事を

>2020.4.4 05:00

関大教授・李英和氏が死去 65歳
 李英和氏(リ・ヨンファ=関大教授、北朝鮮社会経済論)が3月28日死去、65歳。葬儀・告別式は近親者で行った。脱北者を支援する市民団体「救え!北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク」(RENK)の代表を務め、北朝鮮の市民生活の実態を写真などを通じて公開した。

拙ブログは、北朝鮮関係と拉致問題関係である程度まとまった量の記事を書いています。それで過去に彼について触れた記事を検索しましたら、2記事ありました(こちらこちら)。といっても最初の方は、bogus-simotukareさんの記事から紹介しただけ、次の方は、これまたbogus-simotukareさんの記事を直接引用した部分に登場するだけで、触れたというレベルでもありません。ただ最初の方の記事では、常連コメンテイターである通行人Aさんから、李氏についてご指摘があり、私も簡単に対応しています。

それで私は、李氏の著作を1冊だけ読んだことがあります。コメント欄でもふれた本です。

北朝鮮 秘密集会の夜―留学生が明かす“素顔”の祖国 (文春文庫)

私が読んだのは単行本です。読んだのもずいぶん以前ですのでそんなに本の内容を覚えているわけでも必ずしもないのですが、ハイライトの「秘密集会」のところは、期待したほど面白くなかったなあと思いました。具体的なことがあんまり書かれていなかったので。もちろん情報を保護する意味合いは理解できますが、ちょっと物足りませんでした。そういうことは、通行人Aさんへの返しのコメントでも書いています。

それで、私が引用した彼の訃報記事は、「サンケイスポーツ」のものです。なぜスポーツ新聞の記事を引用したかというと、いわゆる全国紙が、彼の死を報じているのをネットでは発見できなかったのです。ざっと調べたところ、地方紙の「四国新聞」「北日本新聞」「福井新聞」「東奥日報」「山陽新聞」などのサイトで彼の死の記事があったようですが、テレビなども彼の死を報じるネット記事はないようです。つまり(たぶん)共同通信が配信したくらいで、全国紙が独自ネタで記事にすることはなかったようですね。ネットではなくても新聞本紙ではあったのかもですが、ともかくあまり大きく報道されなかったのは事実です。

ひところは彼はけっこういろいろなテレビ番組などにも顔を出していましたが、たしかに昨今あまり姿を見かけませんでした。体調を崩したとかもあるのかもですが、彼が主催していたRENK(上の訃報記事でも紹介されています)のHP

http://www.bekkoame.ne.jp/ro/renk/

を確認してみましたところ、すでに404が出ている状態でした。李氏が亡くなったと同時にサイトが閉鎖されたということでもないでしょうから、いつ頃からかは定かでありませんが、すでにこの組織は解散状態、活動停止という状況だったのでしょう。たしかに私も、最近この組織が活動していたという話は聞いていません。

RENKというのは、正式名称が「救え北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク」というもので、こちらによれば

>「北朝鮮に民主主義の息吹を!人権の光を!」をスローガンにする北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の民主化のための市民運動体。

とあります。なぜこの組織が解散状態(でしょう、まちがいなく)になったのかは不明ですが、やはり組織の活動が北朝鮮民主化というより反北朝鮮ばかりなのと、反北朝鮮感情がひところほどでなくなったので、他からの支援も減り活動が停滞、李氏もやる気を失ったというところですかね。つまりは、けっきょくは右翼運動とつながったので支援がなくなったということでしょう。ご当人も、晩年まで「Hanada」に寄稿していたくらいですからそういうことを公然とは認めなかったのでしょうが、そういったことを考えない、あるいは理解しないほどの馬鹿でもなかったでしょう。そしてたぶんRENKの活動停止は、李氏がテレビなどに出演する機会が減る、世間でも彼のことが話題にならなくなる過程とパラレルだったのでしょう、おそらく。

ところでこれは単なる偶然ですが、bogus-simotuakreさんが2013年に面白いことを書いておられます。つまり李氏がテレビにあまり出なくなったということについて

>NHKを始め、東京のテレビ局は総連の言いなりです。昨年春からインタビューを受けても、使われないことが多くなった。それで記者に聞いたところ、総連の圧力があったことを知りました。

>私が急にテレビに出なくなったので、全国に散らばっている教え子たちが心配して“死んでないですか”という生存確認の電話が来るようになりました

と李氏がコメントしたのを、bogus-simotukareさんは、

>テレビに李が出演しない程度で「死んだのか」と思う人はいないでしょう。「理由は何だか知らないが出演しなくなったんだろう、先生は出たいのにテレビ局が何らかの理由で呼ばなくなったのか、大学関係業務(研究や学生指導など)、反北朝鮮政治運動の重視で先生が自分から出なくなったのかは知らないが」と思うのが普通の人間でしょう。大体、李も「一応大学教授で、かつ反北朝鮮活動でそれなりに知られた存在」なんだから死ねば新聞記事にでもなるでしょうし。

とお書きになっています。もちろん2013年の時点で2020年の彼の死を予測できるわけもありませんが、

>李も「一応大学教授で、かつ反北朝鮮活動でそれなりに知られた存在」なんだから死ねば新聞記事にでもなるでしょうし。

というのは、実際に彼が死んだら、ろくに新聞記事にもならなかったわけです。たぶんですが、2013年の時点で彼が亡くなっていれば、もっと大きく記事になったし、全国紙やNHK、民放キー局も彼の死を報道していていたんじゃないんですかね。

右翼の三浦小太郎氏によると、李氏とその家族にはあまり彼の死を報道してほしくないという意向があったみたいですが、でも死そのものは報道されますからね。どうもいわゆる右翼連中とかかわりあいたくなかったとか、彼と巣食う会などの反北朝鮮組織の主流とでもいうべき連中とで袂を分かつ間柄になった可能性がありますね。そのあたりの事情は定かでないですが、少なくとも疎遠になったのはたしかなようですから、それと同時に彼は世間からも忘れられた存在になったようですね。失礼ながら、学者としての力量には関心がもたれず、反北朝鮮活動家として世間はみなしていて、その活動が下火になったら相手にされなくなったという側面がありそうです(苦笑)。まあ不徳の人生ですね。

で、彼もきっと、恵谷某同様、自分が死ぬより前に北朝鮮は滅亡する、あるいは絶対滅亡してほしいと熱望していたんでしょうけど、まったくなんともはや、その前に死んでいるんだから、無様で無残にもほどがあるというものです。が、それはともかくとして、恵谷某の時も同じことを書きましたが、李氏とか恵谷氏とかがだんだんに知名度が低くなっていった過程というのは、けっきょく彼らの北朝鮮分析が妥当でなかった、および運動のやり方がよろしくなかったということでしょう。和田春樹氏などは、いまでも積極的にいろいろな発言をしているし、それなりに耳を貸す人も多いと思いますが、今あげた2人は、めちゃくちゃなことばかり主張したり運動したりして、それで世間から相手にされなくなったわけです。そう考えると、拉致被害者家族といまだ密接に関係がある西岡力や荒木和博らがいまだにそれなりの発言力があるのは、まさに拉致被害者家族のおかげですね。拉致被害者家族から見放されればこんな連中あっという間に世間から相手にされなくなりますが、見放していないからそうはならない。ほんと、蓮池透氏を家族会から追い出したのは、まさに家族会の政治的大敗北、致命的な大失敗でしたが、西岡や荒木らにとってはこれ以上にない勝利だったわけです。

が、荒木や西岡はともかく、李英和氏らがどんどん世間から忘れられた存在になって行ったのは、タイトルにも書いたように明らかに日本人一般が対北朝鮮強硬策とか拉致問題、金王朝(便宜上、反北朝鮮の連中の用語を使用します)打倒などということに興味関心を失っているということでもあるのでしょう。そしてそういうことを認識しないほど彼も馬鹿でも狂信者でもないでしょうから、やはり晩年の数年間は李氏もかなり焦りみたいなものがあったんじゃないんですかね。RENKを閉じた時期を私は知りませんが、李氏ももちろん好き好んで閉めたわけでもないでしょう。いいように右翼連中の食い物にされたとか、自分のやり方に問題があったとか、そういうことを公然と彼が認めることはなかったのかもですが、自分たちの活動が成功したとかそれなりにうまくいった、効果があったとは、とても考えなかったでしょう。ご当人の不徳の致すところとはいえ、相当な挫折感もあったはずです。そう考えるとこの人も、自分の人生にいろいろ不満や後悔が多かったのだろうなと思います。それは仕方ありませんが、学者が下手に政治運動に首を突っ込んでひどい挫折をこうむった、あるいはいろいろ家族や周囲に迷惑をかけた、自分も後悔したという典型ではないですかね。そういう意味では氏の人生は、「反面教師」として学ぶべきものだと思います。

なお今回の記事は、bogus-simotukareさんの上に引用した記事のほかに、下にリンクした記事を参考にしました。感謝を申し上げます。

「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2020年4/4分:島田洋一の巻) - bogus-simotukareのブログ

三浦小太郎に突っ込む(2020年4月9日分)(追記あり)- bogus-simotukareのブログ


コメント (7)    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ヤンゴン紀行(2019年8月)(... | トップ | ボンドガールであり『刑事コ... »
最新の画像もっと見る

7 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (通行人A)
2020-04-14 07:11:20
李教授逝去されていたのかですか。ご冥福をお祈りいたします。李教授自体が「成り上がりの人」なので、どうしても右派の人たちとの距離が近くなってしまうのでしょう。北朝鮮の人道的な支援運動に関しては右派の人たちが関わると、良い結果になりそうもないです。
Unknown (大和撫子)
2020-04-14 14:18:26
李英和氏、懐かしい。
ゼロ年代は関西在住でしたので、北朝鮮が話題になると在阪TV局は彼のコメントをとりにいってました。
RENKの名前もよく聞きましたね。
亡くなってたのも驚いたし、RENKが解散状態であることも驚きました。
家族があまり報道してほしくないってのも、ちょっとひっかかりますね。
亡くなるまで有名大学の教授だった人なのに。
いろんな事情を想像してしまいます。
ブラウさんへのお返しとおことわり (Bill McCreary)
2020-04-14 21:09:16
読者の皆さまへ。

申し訳ございません。ブラウさんのコメントを後半の部分を割愛して発表させていただきます。

>あの李英和が亡くなっていたとは驚きです。加えてRENKも活動停止状態になっていたとは…「まさかねえ」という言葉しか出てきません。

本記事中でご指摘のとおり、比較的最近に月刊Hanadaの表紙見出しで彼の名を見かけた記憶がなんとなくありますので、それだけに余計「はあー」という思いが大きく感じられます(もちろん、「死者に鞭打つ」つもりはありませんが、彼の死に「落胆」のような感情を抱いているわけでは毛頭ありません)。

ふりかえれば彼は、総聯系在日のラインから現われた(言うなれば「内部告発」的な)反北朝鮮活動家のはしりだったかと思います。総聯が若手職員らを動員してRENKの集会を妨害したりという出来事もありましたが、総聯側がそこまでやるほどの警戒心を抱いたのは、良くも悪くもそういう事情によるものではあったでしょう(拉致問題が明らかになった今では、一見それとは分かりにくい言説で反北活動に勤しむ手合いはゴロゴロいますが笑)。

しかし結局、彼個人に「善意」や「義侠心」に類するものがあったとして、その活動は日本やアメリカのより大きく戦略的な反北政策に取り込まれ、都合よく使える「番犬」であり続けるしかなかったわけです。その行き着いた結果が

>>いわゆる全国紙が、彼の死を報じているのをネットでは発見できなかったのです

というのは、McCrearyさんがおっしゃるようにひたすら「無残」としか言いようがありません。合掌。

以下Bill McCrearyの返しです。

>ブラウさん

李氏もおっしゃるように義侠心や彼なりの善意で運動を始めたのでしょうが、けっきょく死の間際に極右雑誌に論説を発表するようなまさに右翼のいい道具になっちゃったと思います。そういうことを彼が理解していなかったとは思えないので、相当彼も「まずかったなあ」という思いはあったんじゃないんですかね。
>通行人Aさん (Bill McCreary)
2020-04-14 21:12:28
この記事は通行人Aさんのコメントに触発されたところがあります。いつもながら感謝を申し上げます。

>李教授自体が「成り上がりの人」なので、どうしても右派の人たちとの距離が近くなってしまうのでしょう。北朝鮮の人道的な支援運動に関しては右派の人たちが関わると、良い結果になりそうもないです。

そうですね。溶接工をしながら夜学に通ったのだと思いますが、やはりそういう彼からすると、橋下徹元大阪府知事、元大阪市長とおなじようなところがあるんでしょうね。それでも、あからさまに右翼とは一線を引ければよかったのですが、残念ながらどんどん引き込まれてしまったのでしょう。
>大和撫子さん (Bill McCreary)
2020-04-14 21:17:23
関西に在住されていたのですか。それならたしかに李氏の姿をよくご覧になっていたでしょうね。

>亡くなってたのも驚いたし、RENKが解散状態であることも驚きました。

そうですよねえ。亡くなったのはともかく、RENKの解散状態というのは、つまりは彼の北朝鮮分析が妥当でなかった、運動方針もよろしくなかったということでしょう。

>家族があまり報道してほしくないってのも、ちょっとひっかかりますね。
亡くなるまで有名大学の教授だった人なのに。
いろんな事情を想像してしまいます。

ですよねえ。ご家族も、彼の運動のおかげでずいぶん迷惑したんでしょうね。
Unknown (ブラウ)
2020-04-15 14:01:25
McCrearyさん

今回のコメントの件では、お手数をおかけしましてたいへん申し訳ございませんでした。

今後ともよろしくお願いいたします。
>ブラウさん (Bill McCreary)
2020-04-15 21:04:28
あらためてごていねいにありがとうございます。今後もコメントいただければ幸いです。よろしくお願いします。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。