ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

不定期連載・普通自動二輪免許取得記(前説4・オートマチック限定を解除する)

2019-11-06 00:00:00 | 自動二輪免許取得(普通自動二輪編)

ようやく自動車免許を取ったのですが、当時の私の職場は、まだ車がMT車ばかりでしたので、私が運転するわけにはいきませんでした。が、2~3年を経てある程度車にもなれたかなと思ったので、前に通った教習所に再び行きました。当時の事務職員や教官(じゃなくて指導員ですかね)も大勢残っていました。かつては私を厳しく指導した指導員も、ああ、今度は限定解除ですかと私に笑顔で話してくれました。

さてさて、限定解除なるものはどういう教習をするのか私もよく知らなかったのですが、内容は教習所内での教習ですべて済むものでした。つまり二輪免許取得とその点は同じだったわけです。

やはりクラッチを踏むと同時にギア(チェンジレバー)を変えるというのが、なれるまでは大変でした。ただ、これもスーパーカブを運転していて、ギアの変更により発進させて加速して安定させるという概念は理解していたので、それはやはりプラスだったと思います。

それで最大の難関がやはり坂道発進でした。坂道で停車してサイドブレーキをかける。そしてギアをローにして思いっきりふかし、そしてエンジン音の変化を聞き取りながらタイミングをはかってサイドブレーキを解除して発進する。やはり難しいですね(苦笑)。

二輪車の免許取得中、自動車の教習の様子を見ていると、ほんとわずかな坂道でも車がどんどん下がっている。

「なるほどねえ、下手なときはこういうものなのね」

と妙に感心してしまいました。私もおそらく、彼(女)らよりもっと下手だったはずです。坂道発進というのは、それまでに経験したことのないものであることは間違いないわけで、やはり慣れないとほんと苦労するというところです。

それで最後に、いよいよここでみきわめ(私の場合、卒業試験を受けられるかどうか)をもらえるかどうかというところにきて、残念ながら私はもらえませんでした。指導員の人も、「涙をのんで、今回は・・・」と言ったくらいです。それで事務の人が、ではすぐ次の時間に教習を受けろというので、すぐ再教習、今度は無事に卒業試験OKとなりました。

当日、卒業試験に臨みました。試験官は、今回の限定解除では担当はありませんでしたが、前に教習を受けた際には数回担当してくれた人で、正直苦手なタイプでした。

さて試験内容は、仮免の試験と同じですが、マニュアル車ですからやはり坂道発進が難所です。

それで・・・私ミスをしちゃいました。坂道発進の際、ギアをローでなくセカンドに入れたままだったんです(苦笑)。

しかし神は私に味方したのかはわかりませんが、セカンドでも車はやっとこさっとこかもですが、ブオオオオオー!!!と発進してくれました(苦笑)。思わず私「やっちゃったあ!!!」と思いましたが、しかし発進したので、なんとか検定中止という最悪の事態は免れました。

試験終了後、試験官は「緊張しすぎ!!!」と苦笑しながら大声でいいました。が、なんとか無事クリアできました。

しかしいずれにせよ、これで私は、無事AT限定解除となったわけです。しばらくして免許センターへ行きました。限定解除は、単に免許の後ろに、限定解除のスタンプを押してくれただけでした。

いやー、これを押してもらえてすべての普通自動車を運転するためにどれだけ苦労したことかと考えると、ちょっと感慨深いものはありました。一応これで、私の運転免許取得のための苦労は、ひとまず終了したわけです。このあと私が二輪免許取得に具体的に動くまでには、それなりの年月が必要でした。

そういうわけで、いよいよ次回から普通二輪免許取得の話になります。長ったらしい前説におつきあいいただきありがとうございました。

注:この記事および他記事の運転免許取得の話は、あくまで私の経験であり、記憶違いほか勘違いがある可能性があります。また私の免許取得時点の法令と現在との違いや地域特性、教習所による違いもあるかと思いますので、現在、日本全国に当てはまる話かは特に確認していないので不明です。その点ご留意の上お読みいただければ幸いです。これは以後の記事も同じです。

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