ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

「こんだけ学生の頃勉強してたら俺は東大だった」…命を削り闘い続けた翁長知事

2018年08月10日 | 日本とわたし


『土砂投入を許さない!ジュゴン・サンゴを守り、辺野古新基地建設断念を求める8.11県民大会』は、予定通り、11日午前11時から、那覇市の奥武山公園内で開くことを決定しました。
この集会は、雨天でも決行、晴れた場合は陸上競技場で行われます。
台風14号が接近しており、開催の有無が懸念されていた『沖縄県民大会』。

先日亡くなられた翁長知事も、出席するつもりでおられたそうです。

<追悼>翁長知事が果たせなかった妻との約束「万策尽きたら夫婦で一緒に…」
【AERA dot.】2018年8月9日
https://dot.asahi.com/wa/2018080900019.html?page=1

以下抜粋:

翁長氏が闘っていたのは、米国や日本政府だけではなかった。
日本人に残る沖縄への偏見や差別に対しては、データを元に強く反論していた。
「沖縄が抱えている問題を解決しなければ、日本の民主主義も成り立たない」が持論で、まさに命を削りながら最後まで闘い続けた。

翁長氏:
「日本を取り戻す」とか「美しい日本」とか「戦後レジームからの脱却」とか勇ましいこと言うけど、あなたも後ろから糸で引かれているんじゃないの、と。
それを言いたいために、「日本国が独立しているのは神話であると言われないようにしてください」と安倍首相、菅官房長官に面と向かって申し上げました。

今の日米同盟は砂上の楼閣です。
米国も、次に大きな事故が起きれば、日米安保体制が吹っ飛ぶことはわかっている。
私は、辺野古移設を止めることができたら、普天間も閉鎖されると思っています。

東京で記者会見をしても、みんな言葉遣いは違いますが、記者は「なぜ、勝てない闘いをやっているのか」と質問してくる。
言葉を変え、いろんな形で説明をするが、そんな質問が出るのは、本土の国民が無理解だから。
その意味で、私は、誰よりも絶望を感じているんです。

「辺野古移設阻止」は自分の信念だけれども、それが通るか通らないかは、正直言ってわかりません。
私は、ピストル一発で消える人間ですから。

その意味では、勝敗は言えない。
それは、近くで見ている妻もよく知っています。

座り込みについて妻が言ったことは、話が違うわけではありません。
辺野古移設阻止が挫折して、一人間、一市民、一県民に戻った場合に何をするかは、沖縄県民のみんなと一緒です。


******* ******* ******* *******

2018.01.12 オール沖縄市民集会での翁長樹子さんの訴え


以下、文字起こし:

沖縄県知事の家内の樹子でございます。
翁長がグアムの方に出張に行っておりますので、代理という事で参りました。
 
なにぶん素人で、マイク前にすると上がってしまって、うまくできるか本当に自信ないんですけど、頑張って務めさせてもらいますので、よろしくお願いいたします。
 
結婚して36年目でしょうか。
政治家の女房として、実は33年目になりましたけど、いやぁ、しかし、志位委員長と同じ壇上でご挨拶する日が来るなんて、本当に夢にも思いませんで、本当に光栄に存じております。
どうかよろしくお願いいたします。

3年前の知事選挙、翁長が、現職の方を相手に、本当に有難いことに、10万票の差を持って当選させていただきました。
正直、圧倒的だったと思っております、あの差で。
ホッとしたんです、これで辺野古の問題は、もう決着がつくんだと。
名護市長がNOと言ってる、県知事もNOと言った人間が当選した。

何ですかこの3年間?
冗談じゃないですよね、皆さん。
 
政府は、しょっちゅう言う。
「何の問題もない」と。
 
どこにいったい民主主義があるんですか?
どこにあるの、私たちの自治権は?
人権どこにあるんですか?
それが何ともない事なの?
 
冗談じゃないと、3年間、怒り続けて参りました。

正直苦しいです。
夫がいつも苦しい顔をしているのを、見るのは辛い、女房は。

本当ですよ。
あんなに明るくて、いつもいろんなことがあっても、家に帰ってくるときには玄関先で、そういった苦しいのをおいて、ただいまって笑って帰ってくる人が、この3年間、笑わないんですよね。

ちょっと時間があったらすぐ部屋にこもって、いろんな法律の本をひも解いたり、いろんな問題など全部、しょっちゅう勉強して歩くの。
言ったセリフが、「こんだけ学生の頃勉強していたら俺は東大だった」って。
 
いやー、本当にそうだと思って。
必死に勉強しているんです、
それなのに政府は、言うことにこれっぽっちも耳を傾けてくれない。
こんな苦しいこと、悔しいことはないです。

でも、負けるわけにはいかないですよね、皆さんね。
 
70年前の戦争で、私たちおじいおばあたちは、もう命からがら、必死の思いで何とか生き延びて、私たちに命を継いでくれたんです。
両親、それと私たちの時代は、米軍統治を経て、人権もなくて、憲法にも守られずに、苦しい時代を過ごしました。

その時代を何とかくぐり抜けて、やっと復帰して、やっとこれで憲法に守ってもらえると思ったら、政府はあの方達です。
聞いてもくれない。
 
沖縄県民には人権がない、と言わんばかりの方達が、あらん限りの権力を持って、押さえつけようとしてる。
 
じゃあ負けて諦めるのか。
どうですか皆さん、諦められますか?

そうです。
諦められないし、私たちは、おじいおばあがやったように、必ずこらえてくぐり抜けて押し返して、先の子供たちには、もっといい沖縄を残したい。

頑張って、もう頑張るしかないんです、私たちは。
 
心折れないで下さいよ。
大丈夫ですか?
頑張りましょうね!
 
1つ、これは選挙です。
 
相手候補の方と稲嶺さん比べたら、Wスコアで勝っても本当におかしくないです。
当たり前、それが。
 
しかし、相手候補には申し訳ないけど、稲嶺さんの相手は、実は相手候補ではないです。
国が、政府が、あらん限りの力でもって、抑えにかかってくるんです皆さん。
 
簡単じゃないです、これに打ち勝つのは。

私たちの心の中にちょっとでも、「まあ何とか勝つでしょう」なんて気持ちがあったら、結果は厳しいです。
 
心に刻んで、みんなで必ずこの選挙を勝って、私たちのこの闘いを必ず成就して、私たちのこの気持ちを、必ず日本政府に認めさせる。
沖縄の現状を、国民に知ってもらう、
 
それしか私たちには道がありません。
 
頑張りましょうね。
必ず勝利を。
 
頑張りましょう、
最後まで。
 
どうかよろしくお願いします。


******* ******* ******* *******

命を削ってでも闘い続けた翁長知事の、まさに命をかけた『辺野古埋め立て承認撤回表明』の言葉は、以下の通りです。

本日、辺野古新基地建設に係る公有水面埋立承認の撤回に向けて、事業者である沖縄防衛局への聴聞の手続きに入るよう、関係部局長に指示をしました。

辺野古新基地建設に係る公有水面埋立承認処分には、「環境保全及災害防止二付十分配慮」という基幹的な処分要件が、事業の実施中も維持されるために、
事前に、実施設計や環境保全対策等について協議をすることや、環境保全図書等を変更する場合には承認を得ることなどを、事業者に義務づける留意事項を付しております。
 
しかし、沖縄防衛局は、全体の実施設計や環境保全対策を示すこともなく、公有水面埋立工事に着工し、
また、サンゴ類を事前に移植することなく工事に着工するなど、承認を得ないで、環境保全図書の記載等と異なる方法で工事を実施しており、
留意事項で定められた事業者の義務に違反しているとともに、「環境保全及災害防止二付十分配慮」という処分要件も、充足されていないものと言わざるをえません。

また、沖縄防衛局が実施した土質調査により、C護岸設計箇所が軟弱地盤であり、護岸の倒壊等の危険性があることが判明したことや、活断層の存在が専門家から指摘されたこと、
米国防総省は、航空機の安全な航行のため、飛行場周辺の高さ制限を設定しているところ、国立沖縄工業高等専門学校の校舎などの既存の建物等が、辺野古新基地が完成した場合には、高さ制限に抵触していることが判明したこと、
米国会計検査院の報告で、辺野古新基地が固定翼機には滑走路が短すぎると指摘され、
当時の稲田防衛大臣が、辺野古新基地が完成しても、民間施設の使用改善等について米側との協議が整わなければ、普天間飛行場は返還されないと答弁したことにより、
普天間飛行場返還のための辺野古新基地建設という埋立理由が、成り立っていないことが明らかにされるなど、
承認時には明らかにされていなかった事実が判明しました。

これらの承認後の事実からすれば、「環境保全及災害防止ニ付十分配慮」の要件を充足していないとともに、「国土利用上適正且合理的」の要件も充足していないものと認められます。

この間、県では、様々な観点から国の埋立工事に関する内容を確認してきましたが、
沖縄防衛局の留意事項違反や、処分要件の事後的不充足などが認められるにもかかわらず、公有水面埋立承認処分の効力を存続させることは、公益に適合しえないものであるため、
撤回に向けた聴聞の手続きを、実施する必要があるとの結論に至ったところです。

私は、今後もあらゆる手法を駆使して、辺野古に新基地はつくらせないという公約の実現に向け、全力で取り組む考えであります。

平成30年7月27日
沖縄県知事 翁長 雄志


******* ******* ******* *******



ジャンル:
ウェブログ
コメント (2)   この記事についてブログを書く
« 学生達にタダ働きさせたい東... | トップ | 『広島原爆写真集』と『長崎... »
最近の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
7万人県民大会 (鈴木政子)
2018-08-11 20:34:44
今日は近く台風の影響で、時折激しく降る雨のなかで、奥武山公園はびっちりと人々で埋まりました。翁長さんの死が県民を強く結びつけているな、と感じました。

若い人たち、子連れの人たちが目立ちました。小学生たちも騒ぐことなく静かにスピーチを聞いてました。希望をすごく感じました!
政子さんへ (まうみ)
2018-08-15 13:15:13
現場に行かれたのでしょうか?
あの日、悲報を聞いて、気持ちがとても乱れてしまい、言葉を失いました。
明日、マンハッタンの日本領事館の前で、翁長さんへの追悼を行います。

気持ちは強く繋がっています。
翁長さんの意志を受け継いで、いつかきっと空に向かって、やりましたよって報告したいですね。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

日本とわたし」カテゴリの最新記事