ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

故翁長知事「ウチナーンチュが心を一つにして戦うときには、お前が想像するよりもはるかに大きな力になる」

2018年08月15日 | 日本とわたし
【8/15 翁長知事を追悼し、その遺志を継ぐNY有志の集まり】に参加しました。













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NYで辺野古移設反対デモ
在米邦人、翁長氏遺志継ぐ

【共同通信】2018年8月15日
https://this.kiji.is/402618368564610145/amp?c=234163939095676408&__twitter_impression=true

【ニューヨーク共同】
米ニューヨークの日本総領事館前で15日、在留邦人ら約10人が、
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設を阻止しようと、安倍政権と相対してきた翁長雄志知事を追悼し、移設に反対するデモを行った。

ニューヨーク在住の文筆業八巻由利子さん(61)=東京都出身=は、
「翁長氏は保守派だったのに、移設反対の意思が強かった。
最期まで闘った遺志を継ぎ、米国に暮らす日本人として頑張りたい」と語った。

米在住の長島志津子さん=青森県十和田市出身=は、辺野古埋め立て承認の撤回をアピールする、横断幕を手に参加した。


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8月8日のお昼にまず、翁長知事の辞職ニュースが流れ、同日夜になって唐突に、死去されたというニュースが流れました。
厳しい闘病を続けておられることを知ってはいても、あの力強い承認撤回宣言を聞く限り、まさかこんなにも急に亡くなられるとは思っていなかったので、しばらく心も体も静止してしまいました。


戦後73年目となる、沖縄慰霊の日には、こんな平和宣言を為されていました。



「平和宣言」沖縄全戦没者追悼式典 2018年6月23日


戦後73年 沖縄慰霊の日

知事の平和宣言 全文

新基地造らせぬ決意、みじんも揺らがない

二十数万人余の尊い命を奪い去った地上戦が繰り広げられてから、73年目となる6月23日を迎えました。
私たちは、この悲惨な体験から、戦争の愚かさ、命の尊さという教訓を学び、平和を希求する「沖縄のこころ」を大事に今日を生きています。
戦後、焼け野が原となった沖縄で、私たちは、この「沖縄のこころ」とよりどころとして、復興と発展の道を力強く歩んできました。

しかしながら、戦後、実に73年を経た現在においても、日本の国土面積の約0.6%にすぎないこの沖縄に、米軍専用施設面積の約70.3%が存在し続けており、
県民は、広大な米軍基地から派生する事件・事故、騒音をはじめとする環境問題などに苦しみ、悩まされ続けています。


昨今、東アジアをめぐる安全保障環境は、大きく変化しており、先日の、米朝首脳会談においても、朝鮮半島の非核化への取り組みや、平和体制の構築について共同声明が発表されるなど、緊張緩和に向けた動きが始まっています。

平和を求める大きな流れの中にあっても、20年以上も前に合意した辺野古への移設が、普天間飛行場問題の唯一の解決策と言えるのでしょうか。
日米両政府は、現行計画を見直すべきではないでしょうか。
民意を顧みず工事が進められている辺野古新基地建設については、沖縄の基地負担軽減に逆行しているばかりではなく、
アジアの緊張緩和の流れにも逆行していると言わざるを得ず、全く容認できるものではありません。

「辺野古に新基地を造らせない」という私の決意は、県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはありません。

これまで、歴代の沖縄県知事が何度も訴えてきた通り、沖縄の米軍基地問題は、日本全体の安全保障の問題であり、国民全体で負担すべきものであります。
国民の皆さまには、沖縄の基地の現状や日本安全保障体制の在り方について、真摯に考えていただきたいと願っています。

東アジアでの対話の進展の一方で、依然として世界では、地域紛争やテロなどにより、人権侵害、難民、飢餓、貧困などの、多くの問題が山積しています。
世界中の人々が、民族や宗教、そして価値観の違いを乗り越えて、強い意志で平和を求め、協力して取り組んでいかなければなりません。

かつて沖縄は「万国津梁」の精神の下、アジアの国々との交易や交流を通し、平和的共存共栄の時代を歩んできた歴史があります。
そして、現在の沖縄は、アジアのダイナミズムを取り込むことによって、再び、アジアの国々をつなぐことができる素地ができており、
日本とアジアの懸け橋としての役割を担うことが期待されています。

その期待に応えられるよう、私たち沖縄県民は、アジア地域の発展と平和の実現に向け、沖縄が誇るソフトパワーなどの強みを発揮していくとともに、
沖縄戦の悲惨な実相や教訓を、正しく次世代に伝えていくことで、一層、国際社会に貢献する役割を果たしていかなければなりません。

本日、慰霊の日に当たり、犠牲になられた全てのみ霊に、心からの哀悼の誠をささげるとともに、恒久平和を希求する「沖縄のこころ」を世界に伝え、未来を担う子や孫が、心穏やかに笑顔で暮らせる「平和で誇りある豊かな沖縄」を築くため、全力で取り組んでいく決意を、ここに宣言します。

平成30年6月23日
沖縄県知事 翁長雄志



そして7月27日、県庁で臨時会見を開いた翁長知事は、米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設について、前知事の埋め立て承認を撤回することを表明しました。

翁長知事が辺野古承認の撤回を表明



この会見に臨む直前に、エレベーターホールでしばらく動けなくなったという話を聞きました。
本当に辛い状況の中での会見だったのだと思います。

同月13日に、沖縄県が、辺野古埋め立て区域の希少サンゴの移植を認めたことを知った市民団体幹部が県庁に押しかけ、県担当者を約5時間、問い詰めたといいます。
サンゴ移植はとどのつまり、辺野古移設を認めるということではないか。
その怒りは5時間に渡り、県担当者にぶつけられました。
そして数日後の17日には、同じ市民団体による、知事室があるフロアでの座り込みが行われ、埋め立て承認の即時撤回を求めたのです。

移設反対派の「期待」を、これ以上裏切ることはできない。
そう思われたのだと思います。
もちろん、沖縄に新基地を造らせない」というのは、上記の平和宣言の中でもおっしゃっておられたように、翁長知事自身の信念でもあります。
けれども、一向に具体的な動きが出てこず、そのことを懸念する県民の方も少なくはなかったでしょう。

翁長さんは文字通り命をかけて、この撤回表明を行いました。
そしてその後、わずか12日後の夕方に亡くなられたのです。
わたしには、病死というより殉職であると思えました。


翁長さんの死去に伴い、沖縄知事選挙が前倒しになりました。
9月13日告示・30日投開票です。

昨日14日、佐喜真宜野湾市長が、宜野湾市長を辞任し、沖縄県知事選に出馬することを正式に表明しました。
野党の候補者調整は今もまだ混沌としているようです。
いまのところ、呉屋かねひで会長、城間那覇市長、翁長雄治(故翁長知事次男)市議、糸数参議院議員、伊波参議院議員、稲嶺前名護市長などが有力視されているという状況です。

そこでこれは、単なるわたし個人の望みなんですが、現在那覇市議を務めておられる、息子の翁長雄治さんに立候補していただきたいのです。
31歳と年若く、周囲の方々は「まだ今ではない」という意見が多いと聞いてはいるのですが…。

先日の県民大会の際に、翁長知事の最後の言葉を伝えておられた雄治さんの声を聞きながら、ああ、翁長さんは息子さんに継いでもらいたいのではないかと、強く感じたのです。


翁長知事が息子に遺した言葉

県民のみなさま、そして多くの国民のみなさまに、父の体のことで多大なご心配をおかけしました。

みなさまのご期待に添えるように、最後まで頑張りましたが…残念な結果となりました。
申し訳ございませんでした。

最後の最後まで、どうやったら、この辺野古新基地を止められるのか、一生懸命、病室のベットの上でも、資料を読みながら、頑張っておりました。

登壇させていただいていいのか、お願いしていいのか、寸前まで悩みましたが、おそらくこれが最後の機会になるのではないかと思い、上がらせていただきました。

今日は、父が生前よく話していたこと、私に話していたこと、みなさまの前で話していたことを、改めてお話させていただきたいと思います。

沖縄に、辺野古に、新基地をつくる。
どれほどの大義名分があるのでしょうか。
そういう説明が、しっかりとなされて来たのでしょうか。


全国が受け入れないから、沖縄に置いておけばいい、いま我々が納得できない、そういうものを、将来の子どもたちに残してしまうのでしょうか。

県民のみなさま、今一度、しっかり、我々の思いを形にいたしましょう。

父は生前、
「沖縄は試練の連続だ。
しかし、一度も、ウチナーンチュとしての誇りを捨てることなく、戦い続けて来た。
ウチナーンチュが心を一つにして戦うときには、お前が想像するよりも、はるかに大きな力になる』

と、なんどもなんども、言われてきました。

現に、今回の県民投票の署名活動も、必要署名数の約4倍以上にもなる、10万票を集めることができたのは、県民の大きな決意だと思います。

日本全国のみなさま。
多くの国民が必要であると考える、日米安保、米軍基地。

この国土の0.6%にすぎない沖縄に、70%の基地があるのは、いくらなんでも過重すぎやしませんか。

全国的な議論のテーマにあげていただいて、この問題は、沖縄の問題ではなくて、日本国の問題、課題であると認識をして、議論をしていただきたい。

国の専権事項だからといって、いま責任を持っている我々が、次の世代に、何もせずに指をくわえてみているわけにはいきません。

オール沖縄という、この大きな政治的潮流は、政治家のためにあるためではなく、政争の具にするためでもありません。

オール沖縄は、我々ウチナーンチュの強い決議、覚悟です。
その民意に我々、政治家が、突き動かされているんです。

最後まで、みなさま諦めずに、頑張って、見届けることはできませんでしたが、
父に、翁長雄志に、辺野古新基地が止められたという報告ができるように、みなさま、がんばりましょう。
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