ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

「樹木は、若いと同時に老いており、死んでいると同時に生きている」 ファーブル植物記より

2019年06月14日 | ひとりごと
今から半世紀以上も前、『ファーブル昆虫記』を夢中で読んだ覚えがあるのですが、彼が植物記も書いたことをすっかり忘れていました。
最近読んだ小説の中に、この『ファーブル植物記』の一節が書かれていて、ああ、なぜか読みにくくて途中でやめてしまったことを思い出しました。
 
わたしの旧姓は『森山』といって、もう木だらけです。
だからからか、小さい頃から木が大好きでした。
大木や老木を見つけては、抱きついて、耳をくっつけながら話しかけたりしていました。
この家に引っ越してきてから、先日の9日でちょうど10年経ちました。
この家で暮らしたいと思ったきっかけの一つが、すぐ隣に立っている楓の老木なのでした。
おむかえさんの家の前には、それはそれは可憐な桜の木があって、家を見学に来たわたしたちに、満開の花を楽しませてくれたのでした。
家の中に一歩入ると、長い間全く使われていなかった一階の床は、油混じりの埃でベトベトしていたし、台所は床どころか棚の中までベトベトと汚れていましたが、
大きな楓の木と可憐な桜の木と一緒に暮らせるなら、こんな汚れなんてなんのその!と思えたのでした。
 
そんなわたしに「カエデの爺さん」と名付けられた楓の木は、彼が生きている空き地をわたしたちが買い取るまでの8年間、伐採の危機が毎日続きました。
所有者であった不動産業者は、1日でも早くその土地を売ってしまいたかったからです。
この地域の固定資産税はとても高額なので、そんなものをいつまでも払っていると損をしてしまいます。
だから楓の爺さんの、大人の男性でも3人がかりで囲まないといけないほどの太い幹に、けばけばしいピンク色のビニールテープが巻かれていました。
伐採予定、という意味のそのテープを、わたしは毎日睨みつけながら、土地が絶対に売れませんように!と祈り続けていました。
何度も何度も買い手がついては破談を繰り返し、わたしはそのたびにホッと胸をなで下ろしました。
そんなわたしに協力したいと申し出てくれた近所の人たちと一緒に、町役場まで陳情に行ったり、役人さんを招いてミーティングを開いたり、
結局、地続きでその庭を共有しているお隣さん夫婦と共同で、その土地を買おうと決めるまでの間は、本当に気が気でない毎日が続きました。

でももう大丈夫。これからも末長く一緒に生きようね。
そう思ったのもつかの間、カエデの爺さんの体の一部が崩れ落ちてき始めたのです。
木のお医者さまに診てもらい、年寄りだけどまだ大丈夫と言ってもらっても、日に日に大きな穴が空いてくる様子を見ていると心配でなりません。

そんなわたしの心に、『ファーブル植物記』から引用されたこの一節の一言一言が、温かで明るい光を灯してくれました。

『年月を経て中心部を破壊されても、新しい世代によって年ごとに若返りながら、樹木は死ぬことなく数世紀を生き続ける。世代をつぎつぎと重ねるという、矛盾をはらんだ性格を持つ樹木は、若いと同時に老いており、死んでいると同時に生きているのだ』
『このように、木の活動力は表面から中央に向かって減少していく。表面は若さ、力、労働であり、中央は老い、衰退、無為である』

若いと同時に老いており、死んでいると同時に生きている。
本当にその通りだと思います。



家の畑の野菜たちは、今年の雨の多さに振り回されながらも、なんとか根腐れせずに育ってきてくれました。




前庭の垣根をよじ登り始めたゴーヤさん。

今年は違う色の花を咲かせてくれた紫陽花とセビリア。来年はどうかな?



さて、ざざ降りとカラカラ晴れを交互に繰り返すお天気ですが、1週間ほど前から右のアゴが口を開けるたびにカクンカクンとぎこちなくなり、
うん?どうしたのかなと思っていたら、今度は首の付け根の右側が痛んで首が回らなくなり、それに続いて右側の腰が急に痛んできて、歩くのもおぼつかなくなってしまいました。
急きょ、お抱え鍼灸師(こんな時に、配偶者が鍼灸師てあることがとてもありがたい!)にお願いして、二日続きで治療してもらいました。
新しい診療所での初体験。
今度の場所では二部屋、どちらも広くて使い勝手が良さそうです。


母の『一期一会』の銅版も一緒に引っ越してきたようです。

夫の漢方の先生が処方してくれた、夫とわたし、それぞれの漢方です。

処方された漢方の薬草や木の枝を、とことん細かく砕いて粉にしたものを、

熱湯に溶かしていただきます。

はっきり言って美味しくないし(あたりまえ?)苦いので、わたしはいつもレーズンを数粒口の中で噛みながら、えいえいっと飲んでいます。

夫の2年間の漢方学生生活も、あと残り4分の1になりました。
近い将来、夫が処方してくれた漢方をいただくことになると思います。
2回の治療で、あれほど痛かった顎と首の付け根と腰が、今はほとんど痛まなくなりました。
細くて小さい鍼だけで、どうしてこんなふうな治癒が叶うのか、本当に不思議です。

人間も樹木も、見えないものに生かされているのですね。
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