うたことば歳時記

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忘れな草

2016-05-11 10:47:53 | 植物
花屋さんの店頭に、「忘れ名草」が並んでいました。薄青色の可愛らしい花ですね。それはそれでよいのですが、「忘れ名草」という表記が気になりました。その名前の由来については、中世ドイツの有名な伝説が知られていますね。今さら私が講釈する必要もない程よく知られていますが、念のために書いておきましょう。ルドルフという騎士が、恋人のベルタのためにこの花を摘もうとしてドナウ川の水辺に降りたのですが、踏み外して川に流されてしまいます。その時かれは摘んだ花を岸に投げ、「私を忘れないで」と叫んだのでした。そこでベルサは彼の墓にその花を供えて、彼の最期の言葉を以てその花の名前とした、というのです。ドイツ語はわかりませんが、英名でも「Forget-me-not」であるということですから、ドイツ語でもそのままの名前なのでしょう。日本でも明治期から「勿忘草」「忘れな草」と訳されたそうです。

 「勿忘」はこれで立派な漢文で、「忘るること勿れ」「忘るる勿れ」と読みます。「忘れな草」の「な」は禁止を意味する終助詞で、文法的には終止形に接続しますから、正しくは「忘れな草」ではなく「忘るな草」とならなければなりません。「忘れな草をあなたに」という歌謡曲のせいもあって、もう「忘れな草」で定着してしまっているものを、今さらおかしいと言うつもりはありませんが、呼称の伝説から「私の名前を忘れないで」と理解して、「忘れ名草」と勘違いされることがあるようです。ですから少なくとも「な」を「名」とはかかないようにしなければなりません。

 当然のことながら忘れな草を詠んだ古歌はありませんが、北原白秋や上田敏が呼称の伝説を踏まえた詩歌を詠んでいるので、御紹介します。

仏蘭西(フランス)のみやび少女(おとめ?)が挿しかざす勿忘草の空色の花  (桐の花)

また明治期に飜訳詩で知られた上田敏が「わすれなぐさ」という詩を『海潮音』に発表しています。

  ながれのきしのひともとは、
  みそらのいろのみづあさぎ、
  なみ、ことごとく、くちづけし
  はた、ことごとく、わすれゆく。

仮名ばかりでは意味がわかりにくいので、漢字交じりに直すと、「流れの岸の一本は、御空の色の水浅葱、波ことごとく口付けし、はた、ことごとく忘れゆく」ということでしょうか。



忘れな草の伝説は西洋のものですが、日本にも忘れな草と同じ効能を持つ草があります。その名前を「紫苑」(しおん)というのですが、日本人は西洋の忘れな草を忘れなくとも、日本の忘れな草はすっかり忘れてしまいました。その紫苑については、私のブログ「うたことば歳時記」の中に「紫苑(しおん)」と題してすでに載せてありますので、是非御覧下さい。

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