完全無欠な「もうすぐ前期高齢男」日記

「もうすぐ前期高齢男」に進級「老いの自覚」を中心にUpしていきます。

思った通りだ。      ~「電通強制捜査」に思う~

2016年11月07日 | 時事ネタ




私は初老男である。




日本人の心理の根底に流れる「いい塩梅」的な事柄は・・・・。




私は否定できないでいる。




もちろん、そのことはとても「危うい」ものであることを実感している人も多いだろう。






日本人の「善意」同志がうまくかみ合っている時には、白黒をはっきりさせる某国のように「ギスギス」しない。






絶妙に「こと」が進んでいく。






ただ、その「絶妙の呼吸」というものは、とても小さな「ファクト」で崩れてしまう。






そう、どちらか一方が気が付かないうちに「強要」をしてしまうからだ。









「電通」という会社のことは、10月19日の記事でUpした。





私の思ったとおりである。






それは、あるニュース番組で電通社員のコメントで表れていた。






「営業目標が、変わらないで就業時間だけ守れと言われてもねぇ・・・・」





このセリフに凝縮されている。










先回のUpの芯の部分を繰り返すことにしよう。






「社員の待遇を改善」と「業績を落とさない」なんて神業をこうした宣言で、できるくらいなら元々今回の「社員の自殺」なんて事件は起きていない。






この「電通」という会社にも「組合」があり「36協定」も結んでいたのである。





そうしたことは、すべて「紳士協定」なのである。





しかし、現在の日本において「紳士」なる人間がどれだけいるだろう。





実際上、一番その「紳士的意識」で存在するべき・・・・。




           「政治家」




という人種が、一番「紳士的でない」事実がある。







その中で「利益が最優先」である財界人が、その「紳士意識」を失っている人間が多くなっているのは・・・・不思議ではない。







日本人の「いい塩梅」が生き残るかどうかは、実は今がその「大事な時」なのである。








しかし、大半「もう遅い」って気がしている人も多いだろう。





・・・・・・私もその一人だ。






もしも、電通が「本当に改革」することができれば、変わることができるかも・・・・しれない。








今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、まずは「自分が変わる」ことができなければ、何も変わらないことに気が付きますように。





                  May




「滅私奉公」は、そろそろ変わるべきじゃないかぇ?ただ、それは「イエス・ノー」をはっきりさせることではない。

















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本人だけが分からない。      ~「はやるラーメン屋」と「はやらないラーメン屋」~

2016年11月06日 | いま興味のあること


私は初老男である。





世の中には「はやるラーメン屋」と「はやらないラーメン屋」がある。




それは別にラーメン屋に限らない。




飲み屋でもソバ屋でも同じである。







しかし、ラーメン屋というものには、他の食べ物屋と違う「何か」がある気がする。






近くに




        「はやるラーメン屋」と「はやらないラーメン屋」




                               がある。




まあ、大抵どこの町にも両方あるだろう。





だが、大きな町なら「はやらない」といっても「それなりに」食べていけているだろう。





しかし、我が町のラーメン屋はどう見ても「それなりに」食べていけてない。





それなのに、なかなかつぶれない。





普通に考えると、構えた店の座席を「3回転」させなければ利益がでないという。






「はやる店」の話からしよう。






はやる店には、当然理由がある。




細かいことはたくさんあるのだが、やはり一番の理由は「やりたいこと」が、はっきり見えることだ。





正確にいえば「伝えたい味」を、作っている職人自身がわかっているのである。





だから「好みでない」が「おいしい」というラーメンはありえる。





昨日食べたラーメンがそうだった。






そして、はやらない店には、そうした「明確な伝えたい味」が見えてこないのである。





もっと言ってしまえば、単純に「俺でもできる」程度の感覚でラーメン屋を始めるような職人もいるようなだ・・・・。





「食べるもの」というのは、残念ながら作る人の「すべて」が反映される。




そのラーメンは「そういう味」がする。





例えば店の扉。




これが「引き戸」であるか「ドア」であるか、中が見えるガラスであるか、すりガラスであるか。




なんてのも食べる人が「かなりの意味」を持っていることに、気が付いていないオーナーが結構いる。





気の付くオーナーなら「中が見える」といっても、完全に見えるのではなく「人は見えるが中ほどだけすりガラスになっている」物を使う。






わたしもお客がどの程度入っているかによって、入ろうかどうか考える。





だが経営者本人だけが、こういうことを分かっていない。





だから思う。





マズいラーメンを食べると・・・・・。





「この人は、このラーメンを『おいしい』と思って作っているのだろうか?」





自分がおいしいと思っていないラーメンを客に出しているのだろうか?





今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、おいしいラーメンを食べることができますように。







             May





はやらないラーメン屋さんは・・・・。元別の飲み屋だったところをほんの少し改装し、タンメンの野菜炒めを電磁調理器で作っていた。扉は2重扉で食券機がその最初の扉の所にあった。店に入っても、私をなかなか見つけてくれなかった・・・・。



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自覚すべきなんだよ!       ~「高齢者」の運転等々~

2016年11月05日 | Weblog



私は初老男である。




横浜市で小学生の通学の列に87歳の男が突っ込み8人が重軽傷を負った。




事故前日の朝から事故を起こすまでの間、横浜市内や東京都内の高速道路を走行していたらしい。




いたましい話だ。







私の父親は84歳。





16年前に私の母親を乗せて事故を起こし母親は死んだ。





そして「1年間の免停」になった。









しかし、その後親父はノーへル・無免許で原付を運転してつかまって永久免停である。






それ以前から父親に疑念を持っていたが、それ以来「確信」に変わった。






そう、自分の父親は



            「馬鹿」



                    であることに。






自分が「母親を殺した」ことの意味を、受け止める感受性が無いのである。





「運が悪かった」とノタマッた。




普通の男は、妻に先立たれると平均寿命は「2年」と言われる。




それが親父はそれから16年生きて、今も矍鑠(かくしゃく)としている。







人間の「老い」に対する認識は個々によって違うのは当たり前だが、少なくとも「運転技術」というのは「客観的」に判定できるはずだ。




そして「客観的」であろうとも、他人からの「不安」を含めて




             「免許の定年制」



                         を考える時期だろう。



ひどい言い方であることは、重々承知で言うが・・・・・、



「80爺さんの運転」はどんなに国家公安委員会が「安全」と認めても、一般人から見れば「怖く」みえる。




しかも、今回の事件で世間一般は「80爺さんの運転」に、さらに「疑念」を抱くだろう。






こうしたことは、実は「ちゃんと運転できる80歳」の人たちが被害をこうむることになる。






             「悪化は良貨を駆逐する」






私は今「75歳で免許を返納する」ことを、周りに宣言している。





身の回りのことには、ずいぶん苦労することになるだろう。




しかし「自分が都合が悪いから」とか「自分が運転したいから」という理由で、ほかの人たちに「迷惑をかける」ことは




                 「私の信念」



                             が許さない。





今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、自分の「信念」を守るために「やせ我慢」をしますように。





               May




だいたい、みんな「自分勝手」で人の不安を掻き立てすぎなんである!



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J1史上最低の「残留」     ~アルビレックス新潟の今シーズン~

2016年11月03日 | スポーツ



私は初老男である。





プロ野球の「日本シリーズ」が終わり、今日がJリーグの「最終節」だった。




ある意味「優勝争い」よりも「おもしろい(?)残留争い」が展開された。





しかも、今年も我がアルビレックス新潟が巻き込まれている。





2ステージ制という「よくわからない」システムで優勝が決まるJリーグは、ただ降格の条件は以前と同じである。





単純に「年間下位3チーム」である。





最終節までに降格2チームが決定。





アビスパ福岡・湘南ベルマーレは前節で降格。






残りの枠は1。






残留3を、4チームで争うことになった。






ジェビロ磐田・ヴァンフォーレ甲府・名古屋グランパス。





そして、我がアルビレックス新潟。





・・・・・・・・・・・・もう、結果が出ているので先に進めよう。





実際、最終戦の条件の中で「最低限」の条件はクリアしたことを思えば「55点」を上げていいと思う。






「55点」というのが、まさにアルビらしい。





          「8勝6引分20敗得失点差-16」 





  「勝ち点30での残留はJ1史上最低の勝ち点更新。20敗での残留も史上最低の新記録」





シーズン通しての試合は「やきもき」するものばかり。連勝は1度もなく、3連敗・4連敗がともに2度・・・・。




こんな成績で残留できたのはまさに奇跡だ。




2012年にも「奇跡の残留」があった。




あの時は劇的で感動もあった。




しかし、今回の残留は・・・・・、なんかモヤモヤしたままだ。





たしかに残留した喜びもあるけど。





最後に「本音」を。





たぶん、こんな感覚が続くと






          「サポーターをリタイア」



                        することになるだろうね。





「チームが弱い」というだけで「リタイア」するのではない。





「ワクワク感」とか、「感動」とか、「一体感」とかが無くなった時。





それが応援しなくなる理由さ。





今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、サポーターになる楽しみを知りますように。





          May




最終戦で1点ビハインドの時「失点しないこと」を求めるか、「引分まで持ち込むこと」を望むかでリタイアするサポーターがどうか分かれそうだね。


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毎度「恒例」の・・・・。       ~山本農水大臣の「失言」~

2016年11月03日 | 時事ネタ



私は初老男である。





人間の「精神力」などというものは大したものでは無い。






本当に「ちょっとしたこと」で挫けてしまう。






しかし、不思議なもので「かなりのこと」でも折れたりしない。






言っていることが「矛盾」していることは承知している。






だが「精神」の部分を「命」に書き換えてみると納得してもらえるのではないだろうか・・・・。









初老の私は、それなりの「命の終わり」に遭遇してきたが・・・・・。







いつも思う。






「命」というものは本当に「簡単に尽きてしまう」し、なかなか「簡単に終わらない」ものなのだ・・・・・。







さて、不思議なもので「政権が安定している」ないし「政権にスキができた時」にであるが「恒例」のことが起きる。







そう「政治家の失言」である。






山本という農林水産大臣が




      
       「こないだ冗談を言ったら(閣僚を)首になりそうになった」




                                  と発言したという。





細かいことは割愛するが・・・・。





多分本人は「正式な場でないから」とか「私的なパーティーの場だから」などと思って、リップサービスよろしく「ウケ狙い」の発言だったのだろう。





「失言癖のある政治家」というのは、不思議なことになんとなくある一定の法則に則って現れる。







第1次安倍政権が倒れた原因の一つが、やはり「農水大臣の辞任」であった。






それをきっかけに「ドミノ辞任」と呼ばれる閣僚の辞任が続いて最後は自分の体調不良で終わることになった。









政治家の最大の武器は






               「言語」




                            である。






大げさに言えば、政治家にとっての実力の「80%」がこれで判断できる。







特に「しゃべり・語り・挨拶」が大切であり自分の政治姿勢を「伝える力」が問題になる。






この「伝える力」の中にユーモアやウィットそして「品の良さ」が必要だろう。






今、政界で偉くなっている人はほぼこの条件を見たいしているはずだ。





そうした中で、たまに「大臣」でありながら「この条件」を満たしていない人がいる。







   「口が滑った」「不適切だった」「言葉足らずだった」「冗談である」






これらの言葉が出てくる回数が多い人たちである。






本当のところ、一個人の本当の「思想・信念」などというものは他人に計り知れないし、簡単に伝えることができるものでは無い。





過去から現在にいたる政治家の失言の内容は、再確認してみると「ちょっとした言い変え」で、本当に笑ってすますことができるレベルの物が多いことに気づかされる。






ほんの一瞬考えれば避けられた失言が最近は特に多い。





思えばこうした政治家しか周りにいない安倍首相も、そうした意味では気の毒な人である。





特に今回の「失言内容」は、残念ながら「口が滑った」レベルでなく「揚げ足を取られる」レベル。





「強行採決」「いいことがるかもしれない」「冗談を言ったらクビになりそうになった」等々・・・・・・。





これは残念ながら「更迭・辞任レベル」だろうねぇ。





初老男になるまで政治家のこうした「失言」はずいぶん聞いてきたが、時代とともに、失言内容がどんどん劣化しているなぁ。





今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、やるのなら「上手な」失言のなりますように。





              May





どうも下世話な「冗談」しか言えない政治家ばっかりだねぇ。知性に富んだ「ジョーク」を言える国民性が日本人には足りないなぁ。





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やっぱ、いるんだねぇ・・・。        ~とっても、とっても危ない「ドライバー」達~

2016年11月01日 | Weblog


私は初老男である。




今、なかなか緊張感のある「日常」を過ごしている。





本当は、ここにその「緊張感」の原因をUpしたいのだが・・・・。






少々、話がむずかしい。




また、しっかりとした「解決」をした中でなければ、ちょっとUpしにくい。






まあ、いずれ何かの形でお知らせすることになるだろう。







ということで、ハードな1日だった。






ほぼ、1日の半分を車の運転で過ごした。






かなりの性能の新車にしたのであるが、それでも「運転」は苦手だ。






その「苦手」の原因は・・・・。






            「マシンに対する信頼性」





                              である。





単純に私の「心配性」の性格のせいと言ってしまえば、その通りとしか言いようがない。






しかし、今日の車の運転に「驚異的」なドライバーが何人もいた。





大型トラックの眼鏡の兄ちゃんは「携帯電話でお話」をしながらの片手ハンドル。





シニアマークの軽トラは、私のミラーには「無人車」に見えた。





実は白髪頭の超小柄なおじいちゃんの運転だった。だが、私の後ろでセンターラインと歩道の間を行ったり来たりしながら、私の車を「あおって」きた。






右にカーブしながら、急な上り坂に向かっていく若葉マークの眼鏡をかけたおばさんの車は、スピードに自信があるのか「登坂車線」に入らない。





私は登坂車線側から、抜いて本線に戻った。





すると、車から「湯気」が出るかのように、私の車を「あおって」きた。





こうした車を「相手」にしてはいけない。






坂を上りきってしばらく行ったところで、わたしは避難スペースでやり過ごした。






緊張感のある時を過ごしている中で、得意でない車の運転をする。





そうした中で「こうした運転のドライバーたち」と、張り合ってはいけない。





「不慮の事態」が起きる可能性が、とても大きくなる。






初老男と名乗るようになるまでに、様々な「車のトラブル」にあってきた。





そうした中で、すでに私たちが若い時には無かった「ドライブ常識」ができてきている。






黄色で急加速して通過する車は、昔はほとんどなかった。





携帯がないから、当然、携帯使用しながらの運転もなかった。





酔っぱらい運転は・・・・。相変わらず・・・・。





車の運転というのは「死」に直結しているのに。





これからの車事情は「オートトライブ(自動運転)」によって、激変していくのだろうか・・・・?






今回も最後までお付き合いいただきありがとう。これを読んでいる皆さんも、運転の楽しさと、恐ろしさを身に沁みますように。






              May





・・・・87歳の認知症が疑われる老人が、登校中の小学生の列に突っ込んだ。私は75歳で免許を「返納」しようと思っている。自分のために。人のために。




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