植物園「 槐松亭 」

バラと蘭とその他もろもろの植物に囲まれ、メダカと野鳥と甲斐犬すみれと暮らす

さぁ 英気を養ったらまた印を彫ろう

2022年12月10日 | 篆刻
昨日は久しぶりの書道教室でありました。頼まれもしない先生の「雅印」と、書道仲間の方のカナ用の落款印、初めて雅号をつけることになった教室の先輩格にお祝いの「雅号印」を彫って持って行ったのでした。彼女の御出身の秋田県の花は「蕗(ふき)のとう」、雪解けの中から鮮やかな緑のフキノトウが、ご主人の会社を切り盛りし、大勢のご家族の面倒を見る大黒柱で頑張り屋の彼女の姿に重なるのです。それで誠にお節介ながら「蕗雪」が良かろうとおすすめしたのです。


しばらく摸刻を続けているとやはり飽きて来ます。自分の篆刻の腕がわずかでも上達しているか、摸刻がどのくらい影響があるかを知る上でも、定期的にオリジナルの印を彫ることにしています。

そこで、書道のオープンチャットでたまにワタシのブログなどを紹介しつつ、「タダで」印を彫ります、と希望の方を募るのです。これまでそんな関係から16人の方に、送料などの実費程度の負担をして頂いて篆刻印を彫って差し上げました。同意される方には別のグループLINEに招待して和気あいあいとした雑談のサロンにて情報交換しております。

家内は、どうしてお金を取らないの?と不思議がりますがちゃんと理由があります。言うまでもなく自身の技術向上であります。何百本摸刻をしようが所詮は真似っ子で作品とは言えません。彫って失敗しようがオリジナルとだいぶ違っていようが文句を言ったりダメ出しされることはありません。早い話緊張感に欠けるのです。

その点、誰かのために彫るというのは、100%自分の感性によるオリジナル印になります。人に使って貰うので見立てのいい彫りやすい適した印を選び、姓名・雅号に彫る字の書体を統一して集めます(集字)。集めた文字からデザインする=印稿を作り、更に出来たものを印面に逆さ文字にして書き写します(布字)。そして初めて彫に入るのですが、相手があることなので気に入るか、どんな評価をされるかが一番大事です。つまり真剣勝負であります。

なんでもそうですが、修行し向上する秘訣はその練習にどれだけの年月や時間をかけたかではなく、どれだけ集中して真剣に取り組んだか、であると思います。だらだら何も工夫せず考えもしないでやっていると、何年かかっても大した進歩はありません。短期間でも没頭し集中し、納得できるまで必死に立ち向かうというのがいい結果を生むように思います。

そうしたら、「雅印」を差し上げた先輩のおばちゃん、その午後に「大書する作品用に二回り大きい姓名印・雅印を彫って頂戴」、と頼んできました。さすがこの年代のおばちゃん(笑)。悪いと思ったのでしょうか近所のホームセンターで印材4個と、沢庵などのお漬物をどっさり頂きました。印材は、せっかくなので、彫りやすくもっと美しくて使いやすい手持ちの印を使いましょう。今の市販されている印材は、ほとんどが2~300円の粗悪品です。練習用ならいざ知らず、これから長きにわたって作品の落款に入れる印ですからやはり使って楽しい、気分が高揚するような印材でないと。

これもご縁であります。更に、先週から再度告知していたチャットでの印の希望者募集にお二人反応があってメールが来ました。両方ともまだ20代で、一人はフリーの書道家、もう一人は真言宗高野山の若き修行僧のようです。雅印希望ですが、どうせ彫るなら1個も3個も同じようなものなので「姓名印」や遊印も彫って差し上げるつもりであります。若者が何かに向かって進もうとするとき、それを少しでも支え応援していくのが、滅び行く年寄りの責務でもありましょう。それが書道家やお坊さんなら猶更でしょう。

楽しいのであります。一円にもなりませんが、ワタシの彫った印が欲しいと言ってくれる人が居るだけで、「篆刻」を始め、2年間それに打ち込んだ甲斐があります。それによって、自分の技量が薄い紙を張り合わせていくように上達するならなんの見返りも要りません。ただで練習させてもらえるのですから。

善光寺詣でで往復8時間以上運転した疲れが、やっと二晩掛かりで抜けてきました。早速、依頼印の製作に掛かろうと思います。
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防衛費増強増税には真っ向から反対しますよ

2022年12月09日 | 時事
岸田総理が「増税」を予算編成の現場に指示したそうであります。その前段が、防衛力強化という「プロパガンダ」でありました。ウクライナの侵攻を機に「核ミサイルが飛んで来たらどうすんだ!」という世論形成によってロシアと北の将軍の脅かしに便乗した値上げであります。

1000兆円の借金で使った金はどこに行った?何十年も前から核ミサイルの脅威はあったはずでしょうが。何をいまさら。もし、仮に防衛費に傾いた予算を付けることが妥当である、と国民の同意を得たとするなら、消費税を10%にあげて税収は安定しているはずなので、増税せずに各省庁への予算配分を変える(減らす)ことが本筋ではないのでしょうか。

国からそこらの町村に至るまで「前例主義と予算の硬直化」が横行している結果、将来や現実に優先的に取り組むべき事業予算が確保できない、外郭団体を含む役人の既得権益・人件費にばかり税金が浪費され消えていくという現実が至る所にあります。

「国防を強化する」これに異論を唱えるつもりはありません。しかし平和憲法と自衛隊との整合性すら怪しいのです。アメリカから盛んに武器を買わされているのは属国扱いであり、戦後の東西対立を自ら受容し正当化したことになります。不戦の誓い=永世中立国とはなりませんが、基本的には戦争するための軍隊や組織を永久に放棄すると書いてあるはずなのです。

今や例が無いほどの急激な円安により輸入物資が割高になり、ロシアの戦争の影響で石油資源などが供給が不安定なために電気代など大幅な値上げで国民の生活が脅かされています。国債の巨額な重しの為にインフレに対抗するべき有効な手段利上げも機能しません。幾度もこのブログに書いてあるように、この失われた40年の景気動向(景気の腰折れ)は消費税の導入と税率の引き上げにリンクしています。

日本の落ち込んだ景気、閉塞感、将来に対する不安を払しょくするはずの対策は、第一には「人口を増やす」つまり子供が増えることにあります。どうしたら、若い人たちが結婚しようと夢を持てるのか(安定収入が得られる終身雇用)、どうしたら子供を沢山産もうと思えるのか。安心して子育てをして将来の生産性の源になる働き手の数を確保できるのか、それに予算の大半をつぎ込むことがすべての発展の礎になるはずなのです。
核の迎撃のために1兆円の金をかけるより、子作り世代にお金を投じて10万人の新たな新生児を生み出すこと(一人1000万円かける)方がはるかに経済効果が高く、長期間の景気浮揚効果があります。一人の人間が生まれて死ぬまでに社会人としておよそ3億円の収入を得ます。そしてその多くが消費されるので倍の経済効果があるのです。

これから結婚して子供を産んだら、成人まで年50万円補助する、3人目には追加でまた50万円ずつ配るといったことにしたら、安心して子供を育てようと思うはずです。わたしら子作りに関係ない年寄りでも、孫子の代までの事を考えたら、そんな子育てに使うための増税なら喜んで税金を払いますよ。
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牛にひかれて善光寺より 風呂に浸かって一献傾ける

2022年12月08日 | 旅行
先ほど長野県の長野市から中野市、そして渋温泉という旅程から帰宅しました。二日続きのブログの更新無しは名折れでありますので、取り急ぎの報告・更新であります。


目的は銀行在籍時代の遊び仲間と、コロナまたぎの久々の温泉旅行、目的地は初めてお参りする「善光寺」、長野市に暮らす旧友、新入行員以来の同期で毎夜のごとくお酒を酌み交わした知人との再会を果たす、でありました。

細かなところは省略しますが、長野県に向かって生まれて初めて「新湘南バイパス(茅ケ崎)圏央道→関越自動車道→上信越自動車道(長野)」というルートを運転したのです。基本的に長時間の運転が億劫になり、腰も痛むので遠乗りは控えていたのですが、仲間3人を乗せてドライブする羽目になりました。しかし、便利であります。料金はともかくとして300㎞弱の旅程がほぼ全線自動車専用道路(高速道)なのです。JR、新幹線を乗り継ぐと大体往復一人2万円ほどの旅費ががかります。4人で8万円というところ。それを車で行けば、ガソリン代が6千円位で、高速料金が往復14千円弱でしょう。一人頭5,000円の計算になりますから1/4の値段に抑えられます。

更にただ今全国でブレイク中の「旅割」5千円、加えて地域振興券みたいなもので3千円のクーポンがつきますから8千円もお得となるというわけです。

こんなことを活用して「賢い旅(やや貧乏くさい旅行)」となりました。最初に目指したのが「牛にひかれて善光寺」であります。他人に連れられて、普段行かない場所へ出掛けることを表すので、まさにワタシ達一行のことになります。また、元の意味は、欲に駆られた婆さんが牛の角に引っかかった布を追っかけたら善光寺まで到達し、それがきっかけで深い信心に入ったという故事に倣うようです。牛に轢かれて、(道路を改修)全工事 という事ではありません(笑)

善光寺は、軽井沢より先には観光はこれしかない、と思うほどの力の入った施設でした。威容を誇る10棟以上の本殿や社寺別院などが連なり、その表参道には両側に「宿坊(お寺さんが経営する宿泊施設)からお土産物屋、蕎麦屋さんなどがずらりと並び、モダンともいえるほど整然と美しい街並みの寺前町を形成していました。これでは集客力抜群ですね。


7年に一度で令和4年『善光寺前立本尊御開帳』、有難い記念の年という事で勢い込んで行ったのですが、6月末ですでにイベントは終了でありました(笑)。それでも「残り僅か」と筆書きされていた記念の御朱印1500円を含めて御朱印をゲットいたしました。


ワタシにしては珍しく朱印帳を持参したので、直に書いてもらう事が出来ました。(いつもはすでに準備してある紙に日付を入れるだけのものです)。書道と篆刻に首を突っ込んでいるワタシとしては、まことに結構な御朱印でありました。
 本殿の奥には地下にその仏様の胎内と言われる真っ暗な回廊がありました。600円を払ってそこを手探りで一巡するとなんだかご利益があるらしいです。

ここで、友人と約10年ぶりに再会を果たしたのです。彼はワタシと同じ勤務先の銀行を早期退職し、実家に戻って家業を手伝う傍ら、市民活動から市長に立候補して当選を果たしました。昨年、3期目の選挙に敗れて在野の地元名士として多忙の生活を送っているやに聞いておりました。

そして、彼の地元から近い「湯田中温泉」の一つ「渋温泉」という小さな川が流れる温泉旅館にて美味しいお料理と昔話をつまみに最終目的の「一献を傾けた」という次第でありました。本日は長旅の疲れでへとへとなので、これまでにいたします。
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自己満足で生きてきた これからもそれで良かろう

2022年12月06日 | 雑感
昨夜0時からのワールドカップ、ノックアウトステージのクロアチア戦は大変残念な結果に終わりました。新潟に住む書学生の孫たちなども観戦していて、ワタシの家族LINEでも大いに沸き立ち盛り上がったのですが。

予選を含めた4試合は、それぞれ異なった見どころがあり、それはそれで十分満足いたしております。思い通りの展開やゲームプランであったとしても勝てない、というのは勝負事ではつきものであります。クロアチア戦に関しては、相手がやはり一枚上であった、と言うよりないのでしょう。個々の選手の出来不出来、森保監督の采配などをいまさら論じても致し方ありません。選手たちは、この経験がまた次のステップとなり新たな人生が始まるのでしょう。

この歳になってなかなかいいものを見させてもらいました。喪失感よりも満足感の方が若干強いのであります。日本のサッカーがわずかづつながらも年々進歩を遂げ、世界の強豪国に割って入ったという実感もありました。決してまぐれではなく、明確な戦術や意図をもって戦い、結果を出したのです。

今日から、また平常な生活に戻ります。目下最大の関心事は明日からの一泊二日の信州旅行であります。ワタシが22才で、某金融機関の新入行員だった時の同期が長野市に住んでいます。お互い会社の寮生として意気投合し、一升瓶をもって酌み交わしたのでありました。双方の結婚式にも出て、ずっと親しい友であったのですが、彼は60才定年を待たず会社を退き、国元に帰ってしまいました。そしてなんと市長に立候補して当選したのです。

しかし、2期の任期を経て、残念なことに数年前3期目の選挙で落選したのです。彼が公職を離れて、一般人のレベルに戻ったのを機に連絡を取り、消息などのやり取りが始まりました。ワタシは現役の頃から、役員などの偉い人、将来性のある優秀な先輩などとは、「個人的なお付き合い」も含め、出来るだけ近寄らないようにしてきました。自分の出世のために力のある上司などに阿る(おもねる)、ゴマをするといったことが好きになれなかったからです。おかげで、家内には「あんたは、偉い人とゴルフやったりする割には、ちっとも偉くなれないね」などとやんわり皮肉られていました。

いいのですよ。誰かにすりよって偉くして貰えなくても、やるべきことをやり、会社の為に役立っているのなら、見る人は見てます。「自己満足」で結構なのです。

と言った按配で、たいして出世もせずに今の隠居生活です(笑)。その長野の友人にも、当時は公職で忙しいのだろうから、そっと遠くでその活躍を応援して喜んでおりました。そして、落選してしばらく経って、励ましの気持ちもあって連絡し、ヘタな書や印を贈っていたら、「そのうち遊びに来てください、一献傾けよう」と誘われていたのです。そこで、昔からの旅仲間と連れ立って「善光寺」に寄り、温泉宿で一夜だけの再会を果たし旧交を温めようということになったのであります。

事程左様に、人生の途中で偶然知り合った人たちと付き合いが始まり、切れたり繋がったりしながらも長く親交を保てるというのは得難い事であり、残り少ない人生を彩り豊かに終えるエッセンスともなりましょう。

話は変わりますが、篆刻でごく最近彫ったのが、わが書道の師の「雅号印」でありました。頼まれもしないのに、勝手に彫ってLINEで写真を送ったら、受け取って貰えるようです。その前には書道仲間に「仮名書き」用の小印を頼まれていました。

更に、書道教室の「師範代」格の先輩がいて、彼女はたしか「一般の部」書道6段か7段だそうです。以前大臣賞など特別の受賞歴がある彼女は、確かな技量と熱心な取り組み姿勢があるので、「雅号」を使った作品作りを「けしかけた」のです。ワタシの師匠藤原先生は、書道界の悪しき伝統=昇段昇格の認定にお金をとる、などといったことが嫌いで、雅号を付ける許可や命名に対する見返りを要求することはありません。(恐らく先生は、若い頃から、そうした謝礼や付け届けなど随分多額なお金を払ってきて、ひどい目に遭っているのです)

そのおかげで、技量も経験も半人前のワタシですら、ほぼ勝手に雅号を自分で付けて使用しております。書ならば「嘉苑」篆刻ならば「篩石」です(笑)。勿論先生は「勝手になさい」と言うだけでお礼などもしておりません。
その師範代格の先輩が、あれこれ雅号を考え出したものだから、ついお節介を焼いてしまいました。

彼女は「ビッグママ」と自称するくらい豪傑で、ご主人の家業まで実質コントロールをしているようです。彼女は実家が「秋田」で、お国から送っていただいた珍味、お新香や農作物のおすそ分けを頂いています。そこで考えたのが秋田県の「県花」である「蕗の薹」(フキノトウ)の一字をとり「雪」を加えた「蕗雪(ろせつ)」であります。幸いにして彼女はその雅号が気に入ってくれたようです。お節介ついでに、その記念として「雅印」を彫りました。
これです。
いずれも、二度彫り。つまり一度試しに彫ってみて気に食わない所を反省・修正して新たに彫り直しています。最初からきちんとした印稿を作ればいいのに、わざわざ二度手間をかける、というのが独学独習のいい所でもあり愚かなところでもあります。経験的には二回目のほうがずっと良くなるのです。それとてあくまで自分の主観ですから、他人や専門家さんがどう感じるかは全く別物になりますね。

というわけで、相手の方に喜ばれようが気に入るまいが、お構いなしであります。人様の役に立って喜ぶ顔を見たい、などというのは「偽善」であろうと思います。ワタシはただただ、気の向くまま、そして自分の技量・経験値を上げるためにやっていることなのであります。

本日も、いつにもましてとりとめのないお話で失礼を致しました。
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本格的な冬を前に せがれと温室を利用し越冬対策は万全だ💛

2022年12月05日 | 植物
寒くなりました。

昨日は自治会のイベントの一つで「ボッチャ」なるものの研修会・練習試合に出てまいりました。聞けば障碍者むけの簡単な運動・スポーツとして考案されパラリンピックなどにも採用されているそうであります。赤と青の3人で2チームに分かれてソフトボールを柔らかくしたような球を、白いボールに近づけるように投げる、というルールを初めて知りました。まぁ体育館でやる簡易的な「カーリーング」といったところでしょうか。勿論氷上ではなく床をこするブラシも不要です。

その午後には、いよいよこの時期最大の作業が待っていました。毎年冬に向かって欠かさない屋外作業が二つあります。一つは「柑橘類」の防鳥対策、もう一つが「非耐寒性」植物たちの越冬対策であります。

思い起こすと昨年同時期、戸外に置いて有った30個ほどの大小の鉢植えやプランターを一人でワタシの仕事場・倉庫のある2階まで運び込んだのです。また屋上にある鉢も、寒さに弱いのを屋上のサンルーム兼温室に搬入せねばなりません。大きいものは口径40㎝以上の深鉢もあって、なかなかの重労働なのです。その結果昨年は激しく腰を痛め、ひと月ほど痛みが引かず生活にも支障が生じたのです。

大きく重い鉢植えを動かすのは、なかなか厄介なのです。枝や幹モノによっては鋭いとげに邪魔されるので、しっかりとお腹に載せて運べないのです。また土がついているので衣服を汚します。斜めに傾けると鉢の中の土がこぼれてきます。そこで、腕だけで離して持とうとする結果、腰に大きな負担を及ぼします。

ワタシは中学生の頃から腰に持病を抱えていました。レントゲンで見ると腰骨の上の腰椎の隙間が狭い(パッキンになる部分が薄い)ので腰を痛めやすいのです。以来腰痛を数えきれないほど発症し、社会人になってからでも、数度1週間以上歩行困難になり病欠したのでした。

今年はその反省を踏まえ、一計を案じました。助っ人を呼んだのです。次男は最近、当地平塚にマンションを購入して舞い戻った(越してきた)のです。運動不足と過食飲酒によって必要以上に脂肪を蓄えているのを心配しても居ました。そこで、日当を出すつもりで夫婦で来てもらいました。

対象となる植物は、熱帯果樹・樹木(イランイラン・ロンガン・オクナセルラータ等)、沖縄や南方に花が咲く植物(プルメリア・ブーゲンビレア・ハイビスカス)、球根類(チューベローズ・ツバメ水仙・アマリリス・アシダンセラ)、月下美人・洋ラン類になります。

これらを、その栽培環境によって窓際、屋内の廊下、資材置き場、温室に置いて冬を越させるのです。温室は、屋上には電気ヒーターを付けて床には断熱材を敷いてあります。やや怪しい温度センサーで夜中に冷え込むと作動するのですが、1000ワット程度の温熱ヒーターではせいぜい最低5度くらいが限度です。それでも霜が降りたり凍結したりするのは防げるのですが、問題は電気料の高騰であります。家内にはあまり知られたくないのですがワタシの一銭にもならぬ道楽で家計に支障をきたす心配があります。

廊下にも一つちゃんとしたガラス張りの温室があり、ここにも温度センサー付きのヒーターを作動させます。実は、後付けで小さな空気還流用のファンと加湿器まで完備している本格的な温室なのですが、忙しさにかまけて、手入れが不十分なので胡蝶蘭やパフィオペディルムなどは年中枯らしております。
(´;ω;`)ウゥゥ

そんなわけで鉢を運ぶという力仕事を、体力には自信がある次男に任せ、次男の嫁さんには、もう一つの課題「害鳥対策」を頼んだのです。柑橘類は原則的には「袋掛け」は不要です。皮が厚いものが多く、食べ頃になる前(酸っぱい時期)に収穫して追熟させたりで、さほど鳥害には遭わないとしたものですが。

しかしながら、ワタシの果樹コーナーでは幾度となく荒らされ、収穫直前の果物を食べられているのです。犯人は「カラス・ヒヨドリ・メジロ」であります。柑橘類は特にヒヨドリとメジロの大好物で、庭先にミカンの輪切りを置いておくと、メジロが番(つがい)で食べにくる、これが冬の風物詩であります。などと悠長なことを言っている場合でなく、ほおっておくと容赦なく鋭い嘴で厚い皮に穴をあけ、くりぬくが如く中身を食べられてしまいます。

最初は、カラス・ヒヨドリという大きな鳥であろうと思って、粗く太い網をかぶせていたのです。しかし、よく観察すると小さなメジロが主犯格という事が判明して、段々目の細い網で覆い、隙間を塞ぐようにいたしました。
作業後の柑橘はこんな感じです。

これは柑橘の王様「セトカ」、下の写真は「ハルミ」です。


網は地面に付くように垂らし、園芸用のマルチ抑えピンでめくれないよう留めました。
今年は全般的には柑橘類は不作で「不知火・清見オレンジ・はるか」などは1~4個しか実がついていません。本来沢山咲くはずの花が極端に少なかったのです。裏年になったせいと「異常気象・天候不順」によるものだと思われます。

不安であった腰の痛みも出ず、網もきちんと被せることが出来ました。あとは、マイガーデンを今一度点検して、寒さに弱い球根類を見つけ出し堀り上げて「もみ殻を詰め込んだ段ボール」に詰め込んでしまいます。ネットは様子を見て少しづつ補強すればよし、であります。

2時間ちょっとで予定の作業が終わりました。自分一人でやれば丸1日かかるような仕事でした。御駄賃に2万円をあげましたが安いものであります。ワタシから倅夫婦にお金が移っただけなのでトータルすればムダ金にはなりません。

おっと大事なことを忘れていました。この鉢にはナメクジ・ダンゴムシや蟻などが潜んでいるのです。今まで地面に付いた鉢底でぬくぬく暮らしていたこいつらは、水気の無い部屋や廊下に置けば餌と水をもとめて這い出してきます。しっかりと「粉粒」の殺虫剤を撒くことが大切なのであります。
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