鳥とパイプと日本酒のおっさんメモ

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おっさんのB級グルメ哲学 ラーメン その5

2018年01月13日 | おっさんのB級グルメ哲学
2018/1/13 土曜日

今回は おっさんが 2000年 辺りの ラーメンブームの頃に行ったお店で 記憶にのこっている
お店を2店 まず最初に・・・

特別に美味しくて 印象に残っているという訳ではありませんが 
如何にも札幌のラーメン という位置づけと
やはり 嫌みのない 実に食べやすいラーメンであることが印象に残っています
1度しか食べたことはないんだけどね・・・

まずは だるま軒 です
札幌を代表する 老舗のラーメン店であることは 多くの人が周知のことと思います
創成側沿いの 南3東1の所に 創成側の道路沿いに入口のある
今も元気に営業しているお店です

店構えが

こちら側が創成側の方です


店内のカウンターは

創業が 昭和22年 ということで 西山製麺の創業者が つくったお店だそうです
あの 味の三平よりも さらに古く まさしく 現存する札幌のラーメン屋さんのなかでは
一番古いお店でしょう
麺は自家製緬で 西山の麺ではありません
小麦粉とカンスイだけで作った麺で ふっくらとした美味しい麺ですね
加水性のつよい 弾力のある今の札幌の麺とも違ってやさしい甘味のある麺でしょうか





上が醤油 下のが塩です
ガラベースの あっさりしているが旨みがたっぷりのラーメンでしょうか
味も薄めで スープも最後の一滴まで飲み干してしまうラーメンです

おっさんは 一度だけ この醤油ラーメンをいただきましたが 体にやさしい
何度でもいただけるラーメンだったような気がしました
これが 今でも続いている理由でしょうか

いつだったかな 道産子ワイドかなんかで あの てつや で有名な創業者の
内海哲也さんが 思い出に残るラーメンということで このだるま軒をあげていたのを
思い出します

てつやのラーメンは

これは 北32条店の醤油ラーメンですが
このだるま軒さんとは 似ても似つかぬほど 味が濃くて 脂分も多く あま~い ラーメン
なんだけどね・・・
そこが印象に残りました


店内は古いですが 掃除も行き届いていて 清潔です 良いラーメン屋さんと思いますね
長く続けていただきたいものですね



もう1件 このだるま軒さんと 同じようなラーメン屋さんがありました
こちらは 石山通沿いの 南19条にあった
王香 と書いて オオシヤン と読みます

このお店も 藻岩山に登った帰りに 一度だけ行ったことがあります
似ているな・・・と思ったら ここの創業者の 大森さんは なんと あのだるま軒で修業をして
このお店を開いたんですね 知らなかったな
昭和43年の開業だそうです

おっさんがいった時は 店の外に人が並んでいたな・・・
当時はブームが来てたんですね

石山通沿いの店構えです


これが おっさんも食べた

醤油ラーメンです キクラゲが入っていたかな・・・
やはり ここも自家製緬で 毎日大森さんが製麺機で麺を作っている様子が
テレビで流れていたのを見たことがあります 
その日の湿度で 色々作り方が変わるそうです
そのせいか ここの麺は美味かった気がします やはりふっくらとした小麦の味の良く出た
やさしい麺だったような気がします麺は中太だったかな

スープもやはりガラベースの 旨みのあるあっさりのスープで 毎日でも食べられるラーメンでしょうか
或る意味洗練された 完成系のラーメンであるともいえるかもしれません
だるま軒さんよりも 印象に残っているのは テレビで 大森さんとその奥さんを見たからかな・・・
いや 味がもう少し主張があったような気がします
夏の暑い時に このラーメンを汗だくで最後の一滴まで食べた記憶があります

しかし 残念ながら このお店 大森さんの御高齢により 2007年に 一旦閉店し
その後 二代目 三代目が 営業を続けたようですが
ブームも去り ラーメン自体が今風でないこともあり 2012年に閉店したそうです

また一店 札幌ラーメンを支えてきたお店が無くなったことは 残念なことです…



とまあ おっさんが これらのお店を訪れたのは 2000年辺りの事でありますが
同じく 古くから札幌のラーメンを引っ張ってきたお店があります

おっさんが まだ 学生の頃ですから かなり古い話になるのですが
当時の学生というもの かなり貧乏でありました
当然 毎日の食事も ちゃんとしたものは食べられない・・・というか 食べなかったんですね
酒はのんでもね・・・
だから インスタントラーメン(袋入りのね)とかは 毎日の様に夜中に食べていたな・・・
で そんなものを毎日食べるものだから ラーメンの匂いをかぐと 嫌悪感が走ったものです・・・

コメの食事が最高のご馳走だったんですね
お腹が空いたときに ラーメンの選択 というものは 無かったんですね・・・
だから その頃(と言っても 1970年代ですが・・・)さあ飯を食べよう という時に
ラーメンは食べたくなかったんですね

しかし その頃は ラーメン屋さんの数は多かった気がします
同じような ○○龍 とか ○○軒 とかいう ゴマ油の匂いのぷんぷんする ラーメン屋さんが
いたるところにありました その前を通ると 酒を呑みすぎた時の二日酔いを思い出し
吐きそうな気分になったものです

後に 旭川の蜂屋さんで ラーメンを食べた時 ああ ラーメンってこんなに美味いものだったのか・・・
と思うことになるのですが それは まだあとのお話

それでも 何かの折に 友達と 美味いラーメンを食べよう! と思い立ち
訪れたのが この 
味の三平 さんでありました
言わずと知れた 札幌ラーメンの名店です
味噌ラーメンの発祥の店としてもよく知られている所であります
西山ラーメンの加水性の高い麺を使用していて 中太の固めんです
まるで ゴムの様な弾力があり 歯ごたえがあります
特に味噌ラーメンが有名で ひき肉ともやしをよく炒めた 少し辛みの効いたラーメンです辛み
当時 これが人気だったんですね
店の前には行列が出来ていましたね

最初に訪れたのは 大丸藤井セントラルの 2階だったな
ウナギの寝床のようなカウンターだけの店で 右側のドアから 階段で外に降りて行けたな・・・
多分間違いないと思います・・・(おっさんの記憶では)

その後 7階になって 少しして 今の4階になったような気がします・・・
(7階の方は 記憶に自信が無いですが・・・)
おっさん二人が 調理していて 眼鏡をかけた大きい人が 客を仕切っていたな・・・
カウンター席しかないのですが 客が横入りなんぞしようものなら こっぴどく叱られていたな・・・

いや 中々素晴らしい店です けっして 慣れあいにならず 手抜きをしないという姿勢
高く評価したものです やはり こういう店が生き残る様ですね
で肝心のラーメンは

味噌ラーメンですね
もやしとひき肉を強火で炒めて 上にかけます メンマもありますね
ただね チャーシューが無いんですよね
このスタイルが 札幌の味噌ラーメンの流れを作ったんですね

でも このひき肉ラーメン おっさんは 気に入らないんですね
やはり 厚いチャーシューが食べたいんですね・・・
麺はばりばりの 噛みごたえがある麺です お腹にずんと来ますね
味もナンバンが効いているような気がしました 
食べたきになる ラーメンでしょうか 満足度が高そうですね
人気があるのも分かる気がしますね 札幌ラーメンの代表ではないでしょうか

しかし このおっさんは このラーメン それほど 食べたくならないんですね・・・
全てが 素晴らしいレベルなんですがね

やはり 麺とスープですかね あの加水性の高い麺はね・・・
スープも やはり 魚出汁が入って無いとね・・・

まあ しかし 美味いラーメン屋さんであることに違いはないですね




この界隈で もう1件 おっさんが学生の頃行った店があります
何度か行ったのですが この店も創業が古いですね
その頃のよくあるラーメン屋さんの中で やはり中華風のお店なんですが
体にやさしい あまり癖の強くない 札幌ラーメンだった記憶があります


札幌オリンピックの時に 今の地下鉄南北線が出来ました
その頃は 真駒内から 北24条まで その後 麻生まで延長になったのですが
まだその頃は 市電が走っていたんですね
北は新琴似から 麻生 北34条 北24条 を下り
札幌駅の西側を通って 駅前を五番館から 大通りを渡りすすきのまで行きます
その後 西へ曲がって 札幌の中央区を回り 逓信病院の所から引き返して来て
4プラの辺りでまた合流します
そしてまた 新琴似まで行くわけですね

いまは 市電も無くなりました まだ中心部は残っているようですが
その市電のせいもあったのか 狸小路の辺りの 中心部は 人出が多かったですね

そのころ パチンコ屋さんも狸小路の中にはたくさんありましたし
ジャズ喫茶や クラッシックの名曲喫茶も 数件あったようです
で よくその帰りに 訪れたラーメン屋さんがありました

狸小路の 4丁目と5丁目の間の通りを 狸小路から北へ上ると すぐのところにありました
それが

この 大公 というラーメン屋さんなんですね
昭和43年創業ですから おっさんが食べた頃は 間もなく・・・という感じになりますね
今もやっているのが驚きですね
根強い人気があるんですね・・・
やはり ここも 昔からの札幌ラーメン屋さんです
ガラベースの スープにうまみのあるラーメンでしょうか
当時のラーメン屋さんにしては あまり脂のギトギトしていない 味も薄めの
食べやすいラーメンだったようです だから良く行ったんですね

これは

味噌ラーメンですが
おっさんはいつも 醤油ラーメンを食べましたね
同じ様なトッピングだったと思いますで

チャーシューはもも肉のあぶらのないところで
もやしとメンマがのっかっていますね
トウキビの粒がたくさん載っていたのが印象的です
もやしが多くてね やや青臭く感じたものですが
スープも全部飲み干した記憶があります

壁に 張り紙があって こんなような事が書いてあったな・・・ 

『当店のスープは 変なものは一切使ってなく 栄養も高いので
 残さず飲みきることをお勧めします・・・』

なんのこっちゃい 大きなお世話でんがな

どういうつもりで こんなこと書いたのか知りませんが
当時はそう思ったものです
ここのラーメンが随分と好きな友達がいたのですが 
おっさんは それほどではなかったようです が 食べやすかったようです

いずれにせよ 古い話ですが
心当たりのある方もいるかと思います
そういう方に読んでいただいて あの頃の時代を感じて頂ければ幸いかと思います
このカテは ラーメンのうまい店を捜すのではなく 
ラーメンを食べるという事をめぐっての 過去の旅をテーマにしています

この旅はまだ続いて行きます

それでは また
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