イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

水軒沖~加太沖釣行

2018年07月01日 | 2018釣り
場所:水軒沖~加太沖
条件:中潮 7:19満潮
潮流:6:12転流 8:20 上り 0.6ノット最強
釣果:マルアジ 7匹 ソーダガツオ 1匹 真鯛 1匹

これはいつもの友人に聞いた話だが、またまたなんだか気持ちがげんなりしてしまう出来事があったそうだ。
朝から、老人が役員に取り次げとわめいているという報告があがってきたそうだ。なんだ、なんだと急いで駆けつけると、「おれはここのVIP顧客だ、あそこのバーゲンセールの看板にVIP顧客には割引がないと書いていないから割引をしろと。」少しニヤニヤしながら言ってきたそうだ。
あぁ、まただ・・。こういう風にニヤニヤしながらクレームを言う輩は要求そのものにはまったく興味がない。心の中はこうだ。「おれ様は昔々は偉かったんだ。みんな専務、専務と(専務かどうかは知らないが。)とへりくだりながら後ろをついてきたもんだ。しかし、今はどうだ、誰もおれにかまうものがいないではないか!けしからん。」ということで売場の若い女性では物足りずに当時の部下であったような年代の男になんでもかまわないから怒鳴りつけて自分を偉そうに見せつけたい。そんなところだ。要は寂しいだけなんだ。人はこんなになってまで生きなければならないのか、そしてボクも先々こんな人間になっていくのかの知れないと思うと朝からまったく何もする気が起こらなくなってしまったそうだ。
1メートル歩くのに10秒はかかっているんじゃないかというほどヨボヨボだったので、「ふざけたこと言うてんと、とっとと帰れ!!」と一発かましてやったら糸の切れた操り人形のようにしてやれるのではないかと思ったがそれをひたすら我慢してその老人より目線を低くするために床にひざまずいて、「どうかご理解くださいませ。」と繰り返していたらしい。

おとといまで読んでいた本にはこんなことも書かれていた。これもJ.S.ミルの言葉だそうだが、「経済成長は必然的に自然を改変するが、ありのままの自然を残すことが重要である。」そして、「孤独というものは自らの考えや精神を高めるために不可欠なものである。」
この老人に当てはめると、コンクリートしかない都会のど真ん中で人恋しくて仕方がないと思いながら生きているからまったく自分となんのかかわりもない人間に何か八つ当たりのようなものしたくなる。まったく迷惑千万だと僕も思った。怒鳴られるのはかまわないけれども、こいつもある意味人生の先輩だろう。後ろに続くものにもっと立派な未来を映してあげて欲しいものだ。こんなくだらない人間になってしまうかもしれないと恐れを抱かせてどうするのだ。そして、こういうやつを、鏡を見ているように思えてしまうのがこれまた悲しい。

そんな気持ちを引きずって午前4時に出港。昨夜降った雨のせいだろうか、東の空は血を流したように真っ赤に染まっている。それを見てまた少しげんなりしてしまうのだ。



今日の予定はとりあえずチョクリでおかず分が確保できれば加太に向かって飲ませサビキかタイラバを試してみようというものだ。タイラバは僕の隣のN氏が先週、かなりの釣果を上げてきていたのであやかってみたいものだという理由からだ。それに今年は船足が早いので海の上を縦横無尽に駆け巡ることができるのである。
だから、できるだけ北の方に向かって針路を取る。紀ノ川の沖を越えたくらいで小さいけれども反応があったので仕掛けを下すといきなりアタリがあって5匹のマルアジが上がってきた。食っていたのは5匹だ。最初からこれでは加太に行かなくてもいいんじゃないかと期待を持ったが、その後が続かない・・・。
午前6時過ぎに転流時刻を迎えるのでそのまま加太に向かう。田倉崎から手パンポイントに向かうところで、イワシだろうか、ベイトの群れのような反応が出てきた。遠くまでは行きたくないのでこのへんで仕掛けを下す。舳先には念のためチョクリ仕掛けも継続して展開。
釣り始めて30分くらいしてからだろうか、本当にアタリが出た。タイラバなんてまず釣れないと思っていたものだから逆にびっくりしてしまった。慎重にリトリーブをおこなうが、これが意外と大きい。ハリスは3号なので無理はできない。ゆっくり、ゆっくり、リールを巻くと上がってきたのは真鯛だった。普通なら途中でギブアップして浮かび上がってくるのだが、こいつは最後までなかなか頑張ってくれた。

もう、1匹で十分だ。あまりの暑さに午前7時半に終了。





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