Sparkring Life

旧・京都Sparkring Life
通って住んだ足掛け10年の京都生活を終え、横浜に住まい中。
書く人:maiky

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西明寺 紅葉の声

2007年11月24日 | 【京都】紅葉


あの日とは、違う炎




それは実に鮮やかで儚げな炎であり



太陽と同じ色をした、優しい炎



かつて高雄・神護寺の別院として創建された、槇尾山・西明寺。
真言宗大覚寺派の寺院として釈迦如来を本尊に置き、
四季の色濃い、厳しい自然の中で息づいてきました。



しかし、室町末期に都を滅ぼした炎の手が、無抵抗な建造物を焼き尽くしました。

応仁の乱により、山奥の寺院さえも犠牲になったのです。



されど、時はやがて移る。
木は炭となり、葉が灰となっても、如来像の眼差しのように静かに待ち続けました。


後の世に現れる、ひとりの女性を。




季節が風のようにめぐり、幾星霜・・・



ついに、その女性が現れました。



山を見上げれば色づく木立、谷の流れを見下ろせば散り紅葉・・・。

彼女は気づきました。

包まれている。
戦乱の炎と同じように燃え盛っている木々たちに。
忘れてはならない。
あの災いをそのままにしてはならない。
木々の炎は憎しみに燃える色ではなく、優しく、悲しい色なのだということを。



荒廃した山寺は、にわかに往時の隆盛を取り戻しました。



戦の炎と同じ色に染まり、彼女の心を打った紅葉の木々にも柔らかさが戻りました。
穏やかに・・・その星を風にたくし、時の彼方に去った彼女に語りかけます。



「いつまでも覚えています。私たちの声に気づき、救いの場を蘇らせてくれた貴女を」



「桂昌院様」



「いつかまた、この道を歩む貴女に会えるでしょうか」



「貴女だけに・・・」



「見せたいものが、あるのです」





高雄・神護寺に続き、西明寺まで足を伸ばしました。
撮影日は11月19日です。

西明寺は応仁の乱で荒廃後、徳川綱吉生母・桂昌院の寄進により再興されました。
その史実から、今回のストーリーを創造してみました。
彼女がこの地を訪れ、再興に至ったのかは分かりません。

桂昌院は京都の様々な寺院を荒廃から救い、隆盛の手助けをされてきました。
墓は東京・増上寺にあり、石碑は京都西山・善峰寺にあります。

今日、彼女によって再興された寺院の絢爛さを見ていると、
人間だけでなく、自然も彼女によって救われたんだと感じずにはいられませんでした。

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4 コメント

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Unknown (まめ)
2007-11-25 09:22:54
高雄エリアはまだ足を運んだことないなぁ。。
この時期はすごそう。。

緑の時期からいってみたいなぁ。
うん。
素敵な色。

桜のときに善峰寺へ行ったけど。
あの石碑はこの方のだったんやねぇ☆
あたしほんま歴史がだめでねぇ。。

「きっと偉い人のなんだなぁ」

って思ったくらいですf^_^;
秋の西明寺 (まっちゃ)
2007-11-25 16:59:09
高尾の紅葉はキレイだね~。夏行ったときと、景色がまるで別!!また行きたいなぁ。
桂昌院さま、ドラマ「大奥」で見た知識しかないけど、実際はどんな思いで高尾の山にこのお寺を作ったんだろう。
maikyちゃんのおかげで、増上寺も善峰寺も、行くときは、一つ違った思いで訪れることができると思います。いつも素敵なブログをありがとうです
★まめちゃんへ (maiky)
2007-11-25 18:18:00
まめ子は高雄方面まだだったかー。
新緑の頃、気持ち良さそうだね!
三尾を徒歩で周れるのも魅力的だし~。

善峰寺、行ってたよね。
そうそう桂昌院のなんだよー。
まだ行ったことないし行きたいんだけど、
ちょっと無理そうだなぁ~。
キッカケは何であれ、興味を持ったらそれでいーんじゃなーい。
★まっちゃさんへ (maiky)
2007-11-25 18:22:00
やっぱり街中とは違って、安定した寒さがあるんじゃないかなー。
色づきが綺麗!
私も大奥で彼女を知ったけど、調べていくと色んなことが分かって面白い。
京都に生まれた彼女だし、きっと廃れた都をほっておけなかったんだね。
すごい偉業を成した人だと思うわ^^

増上寺も行ってみたーい。

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