冬はこたつでひとり言

色々と思う事、ぼやいたりします。

プチ毒親 8

2017-03-18 21:47:38 | 日記

病状の悪化を招いたのはこのような親の対応だけでなく、他にも理由があると思っている。それは僕がアスペルガー症候群であるという事。

もっとも正式には診断を受けた訳ではなく、あくまでも自己診断なのだが。ただ症状がかなり当てはまるので、まずそうだと思ってもいいだろう。

協調性に欠け空気を読めないなどで友人も少なかった。その為か学校というものに対して非常に居ずらさを感じていた。これも又ストレスになっていたのだと思う。

そしてもう一つ習い事(算盤)の強要。習い始めたのが遅かった為か、資格といえる日商検定3級に合格したのが中学1年の秋。この時点で個人的には充分なので、これ以降は高校受験に重きを置いて算盤は辞めたかったのだが、許しては貰えなかった。あくまでも続けろと譲らない。

やむを得ず続けたのだが、進級する事なく1年以上が過ぎて中学3年になった。さすがに受験勉強に力入れないと間に合わなくなると思い、その旨訴えたのだが聞き入れて貰えなかった。

「『もう少し頑張れば進級出来るから』って算盤塾の先生が言ってるから続けなさい」と。

それはあくまでもその人の意見であって、正解とは限らないだろう。塾側としてはそのまま続けてもらった方がいいに決まっている、収入が減らずに済むのだから。

そんな事情も考慮する事なく、そうした他人の無責任な意見をそのまま人に押し付ける。少しも自分で考えようとしない、何が大事で優先すべきかを。受験に失敗したらその人が責任とってくれる訳でもないというのに。

「辞める」「辞めるな」といったやりとりを続けているうちに側で聞いていた父が苛立ち怒鳴り出した。

「親の言う事が聞けないならそれでもいい。そのかわり、高校に受からなかったらすぐにでも働きに行かせるからな!」と、

何を言っているのか、まったくもって意味不明だ。

高校に受かる為に勉強する時間が欲しい、だから辞めたいと言っているというのに。

これが学習塾だったならまだ理解できるが、よりによって算盤塾。受験勉強を蔑ろにしてまで続ける事にどれ程は意味があるというのだ。

そもそも二人とも僕に勉強させる気がない。断言してもいいだろう。

中学校に入学した頃、これを機に勉強しようと思った時期があった。少しだけやる気スイッチが入ったようで、参考書とか問題集を買おうと思い立ち本屋で物色し値段を調べて、母にそれらを

「買いたいからお金ちょうだい」

と頼んだのだが、金額が高かったようで怒りだした。夜になって、帰って来た父にいつものように告げ口すると、今度は父が怒鳴り出した。

「勉強なんかしないくせに、何でそんな物が要るんだ!」

金額が高いからと言うなら詳細を聞いてきてもいいだろう。しかしそんなものは一切しない。頭ごなしに否定してせっかく湧いた勉強への意欲を挫いてきてそれで終わり。いくらまでなら出してもいいとか、妥協案すらない。

僕の息子も小学生時代は一切勉強しなかったが、そんな息子がある日突然同じ事を言い出したら「やっとやる気になってくれたか」と喜んで買い与えるのだが。親と子でこんなにも違うものなのか。本当に僕の親かしら。

また小学校低学年の頃には地球儀を欲しがった事もあった。ところが、

六年生になったら授業で地球儀を作るから」

と即却下。近所で六年生の親から聞いたうえでの解答だった。

装飾品として欲しがった訳ではない、教材と欲しがったのだ。しかし母の目には装飾品か玩具にしか写らなかったようで、

「二つも要らない、勿体ないから」と

これでは六年生になるまで地球儀を使った勉強は「しなくていい」、というか「するな!」と言っているのに同じではないか。

このようにことごとく、僕が勉強しようとする度にそれを妨げる。

小さい頃僕によく言ってきた。

「お前は橋の下で拾ってきたんだ」と

もちろん事実ではないだろうが、心情的には半ば本当の事なのだろう。だからしょうがないから育ててやってるという態度になるのだと思う。

勉強に使うお金は惜しんでおきながら、無駄な習い事にはいつまでも月謝を払い続ける。受験勉強とどっちが大事なのか判断出来ない。

つまるところ僕の将来の事より、母自身が満足出来るか否かが大事なのだろう。

 

 

 

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