2018年の6~7月にかけて、宮脇俊三の『最長片道切符の旅』を40年後に行ったらどんな感じなのかを机上旅行でたどってみようという記事をいくつか書いている。詳細はこのブログの「机上旅行」のカテゴリにて。
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改めてその『最長片道』の旅をおさらいすると、1978年10~12月、北海道の広尾から鹿児島の枕崎まで、途中旅程の中断を挟みつつも都合34日、13,119キロを乗り通した記録である。当時は新幹線こそ東海道・山陽新幹線しかなかったが、全国の幹線には多くの特急が走っていたし、ローカル線も多く残されていた。先に『時刻表2万キロ』で当時の国鉄全線を完乗した宮脇氏は、それまで勤めていた出版社を退職して得られた時間を使って多くの鉄道に乗りまくってやろう・・と考えた末に実行するにいたっている。
もちろん、最長片道切符で旅をした人は宮脇氏のほかにたくさんいるし、その後の路線の開通、廃止によって最長ルートというのは常に変わっている。今ではそうした旅行記をブログ等に記載されているのを読むこともできるが、やはり『最長片道』の記述というのは40年経過しても色あせるものではない。
ということで、私も2018年現在の机上旅行として同じルートをたどっていたのだが、旅行通算10日、広尾から北海道、東北と進んで福島の郡山まで来たところで「中断」となった。お恥ずかしい話だが、正直続けるのがしんどくなったか、そこで飽きが来たか。
2020年、時代は平成を通り越して令和となった。その中でこのコロナウイルス、緊急事態宣言である。線路はつながっているが大型連休も旅行は自粛という状況になった。そこで時間ができたことや、先の記事でも触れたが全国の「廃線」を取り上げたNHKのアーカイブ番組を観たことで、ふと、時刻表に触れてみようと思った次第である。
2018年から2年経過して、当然交通機関の時刻表も変わっている。今から改めて広尾から始めてもいいが、そこはこれまでにクリアしたということで、前回終了した郡山から「第11日」を再開することにする。なお、原作の1978年『最長片道』では、第10日は郡山を午後に通過して、その後は磐越東線~常磐線で水戸に出ている。
改めてここまでの実績を踏まえて机上旅行のルールをおさらいすると・・・
・宮脇氏の1978年の『最長片道』のルート、列車時刻については本書、および『「最長片道切符の旅」取材ノート』を参照する。発車、到着時刻の記載がなくてわからないところは空欄にする(当時の時刻が載ったサイトもあるようだが、そこまで追いかけることまではしない)。一方、机上旅行は2020年3月のJTB時刻表をベースとする。東京、大阪近郊で時刻表に列車の記載がない区間は、乗り換え検索などで適宜乗る列車を決める。
・新幹線は当時開業していた東海道・山陽新幹線のみ利用。ただし、山形、秋田新幹線のように新幹線と鈍行が同じ線路を走る路線は新幹線利用可。一方、北陸、東北新幹線の開業で在来線が第三セクター化された区間は、第三セクター線に乗る。
・2020年で鉄道廃止となった区間は路線バス等でたどる。また災害等で運休区間は代行バスに乗る。紙の時刻表でわからないところはネットで検索する。なおここまでですでに、路線バスすら廃止になっており、先に進めなくなってしまった区間が生じた。そうしたところはやむを得ずタクシーで移動したことにする。まあ、自分の机上一人旅なのだからその辺は堅苦しく考えない。
・移動は基本的に夜明けから日暮れまで。ただし前後のダイヤによっては未明や夜の移動もあり。理想のイメージとしては、夕方の頃よい時間に駅前のビジネスホテルに宿泊して、そのまま駅前の居酒屋に飲みに行く感じ(実際の旅行スタイルの延長)。
・ダイヤはどの日についても「平日ダイヤ」として、休日ダイヤの列車や臨時列車は利用しない。
・宮脇氏は途中何回か旅程を中断しているが、この机上旅行ではそのまま「通し打ち」とする。
こうしてみるとヒマ人の遊びであるし、やるだけアホらしいことだが、私が以前に乗った時のこともちょくちょく入れながら進むことにする・・・。







