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軽井沢からの通信ときどき3D

移住して11年目に入りました、ここでの生活と自然を写真と動画で発信しています

卒業と入学試験

2025-03-28 00:00:00 | 日記
 卒業のシーズンである。我が家では今年二人の孫娘が揃って卒業の日を迎えた。上の孫娘が高校卒業、下の孫娘が小学校卒業である。

 この二人の卒業式の日程が重なってしまったので、離れて暮らしている私にも応援の声がかかった。上の孫娘の卒業式には父親が出席し、下の孫娘の卒業式には私の娘・母親が出席するという具合に分担する予定なのだが、娘の方は卒業式当日の学校のお世話の役目があって忙しく、子供に寂しい思いをさせることになってはかわいそうということで、当日保護者代理ということで私に声がかかったのであった。

 その後、高校の卒業式に出席予定であった娘婿は当日海外出張の予定が飛び込んで、結局参加できなくなり、上の孫娘は一人で卒業式に出かけることになってしまった。

 私の方は朝9時から午後の2時半ごろまで、昼食をはさんでのかなり長い式典ということで、前泊しての参加になった。

 私にとっては久々の卒業式への参加である。自分の子供たちの卒業式の時のことはもう記憶も定かではないが、多分小学校と中学校の卒業式までは揃って出席したのではないかと思う。

 卒業式は講堂で行われ、先生方は舞台上に、卒業生は前方中央部の席に座り、その左右には在校生の代表が座る配置である。保護者席は生徒たちの後方に設けられていた。

 式典は校長先生の挨拶、教会の牧師の挨拶に始まり、続いて卒業証書の授与が行われるという型通りのものであった。

 一旦休憩に入り、この間に保護者全員は舞台で合唱の最終リハーサルを行った。私は飛び入りなので、これには参加せず、会場の椅子席から練習の様子を見ることになった。

 指揮・指導の女性は慣れた様子で次々と注意点を告げていき、その都度目に見えて合唱の質が向上していくのが感じられる素晴らしいものであった。

卒業式の休憩時間を利用して合唱の最後のリハーサルをする保護者(2025.3.17 撮影)

 式典再開後、先生と生徒が再び入場し、卒業生一人一人から先生方一人一人に、思い出や感謝の言葉が送られるなど、印象深い様々なプログラムが進行していき、最後に保護者の合唱があった。

 この合唱は練習の成果があり、あとで娘から聞いたところでは、この日のプログラムの中でも最高のものとの評価を受けていたとのこと。

合唱を終えてほっとした表情の保護者(2025.3.17 撮影)

 昼食の弁当受け取りと食事会場の案内があり、指示された順に弁当の受け取り教室に向かい、そのまま昼食になった。私は、作業を終えて娘がやってくるのを待って、教室で渡されたお弁当をいただいた。

 昼食後、それぞれの教室でやはり食事を終えた卒業生が校庭に出てきて、思い思いに友達や先生と記念写真を撮り始めた。そして、しばらくこうして互いに名残を惜しんだ後、ほとんどの家族は三々五々帰路についていった。娘のほか数人の母親は残務があり、我々が学校を出たの一番最後の組であった。

校庭で記念写真を撮る卒業生(2025.3.17 撮影)

 この小学校は小・中一貫で、生徒たちは再び4月には再会することになるが、中には中学受験をして、別の学校に進むケースもある。我が家の下の孫娘はそのまま同じ中学校に進学するが、上の孫娘の場合は中学受験をして、別の学校に進んでいた。

 その学校は中・高一貫で、大学もあるが、今回、孫娘は別の大学を受験した。卒業式当日はすでに受験結果も発表されていて、晴れて卒業式を迎えることができていた。

 大学受験を経た卒業式ということで、小学校とは違った雰囲気であっただろうと思うが、私は式終了後一旦娘の家に立ち寄ったものの、すぐに帰宅したので、卒業式の後友人たちと出かけたという孫娘の帰宅は間に合わず、話を聞く機会もなかった。

 娘から、上の孫娘の大学受験の経緯と、無事希望する大学に合格したことはきいていたし、前夜、本人にもお祝いの言葉を伝えていたが、少し気になっていたことが一つあった。それは、併願で受けた私立大学の入学金のことであった。

 上の孫娘は小学校1年の時に父親の転勤があり、札幌に住むようになった。そこで出会ったお友達の影響があり、大学では医学部に進みたいと思うようになっていたという。

 小学校3年生になった時、再び神奈川に戻ってきたが、この頃から早くも将来医学部に進みたいとの思いを強く持つようになり、熱心に勉強をするようになったそうである。これは時々報告してくれていた娘からの話である。

 私は大阪で生まれ育ち、多くの生徒と同様公立の高校に進学した。高校受験時には、これもほとんどの生徒同様、私立高校と公立高校の両方を受験した。私立高校の受験・結果発表が先にあって、その後公立高校の結果発表がある。

 公立高校の倍率はそれほど高いものではないが、それでも何人かは不合格となり、私立高校に進むことになる。問題は公立高校の合・否結果発表の前に、私立高校に入学金を払っておかないと、合格が取り消されることである。

 私の場合も、私立高校に合格した時点で入学金を払わなければならなかったが、裕福ではなかった家庭の事情を考えて、両親に入学金は払わなくてもいいと伝え、実際親はこれを支払わなかった。私がこの判断をとったのは、経済的な理由もあるが、制度として理不尽だと感じていたからでもあった。

 小学生当時私が住んでいた家の近くに1年上級生のTKさんがいた。小学校高学年になって、祖父母の家にひとり転居してきていた。医者をしていた両親がともに病死したため、祖父母のもとに引き取られてきたのであった。

 TK さんはとても聡明で、早熟な面を感じる子どもであった。中学生になった時、学校が作った文集に彼の作文が掲載された。たしか「反抗期について」という題であったが、それを読んだ私の母が「よく考えている・・」と感心していたことを思い出す。

 その彼は、高校に進学する時に、一番難しいとされるT 高校ではなく二番めのI 高校を選択して入学した。実力では十分この難関校に入学できたと思うのであるが、私立高校を受験した時の入学金や、万が一私立高校に行くことになった場合の授業料などを考えての彼自身の選択であったのだろうと思えた。

 その後、私達家族が転居していったこともあり、TKさんについては何も情報が入らなくなってしまって、今に至っているが、風の便りにA 新聞社に就職したと聞いた記憶がある。

 孫娘の場合、小学生以来の意志を貫いて、第一志望は国立大学の医学部であった。浪人はしたくないとの考えで、ほかに私立大学を2校選んで受験した。最初に入学試験があったのはK 福祉大学で、この大学からの合格通知には「特待奨学生S対象合格者」と書かれていた。娘によるとこのS対象合格者になると、寮費や学費が全額無料になるという特典があるのだという。しかし、入学後に返還されるとはいうものの、入学金は支払わなければならないというルールがある。支払期日は国立大学の合・否発表の前に設定されている。

 この後、もう一つ受験したK 大学からも合格通知が来たが、こちらは入学金の支払い期日は、国立大学の合・否発表の後でもよいとされていた。

 結果、孫娘は無事第一志望の国立大学に合格できたが、K 福祉大学の入学金については親子で相談の上支払っていたとのこと。もし国立大学に合格できなかった時には、K 大学ではなく、このK 福祉大学の方に行きたいと思っていたからだという。

 孫娘に合格のお祝いにと、ショップの仕事の関係で入手してあった「ノーベル・ジュビリー・カトラリーセット」を贈った。これはノーベル賞授賞式の晩餐会で使用されるカトラリーで、ノーベル賞制定90周年を記念して、日本の山崎金属工業が1991年にノーベル財団からの依頼で制作したものである。その一部が市販されていて、市場に出回っているものを私が数セット購入してあった。今回贈ったものは、下記写真と少し組み合わせが異なるが、丁度4人分・6種セットのカトラリーである。

ノーベル・ジュビリー・カトラリーセットの例(山崎金属工業HPより)

 大学に入学したら、東京で寮生活をすると聞いていたので、1人分持っていくといいねと言うと、寮には入らないのだという。教養時代の2年間は自宅から比較的近いので、通うことにしたそうである。

 後で、娘に聞くと、経済的な理由で2年間は自宅通学に変更したとのことである。K 福祉大学に支払らわざるを得なかった入学金と、2年間の寮生活で発生する費用とがだいたい同額になるので、2年間は寮生活を諦めるということで、孫娘と話し合いがついているとのこと。

 お互いに納得して辿りついた結論なので、それはそれで結構なことだと思う。

 今開かれている国会では、維新の会が主張する高校授業料の無償化が決まった。先の衆議院選挙では国民民主党が主張する103万円の壁の打破が大きな話題となり、若者の支持を得てこの党は得票数を伸ばした。今国会でもこの議論は行われたが、財務省は国民民主党の主張ではなく、維新の会の主張を選択したようである。

 これは税制の問題であり、国会での議論の対象となるが、私立高校や私立大学の入学金のあり方についてはどうだろうか。

 私が高校受験の時に感じた理不尽は、その後60年経っても何ら変わっていない。この間に教育を取り巻く環境は大きく変わった。高校教育における授業料無償化には感慨深いものがあるが、大学となると見方が異なるということだろうか。特に医学部は入学金もその後の授業料も他学部と比べて高額になる。

 裕福な家庭や、親が医師をしている家庭の子供たちが医学部に進むという傾向があると聞くが、誰にも公平に道が開ける制度を目指して国会でも議論してもらいたいものだと思う。


 

 

 

 

 

 

 

 

 



 
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